第257話 悪人は、着々と事を進める
領地での謹慎を命じられたオリヴィアが、ルドルフに連れられて王都を出立してから、早半月が過ぎようとしていた。その間、ヒースはコルネリアスと取り決めした通りに、事を進めていた。それは主にヘレンの地位を引き上げる工作だ。
「やはり、ブレンツ伯爵の養女になること自体は、誰も問題視しておらぬようじゃのう」
今日の昼間、ハインリッヒの寵姫であるヘレンは、王宮の広間にて昨日陞爵したばかりのブレンツ伯爵の養女になったことを主だった重臣、貴族たちの前で報告した。但し、前例がないわけでもないので、【揚羽蝶】や【歩き巫女】に探らせてはいたものの、それに反発する声に関する報告は届いていなかった。
「しかし、ヒース様。この後は、ロマリア王家の養女にする手筈なのでしょう?」
それなら、流石に至る所から反発の声が上がるのではないかと、今宵の話し相手であるエリザは懸念を示した。何しろ、ヘレンは平民で、そのことは誰もが知っていることなのだ。場合によっては、様々な理由で『よからぬ企て』をたくらむ者も現れるのではないかと。
「まあ、エリザの言うとおりだな。この国にはまだまだ阿呆がおるからのう」
「ですが、その様子からすると、手を打たれておられるのでしょう?」
「もちろんだ」
ヘレンがロマリア王家の王女となり、ハインリッヒの妃に収まることを納得できないであろうと予測できる勢力は、ある程度既に絞り込んでいる。その筆頭は、王妃の座を狙っているアルマとその一派であるのは間違いないが、他にもいないわけではない。
「王家を極端に崇拝する極右団体に、この機会に王位の簒奪を窺っている分家の連中、あとは……王族貴族を妬む共和主義者というとこかな。だが……それらについては、国家情報局や秘密警察を動員して、すでに見張らせてある」
「それでも、出し抜かれたりはしませんか?ヒース様はいつも詰めが甘いわけですし……」
エリザは少しからかうようにそう言った。だが、ヒースは明確に否定した。この程度の連中ならば、もし出し抜かれても脅威になったりはしないと。
「すると、やはり危険なのはアルマ嬢とその一派ということなのですね?」
「その通りだ。だから、ワシは東の大陸に派遣していた【陽炎衆】を戻してでも、監視させておる」
「東の?しかし……それでは、勇者の監視は……」
「数か月か、あるいは半年くらいなら全然大丈夫だろう。奴はアムール連邦からも追われてその東の彼方にいるのだ。そう短期間で、簡単に戻って来ることはできまい?」
「それは……そうかもしれませんが……」
しかし、自信満々に答えるヒースにエリザは一抹の不安を感じた。さっきも言ったが、この人は何かと詰めが甘いのだ。
(何も起こらなければいいのだけれど……)
ただ、こうして心配しても、ヒースの決定をひっくり返すだけの材料をエリザは持ち合わせてはいない。ゆえに、この点に関する話はここで終いとして、これからの予測を訊ねた。アルマらはどのような手に出ると考えているのかと。
「そうだな……おそらくだが、ヘレンを毒殺しようとするのではないかのう」
「毒殺?」
「ああ。何しろ、ヘレンが死ねば、王妃の座は空くわけだ。あとは自分たちがやった痕跡を見つからないようにすれば、ハインリッヒに愛されていると妄想している女のことだ。自分が王妃になると疑わぬだろう」
だが、そこをヒースは利用して、関係者すべてをあぶり出すつもりでいると語った。もちろん、暗殺は阻止するとして。
「すでに、あやつの側には【陽炎衆】を侍女として潜り込ませておる。ロマリアの養女となったタイミングで、入れ替わらせるためにな」
「ですが、それではその【陽炎衆】の者が命を落とすのでは?」
「それは問題ない。その者には、ワシと同様に【毒耐性】のスキルがあるし、何より毒を嗅ぎ分ける能力もピカイチだ。自分から死のうと思わぬ限りは、そのような間抜けな話にはならぬよ」
「そうですか……」
それならよかったと、エリザはホッと胸をなでおろした。上に立ち者として、時には必要な犠牲と割り切らねばならぬかもしれないが、それでも死なないのであれば、それに越したことはないと。
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