第152話 悪人は、義弟に「また浮気か」と呆れられる

「あの……お義兄さま」


「なんだ?アーくん」


「王都に戻らなくてよろしいのでしょうか?どう見ても、この道は……」


アルデンホフ領を出て、ヒースが馬を進める先にあるのは東の方角だ。王都は西にあるので、明らかに真逆の方向に進んでいるのである。だが、ヒースはこれで間違いないという。向かう先は東部国境地帯だと言って。


「バルムーアの奴らが攻め込んでくるとすれば、必ずシシリー川を渡るはずだ。そこに何らかの工作をしておけば……」


迎撃するときに有利になるのではないかとヒースは言った。だが、それに対してアーベルは懸念を示す。


「しかし、そのようなことを勝手にしてもよろしいのでしょうか?しかも、あの辺りは……」


領主であるシューネルト伯爵家は、4代前からルクセンドルフ伯爵家と絶縁状態にあるのだ。当時のルクセンドルフ伯爵の妻だったシューネルト伯爵家の娘を離縁したことに端を発して。


だが、ヒースは意に返さない。王都へ戻る時間が惜しいとしたうえで、堂々と言い放つ。「バレないようにやれば、何も問題はなかろう」と。


その言葉にアーベルは、呆れたように視線を向ける。詰めの甘さで度々悪さがバレているというのに、どの口がそのようなことを言うのだろうと。ただ……言っても聞かないだろうから、これ以上の言及はあきらめた。


「ところで……」


話題を変えることにしたアーベルは、改めてヒースに訊ねた。それは、アルデンホフ領の処遇についてだ。


「3公7民は、彼らを懐柔するために現時点で提示するのは妥当かと思いますが……統治体制にまで参画させても本当によろしかったのでしょうか?」


この取り決めは、ヒースとローザの二人だけで決めてしまったため、アーベルは口を出すことができなかったのだが、それゆえに、幾ばくかの不安を感じざるを得ずに質問をした。それでは公爵領がアドマイヤー教に乗っ取られてしまうのではないかと。


しかし、ヒースは笑う。乗っ取られるのであれば、それでも構わないと。


「大体、あの公爵領は、ワシにとって絶対に必要なものではない」


本領はルクセンドルフ領であり、これにいずれリートミュラー領が加わる。ヒースはアーベルにそれで十分ではないかと言った。その上で、政府が自分に期待していることは、アルデンホフ領で騒乱が起こらないようにするということだと付け足す。


「ですが……あのローザという教主は本当に信じられるので?裏切られるようなことがあれば……」


それでも、反乱を起こすようなことがあれば、ヒースはその立場を悪くすることは確実だ。それゆえに、アーデルはそのことを心配したのだ。何しろ、あの短時間で公爵領をほぼ丸投げにするだけの信頼関係を築くことができるとは、到底思えなかったからだ。


しかし、ヒースは改めて大丈夫だと言った。


「ローザとなは、互いに知っている間柄なのだ。決して裏切られることはない」


それは、前世での繋がりを意味していたのだが……アーベルは別の解釈をした。


「ま、まさか……」


あのローザという少女は、自分と年齢は同じくらいに見えた。それは、つまり年齢的に言えば、ヒースの射程圏内であるということだ。


「あの……お義兄さま。愛人を現地調達するとは恐れ入りましたが、エリザお義姉さまがまた悲しまれるのでは……」


それゆえに、もしかしたらあの短時間で毒牙にかけて、愛人に加えたのではとため息をつきながら疑うアーベルだが、ヒースは当然全力で否定した。


「馬鹿者!奴は男だ!」


「は?」


一体何を言っているというような目で、アーベルはヒースを見る。それもそのはずで、ローザはどう見ても女の子にしか見えなかったからだ。


「……ひょっとして、男の娘ということなのですか?」


それは下にアレがついているということを意味している。だから、ついそう訊ねてしまっても無理からぬことだった。すると、ヒースはまた否定した。


「ちがう!そういう意味ではなくてだな……」


かといって、前世の話をするわけにはいかずに、ヒースは「見た目は女の子、だが心は男」と苦しい言い訳をした。そして、上書きするように彼女がエリザの妹である可能性が高いと言った。


「お、お義姉さまの……妹?」


「きちんと調べたわけではないが、所持していた身分証に記載されていた父親の名は一致していたし、末尾に父上の署名があったから元々はルクセンドルフ領の出身だ。面影も似ているし、可能性は高いと考えている」


ヒースはそう続けて、無実の根拠とした。いくらなんでも、エリザの妹には手を出すはずがないだろうと。

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