幕間 隣国の若き英雄王は、この世界の桶狭間に挑む(後編)

「よいか!目指すは本陣。ランデル王ロマノフの首のみぞ!全軍、突撃!!!!!」


「「「オゥ!!!!」」」



やや強めの雨が降りしきる中、丘の上に陣取ったジェームス王は、大きな声で号令を下した。すると、ここまで供についてきた3千余の兵士たちが彼と共に一気に坂を駆け下りて行く。


そして、対するランデル軍は……油断していたのか、ほぼ無防備だった。


「へ、陛下をお守りしろぉ!!!!」


本陣の近くにいたいくつかの部隊が異変に気付いて駆けつけようともするが、ここは山とジェームスらがいた丘に挟まれた隘路であり、近づくことは容易ではなかった。そうしているうちに……


「ランデル国王ロマノフ2世!このケンプが討ち取ったりぃ!!!!」


本陣のあった方角から大きな叫び声が戦場に響き渡り、この場にいたランデル軍の兵士は皆、敗北を知った。


「そ、そんな……馬鹿な……」


それは誰が言った言葉だろうか。しかし、多かれ少なかれ、この場にいたランデル軍の兵士たちは同様に思い、戦意を喪失した。無論、すぐに気を取り直して、主君の仇を討つべく行動に移そうとした者もいなかったわけではないが、目的を果たしたジェームス王はすぐに引き上げていったため、追いつくことはできなかった。





「ふぅ……上手く行って良かった」


ロマノフ王を討ち取ったデーンの狭間から王都キュラソルに帰還したジェームスは、出迎えたバーミントン公爵にホッとしたような顔でそう言葉を吐き出した。


そして、この戦いで、ランデル王とこの国の前国王の両者を討ち取ったことは、満点以上の結果であった。ゆえに、自室に入ったジェームスは、早速今後のことをバーミントン公爵と密談することにした。


「ランデルの王太子は暗愚であると評判だ。これをどうするかだが……」


「混乱に乗じて攻め込みますか?今ならある程度は領地を切り取ることはできるでしょうが……」


但し、「ある程度切り取れる」ということは、完全には潰すことができないことを意味している。兵力差もあるが、山間部を領地としているランデルは、防衛戦に適した土地でもあった。


もちろん、そのことはジェームスも理解している。ゆえに、別の手を考えていると告げる。


「なるほど……ラリダの旧王族を焚きつけて、独立させるのですな」


ラリダ王国。それはかつて、ローゼンタール王国の国境にあった国の名前だ。15年前にランデル王国に併合されたが、王太子だったリチャード王子を始め、健在なものは多い。


「リチャード王子などは、死んだロマノフ王の姪を妻に迎えてランデルに忠誠を誓っているようだが……それは本心ではあるまい。誘えば、きっと話に乗って来るはずだ」


そして、その策が上手くハマれば、ジェームスは西側に警戒する必要は当面なくなる。そうなると、進む先は北か東か、はたまた南ということになるが……


「南のロンバルドは、ランデルの同盟国だ。これを叩いておかなければ、北へだろうが東へだろうが向かっても背後を突かれかねない」


ジェームスは迷うことなく、次のターゲットにロンバルドを選んだ。ランデルと肩を並べるほどの大国ではあるが、王は幼少の上暗愚、さらに宮廷クーデターまで起きていて、付け込む余地があると。


「しかし、腐っていても大国ですぞ。まず兵力差があります」


「その点については、傭兵で穴埋めするつもりだ」


金なら潤沢にあり、しかも、東の大陸は長く続いていた戦乱の時代に決着がついて、平和な時代が到来したことから、戦いに長けた多くの者たちが活躍の場を求めてカレスタット港にやってきているのだ。それらの者たちを雇えばよいというのがジェームスの考えだった。


「それならばどうだ?やれるとは思わぬか?」


無論、そんなにことが簡単に進むとは思えないが、この話には夢があり、バーミントン公爵も笑顔で付き合った。そうなれば、良いと思いながら。


しかし……彼らの夢を打ち砕く知らせは、そんな幸せの最中に訪れた。


「大変です!一大事です!!」


遠くからでも聞こえるくらい大きな声で叫びながら駆け込んできた兵士の姿に、バーミントン公爵が王に成り代わり「どうしたのか」と訊ねる。何がそんなに一大事なのかと。


すると、その兵士は呼吸を乱したままで事態を告げた。


「申し上げます!カレスタット港が……魔物に襲われていて!」


「「な、なに!?」」


何かの聞き違いかと思いながらも、双方が同じように声を上げたため、ジェームスもバーミントン公爵もその線は捨てる。だが、なぜそのようなことになっているのかわからない。


「どうして……どうして、そんなことになっている!海獣は駆逐されたのではなかったのか!?」


「わかりません!わたしは……言われたことだけお伝えに上がっただけでして……」


「ええい!使えん!!とにかく、見に行く!!馬を引けぇ!!」


「は……ははあ!!」


ジェームスはこうして公爵との夢のある談笑を打ち切って、慌ただしく部屋から出て行った。もし、カレスタット港を失うことになれば……隣国に攻め込むどころか、財力源を失って一転滅亡の坂道を転がり落ちかねないのだ。


こうして、この世界の『織田信長』になるはずだった男の野望は、ヒースが保身を図ったことが原因で潰されてしまう。それが誰にどのような幸運をもたらすかは、この時点では誰もわからないが。

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