第5章 稀代の悪人は、隣の国にお礼参りをする
第135話 悪人は、愛人問題で下種な決断を下す
もうすぐ年が明けようとしていた。
学院が冬休みに入ったことで、リートミュラー家に戻っていたヒースは、その瞬間を特別な思いで迎える……といったこともなく、エリザを相手に夜のお務めを頑張っていた。
「あ…ああ……!」
組み敷く彼女の口から艶っぽい声が零れて……ヒースも絶頂に達する。体の相性は悪くはないと感じるが、今日これで5発目ともなれば、流石にやり過ぎたと自省する。
「エリザ……今宵はここまでに……」
仰向けになったままぐったりとして動かないエリザにそう告げて、開放するかのように離れてベッドから起き上がろうとしたが、その刹那……手を握られて、もう一度とせがまれる。
「しかし……これ以上は……」
「だ…大丈夫よ。そ、そこの……引き出しに小瓶が…あるでしょ?」
「ん?……あるな。だけど、これは……」
手に取ったその小瓶に書かれていたのは、『マムシドリンク』の文字だ。ヒースの顔が引きつる。いくら何でもやり過ぎだと。だが、エリザは折れない。
「早く、妊娠しないと……このままでは、わたしは……」
「待て、エリザ。前にも言ったが、マリカのお腹の子は決して認知しないから焦るな。それに、例え子ができなくても、ワシの正妻はおまえ以外にあり得ないから落ち着いてくれ!」
とにかく彼女の心のうちにある懸念を払拭させようと試みるヒースであったが、マリカが妊娠したという出来事は、それだけ強いストレスを与えてしまったのだろう。
「だめよ……このままじゃ、わたし……また捨てられる。そんなのいや……」
幼少期のトラウマまで思い出してしまい、挙句の果てに大粒の涙を流して泣き始めた。こうなると、結局何も言えなくなり、ヒースは仕方なくそのマムシドリンクを彼女に飲ませて、本日の6回戦に突入した。だが……
(このままだと、まずいな……)
我ながら酷いことだとは理解しているが、目の前で涙の跡を残して抱かれている彼女のために、ヒースはブレンツ男爵から先日提案された解決案を受け入れることを決めたのだった。
翌朝、新年が明けたばかりだというのに、ヒースはマリカの部屋を訪ねて……土下座した。
「ヒ、ヒース様?これは一体……」
「すまない、マリカ。このままでは、エリザの心が壊れてしまうんだ……」
そう言って、ここのところの事情を洗いざらい打ち明けた。つまり、マリカが先に妊娠してしまったことで、妙なプレッシャーを感じてナーバスになっていると。
「……それで、ブレンツ男爵の後妻になれと?」
「形だけだ。男爵はおまえに指一本たりとも触れることはない。ヤツの目的は、生まれたワシの子を跡取りとして、関係を強化することだからな」
そして、それは何も今お腹の中にいる子だけに限らない。今後、ヒースとの間に第二子、第三子と誕生することであれば、全て自分の子として扱うとも言ってくれている。
(まあ……その場合は、養育費や身が立つだけの領地や財産を分与するようにせねばならぬがな……)
世の中、タダというものは何もない。しかし、それでも今のエリザを救うためならば、願ったりかなったりだ。ただ……そんなヒースの姿は、マリカにとっては残酷だった。
「それほどまでに……エリザ様のことを?」
「ああ、愛している。彼女はワシにとって何物にも代えることができない宝物だ」
我ながら下種なことを言っていると自覚しながら、ヒースは彼女の未練を断ち切るためにはっきりと言い切った。もし、激高してナイフで刺すというのなら、甘んじて受けようとも覚悟して。
しかし、マリカは何でもないように、ヒースの提案を受け入れると答えた。「忍びにとって、主の命令は絶対だから」と言って。
「それに……エリザ様に赤ちゃんが生まれたら、またご寵愛を受けることができますよね?今のお話だと」
「ああ、もちろんだ」
「だったら、わたしは構いませんわ。この子も居ますし……」
そう言って彼女は、自分のお腹を触って見せた。妊娠5か月目に突入して、少しふっくらとしたように見えるが、それがエリザにはない余裕に繋がっていることをヒースは知る。
「それで……せめて、お名前だけでも……」
「ああ、そうだな……」
男爵領に行けば今のエリザの手前、容易く会うわけにはいかなくなる。それゆえに、ヒースは少し考えて告げる。「男であれば、ルイス。女であれば、マルティナ」と。
「気に入らなかったら、おまえが決めてくれ」
「いいえ、良きお名前かと。必ずそのようにしますわ」
マリカは明るく笑って、ヒースにひと時の別れを告げたのだった。
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