第130話 悪人は、一夜の過ちを犯す
「閣下……。少しよろしいでしょうか?」
その日の夜、【揚羽蝶】のリーダーであるマリカは、思い切ってヒースの部屋を訪ねた。確認したいのは、なぜ、今回のクーデターに自分たち【揚羽蝶】が関わることができなかったのか。そのことについてだった。
(もしかして……自分たちは疑われた?)
その想いが胸に去来しながら、入室の許可が出るのを待つマリカ。しかし、部屋の内側からは何の反応もない。
「あの……閣下?」
部屋の中にいることは外から明かりを確認していてわかっている。それならば、何か不測の事態が生じたのかと心配になり、マリカはそっと扉を押してみた。すると、鍵はかかっておらず、そこには、ラフな恰好でソファーで寛いでいるヒースの姿があった。但し……
「うっ!これは……酒ですか?」
琥珀色の液体が入ったグラスを傾けているヒースの前には、酒精の強い蒸留酒の瓶が置かれていた。高価な酒であるが、貴族である彼ならば別段嗜んでいてもおかしくはないが……声を掛けても反応を示すことができないほど泥酔している姿に違和感を覚えた。
「閣下……大丈夫ですか、閣下。水をお持ちしましょうか?」
「ん?その声は……エリザか?」
いきなり間違えるとは、かなりまずいほどに酔っているとマリカは判断した。だが、今の彼にそれを言っても仕方がない事だろう。
「ささ、この酔い覚ましの秘薬をお飲みください。楽になりますよ」
「ああ……ありがとう」
そう言ったヒースは、全く疑うことなくその小瓶に入った液体を一気に飲み干した。日頃、警戒心が強い彼とはまさに別人のようである。だから、マリカは心配した。
「それで……一体何があったというのですか?」
「実はな……母上の事なんだが……」
言い辛そうにしているヒースは、恐らく自分をエリザだと間違えたままになっているのだろうとマリカは察知した。そして……やはり打ち明けられた話の内容は、ベアトリスの病状に関する物。ただ……その病気の正体が『癌』だとは知らなかった。
ゆえに、何を言っていいのかわからずに、マリカは戸惑うこととなった。しかし、ヒースの独白は続く。
「ワシはな、エリザ。あの糞ババアがはっきり言って邪魔だった。子供のころから何でも知っていて、何かと口を挟んでくるしな。何度殺そうと思ったか……その数は両手両足の指の数では足らんな……」
ヒースはそう悪態をつきながらも、同時に悲し気な笑みを浮かべた。
「だがな……どうしてだろうな。あれだけ殺したいと思うほど邪魔だったというのに……今は死んでほしくない。助ける術があるのなら、どんな手を使ってでも助けたい!……何でなんだろうな、エリザ。ワシは壊れてしまったのかのう……矛盾だらけだ」
「閣下……」
その痛ましい姿を見るのに耐えきれず、マリカはヒースをぎゅっと抱きしめた。すると、感情の堰が切れたのか……ヒースのすすり泣く声が聞こえた。
(大人びていても……まだ15歳の少年なのよね……)
本当は前世と合わせれば80歳を余裕で越えている爺さんなのだが、そんなことは当然知らずに、マリカは優しく彼が泣き止むまで抱きしめ続けた。しかし……
「えっ!ちょ、ちょっと……!」
「いいだろ、エリザ。こういうときは、慰めてくれよ……」
ヒースはそう言って、マリカをソファーに押し倒して……そのままキスをした。
(う、うそ……初めてのキスが……お酒の味なんて……)
今年で22歳になる彼女であるが、そういう経験は全くない。それゆえに、いきなりファーストキスを奪われてしまった衝撃は大きくて、次の反応が遅れてしまった。呆然としている間に……シャツもブラジャーも脱がされて、その大きな乳房はむき出しにされた。
「閣下!おやめください!わたしは……エリザ様では……あん!」
乳首をペロリと舐められて、思わず声を漏らしたマリカの初心な反応に喜びながら、ヒースは告げる。
「エリザ……今宵のワシは、どうやら一味違うようだ。そう……内なる炎が燃えているような、熱いパトスがみなぎっているような……そんな感覚だ」
(えっ!?まさか……)
その言葉に、マリカの顔色が変わった。思い当たるのは、さっき飲ませた小瓶の事。
(もしかして、酔い覚ましではなくて……媚薬を飲ませちゃった?)
だが……そう言っている間にも、残っていたズボンもパンツも脱がされて……激痛と共に彼女は処女を失った。
「あ……ああ!だ、だめ……やめて……」
「なあ、エリザ。最後の親孝行だ。母上に孫を抱かせて差し上げようではないか!」
激しく腰を振りながら語り掛けるヒースの言葉に、マリカは罪悪感に苛まれて、何度も何度もエリザの顔を思い浮かべて、「ごめんなさい、ごめんなさい」と泣いた。だが、媚薬でおかしくなったヒースの耳には届かない。
結局、彼女がエリザではないことに気づいたのは、次の日の朝日が昇る頃の事だった。自分の放った白い液体で汚しまくったその裸体を見て、真っ青なすび色にその顔を変色させたのだった。
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