第125話 王都の巨大書店 その1(参考書を探す)


 華やかで大きな広い通りを少女の後についていく。

 ここら辺は5階建てどころか、7,8階建ての建物があちこちにある。

 後から増設して、不格好な作りになってしまっている他の町のに比べて、始めからそのまま建築したように綺麗に整っている。


 イアンさんとこの地区も中流以上だと思っていたが、こちらに比べるとあちらはまだ庶民街のようだった。

 日本で言うならさしずめ、銀座中央通りのようだ。

 色とりどりの垂れ幕や旗が風に揺られてはためき、歩道のあちこちに花を抱えた女神(?)や妖精の像が立っている。

 ガラスのはまった大きな窓ごしに、鮮やかな色の服や商品が並んでいる。落書きではなく、壁に花や妖精、ドラゴンなどの絵が描かれてる建物も多い。

 赤茶色のレンガ造りの共同住宅らしい建物の白枠の窓には、出窓や小さいがベランダがあり、赤や黄色、ピンクの花々が飾られている。

 他の町でもたまに花を飾っているところはあったが、鑑賞用というのは意外と少なかった。

 村のように勝手に生えている草花とは違って、大抵は傷薬などになる薬草だったり、食べられる実をつける植物が多かった。

 ここでは鑑賞のみの花を植えるだけの余裕があるんだ。

 

 以前、イアンさんの家に行ったときは、大通りを途中から東のほうに歩いていった。どちらかというとやや、外周よりの地区だったのだろう。

 だが、今回はほぼ中心地に向かっているらしい。

 時折見える城が少しづつ大きくなっていたから。


 目指す本屋は川を2つ渡った大通りにあった。

 この王都で1、2を争うと言われている書店だそうだ。

 確かに外壁はクリーム色の壁に赤や青・黄色の花と蔓のような絵などが描かれ、ドアも重厚な鉄製の扉のまあまあ背の高い5階建てだった。

 ただ間口は4mも無さそうな一般的な幅に見えた。

 俺は神田・お茶の水にあるような大きな書店をイメージしていたので、まあこんなものかと思った。


 中に入ると奥行き3mくらいのスペースで、またドアのある二重扉になっている。

 横に店員というか、武装した門番のような係の者が2人立っていた。


「入店保証金は、お1人5万エルです。3人で15万エルを預からせて頂きます」

 入店保証金? それに1人5万ってなんだ??

 だがヴァリアスは当たり前のように店員に金貨と大銀貨を渡した。

「ではこちらをお付けください」

 もう1人の店員が白地に金の刺繍模様のたすきのような布を渡してきた。

 首にかけると、キューと魔力を抑えられる感覚がする。


「これはあの博物館と同じもの?」

「そうだよー、万引き防止にね。あとフードも厳禁だよ」

 俺はフードを外した。そうして中扉をくぐって驚いた。


 店の中は国会図書館もかくやというぐらいの広さだった。

 2階分ぶち抜けのように高い天井まで、届いてしまいそうな本棚が整然と並び、天井のところどころに口広がりの白いパイプが、弓なりに放射状に生えるように付いていた。

 両側や奥の壁は遥か遠く、フロアの中央辺りは吹き抜けになっていて、真ん中に白い柱が立っているのが見える。

 

 両側の建物も中で繋がっていたのか? それにしてもこんなに広いもんか?


「空間を広げているんだ」

 俺の驚きを察したようでヴァリアスが言った。

「空間魔法の1つだ。空間の縦・横・高さの数値を書き換えて、大きくしている。土地がこれ以上広げられない王都内で、広い面積を確保するためのやり方だ」

「じゃあ俺達、空間収納の中にいるって事か?」

「あれとはちょっと違うよー。ソウヤのは時間が進まないだろ? つまり時間軸も加わってるんだ。それに個人の能力の空間収納は式で作った空間とは違う、異空間だよ。

 一口に空間収納って言っても、色々種類もやり方もあるんだよー」

 ナジャ様が襷を首にかけ、髪をふわりとかき上げながら説明してきた。


 おお、なんだか異世界やっぱり凄いな。

 間口は狭いが奥行きが広い京都式とは、また全然違った驚きがあった。

 あらためて見ると本棚の海の手前には、丸い大きなカウンターがあり、そこがレジのようなのだが、レジにいる店員は皆、帯と同じような白地に金の刺繍入りの長衣を着て、コック帽のように長い筒状でフチなしの白い帽子を被っていた。

 また柱や棚のそばにはチラホラと、店の入口にいた係と同じく武装した警備員が立っていた。

 フロアの隅々まで本棚が綺麗に林立しているその上に、どうやら本の種類を指すプレートが浮かんでいる。

 だが、どこに何があるのだか、広すぎて全然わからん。


「あの白い服の奴らはここの司書だ」

 ヴァリアスが目の動きで白い服の人物を指した。

 そう言えばレジ以外にも警備員のように、いたるところにチラホラ白い姿が目に入る。

 何冊も本を持っているかと思えば、お客らしい上等な服を着た親父と話していたりする。

「司書という事は、どこにどんな本があるか知ってるのか」

 すると近くの柱に立っている司書のところに、ナジャ様がスタスタと歩いていった。


「ハンター試験の参考になるような本が欲しいんだけどー」

 40ぐらいの頬の細い男は、ゆっくり口を開いた。

「それはどちらの傾向になりますか? 魔物、植物、鉱石、トレジャー、探索……」

「魔物だよー。あと、この大陸の狩りに関する本も」

「まず魔物に関する本は、5階フロアB17の棚に、狩りに関する本も同じく5階のK2です。あとハンターの自叙伝や逸話話に関する本が3階V6にございます」


「5階だってよー」

 ナジャ様が戻ってきた。俺も魔力が出なくても聞こえていた。この聴覚は魔力とは関係なく、身体能力が上がった為だとあらためて思う。

「わかりました。で、階段ってどこに?」

 俺はあたりを見回した。本棚の波の先に、これまた本棚の張り付いた壁はあるのだが、階段どころかドアも見えない。

「階段はないよ。上下の階へはあそこから行くんだよー」

 そう言って中央の吹き抜けを指さした。


 吹き抜けの空間は、ちょっとしたショッピングモールのそれのような広さだった。

 近づくと中央の白い柱にも、帯や司書の服と同じような金色の模様が描かれ、時折光を放っている。

 そしてその柱のまわりを、人や本がゆっくりと飛んでいた。


「ここでは空間による重力操作をしているが、オレが以前見せた引力操作とは少し違う」

 俺には重力と引力の違いしかわからん。

「お前やフランには単純に足元の空間を歪ませて引力を操作した。これは空間魔法の1つだ。その他に物質の質量を上げたり、分子の振動を変化させたりするやり方もある。そっちは錬金魔法になる」

「おいおい、今そんな講義してると、時間無くなっちゃうよー」

「簡単に言うと物理的にじゃなくて、単純にあの空間内は重力が少なくなるっていう概念を式にして、あの柱に組み込んでるんだよ。お前が初めに火や水を思念で作り出したように」

「ハイハイ、もう行くよ」

 だからいちからちゃんと教えるのに時間が足りねぇんだよ――と奴はぼやきながら、その吹き抜けのほうへ行った。

 吹き抜けのまわりは穴になっていた。下層フロアもあるんだ。


 穴のまわりはただ急に床が無くなっているだけで、フェンスどころか棒すらない。そこへそのまま奴が普通に歩くように一歩踏み出した。

 ほんの少し下に沈んだかと思ったら、そのまま空中で止まった。

 ナジャ様も続いて空中に足を踏み出す。

「ほら、ソウヤ、怖くないからおいで」

 少女が空中で手招きする。俺も意を決して宙に足を出した。


 もちろん足元に手応えはなく、踏み込んだ足は10㎝くらい下がった。

 が、落下はそれで止まった。

 体全体が海に浮かんでいるような感じだ。でもこのままだと、ゆっくりと下に沈んでしまう。

「魔力を使わなくても、動きたい方角を軽く念じればいいんだよ。ここは思念が作用する場だから」

 止まれ。俺は頭の中で思った。

 半分まで下がっていた落下が、ゆっくりと止まった。

「本当だ。これなら魔法を使えなくても飛べるんですね」

 俺は顔を上げた。


「や~ん、ソウヤのエッチ!」

 少女がさっとスカートを押さえた。俺は慌てて下を向いた。

 いや、イヤイヤイヤッ! たまたま頭のすぐそばにあっただけで、見るつもりは…………ギリギリ見えなかったし―――

「ケケケー、ここではね、あまり上を見上げるのはマナー違反なんだよ。

 あと出来る限り男は柱寄り、女は縁寄りで移動するんだよー」

 だったら先に教えてください!

 というか、ワザと俺のすぐ上に来たでしょ!?


