第5話 悪人は、パシリ1号をGETする
「ねえ、ねえ、だっこしてもいい?」
生まれたばかりの妹の傍に行き、アンヌにかわいくお願いする。
「首がまだ座ってませんので、もう少しお待ちいただければ」
「ふーん、そうなんだ。わかった。もう少しがまんするね」
……前世で経験済みだから大丈夫なんだが、それを言い出すわけにはいかず、ヒースは素直に従うことにした。
(それにしても、かわいいなぁ……)
前世において息子も娘もいたから、今更赤子を見てこのような気持ちを抱くとは思わなかったが、素直な気持ちとしてこの妹はかわいく、とても愛おしい。
(政略結婚の駒にと思っていたがやめだな。誰にも渡したくない。この子は生涯ワシの傍に留め置こう。初めに覚えさせる言葉は、『わたし、お兄様のお嫁さんになる』の一択だな。よし、そうしよう)
……なんか、とんでもないことを考え出したヒースであった。
「ん?」
そのとき、部屋の窓に覗き込むような人の姿が見えた。
「何者だ!!」
ヒースは、窓を開けて怒鳴りつけると、後ろ向きに倒れて行く子供の姿が見えた。
ドスン!!
「おい、大丈夫か?」
窓の外で、尻もちをつく男の子を見て、ヒースは言葉をかける。そばには、大きな石がいくつか転がっていた。どうやら、それを積み上げて背丈の不足を補っていたらしい。
「テオ!!あなた、どうしてここに来たのよ!!」
背後に立ったアンヌの声がヒースの耳を突いた。
(テオ?すると、この子がアンヌの息子で、ワシの乳兄弟か!)
以前から時折耳にはしていた。アンヌと死んだ旦那さんとの間に生まれた子で、ヒースより一つ年上らしい。そして、生まれたばかりの妹——カーテローゼのもう一人の兄でもある。
「ここに来たらダメって、あれほど言ったじゃない!!」
「……だって、その子、俺の妹なんだろ?どうして会いに来ちゃいけないんだよ?」
「おだまりなさい!!この子は、伯爵家の御令嬢よ!!あなたの妹じゃないって何度言わせればわかってくれるのよ!!」
「……でも、その子は俺の妹だ。母上の娘で、俺の……」
アンナに強く叱られて、テオは俯きながら悔しそうに言った。
(ふむ……これは、使えるな)
ヒースの心の中に、邪悪な思考が芽生えた。
「アンヌ。その子は、ボクの乳兄弟なんだよね?」
前に言ってたよね、と付け足すと、アンヌは虚を突かれたような顔をして、
「おっしゃる通りです」
……と答えた。
「なら、ボクのお兄ちゃんだ。それなら、カリンにとっても、お兄ちゃんだよね?」
そう言って、ヒースは部屋から飛び出し、そのまま外に出ると、テオのところまで駆け寄った。
「わ……わかさま?」
先程まであれだけ威勢の良かったテオではあるが、さすがに伯爵家の御曹司を前にしてはそういうわけにはいかず、慌てて跪いて臣下の礼を取った。
しかし、ヒースはそんなテオの手を取って、「さあ、行こうよ」と言って部屋の中へと誘った。
「若様……あの……」
入ったことのない館の豪華な廊下を、手を引かれながら走り抜け、テオは妹の部屋に辿り着いた。
「テオ!!……若様……なんと恐れ多い……」
アンヌは声を上げたが……
「いいから、いいから」
ヒースは取り合わず、そのままテオを妹が寝かされているベッドへと連れていく。
「わあ……かわいい……」
「だろ?ボクたちの自慢の妹だ!!」
ニッコリ笑顔でそう言い放つと、テオの目に涙が浮かぶ。
「馬鹿。泣くなよ。兄は強くないとダメだろ?妹の前で泣くやつがあるか」
ヒースはポケットからハンカチを取り出すと、テオの目元に押し当てる。
「ありがとうございます……ありがとうございます……」
テオは何度も何度も感謝の言葉を述べた。それを見て、ヒースは心の内でほくそ笑む。
(よし!パシリ1号確保!!)
政略結婚の駒は失ったが、目論見通りの結果を得ることができて、ヒースは満足だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます