第3章 ダンジョン編 (☆印のついた話がカクヨムオリジナルです)

第123話 蒼也、受験生になる その1 (ハンター試験)

 あれから俺のアパートにまた皆やって来て、夜遅くまで騒いでいった。

 リブリース様に隠していたヤバい本を見つけ出されて、ナジャ様の手前、俺は慌てて隠そうとした。

「これは俺のじゃなくて、光男のですっ。あいつが遊びに来た時に忘れていったんですからっ」

 そう弁解する俺の言葉を、全然信じてもらえず

「いいよ~、いいよ~。ソーヤ君も男だもん。これくらいあっても全然おかしくないじゃん」

 ニヤニヤする黒い男は、「で、どの女がいいの?」と訊いてきた。

 ナジャ様とキリコは聞こえない振りして、テレビを見ているが、絶対聞き耳?を立てている。

 

 ああ~っ、よりによって、サブタイトル『いいモノだけを世界から♥』って、なんで洋モノなんだコレっ!?

 俺が買ったように疑われてるじゃねえかっ。


 光男ーっ! てめぇ、妻帯者だからってウチに捨ててくんじゃねぇよっ!

 俺だって処分に困るんだよ。

 本は燃えるゴミじゃなくて、古紙なんだからな。

 しかもウチの大家さんが几帳面に、雑誌のホッチキスを外してあるかチェックするんだぞ。

 こんなの出した日には、このアパートで唯一独身男の俺ってバレるだろうがっ!


 そんなこんなで、このトンデモナイ金曜の夜が更けていった。



 次の日、久しぶりにギトニャの宿屋に戻ると、こちらから帰った次の日のお昼だった。

 地球では3週間過ぎてしまったから、大体こちらでは約10時間ぐらい経過したことになるのかな。

 連泊にしておいて良かった。

 1泊分はただの星間ポートにしか使ってないが、まあしょうがないだろ。


 ヴァリアスの奴は、今回絶対にダンジョンに行かせたいと息まいているが、まずはラーケルの村長のとこに行って、ハンターランクを確認してからだ。

 う~ん、合格発表を見に行くみたいに、なんだかドキドキする。

 

 昼時とあって1階食堂は賑わっていた。

 今日は時間合わせに、地球で昼をとってから来たので、そのまま出かける事にした。

 階段を下りてくる俺達を見て、忙しく給仕をしている宿の親父が『あれ?』という顔を上げた。

 その親父に奴が言った。

「親父、ボア酒まだ1樽あるか?」


 市壁の門をくぐってラーケルに続く草原の道を見ながら、道端に避けて軽くストレッチをした。

 どうせここから走っていくとか言いだすに決まってるんだ。

「蒼也、ここから転移で行くぞ」

 出たよ、やっぱり。


「わかってると思うが、俺はまだそんな長距離跳べないぞ」

「そんなこと百も承知だ。だが、ギリギリまで跳んでみろ。限界を超えてこそ進化があるんだ」

 相変わらずスパルタだよな。もう半分諦めたけど。

 だけどそんな考え無しだけの力任せはやらないぞ。

 前回やみくもに跳んで、畑に落っこちたり、馬車の前に跳び出したり危なかったからな。


 俺はラーケルの方向に向かって、出来る限りの探知の触手を出した。

 今、俺が出来る探知の範囲は一方方向なら、大体170m前後かな。以前よりだいぶ伸びたと思うが、それ以上先は、手が伸びきってこれ以上伸びないという感覚になる。

 最近転移の連続技はやっていたが、飛距離は伸ばしたことがない。以前、大カマキリに追われた時に、とにかく遠くへと跳んで出来た約90mくらいのが最高かな。

 もちろん目一杯跳ぶのだが、行く先に危険がないか、また具体的にどんなところかをイメージするのは重要だ。


 約90~探知できる170mの範囲を探る。

 ちょうど昼時とあって、まわりの畑で作業している農夫も、道を行く馬車もいないようだ。

 とりあえずこの道の端上から逸れないように意識して跳んでみた。


 背の高いポプラの葉に似た樹の近くに跳び出した。

 探知で確認した通り、近くに人の気配はなかった。遠くの畑を見まわる農夫が1人、小さく見えた。

 この樹々が点々と生えた並木道は、キリコとゆっくり歩いたので覚えている。これは100m越えたか。


「よし、いいぞ、蒼也」

 隣に奴が現れた。

「137m52cmだ。今までの最高記録だな」

 おおっ、そうか。落ち着いてやったとはいえ、ずい分跳べるようになったな。息切れもないし。

「よし、じゃあ転移酔いしたら元も子もなくなるから、あと5回だけにしておくか」

 やっぱり悪魔は変わらないか。


「お早う。おう、旦那も一緒かい。昨日の錬金術師の兄ちゃんは?」

 役場に行くと、ひさしの下の2人の老人がカードゲームをしているのを、パイプを燻らしながら眺めていた村長が立ち上がった。


「アイツは帰した」

「おっ?」

「いえ、何か用があるようなので、帰りました」

 俺は慌てて補足する。

 昨夜遅く、キリコとナジャ様はヴァリアスが開けた亜空間ゲートで帰っていった。リブリース様はナジャ様から解放されて、1人でまたナンパの旅に出かけていった。

 つまりリブリース様以外は、こっちに来ているという事だ。


「まあいいや、兄ちゃんのランク、わかったぜ」

 そう言いながら村長がドアを開けて俺達を中に招いた。


「おめでとう! Ⅾランクに昇格だ」

 テーブルに銀プレートが置かれた。

 やった! これでとうとう俺も初心者卒業だ。これで名実ともにハンターとして一人前として認めてもらえるようになる。中堅では一番下っ端だけど。

 俺は銅プレートを差し出しながら、モスキートペン(血を吸うペン)を探した。

 あれっ ないな。


「あの、新しいプレートには血を垂らすんですよね? モスキートペンは……」

 もしかして、ここではワイルドにナイフで切るとか。田舎だからあり得るかもしれない。

「いや、まだ必要ない。というかそのプレートは仮登録の期限付きプレートだから、血をかけても無駄だぞ」

「えっ、仮登録?」

「仮ってなんだよ。蒼也はDになったんじゃないのか?」

 椅子に寄りかかっていたヴァリアスが、身を乗り出した。

「旦那も知らないのか。まあ、規格外で認可された旦那は知らんかもしれんな」

 そう言って村長は銀のプレートの左上を指さした。

「ここに★マークが付いてるだろ? これは仮のマークなんだ」

 そう言われると、確かにハンターギルド名の手前に、小さな星印と、下の方に何やら使用期限が書いてある。

 使用期限?


「知ってると思うが、DランクはE,Fと比べて一線引く上のランクだ。受ける仕事も格段に違ってくる。

 このランクから始めて本当にハンターになったとも言える。

 だから今まで通り、仕事をこなしてきた経験値だけじゃなく、実際の能力を確認する必要があるんだ」

 コツンと指で星印の部分を突いた。

「このプレートを発行してから1ヶ月以内に、確定テストを受ければ、この★が消えて晴れて本プレートが発行されるんだ」


「テストですか?」

「ああ、テストって言っても、簡単な筆記試験と実技だよ。あのレッドアイマンティスを狩った兄ちゃんなら楽勝だ」

 村長が微笑んだ。

「面倒くせえな。そんな事してんのか」

 ヴァリアスが椅子に寄りかかって、雑に足を組む。

「筆記試験……」

「ああ、書くのが苦手な者は口頭試験もあるが、兄ちゃんは大丈夫だろ? なに、簡単な内容じゃよ。

『タイガーつぐみとピグミーぬえの鳴き声の違い』とか、『ダンジョンに入る前の注意』とかだよ」

 え…………何それ。

 俺は横にいるヴァリアスを見た。奴も渋い顔をしてこっちを見る。


「……もしかして、兄ちゃん知らないのかい?」

 村長が目を大きくしてきた。

「私、こっちに来てまだ日が浅いんですけど……」

 タイガー鶫ってなんだよ? トラツグミじゃなくてか?? それにダンジョンに入る前の注意って、まさか冒険の書にセーブするとかじゃないだろ。


「あー、ちょっと待ってくれ。おーい、ポルクル」

 村長がポルクルを呼んで、何かを持ってくるように頼んだ。

 何でも試験は大きいギルドでしかやってないので、ここでは出来ないが、以前ギルド長会議に出席した時に、過去のテスト用紙を参考にもらった事があるそうなのだ。

「ああ、そうこれだ」

 ポルクルが持ってきたファイルの中から、4枚の用紙を取り出して俺の前に置いた。

「これが5年前のだ。ちなみにこの傾向問題ってのは、ハンターの実績傾向によって内容が変わって来る。

 こいつは兄ちゃんみたいな魔物ハンター用だ」

 そう言って別の問題用紙を取り出した。どうやら筆記というのは、総合問題と傾向問題の2種類あるらしい。


 俺はその過去問に目を通した。


 駄目だっ……。ほとんどわからん………………。

 せめて〇×式か選択式にしてくれればいいのに、全部答え書き込みタイプかよ。


 唯一わかったのは『一角兎に出会ってしまった場合の対処』という問題だ。これは以前、ドルクのおっさんに教えてもらった『茂みに隠れて姿を隠す』だろう。答え合わせを見たらやっぱり『兎の視界から外れてやり過ごす』とあった。