 ケケケーと、笑いながら少女は上にふわりと上がっていった。

 そのスカートは何故かちゃんと裾が花のつぼみのように閉じている。

 出来るなら始めからそうしてくれよ。


 5階フロアに出て、B17のプレートが付いている本棚群に行く。

 あるわ、あるわ。確かにパッと流し見しただけで、『魔物』の文字だらけだ。

 手前の『魔物百科 ロークス地方編』というのを手に取ってみた。


 赤地に金文字のタイトルの入った厚手の革製カバーで、総数もゆうに400ページくらいはありそうだ。

 開くと小さな文字でみっちりと魔物の特徴や性質、その行動論理などが書いてある。字が小さくても読めない事もないが、内容が専門的な上に絵がほとんどない。

 別の『大陸別魔物総図鑑』と書いてある広辞苑のような分厚い本を開いてみる。


 難しいっ! というか図鑑と書いてあるのに、絵が見開きの中にたったのマッチ箱サイズくらいしかない。

 どこが図鑑なんだ。

『陸の魔物専科』も似たようなもの。

 真ん中を適当に開いてみても延々と、ある種のトカゲの亜種や系統が、20ページ近く細かく解説されている。


「ここ間違ってるな。この場合、甲高く鳴くのは嬉しいからじゃなくて、警戒してるからだ」

 横から本を覗いていたヴァリアスの奴が、すっとページの上を指でなぞった。

 文章が書き替えられた。

「おいっ、勝手に書き換えていいのか?」

 俺は思わず小声で奴に注意した。


「いいだろ、この1冊くらい。間違えた情報のほうがずっとマズい」

 と、1冊と言ったにもかかわらず、あちこちで本をバラバラ速読しながら、なぞっている(正しく書き換えている)動作をしている。

 どうも魔物に関して一家言ある奴は、大人しくしてはいられないらしい。

 しょうがないので放っておく。

 

 それにしてもなんか専門的過ぎるのしかない。もっとお気楽に読めるのはないのか。本は元々高いからこんな内容のものしかないのだろうか。

 俺は目は良いはずなのに、なんだか背表紙のタイトルのさざ波にチカチカしてきた。


「ソウヤ、これなんかどうよー?」

 そんな俺の目の前にナジャ様が絵本ぐらいの大きさで、4㎝くらいの幅の本を開いてきた。

「お、絵が結構ある」

 それはページの4分の1くらいの大きさで、魔物の絵が左右両ページに描いてあった。

 文字は比較的大きいが、専門的過ぎずにわかりやすい内容になっている。

「良いじゃないですか、これ」

 俺は本の表紙を見た。

『よい子のずかんシリーズ 森のまもの』


「これっ、子供用じゃないですかっ」

 俺はうっかり大声を上げそうになった。

 図書館程ではないとはいえ、こんなに広くて人も多いのに結構静かなのである。

「ケッケッケッ! でも分かりやすいだろう? 何も知識のないお前にはちょうどいいんだよ」

 ナジャ様が声を小さくしながらも、しっかり笑いながら言った。

 くそっ! 確かに一番わかり易くて言い返せねぇ。

 俺の知識の度合いはこちらの子供並みって事なのか?


 ニヤニヤしながら少女は俺の手から本を取ると、柱のそばに警備員と一緒にいた司書に話しかけた。

「こんな感じの初心者用の魔物の紹介と狩りの仕方、あとこの大陸の森羅万象の一般常識なんかが書いてある本が欲しいんだけど」

「お子様用で宜しいので?」

 白い司書は彼女が見せた本を見て訊いてきた。

「子供じゃないけど、似たようなもんだよ。太陽が昇る方向も違うような別大陸から来た、右も左もわからない異邦人向けのがいいんだけどさー」

 司書は顔を上げると彼女の頭越しに俺を見て

「かしこまりました。少々お待ちください」


 それから司書はするすると音を立てずに移動すると、各本棚を回り出した。そしてそれぞれの本棚から、迷うことなく本を抜いていくと、俺達の前に戻ってきた。

「宜しければこちらでご確認ください。一般常識についての知識本は他階にございますので、もう少しお待ちくださいませ」

 そう言って9冊の本を手前にある書見台に置いた。

 書見台はあちこち、棚と棚の間の通路に置いてあった。


 選んでくれた本は 『初めての狩り 入門編』『やさしい解説シリーズ キケンな生き物』『誰でもわかる 獣道の歩き方』…………。

 悔しいが、『ボクにもわかる マモノの全て』が一番説明がわかりやすい……。挿絵もカラーだし。

 ……しかしオークのページの解説が気になる。


「なあ、ヴァリアス。これってお子様用なんだよな? なんかこの説明って、子供にどうなんだろう?」

 俺は出来る限り小さな声で話した。

 ナジャ様とはいえ、少女の近くで話す内容じゃなかったからだ。


 この本のオークの説明の一部分に

「……またオークは性欲せいよくがとてもつよく、他種族たしゅぞく女性じょせい、または子供こども、ときに若者わかものおかすことが…………」

 と、フリガナ付きで、子供に読ませたくない内容が書いてあった。

「そんなの、読めない年代のガキには親が読んでやるんだから、勝手に誤魔化すだろ。自分で読むようになった頃には、意味ぐらいわかるようになってるぞ」

 そんなもんなのか。

 中途半端に読めて『これどういう意味って?』って聞かれる親はたまったもんじゃないぞ。


 挿絵のオークがこれまた妙に生々しい目つきでこちらを睨んでいて、俺は思わず本を閉じた。

 

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