第214話☆ 地獄の始まり


 今回えらく更新が遅くなりました……(´;ω;`)


 そうしてまた更にネガティブさがアップしてます。

 もう晴天前の大雨のようなものだと思ってください。長いけど……。

 


  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 時は少し遡り、俺が転移ポートを出たところから始まる。



 黒い扉から再び辿った道を走っていると、足元が揺れ出した。

 蠕動だ。しかも今までよりずっと大きい。

 

 横揺れではあるが、グラグラというよりも激しく鋭く前後左右に揺すられる。まるで地面を巨人にシェイクされているみたいだ。

 俺は立っていることが出来ず、その場に両手をついてしゃがみ込んだ。


 免震のために下にエアクッションを敷いたが、それでもヘタすると酔いそうなほど脳ミソが揺すられる。

「これくらい耐えてみろ」

 全く意に介していない化け物が隣で平然と無茶を言う。

 足は床についているように見えるが、奴はまったく揺れていなかった。


「ふざっ ……」

 ヤベぇ、舌を噛むとこだった。

『(ふざけんな! この揺れっ! 普通は避難だろっ)』


 俺は以前東京で遭った震度5強の地震しか体験したことがない。だから比べるにはほど遠い、それ以上の地震は初めてだ。

 まさしく立っていられない、これこそ震度7クラスじゃないのか。


 轟音の地鳴りと共に響いて来る金属音に顔を無理やり上げると、頭上でシャンデリアが横揺れどころか上下にも激しく乱舞して、天井に何度もぶつかっている。

 

 来るっ! 鋭く自分に向けられた気配を感じた。

 敵意でも悪意でもない、純粋な殺意を。


 俺が10メートルほど後ろに転移した途端、重いシャンデリアが爆音を立てて落ちていた。真上からではなく、斜め上から。

 

 明らかに狙ってきている。

 ダンジョンのシャンデリアは獲物を狙う悪魔の振り子だ。

 その凶器は獲物を取り逃がすと、またグワァン グランと音を立てて揺れながら上へ戻って行った。


 俺は屈みながら、ジッとその動きを見ていた。

 この場から更に離れると、今度は別のシャンデリアの射程範囲に入ってしまう為、ヘタに移動も出来なかったのだ。


 しかし二度とシャンデリアは落ちて来なかった。攻撃を諦めたのだろうか。

 するうちに揺れがどんどん弱くなっていった。

 おそらく時間にして1分も経っていなかっただろう。


 やがて完全に壁や石畳は動きを止めた。

 頭上でシャンデリアが微かにキイキイと音を立てるのみ。それも間もなく静かになるだろう。


「今のはデカかったなあ……あっ!」

 立ち上がりながら、辺りを窺って愕然とした。


 転移ポートからヨエルのところまで、俺はポーの痕跡を追っていた。

 俺達が通った時の痕跡オーラはすでに風化、というよりダンジョンの新陳代謝によって消え失せていた。


 だが、ポーが通った道筋ルートには、微かだがまだ彼女の痕跡が残っていたのだ。

 それはマーキング。


 通常は動物が縄張りなどを示すために自分の匂いを付けていく行為だが、それ以外に強いストレスを感じたりした時にも、マーキングをする時が少なからずある。


 ポーは魔獣だ。しかも知能もそこそこある。

 強いストレスと異常な状況の危機感に、より強く最大限のマーキングをしたようだ。

 おそらく自分の存在を仲間に知らせるという本能で。

 

