第258話 悪人は、反乱の背景を深読みする

しかし、順調に進むはかりごとの裏側で、ヒースにとって思わぬ事態が発生した。それは……リートミュラー侯爵領における内紛だ。


「なに!?家宰のジェームスが息子に殺されただと!」


「はい……さらに申し上げれば、運悪く侯爵ご夫妻が領都を離れており、同調する家臣らと共に弟君を擁して立て籠もられているとか……」


危急を告げるリートミュラー侯爵領からの使者は、領都に立て籠もっている兵力はおよそ三千と申告した。但し、それ以上のことはわからないとも。


「つまり、その反乱にトーマスが同調しているのか、それとも人質になっているのかもわからないということか?」


「はい……すでに領都の門は固く閉ざされていて、中の様子はまったくわかりません」


「父上と母上は?」


「滞在されていた東部アーネムで兵を集めておいでですが……」


「なかなか集まらないか?」


「御意にございます。ですので、殿下におかれましては援軍の派遣をお願いいたしたく……」


兵士はそう言って、オットーから預けられた書簡を手渡した。そこには、今伝えられた内容が記されていた一方で、それ以上のことは何もなかった。


「仔細は承知した。暫し考える故、その方は別室で待つように」


そして、兵士を下がらせると鈴を鳴らし、現れた使用人に告げる。「すぐにエリザとアーベル、あと、クリスティーナ嬢に使者を送りお招きするように」と。


「くそ……どうする?今、王都を離れるのは余り得策ではないぞ……」


使用人が役目を果たすために下がり、一人になったところでヒースは天井を見上げて独り言ちた。もちろん、放っておくわけにはいかないが、ヘレンを王妃にする企ても、オリヴィアを無事にロマリアの王妃に据える企ても、自分がこの王都で睨みを利かせてこそ揺るぎなく進めることができるのだ。


「まさか……そのことに気づいて、手を打たれたということなのか?」


それならば、話はただ反乱を鎮圧すればよいだけではないのかもしれないとヒースは警戒した。この王都を留守にした隙に、今度はこちらで火の手が上がることもあり得ない話ではない。


「あの……お呼びということで参りましたが……?」


「おお、エリザ。それに、アーベルもよく来てくれた。実はだな……」


二人が現れたことで、ヒースは先程届けられた知らせを伝えて、まずは情報を共有した。そのうえで、自分の意見も付け加える。


「つまり、お義兄さまは、今回のことにアルマ嬢の一派が絡んでいるのではないかと疑っておられるのですね?」


「そうだ。そして、もしそうであるならば、ワシがのこのことリートミュラー領に赴いた隙に、この王都で火の手が上がるのではないかと懸念しておるのだ」


それは、王妃候補であるヘレンの暗殺……あるいは、ハインリッヒを廃して別の王を立てる企てがあってもおかしくはないと。


「別の王ですか?」


「アルマはもしかしたら純粋にハインリッヒを慕っているだけかもしれないが、その後ろにいる連中は、ただ権力を得て甘い汁を吸いたいだけだからな。それならいっそのこと、そこまで話が進むことだってあり得ない話ではない」


そして、その時担がれる王族の筆頭は、王弟フィリップ王子だろうとヒースは予測した。


「すると……ヒース様は、アルマ嬢の一派にラクルテル侯爵も加わっていると?」


「それはわからない。しかし、オリヴィアがコルネリアスの妃となれば、ヤツからすれば『話が違う』ということになるだろう。その話を知られたら……」


「なるほど。フィリップ王子共々、あちら側に寝返ってもおかしくはないということですね。あとはその妃にアルマ嬢を据えて……」


エリザがまるで答え合わせをするかのように確認してきた言葉に、ヒースは頷いた。ゆえに、この状態で王都を留守にするのは危険なため、どうするべきかと二人に訊ねた。


「しかし、このまま反乱を放置するわけにはいかないのでしょ?」


「ああ。父上がこうして助けを求めてきている以上は、無視するわけにはいかぬし、それに……」


「それに?」


「死んだジェームスは、これまでリートミュラー侯爵領のほぼ全てを差配してきた男だ。その男が居なくなった以上、やはり足元を固め直さずに放置するのは得策ではない。体制の立て直しは必然だ」


ヒースはこうして思いを述べた。述べながら……やはり、行かなければならないと決意を固めていく。そして、その決意は目の前にいた二人にも伝わったのだろう。


「それならば……この王都を留守にしても問題ないように策を講じなければなりませんね」


やがて、アーベルがそう口にして、この議論に結論を出した。その時、クリスティーナが到着したと部屋の外から使用人が告げたのだった。

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