第183話 悪人は、相変わらずのシスコン振りに呆れられる

「経験を積ませる?一体どうやって?」


怪我人を多く治療すればするほど、レベルは上がり今以上の高度な術を使うことができる。そのことはヒースも知っていた。だが、この国でそれを行えば、たちまちのうちにカリンが聖女であることがバレてしまうことになるだろう。


それが判っているだけにヒースは問う。どうやってその問題をクリアーするのかと。


「ちょうどいい方法が見つかったじゃない」


「いい方法?」


「バタンテール行きに同行させるのよ。あちらの様子はどうなっているのかはわからないけど、仮にも戦場になったのだから、怪我や病気で苦しんでいる人は大勢いると思うわ。それを治療すればいいのよ。……あちらでは顔バレしていないし」


「だが、いずれはわかるのではないか?目立てば、やがて教会の耳にも入るだろうし……そうなったら……」


「顔見知りの多いこの国ならともかく、バタンテールなら髪の肌の色を変えて、それに眼鏡をかけていれば、そうそう分かりはしないわよ。大体、先のバルムーア戦争であなたもやったのでしょ?聞いたわよ。エリザと一緒に王都テルシフに忍び込んで豪遊したって話……」


ルキナは呆れたようにその話題を持ち出した。詐欺師ルイス・フロイスの名は、亡国の元凶となったとして旧バルムーア国民の怨嗟の的になっている一方、その正体がヒースであるとは誰も気づいていないのだ。


何度もテルシフで発行されている新聞に、占領軍司令官として写真が掲載されたにもかかわらず……。


「つまり、カリンも変装すれば気づかれないと言うのか?馬鹿な……何を言っている。あの可愛くて愛くるしい顔がそう容易く世間の目を誤魔化せるとは到底……」


「……あなたのシスコンは相変わらず重症ね。大丈夫よ、ヒース。あなたがボロを出さなければ、バレやしないから」


ルキナは容赦することなくピシャリとそう言い切った。そして、決断を促すために、さっきアーベルから聞いた「このままだとベアトリスの治療が間に合いそうにない」と言っていたカリンの言葉を強調する。


「だからね、心配かもしれないけど、あの娘も連れて行きましょ」


「連れて行きましょって……ルキナ、おまえも来るのか?」


「え?そのつもりだけど、何か問題ある?」


「あるだろう。おまえ、この国の王女だろ?」


「さっきも言ったけど、変装すれば誰も気づかないわよ」


ルキナは何でもないようにそう言って、付け足すように事情も話す。彼女自身もこの機に経験を積み重ねて、スキルのレベルを上げたいということだった。


「それは……ハインリッヒを救うためか?」


「まあ……そんなとこかな。あなたは嫌がるだろうけど……一応、弟だし」


もし、ハインリッヒの記憶からあの忌まわしい記憶を【記憶操作】のスキルで消すことができれば……少なくとも今のように引き籠っていつ自害するかわからないような生活からは抜け出すことはできるだろう。


以前の記憶操作で、ハインリッヒの方はルキナのことを姉であるとは思っていないが、ルキナは姉として救いの手を差し伸べたいと思っていたのだ。ただ、気持ちは理解できるとして、ヒースは認めるより他に方法はなかった。


「そうか。それなら、仕方ないな。【陽炎衆】の者を手配するから、バレないようにな」


「うん……ありがと」


ルキナは素直に感謝の気持ちを伝えて、この話をいったんここで打ち切った。どちらにしても、今の話を実現するためには、まずエリザの出産を無事に終わらせなければならない。


「予定日は、10月上旬か。あと、半月近くあるな……」


「あっという間よ。それより、名前決まったの?」


「男か女か。どちらが生まれるのかはわからぬから、それぞれの候補を一応な。あとは、子の顔を見てから、エリザと話し合って名付けることになる予定だ」


場合によっては、マリカの時のように双子の場合だってあるのだ。その候補は男女ともにいくつか考えているとヒースは言った。ただ……その表情はとても喜びに満ち溢れていて、ルキナは羨ましく思った。


(次は自分が……)


実の所、ヒースに言っていないことがルキナには一つだけあった。それは、バタンテールに付いて行くという話は、何もスキルのレベル向上のためだけではなかったのだ。そう……もう一つの目的は、子作りだ。


(エリザは、出産直後で動けないから、バタンテールではわたしが独占できる)


そんな打算はもちろん今は言わない。あとは目論見通りに事が進むように、準備や根回しを進めるだけだ。そう、着々と……。

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