 これで〇が貰えるかな。でも………………。


「ほとんど知ってる魔物の問題がない……」

 俺は小さく声を絞りだした。

「う~ん、兄ちゃんが持って来てくれた、レッドアイマンティスやハンターポイズングリーンは、Dランク以上だからなあ。それに季節によって問題も変わるし。オークやゴブリン系のは逆に捻った問題が出やすいしなぁ」

 村長が首をゴキゴキ鳴らした。

 確かに『ゴブリンが驚いた時に、どんな振る舞いをするか』なんて知らねえよ。電気ショックで追っ払っうのに必死だったし。フォレストウルフもブッシュジャッカルも、みんな即追っ払っちゃったから、よく見てないよ。


「実技だけじゃダメなのか?」

「ああ、実技だけじゃなあ。力だけあっても、知識が伴わないと危険なことぐらい、旦那もわかるだろ?」

「面倒くせぇ」

 またヴァリアスが背もたれに寄りかかって、椅子を軋ませた。

「あの、ちなみに何点で合格なんですか?」

「まあ実技の獲得点にもよるんだが、通常は合計50問中38問正解だな」

 だあぁーっ、頑張っても微妙に無理そうっ。

 俺は軽く頭を抱えて下を向いた。

 ハンターランクって地道に実績をこなして行けば、勝手に上がるもんだと思っていた。小説やマンガとかじゃそういうもんじゃなかったっけ? 

 現実はそう簡単にライセンスを取らせてくれないのか。


「実技を満点取れれば違うのか?」

「あ、ああ。もし試験官を納得させるだけの力量があれば、半分正解ぐらいで通ると思うぞ。あと、過去に本当に知識不足だったが力だけは強い奴がいて、その場の試験官とギルド長の采配で合格にしたっていう強者もいたな。

 そいつは長く人里離れたところに住んでいた変わり者で、いちいち考えずに獲物を一発で仕留めていたので、知識として持っていなかったらしい。いつも勘に頼ってたってこった」

 まあこれを参考にしてくれよと、村長が過去の問題用紙をくれた。


「よし、蒼也。ダンジョンに行くぞ」

 ヴァリアスが急に立ち上がった。

「初中級タイプなら、Dランクぐらいの魔物が色々いる。あちこち行かなくても、まとめて体験出来るぞ」

「なんだよ初中級って。スキー場のゲレンデじゃねえんだろ? そりゃいつか行かなくちゃならないだろうけど、もう少し力付けてから行きたいよ」

 俺はとにかくダンジョンというと、地上とは違う怖さを感じる。たぶん閉鎖された空間で、すぐに逃げられないというイメージがあるからだろう。


「大丈夫だ。お前の今の実力なら容易いさ」

 あ~、これはもう何がなんでも連れて行く気だな。

「……わかったよ。だけど危険だったら、いや、俺が嫌だと感じたら、即帰るからな」

「わかってるよ。オレを信用しろ」

 それが出来ねぇから困るんじゃねぇか。

 テーブルの向かいで村長が目をしばつかせた。


「待て待て、今日は絶対に行かないぞ。行く前に色々準備だってあるんだから。ちょっと近所の公園に散歩に行くのと訳が違うんだぞ」

 俺は、今にも突っ走って行きそうな、奴のコートを引っ張って座り直させた。

「その、もし1ヶ月過ぎちゃったらどうなるんですか? まさかFからやり直しとか……」

「いや、またEに逆戻りだ。だからこの銅プレートはまだ持っててくれ。それと向こう半年間は確定試験を受けられなくなる」

 そうかあ、この使用期限中に試験合格しなくちゃ、D確定が半年延びちゃうんだ。

 しかしこの年齢としでまた受験勉強かよ。

 なんか仕事より覚えるの大変そうなんだが。


「わかった。考えてみたら1ヶ月あれば十分だ。それだけあればギガントコングの全身の毛の数だって数えられる。ついでに昇級テストも受けられるぞ」と奴が口を開いた。

 なんだよ。ギガントコングって? キングコングの別称か ?!

 絶対遭わねぇぞっ。

「うん、まあ旦那がついてるんなら大丈夫だろうな」

 いえ、こいつがついてるからヤバいんですけど………………。


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