幕間 母親は、息子の出自に関する疑惑を……
窓の外を見ると、2台の馬車が護衛の騎士たちに守られて、この館から遠ざかっていく。それらは徐々に小さくなっていき、最後は市街地に吸い込まれるように消えて見えなくなった。
「行ったようね……」
あの場所にヒースとエリザが乗っていた。寂しさを感じてベアトリスがそう独り言ちると、「ああ、行ったよ」という声が聞こえる。窓から目を離して振り返ると、そこには夫の姿があった。
「……忙しいんじゃなかったの?」
「ああ、忙しいな。ヒースの奴、素直に家督を受け取ってくれればいいのに、『あと3年待ってくれ』だもんな。本当に身勝手な奴だ」
ヒースがルクセンドルフ領に戻るにあたり、領主の仕事は再びオットーの元に戻ってきた。実際にあと30分ほどで、家宰となったジェームスが招集した会議に参加しなければならない。
だが、オットーはそれでも昨日と同じようにベアトリスの隣に座る。少し話がしたいと言って。
「なあ、ベティ。カリンのことだが……」
そして、そう話を切り出したものの、どこかオットーは歯切れが悪かった。だから、ベアトリスは彼の懸念を当ててみることにした。それはすなわち、カリンが『聖女』であるということがヒースたちにバレてしまったことだろうと。
「そうでしょう?」
ベアトリスがオットーに答え合わせを求めると、「ああ、そうだ」と彼は認めた。二人はロシェル司教からの知らせによって、カリンが『聖女の卵』であることはすでに知っていたのだ。
「でも……あなたが前に懸念していたように、ヒースは少なくとも自分の栄達のためにカリンを教会に売ったりしないわ。むしろ、バレたら教会を焼き討ちにしてでも守るとか。頼もしいわよね」
病床に臥している間に上がってきていた報告にはそのように書かれてあったと、ベアトリスは言ってその懸念を払拭しようとした。だが、それはそれで、オットーは頭を抱えた。そんなことになれば、侯爵家はこの国のみならず、世界中を敵に回してしまうと言って。
「……なら、あなたはどうしたらいいのかしら?」
「それは……金輪際、魔法を使わせずに……とにかく、目立たせないことだ」
そのために、高等学院を卒業したら、あの婚約者共々生涯田舎で過ごさせればよいとオットーは言った。ベアトリスはそんな夫の覚悟の無さに呆れて重要なことを突きつけた。
「あのね……それじゃ、わたしはあと5年で死ぬんだけど。あなたはそれでもいいのね?」
「え……?いや、それは……」
娘も大事だが、妻であるベアトリスももちろん大事だ。それゆえに、オットーはどうしようかと悩み始める。すると、ベアトリスはオットーにも聞こえるほどの大きなため息をついた。
「ホント……情けないわね。ヒースたちは、わたしを助けるために教会を敵に回す覚悟を決めたのよ。それなのにあなたは、そんな小さなことすら決められない……。これじゃあ、あの子にかなうはずもないわね……」
その言葉は、鋭利な刃となってオットーの心を貫いた。今回のクーデター騒動といい、器の違いを十分に思い知らされていたからだ。だから、つい苛立ちのあまりに長年心の内で溜まっていた疑念を……零してしまった。
「ヒースは……本当にボクの子なのかい?」
口に出した瞬間に、ベアトリスの表情から感情という感情がすべて消えて、代わりに軽蔑の眼差しが向けられた。オットーも「しまった」と内心では焦るが……それも後の祭り。こうなっては審判が下るのを待つしかなかった。だが……
「……可笑しなことを聞くのね?」
ベアトリスの口から飛び出したのは、怒鳴り声でも罵声でもなかった。呼吸を整えて、努めて冷静に話そうとして……「一度しか言わない」とした上で、これが真実だとしてオットーに告げる。
「紛れもなく、ヒースはわたしとあなたの子よ」
その証拠として、息子にまつわる報告書だと言って彼に突き付けた。それは……8人も愛人がいて、エリザに叱られたという内容の物だった。
「あなたが疑っているリヒャルトは、とても身持ちの固い人よ。遥か昔に亡くなった恋人を想い続けてね……。だからもし、あの子が彼の子なら、まだ15歳なのにこんなに愛人を作ったりはしない。違うかしら?」
だから紛れもなく、ヒースはオットーの息子であるとベアトリスは断言した。そして、この質問に答えることは二度とないと。
「もし、それで納得できないのなら、離縁状を持ってきなさい。喜んで受け取ってあげるから!」
そこまで言われてしまえば、オットーは何も言えなかった。しょぼんと肩を落としながら、時間が来たと呼びに来たカルロスに連れられて、会議に向かうのだった。
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