第81話 悪人は、後始末をする(前編)
「さて、あとはどう始末をつけるかだが……まずはここからだな」
目の前には、たった今深い眠りについたハインリッヒをはじめ、彼に従いこの地下室の入口を固めていた宮内省の職員たちが同じように意識を手放して転がっている。こいつらを片付けなければと。
「ルドルフ。応援を呼んで、こいつらを一先ず縛り上げてワシの部屋に押し込んでくれ」
「ああ、わかった。だけど、おまえはどうするんだ?」
「ルキナの様子を見に行ってくる。この先の計画には、あいつの力が必要だからな」
それは、ルキナの持つ【記憶操作】のスキルだ。ハインリッヒに語った解決策を実行するためには、明日の朝には目覚める職員の連中の記憶をいじくる必要があるのだ。全てはハーマンの企みだったことにするために。
だが、もちろんそんなことをルドルフに言うわけにはいかないから、彼はヒースの発言に首をかしげて訊ねてくる。
「ヒース。いくら押掛け妻だからと言っても、あまりルキナ殿下に無理をさせるべきではないのでは?ショックも大きいだろうし……」
ただでさえ洗脳スキルを使われて、精神に負荷をかけられていたのだ。しかも、それをやったのが実の弟なのだから、しばらくそっとしておいてやるのが優しさではないのかと。もちろん、それはヒースも理解しているが……今は非常時なのだ。首を左右に振った。
「今回の作戦には、どうしてもルキナの力が必要なんだ。おまえの言うこともわかっているが……それ以上は言わないでくれ」
ヒースは、ルドルフの肩をポンポンと叩いて、この場を去っていった。ルドルフはそんな友の疲れた顔に驚きながらも、言われた任務に着手することにした。
「それで、どうだ。体の具合は?」
あれから3時間が経ち、エリザに伴われて地下室に現れたルキナは、ヒースがかけた気遣いに、明らかに本調子ではない顔をしながらも、気丈に「問題ないわ」と答えた。そして、頭を下げる。
「今回は、情けない所をお見せしました。加えて、弟のことに配慮して頂き、感謝の気持ちしかありません」
それは、今まで接してきた彼女の姿とはかけ離れた感があったが……ヒースはこれが彼女なりのケジメなんだろうと考えて受け入れた。
「計画はエリザより聞いていると思うが……」
「ここに居る連中の記憶を『全てはハーマンがやったことだ』というものに変えるというのね。任せて頂戴」
ヒースから受け取った筋書き書を広げて、ルキナは一人ひとりの頭に手を置いて、スキルを発動していく。彼女のスキルは、そうしないと発動しないのだ。
(だから、使い勝手が悪いんだよな……)
何しろ、記憶を改ざんするからと言われて、普通の者なら大人しく頭を差し出したりはしない。だから、どうしても対象相手を無力化することとセットになるのだ。しかし、その無力化するだけの力は、彼女にはない。
「ヒース様……」
「ああ、わかっている。少し休ませよう」
そして、何より致命的なのは、王女の身分に胡坐をかいていたから、レベルが上がっていないことだ。だから、4、5人ほどさばいたところで、息切れをする。特に今日などは洗脳から解放された直後ということもあり、二人目で息切れと……その数はいつもよりか少ない。
(あと、20人余りか。果たして間に合うのかな……)
どれくらい休ませれば、作業を再開できるのかは予測がつかない。ゆえに、ヒースは不安を感じて、職員たちにより強い睡眠の毒魔法をかけ直した。これなら、明日の夕方までは起きないと。
「エリザ、ここは任せる。くれぐれもルキナに無理はさせるなよ」
「承知いたしました」
ここはそれで大丈夫だと判断して、ヒースは次の目的地に向かう。その相手はすでに待ち合わせ場所で待っていた。
「あの……お、お呼びだと伺ったのですが……」
ここは、人気のない東屋。あのダミアンが命を落とした場所だ。そこに、一人の少女が怯えたようにして近づいてくるヒースを出迎えた。
彼女の名は、クラウディア・フォン・クライスラー。帝国宰相たるローエンシュタイン公爵の孫娘で、王太子ハインリッヒの婚約者。そして、カリンの友人でもある……。
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