 それは魔獣という特性もあり、魔力というエナジーを自らの匂い物質に融合させていた。

 これは強力な糊となる。

 たとえ吸収の早いダンジョンの奥地といえども、半日くらいで無くなるモノではなかった。


 だからこそこの跡を追えば、ヨエルのいる場所にたどり着けるハズだった。

 なのにさっきまで視えていたその痕跡が、途中から消えてしまっていた。

 いや、消えたのでなく、移動していたのだ。

 マーキングのオーラがなんと壁の中にあった。


 ポーは土系の魔物ではない。壁をすり抜けたりすることなんかは出来ない。

 つまり元はそこに通路があったという事だ。それが今や埋まってしまっている。

 蠕動で通路が変ってしまったのだ。


「なんてこったっ! クソッ」

 まったく次から次へと何だってんだ。もうワザとやっているとしか思えない。

「ダンジョンゲームじゃあるまいし、なんの嫌がらせだよ」

 俺はつい毒づいて石畳を蹴った。

 もちろん俺の足が痛いだけだったが。


 それを見た灰色の悪魔が軽く片眉を上げた。

「そう、これはゲームじゃなく現実だ。ここには都合の良いリセットボタンも復活の呪文もない。

 現実はそうご都合主義に出来てないからな」


「そんなのわかってるよ……」

 とにかくここでイラついててもしょうがない。


 黒い扉から繋がっていた彼女の痕跡はここまで途切れていなかったから、さっきまでは変化していなかった可能性が高いと思う。

 それに壁の内側とはいえ、さっきと同じ位置にポーのマーキングがあるという事は、痕跡自体の位置はシャッフルされてないのじゃないだろうか。 


 転移ポートがアンカーのおかげで、どんなに蠕動でまわりが動こうと潜らないように、ポーも魔力で特殊なマーキングをしているのかもしれない。

 大事な道標を荒らされないように。


 それなら通れなくなってしまったが、痕跡の道筋は崩れてなさそうだ。

 なんとか近い横穴を探しながら行くしかない。


 行動する前に俺は顔の前で手を合わせた。

 もう苦しい時の神頼み、ダンジョン頼みだ。咄嗟のことでつい日本式にしてしまったが、願う念は一緒だ。


「なんだ、困った時にだけ神にすがる祈りか?」

 どんなに窮しても絶対に頼っちゃいけない、闇金の用心棒のような使いが隣で言った。

 

「ダンジョンは獲物の念に反応するっていうから、奥に向かうつもりならもしかすると導いてくれるかもしれないと思ったんだ。

 出来ることはなんでもしておいた方がいいんだろ」

「ふうん、少しは考えて行動出来るようになったんだな」

 少し嬉しそうに奴が言った。


「じゃあちょっとだけヒントをやろうか」

「ヒント?」

 どうせロクでもないだろうが、一応聞いておくか。


「自分の勘を信じろ」

「はあっ?! カンって、あの『勘がいい』とかの勘か?」

「そうだ。まあ直感ってヤツだな」

「なんだよ、そんな不確かなの。探知の方がいいだろ」


「不確かと思うのは、自分の能力に自信がないからだ。

 人間って奴はどうも事象を頭でばかり考えがちだ。だから直感力が妨害されている」

 そう言って頭に人差し指を軽く当てた。


「大体、探知で探ってても、このダンジョン全部は見通せないだろ」

「そりゃあんたみたいな化け物じゃないんだから、そこまで出来るわけないだろ」

「誰が化け物なんだよっ ―― とにかく探知で探れなかったら、状況で考察するのもいいが、最後は自分の直感が頼りだってことだ」

 ちょっと文句ありそうだったが、話を続けさせた。

 もうその牙をむいた顔がソレに相当するんだよ。地球じゃまず確実にUMAだろ。

 

「あの蔓山猫がどうして3層からこの4層に戻ってきたと思う?

 それはアイツの感応能力じゃなく、動物としての直感がそうさせたんだ。

 本能で感じ取る、これこそが本当の第六感なんだよ」


「……そう言われても、ただの思い込みで間違ったりしたら……」

「そういう余計な雑念が直感を乱すんだよ。

 自分を信じろ。お前のとこでも『求めよさらば与えられん』って言うだろ?

 純粋に考えてると天啓が下りてくるもんだ。

 予知みたいにな」

 いや、それ意味が違うんだが……。え、まさかそうなのか??


 俺の前でサメが、さも良い事言ったみたいに得意げに牙を見せて笑っている。

「わかった。もう行くわ」

 うん、話半分に聞いておこう。


 幸いというか、ポーの痕跡が埋まったところから10メートルほど離れたところに別の穴が出現していた。

 よし、これが出来るだけ痕跡と平行に、離れないのを祈るばかりだ。


 と、俺はその通路に入ろうとして足を止めた。

 中から誰かがこちらに向かってくるのを探知したからだ。

 これは――生きてる人間!


