第182話☆ 不穏の気配
今回も長くなってしまいました。
お時間のある時にどうぞ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ん、誰か入ってきたな」
ヨエルが顔を上げて遠くを見た。
それは俺達が入ってきた亀裂のある壁のほうだった。
明らかに目視より先に気配を感じたようだ。
探知は届かない距離じゃなかったのか?
「このやり方を知らないのか? あそこに風の幕を作ってきたんだ。まあ、これがギリギリの距離だけどね」
ヨエルが言うには、亀裂のまわりに見えない空気のカーテンを作って垂らしておいたようだ。
これに誰かが通って触れればわかるように。
これは探知の触手とは違う。
ポイントとして自分の気を残しておくのだ。これは一種の感知器になる。
持続できる時間や距離は能力者によって違うが、自分の気なので遠くても傍受しやすい。
それは探知より離れていても感じるものなのだ。
そういえばあのレッドアイマンティスと戦った時、虫自身は隠蔽でよく分からなかったのに、虫につけた水で動きだけは感じ取れた。
あれは俺が作った水だったから。
遠く壁のほうに目を細めながらヨエルがふと呟いた。
「あれは――蔓山猫か?」
「えっ」
思わず双眼鏡をまた出していた。さっき向こうからピントを合わせていたので、すぐに壁のところがハッキリ見えた。
揺れる何本もの触手に濃紺色の毛並み、まん丸い頭にクリっとした金色の瞳。
ポーだ。
俺の気持ちが通じたのたように、ポーがこちらに向かって口を開けた。
風に乗って『ミャア~~~』という声が微かに聞こえてくる。
「なんだあいつら、また戻ってきたのか?」
ヨエルが目を細めながら言った言葉に、俺も思い出した。
つい可愛さに気を取られて忘れていたが、まわりにはパネラとエッボが一緒にいた。
彼らは確かアメリを連れて出ていったはずなのに。
そういやアメリはどこだ?
「お~い、お前ら、オレの摘まみはまだなのかあ?」
後ろで奴が催促する。
駄々っ子じゃあるまいし、酒樽に軽くジョッキをゴンゴン打ち付けている。
「あ、すまん! 誰か来たようだったからつい」
ヨエルが解体に再び取りかかる。
すぐにベージュと紫色の内蔵をでろでろと掻きだした。
「砂嚢(砂肝)捨てんなよ。コリコリして旨いんだから」
「ああ、わかった。兄ちゃん、これ、洗って塩もみしてくれるか」
コンと岩の上に塩の入ったアルミ瓶と、青筋の入ったまだらベージュの筒状の内蔵を置いてきた。
俺がやんのかい。
たしかに解体はヨエルに任すと言ったが……内蔵触らなくちゃいけないのか。
いや、これはモツだ、そう、スーパーで買うモツと変わらないんだ。
「お前、ちゃんと中の小石出せよ。オレは石は食わないからな」
ふんぞり返って飲んでるだけのくせに、いちいち指示がうるさい。食わなくても喰えるんだろうが。
それより俺はあのポー達が気になるんだが。
と、奴が何かに気付いたように、急に壁のほうに顔を向けた。
同時にヨエルもまた顔を上げる。
「また誰か来た」
俺もまた双眼鏡を覗き込んだ。
『おぉ~っ、これはまた美・丈夫なヴァルキリーの彼女ぉ』
そっちに集中したせいか、今度はもう少しハッキリ声が聞こえた。
そしてレンズ越しに見えたのは、あの黒のバンダナに黒のサーコートと、黒ずくめの男だった。
「えっ?! リブリース様? どうしてここに」
「あんの野郎~、何しに来やがったっ」
「なに、知り合いなのか? それに兄ちゃん、その妙な道具はなんだ?」
そして黒い男は当たり前のようにパネラの前に進み出ると
『どう、おれの子を産む気はないかい? もちろん大事にするよ~』
『『はぁっ!?』』
パネラとエッボの声が重なる。
目をぱちくりさせて固まっているパネラの前に、エッボがすかさず割り込んだ。
『なんだなんだっ あんた! 彼女はおいらの女房なんだから、あんたに用はないぞっ』
そう言われても、引き下がるどころかニヤニヤ笑うリブリース様。
『ふふ~ん、別に他人の女だろうが、おれには関係ないね~。本人同士が良ければいいじゃないか』
あのナンパ男、旦那がいると分かっててストレートに声かけてるっ!
もうイタリア男と呼ぶには、イタリア人に失礼な度合いになってきた。
「あれっ 旦那はどうした? どこ行った?」
その声に振り返ると、いつの間にか岩山にヴァリアスの姿がなかった。
もしや――っ
再び双眼鏡を覗くと――
いた――っ!!
ヴァリアスはちゃっかりあちらに行っていた。
もう舞台劇を見ている気分だ。
『お前っ! ちょっとこっちに来いっ』
ヴァリアスが、ナンパ男の頭をがっちりヘッドロックすると、壁際に引きずって行った。
『イダダダダッ! ちょっとぉ、優しくしてよっ』
2人は急に現れたヴァリアスと、この展開について行かれなくてただポカンと立ちつくした。
ポーだけが触手と尻尾を振って、波打ち際でこっちを見ている。
『てめぇっ こんなとこまで荒らしに来やがってっ!
女探しなら他所でやれ。オレ達の前でウロウロするなっ』
左腕で頭をがっちり掴みながら、右拳を頭頂部にねじ込んでいる。
友といえども容赦ないなあ。
『ダダダダッ! 脳髄が漏れちゃうって!
だから仕事だって。ちゃんとおれだって職務は果たしてるんだぜ。
女の子探しはその合間だよ』
どっちが合間なのかわからない。
『仕事っていうことは――』
やっとヴァリアスが腕を離した。
乱れた髪を撫でつけながらリース様が顔を上げる。
2人は少しの間、無言で睨み合っているように見えた。
いや、リブリース様はいつのもニヤニヤ笑いに戻ってるし、おそらく声には出してないが使徒同士で会話してるのだろう。
するとそこに、
『あの……お兄さん、お話し中悪いんだけど……』
そぉ~と、パネラが二人に近づいてきた。
『レッカを、あの子を知らない?
アメリと一緒にいた男の子、あたい達あの子を探してるんだけど』
『ふん、あの小僧なら地上に戻ったはずだ』
『えっ?!』『なにっ!』
『詳しい話は面倒だからオレはしない。もし聞きたいならアイツにでも訊け』
そう言いながらこちらに顎をしゃくった。
2人がこちらの方に顔を向ける。
思わず俺も大きく手を振りながら「お~い!」と大声を出した。
『あそこにいる』
エッボには俺の声が聞こえたようだ。
手を振り返してくる。
『じゃあ、おれも仕事に戻るわ。また後でねヴァリー、それとソーヤ君』
と、リブリース様は壁の亀裂に消えていった。
『あの人、兄さんの知り合い? ヒュームにあんな風に声かけられるなんて、久しぶりでビックリしたけど』
『あれはタダの通りすがりの変態だ。気にするな』
仲間をばっさり切って捨てた。
『やだっ! そんな紹介の仕方やめてよ。せめて友人くらいつけてよぉ』
まだいたのか、亀裂から危ない男が顔だけ出して否定した。
変態は取り消さなくていいのか。
『じゃああっちに行っても良いのね?』
パエラが大きなリュックを背負い直した。
『おいらはあんまり泳ぐの得意じゃないけど……。まあこれなら大丈夫かな』
エッボが打ち寄せる湖面を見ながら呟いた。
『面倒くせぇなあ。来る気なら、戻るからオレが連れてってやるぞ』
「……ヨエルさん、なんか奴がみんなを連れてくるみたいですよ」
「え、おれは構わないが……旦那、みんなをあの氷の橇に載せてくるのか?」
どうやってこちらにみんなを連れてくるのか、ヨエルはちょっと興味をひかれたようだ。
『よし、お前、オレの背中に掴まれ』
そうパネラに向かって背を向けながらしゃがんだ。
『えっ?!』
『この中でお前しか、しがみ付いてられる力ないだろ。コイツと猫はオレが抱えていく』
『……でも、あたい、装備と荷物で重くなってるし……』
パネラがちょっと恥じらいをみせてモジモジする。
『焦れってえなぁ、早くしろよっ! そんなの大して変わらねぇよ』
戸惑いながらヴァリアスの背中に乗って、首と腰に手足を回す妻を、ちょっと複雑な顔をしてエッボが見ているのがわかった。
『よし、しっかり掴まってろよ。一気に行くからな』
そう言うや奴は両脇に、エッボとポーを抱えた。
『(蒼也っ、ちょっと横にどいてろ)』
奴のテレパシーが来た。
「ヨエルさんっ 伏せてっ! 奴が戻ってきますっ」
俺が慌てて端っこに寄るのと、奴が助走もつけずに吹っ飛んできたのは同時だった。
もうスカッドミサイルでも撃ち込まれたのかと思ったっ!
凄まじい早さで一気にこの岩山まで戻ってきた奴は、まさに爆発のような音を立てて中央に立っていた。
俺はその衝撃波で、もうちょっとで下に転がり落ちるところだった。
ヨエルが伏せながら、風で保護してくれなければ危なかった。
ったく、この
「あんたっ 毎回毎回なにしてくれるんだよっ!? こっちは落っこちるところだったんだぞっ」
「ああ? だから前もって注意しただろ。敵だったらいちいち教えてくれないぞ」
反省の色ゼロの奴は、そう言いながらポーとエッボを地面に下ろした。
エッボは足がガクガクしてしまい、岩の上に座り込んだ。
ポーも可哀想に、全身の毛と触手を雷に打たれたように逆立てたまま固まっている。
「もうちょっと優しくやれよ。ポーの首が折れたらどうすんだよっ!?
ジェットコースターのGで、頸椎を痛めたっていう事故だってあるんだぞ」
「大丈夫だ。ちゃんと手加減してる」
奴がしれっという。
「ギリギリじゃねぇかよ。大体、肉だってどっか飛んでっちゃったし」
そうなのだ。
このバカの起こした爆風のおかげで、砂嚢や内蔵どころか、
双眼鏡はかろうじて、手首にストラップで引っかかっていたが、レンズ壊れてないだろうか?
「なんだとっ?! それくらいちゃんと確保してろよっ。
ヨエル、お前もなんでちゃんと食料守ってねぇんだよっ!」
「……勘弁してくれよ~~っ」
師匠がすぐに一段下の樹の枝に、ギョロちゃんが引っかかっているのを見つけた。
『みゃっ?』
例の砂嚢が手前の地面に転がっているのを、ポーが気付いて凝視する。
「てめえっ! 勝手に喰うんじゃねぇよっ!」
自分のせいだという自覚がまったくないサメが喚く。
それから自分の背中に顔を向けた。
「おい、お前もいつまでも引っ付いてないで、さっさと降りろよ。ちゃんと地面あるんだぞ」
「ご、ごめんなさい。だけど……手足が強ばって……指が」
パネラが奴の背中にコバンザメのように、張り付いたままだった。
やっと動けるようになったエッボが、妻を外しにいった。
**************
「じゃあ……レッカは警吏たちと一緒に行ったってこと?」
パネラが焚火のまわりに、肉を刺した鉄串を地面に斜めに刺しながら言った。
エッボは火の使い手らしく、熱が肉に均一に伝わるように火を操作していた。
あれから焼き鳥の準備を手伝ってもらいながら、今までのことを話した。
2人は『警吏』という言葉に、少し口が重くなった。
だが、どうやらパネラ達が上で会った警吏たちと同じらしいという事と、彼らが一応別件のことしか眼中にないらしかった事が分かって安堵したようだ。
「……良かった。とにかくあの子は無事なのね」
濃いオレンジ色の前髪をパネラがかき上げた。
「なんかおいら達、カラ回りしてたみたいだけど、まあ結果良しだね」
エッボもひと息をついた。
それにしてもこちらも重要な事を聞いた。
あの変態ハゲの仲間が砂地獄にヤられたという事。
あいつらは4人組だったから、もう残るはあいつだけだ。
惜しい事に逃げられてしまったようだが、そんな状況なら、もうこんなところにウロウロせずにとっくに外に出ているだろう。
死人が出たのは気分良くないが、これで俺も1つの不安が取れた。
頭から狐面を外した。
「じゃあ、あたい達もここにいる理由もなくなったわ」
と、パネラが立ち上がろうとした時、大きく腹の音が鳴った。
「あ……」
逞しい肩をすぼめて、褐色の顔を更に赤らめる。
「確かに今日は、昼も食べずに走り回ってたからね」
