第184話☆ 強制イベント


「聞いた者もいるかもしれんが、このダンジョンに例の『無情のサーシャ』とその一味が潜伏しているという情報と、占断せんだん結果があった。

 この占断結果は特に重要視出来るものであり、今回の執行となった」

 獣人の警吏が大声をはる。


 せんだん?

 そっと奴に訊くと、こちらでは捜査にこのような占術や透視術などを活用・信用するのだそうだ。

 どうやら国だか偉い人のお抱えの占い師が、その手配犯がここにいて、今を逃したら二度と捕まらないと予言したそうだ。

 確かにFBIより超能力捜査官みたいなのがいそうな世界だしなあ。


『(でもまあ良かったな。お前の情報だけでコトが行われた訳じゃないって事だ。

 これでお前が気に病むことじゃないとわかるだろ?)』

『(なんだよ、そんなこと心配してたのか。俺だってそこまで弱くないぞ)』


 実はちょっと落ち込みそうだったけど。

 でも俺の証言が直接この事態を招いた訳じゃなくて、気持ちの荷が下りた。

 それにもしそうだとしても、手配犯を通報するのは当たり前のことなんだから、何も罪悪感を持たなくてもいいはずだ。

 俺も師匠のように気持ちを切り替えよう。

 今回ちょっとタイミングが悪すぎたが。


 ギュンターがするすると巻き紙を開くと読みだした。


「ブルクハウセン伯爵バーレント・ダミアン・ボルケスティン様より『無情のサーシャ』とその一味に対し、あらたに賞金が増額された。

 一人頭 1,000万エルとなった」

 まわりからおおっ! という、さっきとはまた違ったどよめきが起こる。


「もしも生きて捕まえたら更に倍の2,000万を出すそうだ。4人全部で最高8,000万エルだ。

 このダンジョンは閉鎖しているから、これ以上の捜索者は入ってこれない。

 捜査隊の来るまでが、君たちの持ち時間となる。

 もちろんこれに参加するしないは君たちの自由だ。

 それに怪我したり最悪――」


「おい、ちゃんと内容を正しく読み上げろっ」

 警吏たちの後ろからまた衛兵たちが現れた。

 今度はゾロゾロと20人近い兵たちが、管理室のドアから出てきた。

 そのうちの一番偉そうな男が声をあげた。


「お前たちに選択権などないっ!

 お前たちはこれより『無情のサーシャ』ことアレクサンドラとその一味の捜索、及び捕縛に協力せねばならない。

 領民はこれに奉仕する義務がある。

 これは命令だ!」


 えっ 何言ってんの、この人?!

 まわりを見ると、師匠やパネラもエッボも顔をしかめていたが、驚いた顔はしていなかった。

 他の人々も、どよめくどころか、一瞬シンとなった。

 みんな呆気に取られてるのか?


『(これが世界のことわりだ。権力主義社会。

 お前のところでも少なからずあるだろ?)』

 奴がテレパシーで伝えてきた。


 これが絶対権力ってヤツなのか。

 大きな力の前には個人の自由なんか無いも同然。

 横暴で理不尽と思える命令もみんなには珍しくないんだ。


 静寂を破ったのは、またもやさっきのイキがった若者だ。

 彼は呟くというより、連れの女に顔を向けながらぼやいたのだが、静まり返ったホールでは意外なほどよく通ってしまった。

「領民って言ったって、ここはあいつの直轄領じゃねえのに ―― ボガァッ!!」


 一瞬のことだった。

 若者は下顎を砕かれて吹っ飛んでいた。

 一番彼の近くにいた兵士に殴られたのだ。しかも鉄製の籠手ガントレットをはめた拳で。


「えっ! 何が起きたっ?!」

 俺には急に若者が、その兵士の前に飛び出したように見えた。

 なぜそんな真似をしたのか。

 イキがり過ぎて突っかかる振りをしたのか? そこを殴られた??


「わからなかったか? 引っ張られたんだよ。アイツが身につけている金属をな」

 奴が囁いた。

「あの鎧、ラメアーマーだろ。フルプレート程じゃないが、革鎧より断然金属部分が多い。鉱石を扱える『土使い』ならはずだ」


「おいっ! 無茶するなよっ」

 ギュンターが慌てて床に転がった若者に駆け寄る。

 間を置いて、仲間らしい女の悲鳴が聞こえた。その声をきっかけにまた人々から声が漏れ出した。


「静まれっ、愚民どもっ!

 所詮子爵領。伯爵と子爵の違いもわからん愚か者がっ。

 我々を揶揄することは、ボルケスティン様を侮辱するも同然っ。断罪に処す!