 相手は1人だった。

 ヒィハァと疲労困憊しながら、薄暗い通路を壁に手をつきながらやって来た。


「大丈夫ですか?」

 俺は出てきた男に声をかけた。

 相手は穴から出ざまにいきなり声をかけられて驚き、俺と後ろの奴を交互に見て、またなんとも言えない顔の変化を繰り返した。


「た、助けてくれぇ……」

 男はやっと絞り出すように声を出すと、その場にへたり込んだ。

 見たところ鎧や武装していた様子がなく、木製ではなく金属製の金ボタンを付けた厚手の長衣を着、首にはシルクのスカーフを巻いている。

 おそらく商人だろう。

 俺はホールで、宿代わりにここに泊まっていた商人たちを思い出した。


「……金なら全部出すから」

 飾り模様付きの腰のポーチから、革の巾着袋を取り出して差し出してきた。

「お金なんか要りませんよ。

 ヴァリアス、ちょっとあんた、睨んでないで後ろ向いててくれないか」

 もう、こういう時こそ誤解を招くから姿を隠していてほしい。


「別に睨んでなんかねえよ」

 ぶつくさとゴロツキみたいに文句を言いながら、とりあえず後ろを向いた。


「すいません、手を貸したいところなんですが、私も急いでて……」

 ざっと視たところ、体のあちこちに打ち身の痕があったが、大したことはないようだ。

 強いていうなら、右足首を少し挫いているか。


「あっちの方に転移ポートがありますから、そこに避難していてください。必ず助けが来ますから」

 俺は道というか、方角と大体の距離を参考に教えながら、ローポーションを1本取り出した。


「蒼也、お前――」

 奴が振り返った。

「わかってるよ、1本くらいならまだ大丈夫だろ」

 まだポーションはあるんだし。


 商人風の男は薬を押し抱きながらも、救いを求める目で俺を見上げてきた。

「わたしも連れてってくれ……」

「すいません……。奥にこれから行かなくちゃいけないんです。あともう少しですから頑張って……」

 置いていくのは心苦しかったが、そのまま通路に急いで入った。


 さっきの商人が通れただけあって、やはり罠無しの通路だ。

 念のためまわりに注意しながらも、ポーの痕跡に集中して走った。


 再び広いシャンデリアの通路に出ると、今度は跡が壁から天井に斜めに移動していた。

 まったくどれだけ地盤が動いたのか。とりあえず追えるだけマシなのか。


 緩やかに奥のほうに湾曲していく広い石畳に沿って跡を追っていくと、また奥の方から人の気配を感じた。


 今度は3人か。

 人を肩に担いでいるのが1人、もう1人が怖々とまわりを窺いながら先を歩いている。

 ん、あの人は。


 向こうも俺の足音に気付いて足を止めた。ブーンという羽音がする。

「お、あんたは――」

 彼女はこちらを見て目を大きくした。


 3層で出会った、あの『花蜜採り』のオバちゃんだった。

 彼女のまわりを数匹のボンボン蜜蜂が、警戒するようにブンブン飛び回っている。

 そうして彼女の肩には、だらんと頭と腕を垂れた男が担がれていた。

 手前の細っこい男が、注意するように俺達を凝視する。


「お兄さんも無事だったのかい。いいや、こんなとこにいるんじゃ無事とはいえないけどねえ」

 オバちゃんは自分で言いながら、また打ち消すように首を振った。

 それから俺の後ろに視線を向けた。


「……探していたお友だちには会えたのかい?」

「あ、ええ、彼のほうは無事に助けられました。こいつは仲間の1人です。何もしなければ噛みつかないから大丈夫です」

「あ”?」

 奴を無視して訊いてみた。


「あの、私のもう1人の連れ、覚えてますか? 青い目をしたベーシスの。

 彼が大怪我して行方不明になっちゃったんです。どこかで倒れてたとか見ませんでしたか?」


「……生憎だけど見てないねえ。見かけた奴らはほとんどハンターに持ってかれちまったし。

 ここで1人で大怪我なんざしてるなら……」

 肩を揺すって肩の男を担ぎ直した。微かに男が呻く。


 背負われた男は頭部と胸、腹に怪我を負っていた。かなりの重症だ。

 何故その男を、この年配のオバちゃんが担いでいるのかわからないが、ヨエルが言っていた通り見かけより強いようだ。

 装備をつけたままの大の男を背負っても、足元はしっかりしている。

 きっと手前でヴァリアスにビビっている男よりずっと強いのだろう。


 でもそういえば、他の蜂たちは?

 あんなに沢山いたワイン色のボンボンのような虫たちはどうしたんだ。

 今や彼女のまわりには5匹ほどの蜂しか飛び回っていない。

 彼女の着ているチェーンメイル風の網目チュニックにも1匹も止まってない。


「ところで、あの他の蜂たちは?」

 偵察にでも行ってるのか。

 すると年配の婦人は眉を悲し気にひそめた。

「みんなハンターにやられちまったよ。あたしを守るために囮になって……。

 残ったのはこの子たちだけだよ」

 悔しそうに口を歪めた。


「そうでしたか……」

 たかが虫と他人から見たら思うだろうが、虫使いにとって自分の手足、いや我が子同然のような存在なのだろう。

 それはテイマーとしてちょっとだけ鳥と共感したり、蔓山猫と感応したことのある俺もなんとなくわかった。


 しかしすぐに彼女はキッと顔を上げた。

 その顔には悲しんでばかりはいられない、今をなんとかするという強い意思が見られた。

「あっちに確か、転移ポートがあるはずだから、そこに行く途中さ。幸いこの子たちが導いてくれてるしね」


「あの……」

 俺はカバンの中に収納を開いて、ポーションを掴んだ。

「蒼也っ! なにをやってるっ!?」

 後ろから奴が怒鳴った。

「目的を忘れたのかっ! 一体誰を助けるつもりなんだっ」

「わかってるよ、だけど――」


 しかし俺の手は、このまま出していいものか迷っていた。

 今、手持ちのポーションはハイポーション2本とローが4本だ。

 重症のポーを治すのに、少なくともハイポーション1本半は使った。

 あの瀕死の状態のヨエルには、どのくらい使えばいいんだ。


 2本で足りるのか? ローポーションもあるけど、このローと呼ばれるポーションは、ハイより低めの回復薬をひっくるめて言う総称で、効果はマチマチだ。

 軽い酔い覚まし程度の物だってローポーションという。何本分でハイポーション並みとは一概に言えなかったのだ。

 

 そうして実は、ハイポーションもある程度の範囲内でバラつきがあった。

 同じハイクラスでも、軽い刀傷から内蔵に達する傷まで治すほどに、質に差があったのだ。

(後で知ったが、ギルドの規定では同じハイポーションでも『+なし』『+1』から『+5』までの6段階に分かれていた)


 今更ながら考えてみると、この俺が酒場で譲って貰ってきたポーションと、熟知しているヨエルが用意してきたポーションとでは質が同じくらいだとは思えない。

 だとしたら、これでも足りないのじゃないのか。


 そんなふうに迷っていたのはほんの一瞬だったが、すぐに彼女は察したらしい。

「そうだよ、この人の言う通りさ。

 お前さんたち、これからもっと奥に行くんだろ?

 だったら、アイテムは持ってないと駄目だよ」


 ハッとして向き直ると、オバちゃんは全てを受け入れる悟った目をしていた。

「あたしらなら、なんとかなるさ。この人もまだ死んじゃいないし」

 

 だが、男は重体だ。そのまま転移ポートまで行けても、救助が来るまでもつ状態じゃない。うっかり視てしまった俺にはそれがハッキリわかった。

 おそらく誰がみてもそう考える状態だろうが。


 けれどオバちゃんは連れてきた。こんなところと言っていた場所に、まだ生きているなら置き去りにしたくなかったのかもしれない。

 それなら俺は――――


「……すいません、これしか渡せないけど」

 俺はローポーションを全部出していた。せめて男が自力で歩けるようになれば、オバちゃんの負担は減るだろうから。


「何言ってんだいっ。まず若い者が生き残らなくてどうするんだい」

「大丈夫、私は大丈夫ですから……どうかご無事で」

 石畳にポーションを置いて、俺は走りだしていた。


 大丈夫だ、なんとかなる。何とかするさ。

 ヨエルは強いんだ。ハイポーション2本で足りなくても、彼ならかなり治るはずだ。

 あとは俺が出来る限り回復に力を注いでやる。

 ポーの時は上手くいかなかったが、今度こそポーションをちゃんと有効利用して成果を上げてみせるさ。

 それが駄目でも俺が生命エナジーを注ぎながら、担いで地上まで脱出してやる。

 ホールまで行けばなんとかなる。

 そうなんとかなるさ。

 そう思い込みたかった。


 ところが、今度は石畳の先に1人の男が倒れていた。男の背中と腰から赤い液体が流れ出て石畳の目地に伝っている。鎧の背に穴が開いているのがわかる。

 様装から商人ではなく探索者だろうか。

 おそらく槍か串刺し系の罠に引っかかったのかもしれない。

 