エッボが角をポリポリ掻きながら、横にいるポーを見た。
ポーは砂嚢以外の内蔵をムニャムニャ食べてる。
うう、可愛い顔して……いや、あれはモツだ、モツ。ちょっと血抜きしていないモツに過ぎないのだ。
「ええと良かったら、食事だけでもしていきません?」
俺はチラッと奴のほうに同意を求めるように見た。
「お前は猫触りたいだけだろうが」
ちょっと眉を寄せたが
「まあいい。オレは別にかまわん」
「旦那たちがいいなら、おれもいいよ」とヨエル。
「え、でも、あたい達、実は携帯食も持って来てなくて……。
あの子を助けてもらった上にそんな、悪いよ……。ホールまでいけば食堂もあるし」
そうは言っても、焼き鳥の出す良い匂いに腹が正直に答える。
パネラは腹を抱えて小さくなった。
「実は食料を多く買いすぎちゃって、良かったら食べません?」
俺はバッグからゾロゾロとパンの詰まった袋を出した。
「え、それって『収納バッグ』だったのか?」
エッボが首を伸ばしてきた。
「あー、煙が目に染みる」
ヨエルは顔に手をやって下を向いてしまった。
**************
焼き鳥パーティは賑やかになった。
パネラはドワーフらしく、酒も強かった。安堵した事もあって口が滑らかになった。
「やー、兄さんさすがアクール人だね。さっきはあたいも肝冷えちゃった」
気分よくなったパネラが、バンバン奴の肩を叩く。
「お前、間違ってもその力でアイツを叩くなよ。一発で折れちまうからな」
と、隣の俺の方に親指を向けた。
「アハッアハハハ!」
普通なら女に弱いと思われて良い気はしないが、相手は『アジャコング』以上のパワーを持っているのだ。
もう刃向かう気も、否定する気も起きない。
「ドワーフは男女問わず、強い奴が好きなんだよ」
ヨエルがそっと俺に耳打ちしてきた。
エッボは聞こえない振りをして、俺の出した缶ビールを飲んでいる。
あれ、2人は夫婦なんだよね?
どう見てもエッボは…………まあ男女の仲はそれだけじゃないって事か。
俺はというとチキンサンドを食べながら、片手でポーの背中を撫でていた。
ポーはとっくにモツを喰ってしまっていたので、分けてあげたギョロちゃん肉と、俺が上げたドードーの燻製卵をモリモリ食べている。
あ~、やっぱり猫はいいなあ。
ちょっと尻尾(触手)が多いけど、この種なら利口そうだし、こっちで飼えないかなあ。
俺は自分の腰や足に絡ませてくる触手から、大きな猫が喜んでいるのを感じながら、こちらも幸せな気分になった。
ポーは俺とヨエルの間に横たわっていた。
始めヨエルを警戒していたが、俺と一緒にいるせいか段々と近くにくるようになり、パネラ達ではなく俺達の間に座ったのだ。
奴のことは恐がってはいなかったが、どうも匂いがしないのが不思議なようで、しきりにフンフン匂いを嗅いでは首を傾げていた。
それで俺とヨエルの間に入ってきたのである。
もうそれだけで愛しさ倍増である。
山猫嫌いなヨエルは始め、触手が触れて来るのを払っていたが、今では面倒くさくなったのか、足に触れてくるのも放置していた。
その時、ポーが顔を上げて触手を俺達から離した。
続いて尻から岩山が微かに揺れるのを感じた。
「
何気にエッボが言った。
「ねえ、なんだか水位が下がってない?」
パネラの言葉にまわりを見ると、確かに水面が下がってきている。さっきまで天辺の枝近くまで水に沈んでいた樹が、今や半分その枝ぶりを湖面から出していた。
「なんか今日は移り変わりが早いね。3層ではハンターが出たっていうし、なんか妙だ」