 これに異議のある者は前に出よっ」

 あたりがまた静かになった。

 が――


 バチンッ!!

「イ”ッ!」

 若者を殴った兵士が、急に右手を振った。

「あ、ワリい、ワリい、つい興奮して放電しちまった」

 あの金目の警吏が相棒の方に行こうと、ちょうど例の兵士の横を通ったのだ。


「貴様ぁ、ワザとだろっ?!」

 やられた兵士が兜の隙間から、ユーリを睨みつける。

「だからぁ、うっかりしてたんだよ。こうして謝ってるだろ」


 軽く小首を下げながら、相手だけに聞こえる程度の小さな声で囁いた。

「それにそのんだ。あんただってくらいあるんだろ?

 これっくらいの電撃じゃ、まったくんだから勘弁してくれよ」


 兵士はちょっと忌々しそうに舌打ちしたが

「次はないからなっ」

 また姿勢を正して前を向いた。

 実は手先にまだ痺れが残っていたのだが。


「さすが、ユエリアン。ひねくれ者だわ」

 ポツンとパネラが呟いた。

 そして奴が眉を寄せたのを見て、慌てて訂正する。

「やだ、兄さんの人種を言ったわけじゃないのよ。それに反骨心があるっていう意味よ」


 いえ、こいつのコピーだからアウトサイダーで合ってますよ。

 あのアルだって同じことをやりそうだし。


「前に出る者がいないなら、異存なしとみなす」

 またお偉いさんが続けた。


「お前たちは言う通りに行動すればいいだけだ。

『アジーレ』のイベントよりも、更に高い報酬が得られる好機と捉えよ。

 これから準備に1時間の猶予を与える。

 準備の出来た者から速やかにダンジョンに入れ。

 犯罪者を確保するのだっ 以上っ!」


 ダンッ! と側にいた兵士が、いつの間にか用意していた大きな砂時計を床にひっくり返した。

 その音に人々はちょっと首を引いたが、しばらくしてそれぞれ行動し始めた。


 ソロソロと半ば諦めたように、ダンジョンの入り口に向かう者たちに対し、係はプレートを確認しなかった。

 もう後から入って来る者がいないので必要がなくなったからだ。

 途中からタイミングを察した係は、扉を開けて待っていた。


 中には諦めがいいのか、根がポジティブなのか、逆に犯人捜索に意欲を見せる者たちもいた。

「しょうがねえなあ。どうせあっちアジーレに行かれないんじゃ、ブラブラしてても勿体ねぇ。

 ここはお宝探しじゃなくて、そのお尋ね者探しといこうぜ。

 上手くすりゃあ大金山分けだあ」

「そうだな、それにサーシャって女、こんな絵よりもイイ女なんだろ?

