第255話 悪人は、お見合い話をまとめる(前編)
ヒースの説得が効を奏して、オリヴィアの不敬罪に対する公開裁判は、開始時刻のわずか1時間前に中止となった。
「国賓を招いた場において、不埒な暴言を吐き、王と王国の品位を貶めたことは許し難いが、ティルピッツ伯爵令嬢がこれまで行ってきた民への献身を鑑みて、本領での謹慎1か月とする……か」
「思ったよりも軽いな……」
「そうだな。陛下なら死刑一択で、しかも残忍な方法での執行を命じると思っていたが……」
その旨を告げる文書が張り出されたホールには、多くの貴族たちが集まっては、口々に批評を行っていた。「王の気まぐれだろう」という者もいれば、「王は慈悲の心に目覚めた」という者までいる。ただ……その誰もがこの決定を概ね好意的には受け取っていた。
「さて……ここからが正念場だな」
そして、そんな連中を遠目に見ながら、ヒースはオリヴィアが閉じ込められている塔へ向かっていた。一応、約束は成立してはいるが、それこそ「王の気まぐれ」というやつで、いつひっくり返ってもおかしくはないのだ。
それゆえに、自然と足は急いだ。仮に気まぐれが起きても、変更が効かない確定事項とするためには、オリヴィアがコルネリアスとの婚姻を承諾するように説得しなければならない。
(だが、果たして受け入れてくれるだろうか……)
これまで彼女が如何にハインリッヒのために頑張ってきたのかを知っているだけに、ヒースは断られる可能性もあるのではないかと、塔の階段を駆け上がりながら不安に駆られた。しかし、だからといって他に最早手立てなどないのだ。
それゆえに、腹をくくってその扉に手をかけた。
「喜べ。命が助かる公算がついた」
決して心のうちにある不安を悟られないよう、努めて強気な態度で幽閉されている部屋に踏み込んだヒースは、開口一番そう告げた。
すると、彼女はホッとしたような表情を浮かべながらも、一方では何か身構えるようにしてその続きを聞こうとした。「条件があるのですね?」と。
「ああ、そうだ。単刀直入に言うが……君が助かるためには、ロマリアのコルネリアス王の元に嫁ぐことが条件となる」
「ロマリアの……コルネリアス王?嫁ぐって……結婚?」
流石にその条件は想像していなかったのか。オリヴィアは今一つ理解が追い付かない様子で言葉を絞り出した。だから、ヒースは詳細を説明する。すなわち、ハインリッヒの愛妾であるヘレンをロマリア王家の養女とする見返りに、彼女がコルネリアスの求めに応じてその妃になるのだと。
「命は助かるし、悪い条件ではないと思うのだが……」
「ええ、そうですね。このまま殺されるくらいなら、その方がマシというものでしょうね……」
ただ、そう口にする割には、オリヴィアの表情は晴れない。ゆえに、ヒースは確認する。やはり、ハインリッヒへの想いは残っているのかと。彼女は頷いた。
「わかっているわ。もう何を言っても、陛下のお気持ちはわたしの元には来ることはないし、それなら想いに区切りをつけて、コルネリアス様の元に向かった方がいいことはね。でも……」
何しろ、7歳の時に祖父に連れられて初めて訪れた王宮で優しく声をかけられて以来、ずっとハインリッヒのことだけを想ってきたのだ。頭では理解できても、心はどうしても別物だと彼女は言う。つまり、恋心はそう容易く捨てることはできないと。
「どうしたらいいのか。とてもじゃないけど、すぐに答えは見つからないわ……。そして、こんな状態では、コルネリアス様に合わせる顔がない……」
オリヴィアはそう言って、寂しそうな笑みを浮かべて、そのまま窓の外へ視線を向けた。要は少し気持ちの整理のために時間が欲しいということなのだろう。だが、ハインリッヒの「気まぐれ」がいつまた起こるかわからない今、そんな悠長なことは言っていられない。
「なあ、オリヴィア。取りあえず、コルネリアスに会ってみないか?」
「え……?」
ここから使いを迎賓館に走らせれば、きっと1時間もあれば、コルネリアスは駆けつけてくれるだろう。それなら、直接顔を突き合わせて話し合った方が良い結果を生むのではないかとヒースは思ったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます