第124話 蒼也、受験生になる その2(王都の門番)
「そうそう、あのギルドのバイヤーに連絡したんだが」
あ、すっかり忘れてた。日本じゃ3週間経ってたけど、こっちじゃまだ1日経過したとこだった。
村長によると、あのバイヤーはすぐにでも来たいようだが、他の取引もあってすぐに来れないというのだ。
だからなんとか2,3日待ってくれと言ってきたらしい。
自分が見に行くまで他所に見せないでくれと。
別に構わないのでそれでいいと答えた。
村長はそれで少しホッとしたようだ。
そんなことより今は目の前の受験だ。
「そういや兄ちゃん、魔法使いの能力認証は取ってるかい?」
オーツ麦茶を飲んだ村長が、おもむろに聞いてきた。
「いいえ。そういえばこの間、別のギルドでそんなこと訊かれましたけど」
「そうかい。魔法使いを名乗るなら、それを取っとくと何かと融通が利いて便利だぞ」
別に名乗ってる訳じゃないのだが、アビリティがそうらしいんだよな。
「それにこっちは実技だけだし、ハンター試験の予備練習になるかもしれん」
「ジジイ、たまには良い事言うじゃないか。よし、じゃあそっちから取得するか」
なんだか俺の意向を置いて、バタバタとやる事が増えていく。
その後、俺を置いてけぼりにして、2人で試験に出そうなダンジョンや魔物の話していた。
やるのは俺なのだけど。
「あの、これを頂いたのにアレなんですが、その過去問題集とか参考書とか出てないんですか?」
ヤマをかけるためにも、過去問は見ておきたい。
ギルドなら発行してそうだが。
「そんな物作っとらんぞ。誰も読まんし、大体、本自体が高いからな。Dランク以下のハンターに気軽に買えるもんじゃなし」と村長。
「本なんか読んだだけで知ったつもりになるより、実物を見た方が良いぞ」と奴。
あ……無いのか。そういや、こっちで本屋って見た事無かったな。だけど受験するのに参考書の1冊くらいは欲しいとこだったんだが……。
「もしそれだけで不安だったら、他の過去のテスト用紙を取り寄せようか? 本部に問い合わせりゃ送ってくれるはずだ」
村長が提案してくれたので、俺は喜んでお願いした。
それから役場を出たのは昼下がりの2時前だった。
修行もかねて何か大きい依頼でも受けようか、という事になったのだが、残念ながらラーケルにはD以上の大きな依頼がなかった。
それで別の町のギルドに行くことにした。
「試験は王都のギルドでやるぞ」
ヴァリアスが門に続く一本道を、早い足取りで歩きながら言った。
「さっきジジイが言ってたろ、『試験官とギルド長の采配で合格した』奴がいたって。
そういうのはまず、ある程度権力のあるエリア長とかだ。
ならばこの国で一番大きいギルドには必ずいるはずだ。万一お前が筆記で落ちても、実力を見せれば合格させるかもしれん」
「やっぱり……筆記は望み薄なんだな」
「まさかあんな試験をするとは思ってなかった。せっかくオレが教えた事を全部素通りしやがって」
奴がぶつくさ文句を言った。
確かにこいつにはいろんな事教えてもらった。
それぞれのワームの好む地質とか、フォレストウルフは一夫一妻制だが実は浮気性だとか、あまり要らない情報も多いけど。
テストでは比較的一般常識というか、『獣道を通るときの注意』とか『獲物の痕跡の見つけ方』とかがあったのだが、これはそれぞれ探知やオーラ見で済ましてしまっていたので、特に必要がなかったのだ。
薬草の生えてそうな場所も教えてもらったが、どうやら俺の実績傾向が魔物ハンターよりなので、そういった問題は出そうになかった。
「ん、アイツ何しに来た?」
門のところでフランが誰かと話していた。来た時は別の門番が立っていたが、午後の番として交代したようだ。
「あー、来た来た。ヴァリー、ソウヤー、待ってたよー」
フランの陰からひょっこり少女が顔を出した。
「あれ、ナジャ様? ここまで来たんですか?」
地球で別れたばかりのナジャ様がそこにいた。
もちろんいつもの白い夏服になっている。
「やあ、この
フランがこっちを振り返った。
「そうですよ。どうしたんです?」
「いやあ、知らない顔だし、師匠たちの知り合いだから通せって言うから、ちょっと色々訊いてたんだよ」
そういうフランの顔が少しにやけている。
また何かやったのか、この使徒は。
「そうなんだよー。あたいがヴァリーの仲間だって言ってるのに、信じてくれないんだよ。このお兄さん」
そう言いながら軽く流し目で下からフランを見ながら
「でもこんな田舎でもいるんだね。こういうガタイの良い強そうなお兄さん。
こんな小娘でも、簡単に通さないところもしっかりしてるしぃー」
自分で小娘言うか。
「そりゃあ当ったり前だよ、門番なんだから」
フランが胸を張って言った。
田舎と言われたことよりも、強そうと言われたほうに気がいったようだ。
多分、少女とはいえ綺麗な顔をした、高そうな服を着ている都会の美少女らしき彼女に興味もあるのだろう。
さっきからチラチラと、ナジャ様の素足やきめ細かな白い腕・頬から首、胸の辺りに視線を這わせているのが、よくわかる。
まあ、男とはそういう生き物だ。
が、俺は斜め後ろから殺気のような怒気を感じて、一瞬息を止めた。
おそるおそる後ろを探知してみると
いたっ!
