第121話 悪人は、ターゲットを見定めて

「サーシャよ。リートミュラー侯爵領に忍び込ませた【歩き巫女】からは、その後何か報告はあったか?」


「はい。侯爵家に仕える重臣たちの家にもれなく忍び込ませたところ、閣下に好意的ではない者は多数おられましたが……この2カ月余り妙な動きをする者はただ一人……」


そう言って、机の上に1枚の写真を置いたサーシャ。その者の名は、アドリアン・ベッカーといい、ヒースの弟であるトーマスの傅役を務める男だった。


「……間違いないのだな?」


「間違いございません。その者の屋敷には、顔の知らぬ男が幾度も出入りしていたと使用人たちから聞き取ったそうで……」


「ふむぅ……」


それが果たしてシェーネベック子爵の手の者かはわからない。だが、こういう時は十中八九よからぬことをたくらんでいるということだ。


(それに……)


侯爵家の家督を争うライバルは、間違いなくトーマスだ。その有力な後ろ盾をこの機会に葬ることは、ヒースにとっては悪い話ではない。この際、罪があろうがなかろうが関係ないのだ。


こうして、ヒースはこのベッカーを見せしめに選んだ。


「さて、これで標的が決まったわけだ。そこで、この手紙が生きてくるというわけだが……」


ヒースは先程の手紙のうち、その一つをアーベルに手渡した。それは、宰相ローエンシュタイン公爵の名で、リートミュラー侯爵宛になっているものだ。


「内容は、父上と母上に王都へ出頭を命じるものとなっている。何しろ、孫婿であるワシの暗殺をたくらんだのだからな。事情を説明するように……とまあ、そんな感じだ」


ヴォルフェン子爵の顛末は、内々で済ませることにしたため、ローエンシュタイン公爵も知らない話だ。だが、ヒースが侯爵領に乗り込んで謀反人共を誅殺するためには、二人を領地から遠ざける必要があった。


「しかし、ヒース様。……王都に着いて宰相閣下に面会を求められては、偽書だということがバレるのでは?」


「まあ、そうだろうな。だが、その頃にはすでに謀反人を誅殺した後だ。それに……ここにある『謀反の証拠』を突きつければ、父上も母上も何も言うことはできぬであろう」


そこでヒースは、2通目の手紙を……今度はサーシャに手渡す。


「これをベッカーの下に通わせている巫女に預けよ。隙を見て、屋敷のいずこかに隠してもらいたい」


その中身はバルムーアのルイ王の筆跡で、ヒースを手始めにオットー、ベアトリス、果てはトーマスまで殺害するという壮大な謀反計画の概要と「成功すれば、貴殿に侯爵領の全てを与え、我が国の貴族に封じよう」という褒賞が記されている。


「2年前にシェーネベック子爵の倅を嵌めた手法ではあるが……田舎者には真偽のほどを見抜く力はあるまい。……あと、エリザ」


「はい……」


「これらのことは、【揚羽蝶】に知られるわけにはいかない。なんとか、事が終わるまでの間、その動きを封じておきたいのだが……」


「……動きを封じる……ですか」


その言葉にエリザの顔が暗くなる。もちろん、これまで全幅の信頼を寄せていたことをヒースも知っているだけに、辛い選択をさせてすまない気持ちを持ち合わせてはいるが……だからといって目を逸らすわけにはいかないのだ。


「何かいい方法はないか?分散させて領地の外に出せれば一番良いのだが……」


そんな都合の良いネタはないのかと訊ねる。すると……エリザは少し考えた後に答えた。


「それならば……ヒース様の浮気調査をすることにしましょう」


「え……?」


どうしてそんな話になるのだとヒースは固まるが、エリザは容赦することなく話を続ける。


「ブレンツ男爵の御令嬢に、シェーネベック家のカタリナさん。ヴォルフェン子爵家のハンナ夫人も美しい方のようですから、調べさせましょう。何しろ、王太子殿下の婚約者を寝取られたのですから、人妻や未亡人も寝取っていても不思議ではありませんからね?」


えらい言われようである。しかし、このあたりはまだ手を出していないので、ヒースもまだ心のどこかに余裕があった。そして、調査のために分散させることになるので、要望は満たしている。だが……


「あっ!そうだ。スターナイト・シスターズの方々を忘れるところでした。折角の機会なのですので、味見をしていないか……調べてもらいますね?」


その言葉にヒースの心の余裕は一瞬で消し飛んだ。


「ま、待て。スターナイト・シスターズは別にいいだろ?もうじき、ほら……王都での公演も控えているわけだし……」


「それなら、尚更好都合ですね。王都なら【揚羽蝶】のみんなを伯爵領の外に出すことができますし」


「あ……」


エリザの言葉の正しさに思い当たり、ヒースは心の内で頭を抱えた。浮気がバレるのは、時間の問題である。やはり、悪いことはできないのだ。

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