《 ダンジョン・マターファ 第2日め 異変 》

第183話☆ 監禁


 すいません、やっぱり今回も長いです( ̄▽ ̄;)



  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 物音で目が覚めた。


 あれ、ここ何処だ……? 

 目の前に青緑色の草地が見える。一瞬寝ぼけて頭が働かなかった。

 なんで外で寝てるんだ……あ……。


「起きたか」

 すぐ後ろでいつもの低音がした。

 振り返ると、俺の背後霊がどっしりと胡坐をかいて座っていた。


「あ~、そうだった……ここダンジョンだった」

 俺はモソモソと寝袋から体を起こした。

 昨日は初めてこのダンジョンマターファで野宿したんだった。

 寝たら一瞬忘れてた。


 しかも何か不思議な、不吉な感のある夢を見たようなのだが、目が覚めた途端に内容をすっかり忘れてしまった。

 何かとっても意味があったような気がするのだが、これもこの特殊な場所の影響なのか。

 夢はあくまで夢に過ぎないし。


「お早う。よく眠れたかい」

 背を向けてしゃがんでいたヨエルが振り向いた。焚火をまたおこしていたようだ。

「お早うございます。おかげでぐっすりです」


 そう、昨夜は寝る前の寝床のセッティングを師匠に教わったのだ。


 俺は寝床用に、まずネットで買ったテントマットを引っ張り出した。

 これは普段はぺったんこで、使う時に空気を入れて膨らませるエアマットタイプだ。ウレタン製よりも浮遊感があり、寝心地も良いという評価があったのでこれにした。

 難を言えば、空気を入れたり抜いたりするのが面倒なのだが、俺には風魔法がある。

 おかげで苦もなく、すぐに膨らませることが出来た。


「なるほど、そうやって袋を膨らませれば、クッションになるな」

 ヨエルはマットに興味をもったようだ。

「だけどせっかくだから、そういう道具がない時のやり方も教えとくか」


「それは圧縮した空気を、マット状に維持するというやり方ですか?」

 ヨエルがよくやっている空気圧縮は、俺にはまだ一瞬しか出来ない。もちろん維持することなんか無理だ。

「違うよ。それじゃ風使いしかできないだろ。一般的なやり方だよ」

「あれだろ、牛とか狼とかの恒温動物に寄り添って寝るんだろ?」

 奴がさも正解のように言ってきた。


「……うーん、それもアリだけど、まず今回はそういうのがいない場合を前提で……」

 師匠が何と言っていいのか困った顔をした。


「ここの牛ってあんなカトブレパスのじゃないかよ。狼もそうだが、添い寝する相手に危険過ぎるわっ」

 ポーみたいな子なら大歓迎だが、どんだけ命がけの添い寝なんだよ。

 奴はそんなの押さえとけばいいだけだと当たり前のように言ったが、もうそこからして一般的じゃない。


「師匠、あいつは無視して続けてください」

 なんか奴が、後ろでムスくれたオーラを出してきたが無視した。

 ヨエルはちょっとやりづらそうだったが。


「えーと、地面で寝る時にまず気をつけるのは、体を冷やさないのが第一なのはわかるよな?」

 それはテントマットの説明で知っている。

 地面からの底冷えは眠りづらいし、体力も削る。何よりも体調を壊しそうで危険だ。

 それもあって*断熱素材を使ったエアマットを買ったのだ。

(*断熱処理していないと、中の空気が冷える恐れがあるそうです)


「ここは岩場だけど、そっちに少し土があるだろ。そこを浅くていいから掘ってくれ」

 広く浅く穴を開けると、そこに刈ってきた枝や葉を入れて、良く焼くように言われた。

 適度に炭になったところで上からまた土をかける。


「うん、こんなとこかな」

 ヨエルが確かめながら頷いた。

「ホントだ。あったかいっ」

 まるで砂風呂の土のようだ。これなら底冷えもせずに温かく寝られそうだ。

 地球でも普通に通用しそうなやり方だし。


「七面倒くせぇなあ、そんなの地熱を上げれば済むことじゃないか」

 奴がいかにもオールマイティーな考えで突っ込んでくる。

「確かにそうなんだが……とりあえずこれがスキル関係なく出来るやり方で……」

 もう師匠がどう返していいか困ってる。


「あんたっ そんなの誰でも出来るわけないだろ。試験でそんな答えを書いたら落ちるんじゃないのかっ?」

「んん、そんなに自由度のない問題が出るのかあ?」

 こいつホントに分かってないっ!