 だが、男はまだ死んでいなかった。

 かなりの虫の息だったが、辛うじて生きていた。

 思わずそちらに向かう速度が緩む。


 どうしよう、どうしよう、どうしよう…………。


 しかしこの状態は長く続かなかった。

 天井から滲みだしてきた黒い染みが一気に大きく垂れ下がると、大きな塊りとなって男の上に落ちた。

 あっという間に、男の姿は黒い泥と共に壁に吸い込まれていった。


 俺は思わず立ち止まっていた。

 動悸が早くなる。


 今、俺はハンターがいるのがわかっていた。落ちてきた瞬間、電撃で仕留めることも可能だった。

 なのに手が出せなかった。助ける事に躊躇してしまったからだ。

 から。


「……見殺しにしちゃった……本当は助けられたのに……」

 後ろめたさが頭に滲むように染みわたってきた。

 だけどどうすれば良かったんだよ……。

 もう薬はギリギリだし、とにかく急がないといけないんだ。


 なんでこんな時に限って遭難者ばかりに会うんだ。ヨエルと一緒の時にはいなかったのに。

 奴が云った通り、本当に地獄になってしまったのか。


 実は俺が知らなかっただけで、あの時も本当はあちこちに遭難者はいたのだ。

 ただ、優柔不断で気の弱い俺が動揺しないよう、ヨエルが避けていただけなのだ。

 そんな事も知らない俺はただ呑気に、自分だけの恐怖に怯えたり騒いでいたとは。


「蒼也、しゃっきりしろっ!」

 バンっと背中を叩かれた。


「さっきの婆さんも言ってただろ。

 出来ることが限られる中で、見限るものが出てくるのは仕方ねえ事なんだ。

 だが迷ってると、何もかもがダメになるぞ。

 欲張ってキャパ以上の魚を釣ろうとすれば、船が沈むようにな」


「欲張るって……、いや、そうだな。……俺は後ろめたいだけなんだ。

 良心からじゃなく、ただ罪悪感を感じたくないだけの、自分を守りたいだけなんだよ……」

 ヨエルやパネラ達のように、覚悟して受け入れていくことなんて俺には出来ない。

 俺は弱い人間なんだ。

 

 心の奥底に隠れていたナニカが、封印された隙間から微かに顔を出そうとする気がした。

 それは俺の心の闇、開けてはいけないパンドラの箱だった。

 俺自身が忘れ去り、深層に封印した魂のブラックボックス。


 そこにはとても大事なことで、なおかつ忌まわしく恐ろしいことが仕舞われていた。

 俺がそれを受け入れられる精神が身につくまで、深淵の中で眠らせているはずのモノ。

 だが、皮肉なことに奴のメンタル特訓の副作用で、その蓋がカタカタと音を立てていた。 


 急にガシガシと力強く、引っ掻くように頭が撫でられた。

「後でいくらでも懺悔でも泣き言でも聞いてやっから、今は目的だけに集中しろ!

 とにかく目的だけに向かって行動しろ。

 んだぞ」

 

 ――そうだ、今はヨエルを助けるのが最優先なんだ。

 いま彼を救えるのは俺しかいない。

 それだけに、今は心を無にしても動かないと。


 俺はまた萎えて引っ込めていた探知の触手を先に進めた。

 と、カーブを曲がる先に、見覚えのある物が引っ掛かった。


 ―― あれは ――

 思わず気が焦って、それの前に転移していた。


 それはレッドアイ・マンティスの外殻で作ったシェルリュック、ヨエルのだ。

 気がつけば、数メートル先にそれぞれ剣とあのウォーハンドも落ちている。


 ここでヨエルはハンターに連れ去られて――。


 確かあの時、俺はハンターを追って、左手の穴に入った。

 けれど、ポーの痕跡はそのまま頭上を真っ直ぐ行っている。

 どっちだ。どちらが近道なんだ?


 ……ここはポーの痕跡を追おう。

 あの時ハンターは逃走したんだ。グチャグチャに動いた気がする。

 だけどポーが直感で動いて転移ポートまで来たなら、あまり無駄なルートを通らなかったかもしれない。

 ここはポーに賭けてみよう。


 リュックと剣を収納した後、続いてウォーハンドを手に取った。

 確かサーシャの胸に刺さった時、心臓をえぐり出したはずだが、先端の蕾には心臓どころか血さえ付いていなかった。

 そういえばまわりの石畳にも、一滴の血さえ落ちていない。


 生命のエキスとしての有機体だけをダンジョンが吸収したのかもしれない。

 なんにしろ、血まみれでないのは有難い。


 こうやって本人の持ち物を持ちながら捜索するのは、勘が働きやすい。

 それはターヴィを探した時にも探知以上に感じたものだ。


 俺はウォーハンドを握るとまた走りだした。


 するうちまたポーの痕跡が、天井から斜めに右側の壁に下りて沿い始めた。

 その右手に、人一人通れるくらいの穴がある。

 どうやら1つ向こう側に通じているようだ。


 ポーの辿った跡はまだ壁なりに奥に続いているが、なんとなくこの向こう側にヨエルがいる気がした。

 蠕動で出現した近道かもしれない。

 とにかく行ってみてダメならすぐに戻ればいい。

 俺はその穴に飛び込んだ。


 トンネルは思ったより短かった。

 だが、シャンデリアの通路に出ると、紛れもないヨエルの気配――彼の探知の触手を感じた。

 やった、大当たりだっ!

 俺は罠に注意しながらスピードを上げた。


 近づくにつれ、ヨエルらしき姿が視えてくる。

護符アミュレットのせいでハッキリしないが、立っているという事は思ったより元気なのか。


 カーブを曲がると、立って手を振っているヨエルの姿を目でも確認することが出来た。

「ヨエルさんっ!」

 何故か彼のそばに、あの番人が佇んでいた。

 もしかしてあのシトが、ヨエルを助けてくれたのだろうか?


 彼の手前には落とし穴のトラップがあった。あの時、俺が気付かずにヨエルと一緒に落ちた罠だ。

 またここに来るとは変な巡り合わせだ。

 だけど良かった、とにかく良かった――

「良かったっ! ご無事で――」


 ―――― え ? ――――


 俺はガス欠をおこした車のように、止まってしまった。


 ヨエルは何かを話そうとしていたが、声が出せないようだ。 

 それでも再会を喜ぶように、その顔は笑っている。

 なのに、俺の胸の内には反対に、驚きと絶望のどす黒い雲が湧きあがってきていた。


「……そんな、どうして……」

 どうして、どうしてなんだよ……?

 なんで俺の目には、彼がんだ……。

 亡霊じゃない、ちゃんと肉体はあるはずなのに。


 ヴァリアスが俺に付けたフィルターはまだ有効だった。

 死者はモノトーンで視えるというフィルターが。


 俺の態度を不思議そうに見ながら、ヨエルが自分の喉に手を当てた。

 そこへ後ろからゆっくり追いついて来た奴が、無慈悲な言葉を投げかけた。


「そもそも肺に空気が無いから声が出せないんだよ。

 お前、もう息してないだろ」

 グレー色になってしまったヨエルの目が大きく開いた。 



  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ああ、前回ちらりと予告していた『哀しきアンデッド』の部分まで行けませんでした💦

 どうも書いている途中でエピソードが増える増える。

 もうダレてないか心配なところです。


 蒼也が更にトラウマになるような事態に晒される。

 しかしこれを乗り越えなければ彼はならんのです。

 普通一般人には厳しいけど、彼はもうパンピーじゃないので。


 次回こそやっとヨエルがどうなるのか、そうして残されたロイエやメラッドがどうなったか、そこまで描きたい予定です。

 何しろこれからが本番なので。


 余談ですが、ある子供向けジオグラフィック・ドキュメンタリーで

『サメは第七感を持っている』という見出しがありました。

 なにそれ?! もう第六感飛び越えてるやん。

 もう神様の域だよ、(;´∀`)


 まあ、目、鼻、口とかの第五感以外にある感覚なのでしょうけど、気になる。

 けれど配信されてたディズニープラスでは、全シリーズはやってなくて結局見れなんだ。

 なんかモヤモヤする~~。

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