 一度は拝んで見たいもんだぜ」

 そんな豪の者たちがチラホラと出始めた。


 エッボが耳をピクピク動かしながら、俺たちのまえに内緒話をするように身を乗り出した。

「確かにあそこの『宝探し』より賞金額の桁が違うけどさ」

 彼の話しによると、リニューアルしたアジーレ・ダンジョンで行われるイベントは『宝探し』なのだそうだ。


 前もって隠しておいた『珠』を、探し当てた者に賞金が出るという単純な催しなのだが、その賞金額が1等300万エルという破格額。

 2等ハイポーション(ここでは約1万エル相当の品)50本分、3等 火、水、土の魔石それぞれ10万エル相当と、2等以下は現物支給らしい。

 それでも祭りの賞金としてはかなり良い額だ。


 ただ、その宝はたったの3つなのだ。

 おまけに当初より参加人数が増えに増えて、予定の倍以上になっているらしい。

 実際は参加者のほぼ全員近くが、通常のダンジョンの宝探しで終わる。

 それならば、少しでも高い賞金の方に賭けるのもわからないでもないが。


「でも『アジーレ』は迷宮とはいえ初中級だよ。

 そこにイベントとはいえ、潜ろうっていう輩じゃ、こんな賞金首を捕まえられるとは思えないよ」

 さらに声を落とした。


「よくある『集団心理』だな」

 いつの間にかジョッキを片手に奴もテーブルについていた。

 このホールの中にはワゴン販売のように、酒類を小型の荷車に乗せて売り歩いている商売人たちがいて、奴はいつの間にかちゃっかり買っていた。


「大勢でかかればなんとかなると思ってるんだろ。誰かが犠牲になるかもしれないが、それは自分じゃないと思い込んでる。面白いもんだ」

 奴がニヤリと牙を見せた。

 赤信号、みんなで渡れば怖くないかよ。笑えねぇよ。


「おおい、言っとくが、何かあっても自己責任だからなあーっ。

 あとちゃんと顔知ってるのかぁ。手配書くらい持ってけよ」

 と、係員が4人まとめて1枚に描かれた手配書を、入っていく者たちにチラシのように配る。


「まったく良いように使ってくれるわね」

 パネラが小声で毒づいた。


「確かに、上手いことやったもんだ。

 親衛隊の奴らも手が足りないから、おれ達を利用する気だ。

 運が良ければ獲物が炙り出されるかもしれないしな」とヨエル。


「あのおっかない兵隊さん達って、さっき云ってた伯爵の親衛隊なんですか?」

 俺もそっと師匠に訊ねた。


 その隊長らしきお偉いさんは、いつの間にか用意された椅子にどっかりと座り、管理室の前でホール全体を見据えている。

 後から現れた兵士のうち10人がまた、閉ざされた大扉の前に立った。

 残りは隊長のまわりに並んで、管理室前を通せんぼしている。

 大扉を操作させないようにしているのか。


「ああ、そうだよ。あの紋章ですぐにわかった。あれはボルケスティン家の家紋だ。

 そしてあいつらが着ているサーコートの色。右半分が白で左半分が赤だろ?」

 確かに彼らのサーコートは、警吏たちのようにツートンカラーだ。色は違うが。

「あれは忠誠と血を示しているんだよ」


『ブルクハウセン』というのはここからあの大河を渡り、山を2つほど越えた先の地域名だそうだ。


「小隊ってとこかな。おそらく外にも同じくらいの人数が配備されているはずだ。

 祭りのせいで警吏がすぐに動けない分、あいつらが先に指揮を取ろうってとこだろう」とヨエル。

「でも後から軍隊が来るって、先に小隊だけ来たってことですか?」

 やっぱり結構な人数を、転移で移動させるのは無理があるのだろうか。


「アイツらは元々、王都にいたんだよ。都合よくソイツらを使ったんだ」

 奴が言うには、王は各知行地の領主(家臣)たちに、定期的にまた有事の際に、兵役義務を課しているのだそうだ。

 

 本来なら領主かその息子、またはその部下も含む数人から数十人を派遣しなくてはいけないところだが、出来れば忌避したいし、跡取りが1人しかいないような領主なら猶更だ。


 通常は軍役免除金という税に代えて、軍役を逃れるようになっているのだが、たまには金銭だけでなく実際に使役もしなければならない。


 今回の祭りのせいで全国から人が来るため、近隣の領主は小隊クラスの兵を派遣するよう命ぜられていた。

 伯爵は王に忠誠心を見せるために、自らの親衛隊を派遣していた。

 それが今回少数とはいえ、すぐに兵を動かせる結果につながったようだ。


「でもあんな賞金を出してくれるなんて、やっぱり伯爵様ってスゴイもんだね」

 俺はまたあまり疑問を持たずに口にした。


 軍隊を出動させるのも、もちろんその伯爵の采配だ。

 やり方は強引だが、ただ治安に貢献する意味で出資する、お金持ちの貴族程度に考えていた。


「えっ ソーヤ、知らないの? かなり有名になった事件で、他所の国まで知れ渡ったらしいんだけど」

 パネラがちょっと意外と言った感じの顔を上げた。

「なにその事件て……?」

「そうだな、兄ちゃんはかなり遠くから来たようだから、知らないかもな」

 師匠が勝手に納得したように頷く。


「でもソーヤも昨日、手配書を見たんでしょ? その時に罪状を読まなかった?」

「え、うん、だって顔しか確認しなかったし……」

 そうなのだ。あの情報屋のとこでも詳しい罪状は読んでなかった。

 やたら色々書いてあったようだが。


「ブルクハウセン伯爵は被害者家族の1人なんだよ」

 エッボが説明した。


 アードルフ・ヨプ・ボルケスティン―― ブルクハウセン伯爵バーレント・ダミアン・ボルケスティン の後継者にあって一人息子。

 十数年前の流行り病のせいで、貴族たちの跡取りも庶民同様、複数でないことが多かった。


 その大事な跡取りが、かの『無情のサーシャ』一味に廃人にされたそうなのだ。

 家人に発見された時、なんと彼の陰部は切り取られ、ドードーの餌箱に突っ込まれていた。

 

 発見が早かったせいで命は助かった。

 華族ご用達のエリクシル万能薬で、失った体の一部も復活させることもできた。

 だが、さすがのエリクシルでも壊れた精神は治せなかった。

 