「まあ、念のため防水耐熱布を敷いておこう」

 師匠がはぐらかした。

 

 昨夜はそんなこんなで寝たのだった。

 本当に奴とだけダンジョンに潜っていたら、試験に受かる気がしないところだった。

 

 さて、顔でも洗おうと起き上がると、ヨエルが焚火の横で何かしている。

「何してるんです?」

「食事の用意だよ。昨日、鳥は全部喰っちまったから、さっき獲ってきたんだ」

 そう言って手元に置いていたモノを持ち上げた。

 

「毒腺捨てるなよ。酒に入れるとピリッと旨いんだからな」

 朝からまた酒樽出している奴が指示したソレは、確実に60㎝以上ありそうな赤と紫の毒々しいイボ蛙だった。

 砂丘の時は砂地に潜って、砂色に色を変える毒ガエルだそうだ。


「……すいません、俺……朝はあまり肉食べれなくて……」

 せっかく師匠が獲ってきてくれたようだが、その姿を見て一気に食欲がなくなった。

「そうか、じゃあせめて胆汁だけでも飲むか? これは意外と栄養が――」

「要りませんっ! あと血液もっ」

 俺もちゃんとノーと言える日本人になったようだ。



 **************



 はて、何故自分はこんなことをしているのか、ベールゥはわからなかった。

 

 昨日、独り彷徨っているところに、愛想のいい小男が現れた。

 なんでも道に迷ったという。


 ダンジョンにはハンター以外にも、薬草や特殊な植物などを採取しにくる者がいる。

 ここは2層くらいまでなら初中級とあって、あまりダンジョン慣れしていない者でも気軽に入って来ることがある。


 だが、全員が不慣れでいいわけがない。

 そういう勘違いをする者が、年に何百人か必ず出てくる。

 ハイキング気分で自然を舐めてかかり、遭難する者はいつの世界にもいるものだ。

 地球でも山の怖さを知らないように、ダンジョンの恐ろしさを知らない者は少なくない。

 自分だけは大丈夫という、謎の自信が湧いてしまうようだ。


 どうやら彼もそういった愚か者の部類だろう。ベールゥは思った。


「地上まで案内してくれたら礼は弾むよ」

 人を疑う素振りすら見せない小男は、ベールゥに縋るように頼んだ。

 仲間がいるというので、少し警戒したが、連れていかれた奥にいたのは、年寄りと女だった。


 女は仮面を付けていたが、その服の上からでもわかるプロポーションと、顎の形・口元から若い女と容易に察する事が出来る。


 バカな奴だな、こんな無防備に知らない奴を引き入れてしまうなんて。

 ここがどんなところか知らないド素人だ。

 

 やっぱり、おりゃあツイてる。

 ベールゥは内心ほくそ笑んだ。


 小男に老人と女。こんな奴ら、やろうと思えばいつでも始末できる。

 だが、先程のヤバい男と、警吏の奴らがまだうろついているかもしれない。

 ここはこいつ等に紛れて目くらましになってもらおうか。

 男は盾に使っても良い。


 それに1層まで戻ったら、どこか奥の区画に入って男たちは始末すればいい。

 そこまで逃げ切れば、あとは最後まで取っといた女を楽しむことも出来る。

 そんな計画がベールゥの頭に広がった。


 だが、そんな夢想にふけれたのも、ほんの数秒の事。

 女の体に気を惹かれていた彼の耳に、何かがスルッと触ってきた。


 虫かっ?!

 払おうとして手を上げようとしたが、何故か腕が上げられなかった。

 指すら動かない。

 おっ??!


 首を振ろうとしたが、もちろんピクリとも動かない。

 当たり前だが体のどこも微動だに出来なかった。

 目すらもだ。


 女がその視界からゆっくり外れていった。

 その代わりに横から入ってきたのは、猪首の大男だった。


 そこから記憶が途切れている。


 そうして今こうして気がつくと、何故か地面に四つん這いになっていた。

 背中にとても柔らかいモノが乗っている。

 女だ。女の尻が乗っているんだ。

 ベールゥは顔と目をそちらにむけようとしたが、むろん彫刻のように固まったままだった。


「なんだか面倒な事になってるようね」

 女の声がした。

「まさかここまで強硬手段を打ってくるとは……」

 老人の重い声がする。


「いいえ、あの侯爵ならやりかねないわよ。権力と金にモノをいわせる奴らのやり方はいつも一緒よ」

 女の声は意外と落ち着いている。

「しかしこれじゃあまさしく袋のネズミですよ」

 この声はあの大男のだ。

 

 土を踏む音がする。

「どうしやす、姉御? 今のうちにこちらも強行突破といきやすか」

 あの小男の声だ。おりゃの後ろにいる。

 

 ところでおりゃあなんで、こんな風に背中に女を座らせているんだ?

 ベールゥの頭は何か靄がかかったように、深く考えることが出来なかった。

 思考が行ったり来たりしている。


「相手がそうくるなら、それに乗ってやりましょうよ」

 女が足を組み替えたらしく、尻が大きく動いた。

「姐さん」

「私たちはどんな時でも乗り切ってきたでしょう?」

 フッと女の笑いの息が漏れた。


「それにあんな奴らに尻尾を巻いて逃げるなんて、地獄に落ちてもイヤよ。

 せめて最後は華々しく散りたいわ」

「お嬢をそんな目には遭わせるなぞ……、我らは最後まで守り抜きますぞ」と老人。

「……やはり姐さんは姐さんですなあ。

 もちろん、あっしらは地獄の底までお供するつもりでいますがね。

 ただ、姐さんに傷一つつけたくないんですよ」

 大男のため息交じりの声が落ちる。


「地獄に行くのは最後の最後よ。

 それまであいつらを思い切り攪乱してやりましょう。

 せっかくフューリィがこうして『贄』を持ってきてくれたんだし」


 女の手が軽くベールゥの頭を叩いた。 




 **************




「なんだか人が増えてきましたね」

 俺は食後のコーヒーを飲みながら、ふと壁の方を眺めて言った。

 あの壁の亀裂の辺りから、人らしき粒のような影が出てくるのが見えた。

 双眼鏡で見てみると始め4人、あとから5人、続いて3人と、少なくとも3グループは入ってきている。

 グループ別に塊りが出来ているのが、見ていてわかった。


「朝だからな。開門と同時にこっちにやってきたんだろう」

 それからヨエルは遠くに目を細めて

「それにしても少し多いな。今日は逆に少なくなるかと思ってたのに」

 昨日言ってたあの『アジーレ』のイベントに、人が流れるだろうと予想していたからだ。

 こっちとあっちじゃ難易度クラスが違うせいで影響はないのかな、と呟いた。

 

「あのドワーフ女、思ったより飲みやがったから酒が切れそうだ。

 ちょっと仕入れてくる。お前らはまた先に行っとけ」

 奴が思い出したように急に立ち上がった。


「旦那、おれ達も一緒に行くよ。ここは上に近いし」

 また消えそうになりかけた奴をヨエルが慌てて止めた。

 奴はいなくなると、いつ戻って来るかわからないからだ。


「もし深層まで行くなら、おれ一人じゃ危ない。旦那がいないと駄目だ」

 そう言いながらチラッと俺の方を見る。

 ええ~、やっぱりその物騒なとこ行くのかよ。師匠が守り切れないとこって、どんだけ危険地帯だよ……。


「……う~ん、まぁいいか」

 ちょっと顔をしかめたが承諾した。

 絶対このホールじゃなくて、外まで行こうとしたに違いない。

 もうこいつの言動の根底にはいつでも酒ありきだ。

 しかし今回はどうやらその他にも理由があったようだった。

 それは上に行って何となくわかった。


 ホールには昨日来た時と同じように人が、いや、それよりも多くの人達がいた。

 しかもなんだかザワザワと、賑やかというより落ち着かない雰囲気だ。

 見ると出入口の扉が固く閉まっていて、その前には兵士が2人立っていた。


 フルフェイスに足元までガチガチのプレートアーマーで固め、大楯と長い戦斧を持った、いかにもガチなフル装備。

 着ているサーコートに、紋章らしき模様が描かれているので衛兵のようだ。

 昨日はあんな人はいなかったが。


 その衛兵は右の壁中央にある、管理室の扉の前にも立っていた。

 なんだか両方とも、扉の前で通せんぼしているように見えた。


 そしてその管理室前では十数人が係員ともめていた。


「だから俺達は今日『アジーレ』に参加すんだよ。もう登録料だって払ってるんだぞ。

 いつまで待てって言うんだよ」

「そうだ、チンタラしてたら『宝探し』が終わっちまうよっ」

「おいおい、おれっちは朝一番でコイツを『医道ギルド(医術・薬関係のギルド)』に納品したいんだよ。

 鮮度が落ちちまったら、二束三文になっちまう」

 薬草らしき植物を籠いっぱいに背負った男が文句を言う。


「あー、そう言われても上からの命令だから、こちらもどうしようも出来なくてねぇ。

 まあおれ達も連絡待ちなんだよなあ」

 係の男はまわりのピリピリした空気を感じていないように、のらりくらりと返事している。


「ソーヤァー」

 呼ばれて振り返ると、ホール中央寄りに設置された長テーブルの1つに、パネラ達が座って手を振っていた。

 どうやらここで朝食をとっているようだ。

 足元でポーも、何か牛の大腿骨のような大きな肉付きの骨を齧っている。


「お早う、まだいたんだ。これから帰るとこ?」

 俺はのんびりとポーのところに屈みながら、状況を気にせずに訊ねた。


「ううん、それがね、ここから出られなくなっちゃったの。

 閉鎖・禁足だって。つまり監禁ね」

「えっ、なんで、どうしてっ??」


 ただ驚く俺とは違って、ヨエルはまわりの人々の様子を伺っていた。

 奴はもちろん意に関せずといった態度だ。


「なんでもここに、手配犯が逃げ込んだ可能性があるんだって。それで誰も出られなくなったんだよ」

 エッボが細い肩をすくめてみせた。

「警吏が来て調べるまで、みんなここに足止めってわけ。

 昨日遅くに発令されたらしいの。

 そうと分かってたら、野宿でもしとけば良かったかも」とパネラ。


「手配犯って、え……」

 ヨエルの方に顔を向けると、彼もわざとらしく肩をすくめてみせた。

 アレかっ!? 昨日の警吏が見せてきた手配書に似てる人がいるって、俺が言った情報のせいなのか?!


「あの、それって――」

「ちょっと兄ちゃん、こっち来てくれ」

 急にヨエルが俺を近くの柱のそばに連れて行った。

「例の『遮音』今出来るか?」

 

 まわりの音が聞こえなくなると、そっと片手で口を隠しながら話してきた。

 これは笑いを堪えてるのではなく、読心術で口の動きを読まれないようにしたためだった。


「おれ達が警吏に情報流したこと口にするなよ。

 こんな誰が聞いてるかもわからないとこで、兄ちゃんみたいに耳の良い奴もいるかもしれないんだからな」

 確かにエッボ以外にも、チラホラと獣人らしき人達がいる。


「まわりを見てみろ。みんな外に出られなくて、ブーブー文句言ってる。

 そんな中で、自分がその要因を作ったなんて言ってみろ。皆が騒ぎだしたら、ヘタすりゃ私刑リンチだ」

「リンチっ!?」

「そこまでいかなくても面倒なことになる。ここホールならまだいいが、下は治外法権だからな」

 確かに敵が一気に増えるどころか、もうダンジョンに潜るどころじゃなくなる。

 しかも外に出られない。


「……俺のせいなんですかね。うっかり見たこと喋ったから……」

 こんなに大勢に迷惑かけてしまったのか……。

「それは気にするな。もともと目撃情報があって調べに来たって言ってただろ?