薪小屋の陰からこちらを睨むように見ているフランの彼女が。
馬鹿フラン、早く気づけよ。目の保養もそれぐらいにしとけっ。
「ナジャ、お前本当に暇な奴だな」
「そんなことないよー。ソウヤ、試験だってな。あたいが家庭教師になってやろうかあ?」
「お前また盗み聞きしてたな」
「たまたま近くにいたから聞こえちゃったんだよー。それよりさ、早く行こうよー」
ナジャ様が俺の袖を引っ張って門を後にした。
こちらの方を見送るフランの後ろから、ズンズン怒りのオーラが近づいてくるのを感じながら。
明日生きてるかなぁ、フランの奴。
「ソウヤ、お前 参考書が欲しいんだろ?」
村の石壁に沿ってぐるりとまわりながら、ナジャ様が訊いてきた。
「ええ、だけどないみたいです」
「だったら似たような知識の本を探せばいいじゃん。王都の本屋にならあると思うよー」
「えっ、そうなんですか? それはぜひ欲しいです」
横を振り返ると、ヴァリアスの奴があまり面白くなさそうな顔をしていた。
「本なんかで得た知識じゃなぁ……」
「チッチッチッ、お前さん、自分の教えてる知識が偏ってるって気がついてないんだよ。
試験は一般ハンター向けなんだから、探知や解析が使えないこと前提で教えないと」
「……使えない場合のやり方は、まず能力をひと通り使えるようにしてからやるとこだったんだ。
魔法が使えない場所に行くのは、まだ先の予定だからな」
そんなとこ連れてく気なのかよ。
「じゃあこれから王都にいこうよ。受験の予約もしとかないといけないし」
「やっぱり試験の日程ってあるんですね?」
そうか、いきなり行って、その場ですぐに試験って訳にはいかないもんな。
「そうだな。ついでに魔導士ギルドにも行って、そっちの認定テストも受けた方がいいしな」
おお、なんだか急に忙しくなってきたぞ。
「よぉし、じゃあ決まりだね。この間、ラディーズ通りに新しいパン屋が出来たんだよー。
『ポムムパイ』(アップルパイ)が美味しいって評判なんだよー」
ナジャ様が少し目をキラキラさせてこちらを向いた。
「お前だって金ぐらい持ってるんだろ? 勝手に食いに行けばいいじゃないか」
「そんなの1人じゃつまらないじゃないか。それに他人に奢ってもらうから余計に美味しいんだよー」
ケケケと少女は、綺麗な顔に似つかわしくない笑い声を上げた。
転移で跳んだところは、以前王都に来るときに着地した、道に出る手前の樹々の中だった。
前をちょうど箱馬車が通り過ぎていく。
その馬車が通り過ぎていくのを見届けてから、隠蔽を解いた。
ヴァリアスの奴はイアンさんとこの庭に出ようと思っていたようだが、ナジャ様が反対したのだ。
いくら中庭を勝手に使って良いとはいえ、今回のように表立って行動する時には、ちゃんと門を通れと言ったのだ。
ギルドに出向くのだから、後でいつの間に町に入ったと、怪しまれないようにということだ。
確かにこいつはそういう事を面倒くさがるから、俺もなんだか気になってたとこだ。ナジャ様がいて良かった。
そっと王都に続く坂道に出た。
2回目だけどやっぱり、王都は大きいな。
ギーレンも他の町に比べて大きかったけど、こことは比べものにならない。
途中、横から伸びてきた道が交差して更に幅が広くなっていく。他の街道は広くても約2車線くらいだったが、こちらの本街道はその倍くらいある。
昼下がりで市場は一段落している時間でもあるが、行き交う人達の数は、商店街を行く人の数とあまり変わらないかもしれない。
ガラガラと、オークとワイルドボアーらしい魔物の死骸を載せた荷車を、3人のハンターらしい男達が押していく。
