第201話 悪人は、健気な少女を誑かす

「さあ、みんなできたから並んで頂戴!慌てなくても、たっぷり用意したから、順番はきちんと守ってね!」


ここは下町のとある公園。先程の酒場からは左程離れていないこの場所で、オリヴィアは炊き出しを仕切っていた。もちろん、侯爵令嬢である彼女が自ら作ったわけではなく、必要な資金を提供しただけだが、料理を受け取った者たちは口々に感謝の言葉を述べていた。


「オリヴィア様、ありがとうございます」と。


だからこの下町では、オリヴィアの人気はうなぎ上りだ。今日は炊き出しだが、別の日には町医者を連れてきては病人の治療をさせているし、幼い子供たちに読み書きも教えたりしているという話だった。それはまさに、『聖女』のごとき活躍であった。


「……つまり、これがここに来ている理由というわけか」


「ええ、わかってくれたかしら?だから、決してやましいことなどは……」


「嘘をつけ。未来の王妃がこのような慈悲に溢れた行動で民を慈しむ。そうなれば、民はおまえを敬愛するから、それをそのままハインリッヒの人気上昇に繋げるという算段だろ?それにしても、よく考えたものだな」


「…………」


「おっ?やはり図星というわけか」


黙り込んで悔しそうに睨みつけてくるオリヴィアに、ヒースはからかうようにしてそう言った。しかし、一方で彼女がどうしてそこまでハインリッヒに拘るのか、興味がわいてきた。


ゆえに訊ねる。いい機会だと思って、その理由を。


「なんで、あなたにそんなことを言わないといけないのよ!」


「おや?いいのかな。ティルピッツ侯にあることないこと言っちゃうけど?ハインリッヒ陛下もどう思うかな。また人間不信になって、引き籠らなければいいのだが……」


「くっ!この悪魔が……いいわ、教えればいいんでしょ!」


オリヴィアは、「こんなこと大したことないから」と強がりを見せながら、なぜハインリッヒを支えようとしているのかを話し始めた。


「だって……可哀想な方でしょ?お母上には去られて、姉君は修道院で亡くなられて、婚約者には裏切られて……。そのうえ、御父君の急死でまだ13歳なのに王位という重責を背負わされているのに、周りはみんな彼のことを無視して……」


つまり、そのような孤独な人を見捨てることができないというのがオリヴィアの結論だった。


だが、ヒースは思う。その主張は決して間違っているわけではないが、ハインリッヒを見る上で様々な視点があるうちの一つにしか過ぎないことを。


(さて、どうするか……)


そして、産まれる前からの悪人であるヒースとしては、この彼女の思い込みは、どう自分の利益につなげるかという点における材料に過ぎない。隣で「裏切ったってなによ!沈む船から逃げるのがそんなに悪い事なの!?」と、言い争いをまた始めたクラウディアを放置して一人考える。


「なあ、この活動の資金はどうしているんだ?」


「えっ?そ、それは……手持ちの宝石とか売ったりして……」


「それじゃ、この先ずっと続けることができぬだろ?」


いくら侯爵令嬢とはいえ、まだ12歳にしか過ぎないのだ。一つ一つが高価なものだとしても、数はそれほどないことは十分に予想できた。それゆえに、ヒースは提案した。これからも続けるのであれば、宮内大臣として予算を割いて支援すると。


「えぇ…と、急に何を……?」


「まず、誤解せぬように伝えるが、ワシは何もハインリッヒ王が憎いわけではない。ここだけの話だが、ワシの妻ルキナは、王の姉だ。修道院で死んだと言われているがな」


「え……?」


その思わぬ告白に、オリヴィアは驚きのあまり言葉を失った。だが、ヒースは構わずに話を続けた。それゆえに、自分の方針は首尾一貫ハインリッヒ王を支える側だと。


「し、しかし……今まで何度もハインリッヒ様はあなたに痛めつけられて……」


「それは、あやつが王の資質に関わるようなやらかしをするから、義兄としてちょっとお仕置きしただけのことよ。より良い王になってもらうためにな。まあ、その辺の事情はおまえの兄に訊いてみるとよい」


ヒースはそう言って話を締めくくった。その上で改めて、宮内大臣として支援すると約束して。すると、オリヴィアの目から涙が溢れて、頬を伝った。


「お、おい……」


「ありがとうございます。どうか……ハインリッヒ様をよろしくお願いします。お義兄さま」


「ん?ああ、任せておけ」


これまで孤独な戦いを強いられてきたオリヴィアは、強力な味方を得たという安心感でホッとしたのだろう。ヒースの手を握り、感謝の言葉を繰り返し述べた。しかし、一方でヒースは心の籠っていない口先だけの返事をした。「チョロいな」と思いながら。


「導師……」


そして、そんなヒースの一見善人のような造り笑顔を見て、クラウディアはこの茶番劇に呆れて小さく呟いた。


ただ、一方で自分の選択肢が間違っていなかったことも理解する。まかり間違えば、あのように哀れに騙されているのが自分だった可能性があったということを自覚して……。

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