第202話 悪人は、答え合わせをする
「それで……ホントの所はどう思っているのですか?」
「なにがだ?」
「さっきのオリヴィアに言った言葉。あれ、全部嘘だとは言わないけど、何か思惑があって言ったのでしょ?」
再び目的地である王都郊外にあるローエンシュタイン家の別荘に向かう途中、クラウディアはそう訊ねてみた。
ハインリッヒのことは、ルキナの弟ということもあるので、殺そうとまでは今のところ思っていないようだが、先程の話のように『義兄』の立ち位置で立派な王に育てようとしているとは到底思えないとして。
すると、ヒースはクラウディアに「おまえはどう思うか」と質問で返してきた。だから、彼女はあくまで予想と前置きをして、自分の考えを述べ始めた。
「導師が王になりたくないというのは、本心だと思っています。ただ、だからといってご自身がなされたいことを妨害されるのは気に入らない。そのため、ハインリッヒは無能で何もできない傀儡の王であることが望ましい。違いますか?」
「違わないな。なまじやる気に満ちあふれた王が就けば、非常に面倒だな。場合によっては、ウッカリ殺してしまうかもしれん」
「でも、ハインリッヒはルキナ殿下の弟……。わたしは詳しくは存じませんが、導師は殿下を悲しませたくはないと思われているようですので、今後も殺さずに済む方法は暗愚であり続けなければならない……」
「間違っていないな。続けろ」
「そうなると、今日のようにオリヴィアがハインリッヒの人気が上がるような行為をすることは決して好ましくはないはず。だから、宮内省の事業、または摂政リヒャルト殿下の手柄にするために、予算を割いた……というところかと」
それゆえに、手柄を横取りされていることに気づかずに喜んでいたオリヴィアが哀れだとクラウディアは言う。だが、そんな彼女の回答に、ヒースは「惜しいな」と言った。
「え……違うのですか?」
「ああ、最後の回答がな。ワシは別に手柄を横取りするために予算を割くといったわけではない。逆にオリヴィアを前面に立てて支援するつもりだ」
「前面に立てて?それは一体……」
「わからぬか?そうなれば、この王都でオリヴィアの名声は、爆発的に高まるだろう。場合によっては『聖女』と呼ぶ者も現れるかもな。だが……」
そのとき、ハインリッヒはそんなオリヴィアをどう思うのか。ヒースは改めてクラウディアに訊ねた。
「どうって……誇らしく思うのでは?自分の妃が褒め称えられているわけだし……」
「残念ながら、そこが間違いの元だ。おまえは気づいていないのかもしれないが、ハインリッヒはオリヴィアのことを愛してなどおらん。口うるさいから、逆に遠ざけようとしておるのよ」
「遠ざける?ウソでしょ。あんなに一生懸命に尽くしているのに?」
意味が分からないとクラウディアは呆れるが、ヒースは言う。そもそも、この婚約自体がハインリッヒの記憶を誤魔化して成立させた、言わば彼の意志を無視したものであると。
「だからかどうかはわからぬが、彼女はハインリッヒの意向を汲んだ取り巻きたちの間でも浮いているらしい。これは、揚羽蝶や歩き巫女からも上がっている情報だ。間違いないと見ていいだろう」
「でも……そういうことなら……」
「ああ、オリヴィアの名声が高まれば高まるほど、ハインリッヒは彼女を疎んじて遠ざけるようになるだろう。それがワシの狙いだ」
つまり、王に翼を与えないこと。ヒースはあくまでもハインリッヒを傀儡にし続けるために、そうしなければならないとクラウディアに伝えた。
「それでは、オリヴィアは……」
「かわいそうだが、幸せにはなれぬだろうな。よくて婚約破棄、下手したら修道院送りか国外追放ということも……」
「そ、そんな……」
いくらなんでもそれはあんまりではないかと、クラウディアは訴える。彼女の行っていることは、とても良いことなのだ。それなのになぜ罰を受けなければならないのだと。
「それならいっそのこと、導師が寝取られてはどうですか!その方があの娘も……」
「どうした?犬猿の仲だと思っていたら、やたら肩を持つではないか。いつの間に仲良くなったのだ?」
「仲良くなんかはなっていないわ。でも……3年前の選択を間違っていたら、ああなっていたのはわたしだと思うと……」
「なるほど。感情移入して、放っておけないと思ったわけだな?」
「はい」と小さく呟くクラウディアに、自分にない『善良』で真っ直ぐな心根を見てヒースは興味を持った。ゆえに、それならば……と、彼女に課題を出すことにした。すなわち、自分があの立場にあると思って、なんとかしてみろと。
「但し、今話したワシの思惑を伝えることは禁止だ。そのうえで、あやつの運命を変えることができると思うのであれば、好きにすればよい」
このときヒースは、クラウディアの行動が大勢に影響を及ぼすとは全く思っていない。しかし、もし本当にオリヴィアの運命が好転するというのであれば、それはそれで見たいとは思っている。そのときはきっとその経験が……クラウディアを自分の優秀な駒に化けさせるだろうと考えて。
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