 遅かれ早かれ何かしらガサ入れがあったはずだ。

 それにアレで警吏の奴らの気を引いたから、あの若造レッカの件がうやむやになったんだ。

 もし他に情報を得られなければ、あいつの挙動不審さに目をつけたかもしれないからな」

 そういう見方もあるのかもしれないが……。


「あいつらだって分かってるクセに、ああやって初めて聞いたような振りしてるだろ」

 と、親指で後ろを指した。


 少し離れたテーブルでこっちを見ているパネラとエッボに目が合った。

 パネラがそっと口元に指を立てて、ウインクしてきた。

 ああ、2人もちゃんと分かってくれてるんだ。


 それからヨエルが気がついたように言った。

「――そういや旦那はまたどこ行った?」

 そういや、近くにいないな。


 こういう時は ―― ホールを見回して、壁伝いの店や台で酒を売っているところを探した。

 と、柱の陰になっていてる酒場のカウンターの前に、奴のグレーのコートが見えた。


 誰かと話しているようだ。

 その相手は一見、修道僧のように見えた。

 足元までの長い焦げ茶色のローブとたっぷりしたフードを被っている。ただ、手先が見えないほど袖が長い。

 フードの奥に少し見えるおもては、真っ黒い仮面をつけていてまったくわからなかった。


 するりと立つその姿は、気配がまず感じられない。うっかり目を外すと見失ってしまいそうだ。

 強いて言えば、マジカルアイ画像の立体視でなんとか浮かび上がってきている3D画像のようだ。


 ただ異様に思えたのは、肩や腰、腕に黒っぽい鎖がジャラジャラと巻き付いていることだ。

 緩めではあるようだが、何重にも鎖に巻かれた姿は、昔見た『クリスマスキャロル』を思い出させた。

 かのスクールジに『3番目が一番恐い』と言わしめた未来の精霊。

 もう精霊というより亡霊や幽霊に近いのだが。


 ついっと、幽霊はそのまま奴から離れると、人と柱の影に見えなくなった。


「ああいた、やっぱり酒場か」

 ヨエルがそばに来て言った。

「旦那は気配がないから、こういう時探しづらいな」

「ヨエルさん、今の修道士みたいな奴、見ました?」

「え? いや、気がつかなかったが、そんな奴いたか?」

 彼は少し辺りを見回したが、わからなかったようだ。

「あ、いえ、じゃあ多分俺の勘違いです。こんなとこに修道士なんかいませんよね」


 師匠が感知出来ないなら、やっぱり相手は人じゃない。

 彼らは探知に引っかかるような存在じゃないからだ。


 ただ、俺の体を流れる半分の血が、どうやらその超自然的な存在スーパーナチュラルを感じとり始めるようになっていた。


 これはいつか見たくないモノまで視えてしまうのかなあ……。


「ソーヤたちはこれからどうするの? やっぱり下まで潜るの」

 パネラが声をかけてきた。


「あ、うん、そういう事になりそうだね……。あまり気乗りしないけど」

「良いんじゃない。そんな強そうなボディガードが2人もついてるんだから」

「これはお前のためなんだぞ」

 いつの間にか奴が俺の横に戻ってきていた。


「そういうあんた達はどうするんだ? 本当はあんまりここにいたくないんだろ?」

 ヨエルが訊ねる。

「まあそうだけど、あの子レッカは無事に出られたみたいだから、とりあえずここでのんびり解放されるのを待ってるわ。

 まだちょっと心配だけど、焦ってもしょうがないしね」

 あの人たちみたいにと、管理室の方に手をヒラヒラさせた。

 

 何人かが係に捨て台詞を残して、酒場のカウンターに向かっていった。

 何を言っても無駄と諦めたようだ。


 どうやら彼らの多くは、あのバレンティアの町に泊まれず、宿代わりにこのマターファ・ホールに夕方から泊りにやって来ていたようだった。

 このホールは確かに町の広場のように色々な店もあり、宿もベッドのみとはいえ1台500エルと、外に比べてずい分安かった。


 これは入場料をすでに取っていることと、なるべくダンジョンに来易くさせるための配慮だそうだ。

 新しいエナジーでダンジョンを養いながら、同時にそこに生まれる糧を搾取してくれる人員を呼び寄せる。

 管理者としては一挙両得という訳だ。


 また他にも、最終日の今日にイベントがおこなわれる、あの『アジーレ・ダンジョン』とも1.6マール(約2.5㎞)と近い場所にあるので、近場の宿代わりに入って来た者も少なくなかったらしい。

