エピローグ⑤ ヒース王の日記(後編)

毎年一度、ロマリア王国では、人類のために最大たる貢献をした者に対して表彰することになっている。そして、それは賞の創設を提唱した故・オリヴィア王妃にちなみ、『オリヴィア賞』と呼ばれている。


「……だけど、まさか俺たちが貰うとは思ってなかったよなぁ」


『ヒース王の日記』が当時のロンバルド王国の裏事情を知る文献として、国際的に高い評価を得たギテールらは今、『文学賞』を受賞して苦笑いを浮かべた。


何しろ、紆余曲折の末に5年前に刊行した内容は元の分量の3分の1に過ぎず、しかも、内容についても王政府の検閲によっていくつか修正されているのだ。本当にこの程度で賞を貰っていいものなのかと悩みもした。


だが、そんな彼を励ますように、サラが言った。「だから文学賞なのよ」と。やはり、色々と抜けている現状では、裏事情を伝える貴重な文献ではあるものの、フィクションも織り交ぜている『物語』の類と、世間では実際に評価されている。


「……特に晩年のヒース王がアーベルとテオという供を従えて王国各地を旅して、悪徳貴族を成敗する話。あれがウケての受賞だから、何か複雑よね?」


「『ヒース王漫遊記』だったか?初め、演劇にしたいとオファーがあったときは驚いたけど……」


ギテールはそう言ってため息を吐いた。その演劇は、今やロンバルド国内に留まらず、世界各地でも大人気だ。そして、その人気は、彼の思惑とは反して、ヒース王を誰もが認める『正義の味方』に押し上げた。


「なぜ、こうなった……あやつは紛れもない稀代の極悪人だぞ?」


「まあ……悪い部分をちょっとでも正直に表に出しちゃうと、一撃でロンバルドが吹っ飛んじゃうからね。仕方ないと言えば、仕方ないのかな?」


「でも、いつかは全部を明らかにするわ。わたしが即位したら必ずね」


そして、そんなサラの余計な一言に触発されたのか、エレナが力強く二人に向かって宣言した。しかし、そんな彼女にギテールは「やめておけ」と忠告した。


「なんで?ギーくんは悔しくないの?」


「悔しくないことはないさ。だが……エレナもわかっているだろ?さっきもサラが言ったが、全てが明るみになれば、ロンバルドは世界を敵に回して戦わなければならない。だから、ヒース王は表に出ないように暗躍したはずだ。やり口は汚いが……為政者としての判断としては間違っていない」


「あら?珍しいこともあるのね。ギテールがヒース王のことを褒めるなんて」


「サラ……別に、俺は褒めてなんかいないぞ。だけど、俺たちの自己満足のために大勢の人が命を落とすとなれば、目覚めが悪いだろ?」


それゆえに、ギテールは個人的にはムカつくが、全ての資料の公開は行わない方がよいと言った。そして、そこまで言われたら、エレナも意地を張るわけにはいかなかった。


「わかったわ。ギーくんのいうとおりにするね。日記の完全版は……そうね、ロンバルドが滅ぶその日まで、王宮の宝物庫に厳重に保管して外に漏らさないようにするわ」


でも、エレナはもう一度、「それで本当にいいのよね」と二人に確認した。気遣われていることが理解できるため、申し訳ない気持ちを抱きながらも。しかし、ギテールもサラも決意は変わらないことを伝えた。それならもう、この話はお終いだ。


「それで……これから二人はどうするの?」


「ん?もちろん、結婚するぞ。招待状も送っただろ?」


「ええ、貰ったわ……って、そういうことじゃなくて、前にも言ったじゃない。わたしの側で政務を手伝ってくれないかって……」


未来の女王として、エレナが今やらなければならないことは多い。特に政務に関してはまだまだ勉強不足で、助けてくれる人が欲しかった。


しかし、ギテールは首を左右に振った。日記に関する調査は今日で終了だが、この国に限らず、ヒース王の足跡は世界の各地にあるのだ。次は、そちらの調査をしたいとエレナに告げた。


「そう……つまり、まだ転生しても戦うつもりなのね?」


「まあ、そういうことになるな。次は負けるわけにはいかないのでね」


自分が勇者義輝の生まれ変わりであること、そして、ヒース王こと松永久秀との因縁については、エレナもすでに承知していた。だから、次の人生に備えて、さらに調べたいというのなら、止めるわけにはいかなかった。


「でも……たまには会いに来てよね。わかっていると思うけど、わたしって友達が少ないのよ」


「わかっている。これからも、こちらにいる限りはサラと一緒に、なるべく顔を出すことにするよ」


「きっとよ」


最期に互いにそう言って最後に握手を交わして、エレナはギテールたちの元から離れて、迎えの馬車が停まっている方へと去って行った。その後ろ姿はどこか寂しそうであったが、だからといって声を掛けたりしない。


「じゃ、俺たちも行こうか……」


そして、ギテールはサラと共に反対側へと歩き出した。「打倒・松永久秀」の道は、この先もずっと、果てしなくどこまでも続いていた。

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戦国のボンバーマン、異世界転生でヒャッハーする 冬華 @tho-ka

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