本来なら俺も魔物を狩ったら、ああやって持って来なくちゃいけなかったんだ。
空間収納有り難し。
今のところどれくらい入るのか分からないけど、これを使って何か仕事に結び付けられないかな。
アルやセオドアだって、ああやって人前で使ってたし、ハンターなんだからそんなに隠さなくても大丈夫かもしれないな。
「それはアイツらがそれだけ強いからだ」
俺がふと思った事を言ったら、即ヴァリアスに却下された。
「もし盗賊に目を付けられても、返り討ちにできる力を十分持ってるからだ。それはまわりも認めている。
だから人目も気にせずやってるんだ。
お前なんかがあちこちで見せてたら、後ろに100人は強盗どもが付いてくるわ」
「そりゃあ、俺なんか強そうに見えないだろうけど……100人は酷いんじゃないのかあ?」
ケケケと少女が笑いながら
「そうだよなあ、ソウヤ。せいぜい50人くらいだよー、ケケケ」
あんまり変わらない。
「ギルドの連中には知られているが、アイツらだって決して外に漏らす事はしない。組合員の身の安全のためにもな」
「そうなんだ。そういや、以前ドルクのおっさんが、俺の収納力が大きいって言ってたけど、やっぱりそうなのか? 俺のって、どのくらい入るんだい」
「知りたいか?」
意味ありげにこちらを見た奴が、ニンマリすると
「じゃあ、せいぜい沢山の魔物を倒して入れてみろ。自分で手応えを確かめてみればいい」
「なんだよ。別に魔物じゃなくてもいいだろ。じゃあ今度、井戸とか川の水でやってみるか。何リットル入るか」
「やめとけ。井戸が干上がって、それこそ迷惑かかるぞ」
「え……まさかそんなに……? まさかのそこだけ無双系!?」
「お前は父親が誰かってすぐ忘れるだろ。お前は規格外だってことをもう少し自覚しろ」
規格外はあんたも一緒だろ。
でもやっぱりもっと気を付けなくちゃいけないのかな。
城門前の川に渡された橋を渡る。
この間は緊張もあってあまり見れなかったので、今回は探知をしながら歩いてみた。
しかし、城壁はおろかこの橋の部分さえ、
まだまだ俺の能力は及ばないという事だな。
門の税関で俺の番が来て、俺は新しく発行された銀の仮プレートを門番に渡した。
「ほうっ」
門番が声をもらした。
「あんた、ランク上がったんだな。おめでとう」
「えっ、なんで私のこと知ってるんですか」
俺はあらためて門番の顔を見て思い出した。
そうだ。この八の字髭の中年の門番は、初めて王都に来た時に、俺のプレートを見て鼻で笑った男だ。
俺が力の差があり過ぎる奴とコンビを組んでいたから。
「おれはこの王都の門番だぞ。まずほとんどの通行者の顔は覚えてる。あんたもこの短い間に良い面構えになったな」
「あ、ありがとうございます」
俺はプレートを返してもらいながら礼を言った。
「これからがハンターとしての本番だな。頑張れよ、若いの」
門番は軽く手を振って、次の通行人に向き直った。
「ほうらねー。ちゃんとああやって、見覚えてる奴もいるんだよー」
俺が少し感慨にひたっていると、ナジャ様が違う意味で注意してきた。
「だからちゃんと税関は通らないとね」
「別の門を通ればいいんだけだ」
こいつも譲らねえなぁ。
まあ何かアクシデントがあっても、なんとかしちゃう能力があるからなのだろうけど、俺は一般人として普通にいきたいよ。
というか、俺のこの旅のしみじみ感をすぐそばから消さないでくれよ。
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