 それは『隷属の輪』などの道具を使った跡ではなく、何か精神を根底から破壊するような目にあったらしい、という事しかわからなかった。

 おかげで魂は、生きながらにして煉獄を彷徨うハメになった。


 彼には政略結婚で娶った正妻がいたが、子供はまだいなかった。

 外には、半ば力づくで孕ませた女達が大勢いたが、これは強引に堕ろさせていた。

 俗人との落とし子なぞ、この世に存在してはいけないモノだったから。

 本人は側室を作りたがっていたようだが、それはプライドと自分の地位を脅かされる正室によって実現には至らなかった。


 だが、それが今や裏目に出てしまった。

 もっか治療中とのことだが、どれだけ深い闇を見せられたのか。

 彼の魂はいまだに戻ってこない。

 

 このままだと跡継ぎは、従弟下の血族か正室の家系から養子を迎えざる得なくなりそうだった。

 今やボルケスティン家直系の家系が消えかかろうとしている。

 父卿の憤懣やるかたない矛先は、むろん加害者に向けられた。


「まあ、みんなも陰で言ってるけど、やられた息子も息子だったからねぇ。

 ちょっと可哀想だとは思うけど、女のあたいとしても天罰だと思うしね」

 パネラが軽く口を尖らせた。


 そうか。別に善意でも正義感でもなかったのか。

 それどころか、賞金を倍にしてまで生かして捕まえるのを優先するのって……。

 なんだか首筋の毛が逆立つのを感じた。


「おっ、ご苦労さん」

 ヴァリアスが急に後ろへ振り向いた。

「わっ ビックリした!」

 パネラが自分の真後ろにいる男に驚いた。

「え、いつの間に? 気がつかなかった……」

 ヨエルも戸惑う様子を見せる。


 俺たちの後ろに、いつの間にか酒樽を2つ載せた荷車があった。

 その横に先程見た、修道士のような姿をした者が立っていた。

 鎖はなかったが、今はみんなの目に見えるぐらいに姿が可視化している。


「この人、旦那の知り合いかい? なんか旦那みたく気配がないんだが」

「うーん、知り合いと言えば知り合いかな。知り合いの知り合いの……そのまた10回くらいの」

 それはもう知り合いとは言わない。

 すでに全人類を網羅できる。


 奴の返答に困惑気味の師匠からふと視線を外すと、修道士が俺のほうに顔を向けているのに気がついた。


 黒い仮面の目の辺りにアーモンド形の二つの穴があった。

 だがそこには瞳ではなく、赤々と燃え揺らめく炎のような、またはドロドロと蠢く赤い何かが見えた。


「使って悪かったな。まあよろしく言っといてくれ」

 奴はそう言うと、荷車に載っていた酒樽をさっさと収納した。


 修道士は会釈すると、また荷車を引いて奥の方に去って行った。

 少し離れるとその姿は掻き消えて見えなくなった。

 みんなそっちの方を凝視したまま、しばし沈黙した。


『(おい、ヴァリアス、今の人、神界のヒトじゃないのか?)』

『(ああ、やっぱりわかったか。そうだ。何処のモンだと思う?)』

『(どこのモンって、まさか組関係じゃないだろ。

 ――あれか、『火』の関係者とか)』


『(残念、不正解だ。やっぱりまだお前には判別出来ないか。

 アイツは『地』の天使だよ)』

『(地? 地って大地のか? なんか炎みたいなのが見えてたけど、土系なのか?)』

『(アレは土の中の火だ。大地の精だからな。同じ熱でも属性が違う)』

 ああ、じゃあアレはマグマだったのか。

 いや、ちょっと待てよ。


『(あんた、今、酒の配達させてなかったか?)』

『(まあな、アイツはこのダンジョンの本当の番人なんだ。

 係なんだから少しは使ってもいいだろ。他所のとこの地酒ダンジョン酒持って来てもらうぐらい)』

『(ぐらいって、なに他所んちの天使にウーバー●ーツさせちゃってるんだよ)』


 さっきのは視線はアレか、こんなロクでもない奴と一緒にいる輩と思われたのか?

 それとも憐れみとか??

 表情が見えなくて全くわからなかったが、絶対良い印象に思えない。


 やだな~~~、俺の神界での印象とんでもないかもしれない……。


 俺はこの時、俗世間的な考え方しかしなかったが、実は彼が姿を現したのには意味があったのだ。

 それは後で思い知ることになる。



  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 あの後のユーリ達の話までいけませんでした……( ̄△ ̄;)


 次回はユーリとギュンターがメイン、そしてもう1人の影の話になります。

 主人公の影が薄いっっっ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る