第203話 悪人は、陰謀を知るも黙殺する
「ほう……色々と面白くなってきておるようだな」
年が明けて早2週間。来週には魔王城で今世3度目の結婚式に望むこととなるヒースは、エリザから受け取った報告書の1枚目に目を落として、不敵な笑みを浮かべた。
「それにしても、傑作だな。あのハインリッヒが宗教にハマって、改心するとはな」
その中身は、近頃のハインリッヒの行動についてだった。報告書では、女遊びもやめて立派な王になることを目指して、勉学に励んでいるとあった。
「しかし……ローザは知らないんですよね。そんな話になっていることは……」
後で問題にならないのかとエリザは心配した。何しろ、ヒースはいつも詰めが甘いのだ。また思わぬ墓穴を掘らなければよいが……と。
だが、ヒースは取り合わない。そもそも、それでローザに災いが及ぶとすれば、自業自得だとまで言い放つ。
「いっそのこと、これが縁でくっついたりしても面白いな」
「ですが……そんなことになれば、オリヴィア嬢の方は……」
「どちらにしても、いずれ立場を失うことになるだろうよ。大したことではあるまい」
そう呟きながら、ヒースは次の報告書に目を通す。そこには、クラウディアがなんとかオリヴィアを支えようと奔走している内容が記されていた。
「炊き出しにラクルテル侯爵を巻き込んだか。なるほど……やつは亡きクレナ王妃の再婚相手だから、ハインリッヒの義父と見えなくもない。つまり、世間の評判をオリヴィアに集中しないようにするというのが表向きの狙いか……」
しかも、結果的にはハインリッヒの評判回復に繋がるのだから、オリヴィアの願いにはかなっているのだ。説得も左程難しくはなかっただろうなとヒースは推察した。
しかし、一方でその裏にある魂胆も理解する。
「ヤツの本当の狙いは、フィリップか……」
「フィリップ?」
その名は、昨年バルムーアから連れ戻されたハインリッヒの弟の名前。エリザはどうしてその名前が出るのかわからずに、口に出してしまった。
すると、ヒースは答えを告げるように説明する。
「クラウディアの真の狙いは、オリヴィアとそのフィリップを結ばせるということだ。ラクルテル侯爵はそのフィリップの後見人だからな。今回の炊き出しで侯爵と知己を得たことを足掛かりに、ハインリッヒから少しずつシフトさせるつもりだろうよ」
「上手く行くのですか?」
「わからん。ただ、フィリップは10歳でオリヴィアは12歳だ。別に釣り合わぬというわけではあるまい。そして、そうなれば、折角回復の兆しを見せるハインリッヒの名声に傷がつき、名君の誕生を望まないワシの意向にも沿うというわけだ」
中々やるではないかと、ヒースは機嫌よく笑った。
「それでは、このままオリヴィアさんのことは任せると?」
「ああ、そのつもりだ。正直期待はしていなかったが……あとで面白いものが見れそうだからな」
ヒースはそう言いながら、この話はこれまでとして次の報告書に目を移した。しかし……
「むっ?これは……」
今まで上機嫌だったヒースの表情が突然険しくなった。
「行方不明だったバランド侯が今回の勇者召喚に絡んでいるというのか。しかも、その際に我らを殺す算段もしていると?」
「そのようですね。さらに言えば、ブルボン辺境伯らバルムーアの主要な王族、貴族もこれに大なり小なり加担しているようです」
もちろん、その報告書の中身はエリザも目を通していた。ゆえに、ヒースに対応を訊ねる。事前にわかっている以上、関係者を捕えて勇者召喚自体を潰してはどうかと。
「ローエンシュタイン公らに申し上げてみてはいかがでしょうか?」
「いや、あの爺らはワシを牽制するために勇者は必要だと判断しているのだ。言った所で訊くまいよ。それならな……」
ヒースは囁く。これを利用して、リヒャルトを始めとする今の政府上層部を一掃するのも悪くはないと。
「身の程知らずにも、ワシを脅したのだ。報いを受けるべきだとは思わぬか?」
「ですが……リヒャルト殿下はルキナ殿下の……ローエンシュタイン公はクラウディアの……」
「わかっている。だから、ワシは知らぬことにする。助けもせぬが、連中も支援したりはしない」
それならば、例え運悪く死んだとしても、自分のせいではないだろうとヒースは言い切った。但し、本音で言えばこの際に始末できればと思っていることは、エリザから見ても丸わかりであったが……。
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