幕間 愚かな王は、自らの死刑執行にゴーサインを出す

「なに!?この俺の名を出したというのに、そのエーリッヒとかいう小僧はおまえを殴っただと!!」


ここは、初等学院の空き教室。ヒースが卒業してから、ここを拠点として全校生徒を支配下に置こうと企んでいたハインリッヒは、フリッツという子分からの報告に激高した。


「余はこの国の王であるぞ!高々子爵風情が逆らうと言うのか!」


「……恐れながら、ヤツはあのルクセンドルフ伯の弟にございまして……」


「だからどうした!余はこの国の王であるぞ!!」


「大事なことだから二度言いました」と言わんばかりに、自分がこの国の最高権力者であることを強調したハインリッヒは、そのエーリッヒを懲らしめるために、直々に居場所へ行こうとした。しかし、隣にいたオリヴィアがそれを止めた。


「なりませぬ!王たるお方が軽々しく出向いては、御名に傷がつきます!」


「どけ!女だてらに邪魔をする気か!」


ハインリッヒは声を荒げて、オリヴィアを威圧するが、彼女は動じる様子も見せずに行く手を塞いだまま動こうとはしない。


「陛下……宰相らは、あなたの廃位を目論んでいるのですよ。このような子供じみた『どうでもよい覇権争い』で、御身を危うくしてはなりません!」


何しろ、この学院にはその宰相ローエンシュタイン公爵の孫娘であるクラウディアが在学しているのだ。何か事が起これば、逐一報告されるとみて間違いはなかった。


「う、うむぅ……確かにヴィアの言うとおりではあるな。だが……それでは余の面目が立たん……」


「それならば、わたしの方からヴォルフェン子爵と話を付けます。暴力を振るうことは、決して褒められた行為ではありませんから、必ずフリッツ君に頭を下げさせて御覧に入れます!」


だから、ここで大人しくしていて欲しいというオリヴィア。


「わかった。そなたの言うとおりにしよう」


ここまで言われては他に返答のしようもなく、ハインリッヒが承諾の言葉を告げると、彼女は早速フリッツを連れて1年生の教室へ行ってくると言ってこの部屋を出て行った。


ただ……ハインリッヒは内心とっても面白くなかった。


「くそっ!忌々しい!!」


それは誰に向けて言った言葉なのか。特定するようなキーワードは口にしなかったハインリッヒだったが、そんな彼にその場に残っていた子分のひとりが囁いた。ルクセンドルフ伯に纏わることで面白い話があると。


「なんだ!言ってみろ!」


今のハインリッヒにとって、ルクセンドルフ伯ヒースはどちらかといえば味方に近い感情を抱いていた。何よりも、「子を作るのは王の仕事だ」と言って、ハーレムを用意してくれたことは非常に大きい。


しかし、一方で心のうちに何かが引っ掛かっており、その上、伯の弟であるエーリッヒがハインリッヒの権威を蔑ろにしたとなれば、その「面白い話」というものに興味を示すのも無理からぬ話だった。


「実は……」


すると、その子分は言う。昨今、伯爵と事実婚状態にあるロシェル侯爵令嬢との仲が冷え込んでいると。


「それがどうしたのだ?」


姉から聞いた話だと自慢げに告げてきたゲレオンに、ハインリッヒは冷たく言うが……


「寝取られてはいかがですかな。その方が伯爵に陛下の怒りを思い知らせてやれるというものでは?」


委縮するでもなく、彼はいつものように物静かな声で下種な提案をした。だが、昨年までの学院を知る者たちからは疑問の声が上がる。


「お待ちください!ロシェル侯爵令嬢と言えば、『完璧令嬢』と言われたほどの強者。いくら陛下といえども寝取ることが可能なのですか?」


真面な思考で考えれば、全くもってその通りなのだが、その言葉はハインリッヒの矜持を傷つけた。しかも、ゲレオンは追加情報として、ヒースが愛人を孕ませてしまったことが関係悪化の原因だとも付け足した。


「それなら、余が優しく愛をささやけば、イチころだな」


「御意にございます。姉の話だと、浮気されてかなり参っている様子ということなので……」


今ならやれると背中を押すゲレオン。ハインリッヒはすっかりその気になってしまった。


「よし!王の役目は、子を成すことだ。そう申した伯の嫁に……余の子種を植え付けようではないか!」


それは無謀だと幾人かが止めたが、最早ハインリッヒは耳を貸そうとはしなかった。こうして、彼は自らの死刑執行にゴーサインを出してしまう。もちろん、このときはそのことに気づくことはなかったが……。

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