 それはまだ係に文句を言っている彼らの、言葉の端々に感じられた。


「だからいつまでだって訊いてるんだよっ。9時には始まっちまうんだぞ。

 これで出遅れたらどうしてくれるんだよっ」

「そうだっ。大体こんな時に、ここにそんなお尋ね者が潜伏してるなんざ、ある訳ねえだろっ。目立つし。

 ったく、何処のどいつだっ! そんなバカな情報流しやがったのはっ」

 俺はつい後ろめたくて、フードを被りなおした。


「うるせぇなっ、おれ達だよっ、文句あるのかっ!」

 その声に顔を上げた。


 管理室から灰色と黒のサーコートを着た2人組が出てきたのが、人の隙間から見えた。

 警吏だ。


「目撃情報があったら上に報告するのは当たり前だろがっ!

 指名手配に似た奴を見たら通報するのは義務だっ! 隠しやがったら隠匿罪でぶち込んでやるぞっ」

 なんだかいきなりハイテンションな人が来た。


「じゃあ警吏さんよぉ、あとどのくらいでここから出られるようになるんだよぉ?

 俺達早くイベントに行きてぇんだからさぁ」

 どこかとっぽい若者グループが、警吏に反感するように体を斜めにしながら訊いた。


「捜索隊と軍隊が来てからだ。彼らと一緒に鑑識の奴らも来る。

 解析眼で違うと証明された者からここを出られることになる」

 もう1人の警吏が答える。


「軍隊も?」

「そんな大がかりなのか?!」

 まわりが再びざわつく。


「前持って言っておくが、今回我々は限られたを追っている。

 この場に限り、その他の多少の件に関しては見逃すかもしれないし、逆に協力するなら恩赦の可能性もある。

 だからまず大人しくこの場に残ってほしい」


「だからぁ、それはいつになるんだよぉ?」

 また怖いモノ知らずの若者がくってかかる。

「申し訳ないが、祭りが終わってからになる。

 どこもかしこも人手不足だ。要人も来てるし、町の警備で精一杯なんだ」


「っだとぉ~!! それじゃあ、すぐどころかイベントが終わるまで、このまんまココで大人しくしてろっていうのかよぉっ!?」

 その声にまわりの他の者たちも騒ぎ出した。


「やっかましいっ!! いちいち騒ぐんじゃねぇよっ!

 上からのお達しなんだからしょうがねぇだろうがっ。

 それともナニかぁ? それに文句があるっていう奴がいるなら出てこいっ

 おれが相手してやらあっ!!」

 始めに怒鳴った警吏のまわりに、鋭く弾けるスパークが飛ぶ散る。


「な、なんで俺達より警吏の方が先にキレてんだよ……?」

 ワザと顔を突き出していた若者が、慌てて体を引いた。


 あれ、あの警吏さん達、昨日のクマさん達だ。


「ユーリ、あんまり過激な事言うなよ。またおれ達警吏の評判が悪くなる」

 隣でギュンターがそっと相棒に小声で注意する。

「誰のおかげで無法地帯にならずに済んでると思ってやがんだか、文句ばっか言いやがって……。

 おれだって今日は休みたかったし、寝不足だし――」

「それはいったん置いとけ」


「じゃ、じゃあ『イベント』には行かれないとして……、その、参加費を払っちまった者への保証は……」

 他の男がおずおずと尋ねる。

「それも申し訳ないが、まず望み薄だと思う。諦めてくれ」


「「「「「「エエ~~~ッ!? なんだってぇ―― 『ウッセェ!!』 」」」」」」 

 火花のような電撃がまた激しくなって、人の輪がまた後ろに一気に引いた。


「決まっちまったもんはしょうがねぇだろっ。運が悪かったとさっさと諦めろよ。

 言っとくがおれは今、イライラしているんだっ。

 命の保証しなくても良いって言うなら、出してやらないでもな――」


「参加費の弁償は出来ないが、ここに新たなが行われることとなった」

 ギュンターがユーリを体で隠すように、慌てて前に出た。

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