幕間 勇者義輝は、帰還する
「ほう……これはすごいな……」
一瞬で周囲の景色が変わり、義輝は思わず声を漏らした。当然である。このような体験は、将軍であった日の本においても、経験したことがないからだ。そして、そんな彼と随行している武蔵に近づく者たちがいる。その男は、ヘルモント子爵と名乗った。
「すると……ここは、ロンバルド王国ということなのか?」
「はい、そのとおりにございます」
この転移陣は、王都リンデンバークから南に100キロの地点にある遺跡に設置されていた。かつては、ヒースの息のかかった商人しか使用が認められていなかったが、今では5千Gの通行料を支払えば、誰でも使用することが可能になっていた。
また、そういう事情もあって、この遺跡の側には宿場町ができている他、王都までの道も整備されている。義輝を出迎えたヘルモント子爵は、まずは王都に入ることを勧め、馬車に案内しようとした。しかし……
「むっ?」
「如何なさいましたか?」
「そこの新聞に書かれている内容……誠か?」
「新聞……?」
急に足を止めてそう言った義輝に釣られて、ヘルモント子爵が彼の視線の先を見ると、そこは売店で、入り口には確かに新聞が置かれていた。但し、内容は……『オリヴィア嬢、国王陛下より婚約破棄を言い渡される』と記されていた。
「興味がおありで?」
「オリヴィア嬢には、以前親切にしてもらったからな……」
そう言いながら、義輝は売店に近づきその新聞を取ると、2Gを店員に渡して早速内容に目を通し始めた。すると、そこには国王であるハインリッヒが愛人に唆されて、オリヴィアの罪をでっちあげ、婚約破棄を申し渡したと記されていた。そのため、義輝の表情が次第に険しくなっていく。
「義輝殿?」
「許せぬ。このハインリッヒという男、よくもオリヴィア殿を……!」
滲み出る怒りは抑えきれるものではなく、周囲を威圧した。売店の店員も青ざめて腰を抜かして座り込んでいる。ゆえに、このままではまずいことになると、透かさず武蔵が宥めに入った。
「上様……ひとまず、馬車に参りませぬか?ここは何かと目立ちますゆえ……」
何しろ、いつどこにアルデンホフ公の手の者が潜んでいるかわからないのだ。武蔵の諌言によりそのことを思い出して義輝は一先ず怒気を鎮め、言われる通りに馬車へと急ぐことにした。そして、そんな彼の様子を見て、ヘルモント子爵は先導しながらも確信した。
この感情を上手く導くことができれば、アルデンホフ公のみならず、ハインリッヒ王も始末できると。ゆえに、馬車の中で義輝の怒りがさらに燃え上がるように、歪曲した情報を提供した。
それは……近々、オリヴィア嬢が国外に追放されて、そのまま修道院に閉じ込められるというものだ。
「修道院?」
「日の本で言えば、尼寺送りとなるということですよ」
「なっ!?」
馴染みのない言葉であったが、武蔵に教えてもらって、義輝は絶句した。
「なぜ、そのようなことになるのだ!?そのハインリッヒとかいう男が全部悪いのではないか!」
「そうは申されても……ハインリッヒ陛下はこの国の王でございますからな」
「王であれば、何をしても良いというのか!実に怪しからん話ではないか!」
その上で、興奮した義輝はそれを止めない臣下たちの不甲斐なさを責めた。もちろん、その臣下の中には目の前のヘルモント子爵も含まれる。ゆえに、彼は弁明することにした。これには仕方がない事情があると言って。
「つまり、子爵はその……アルデンホフ公とやらが全部悪いというのだな?」
「はい、その通りでございます。彼の人物こそが、この国の全てを牛耳るために陛下を暗愚に導き、世を乱す元凶にございます。そして……」
「その男こそが、余が探している怨敵・松永久秀ということなのだな?」
「おそらくは……」
ヘルモント子爵は、そのうえで懐から1枚の写真を取り出して、それを義輝に渡した。それは、ターゲットであるアルデンホフ公の写真だ。しかし……
「この男は……」
受け取った義輝は、写真を手にわなわなと震えていた。何しろ、写っている男は、以前王都で久秀をあと一歩のところまで追いつめた時に町の裏道であった少年にそっくりだったのだ。してやられたことに気づき、悔しさが腹の底から湧き上がってきた。
だが、それゆえに今度こそ逃がさないと決意を固める。馬車はこの後、およそ三日をかけてヒースのいない王都を目指して進むのだった。
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