エッボがちょっと落ち着かないように耳を動かす。
「おかしくなんかねぇよ。当然だろ」
奴の言葉にみんなが振り返った。
「ここがあの『アジーレ』と同じ『株』だからだ」
それに対して、またみんなが顔を見合わす。
『?』という顔ではない。
俺だけがまた置いてきぼりか。
「なんだよ、その『同じ株』って?」
「植物でも株分けってあるだろ。アレと同じだ」
「わからん!」
奴が言うには、ダンジョンは単体の場合もあるが、1つの株から複数のダンジョンが出来る場合があるというのだ。
まずダンジョンが、そんな植物みたいに繁殖するなんて初耳なんだが。
確かにダンジョンは思念を核とするが、その思念を絡ませる核の中心、『種』なるモノがある。
それがなければ、いかに思念が溜まりとぐろを巻いてもダンジョンにはならない。
ただの良くない土地(呪われた土地)になるだけだ。
その元となる『種』は他のダンジョンの『核』から分離する。
そうして入ってきた獲物たちにくっつき、外に出るのだ。
それは環境が合えばそこに芽吹き、あらたな小さなダンジョンを形成していくのである。
もっとも色々な条件や要因が合ってこそなのだが、だからこそ、王都周辺では見つけしだい潰し、町や村まわりでは残すかどうかを選択するのである。
そうして元のダンジョンとは親子、または兄弟繋がりとなり、離れていても影響を受けあうらしい。
「簡単に言うとココと『アジーレ』は繋がってるんだ。
地震も震源地と遠く離れてるところが揺れる場合があるだろ? アレと似たようなもんだ。
あそこの異常の影響を受けてるんだ」
「それってイベントの為に、一時的に閉鎖したってダンジョンだろ? 一時的でも閉鎖ってやっぱり良くないのか?」
そう言えば、『アジーレ』は初心者向けらしいが、ここと同じ迷宮型だと聞いた。
そういう根本の性質は同じなんだ。
「そうね、閉鎖直後に何度も大きな蠕動があったとか、その他に変な噂が流れたって聞いたね。
すぐにもみ消されたみたいだけど」
パネラが思い出したように言う。
「こっちにまで影響があるって事は、もっと激しい
「ああ、おれも嫌な予感がする。だから余計にあそこには行きたくなかったんだ」
ヨエルが呟いた。
「まあ、何かはあるだろうなあ」
遠く水平線を向いているヴァリアスの目が、暗くもないのに銀色に淡く光って見えた。
『(なあ、ヴァリアス。さっきリブリース様が言ってた仕事と何か関係があるのか?)』
俺はちょっと気になって、テレパシーで訊いてみた。
『(まあな。だが、それはソレ。あいつの領分だから、オレ達には関係ない)』
『(でもどんな――)』
「じゃあ、あたい達そろそろ帰るね――』」
パネラの声に中断した。
「ちょうど水も引いてるし、今のうちだから」
エッボも立ち上がる。
「もう町には入れないぜ」
ヨエルが例の
このダンジョン内はずっと同じ明るさなので、時間の感覚が狂ってくる。
「うん、だけど朝になったらすぐに町に戻りたいから、上のホールで泊まるわ」
パネラがまた登山のような大きなリュックを背負った。
「本当に今日は有難う。あんた達みたいなヒュームもいるから、まだこの国はマシなんだよなぁ」
そうエッボが右手を出してきた。
「いやそんな、私達のほうこそ役に立てて嬉しいです」
「ソーヤだっけ? そんな堅っ苦しいの、もうやめなよ。あたい達だってあんたの事、もう友だと思ってるんだからさ」
「そうそう。まあ最後にこんなこと言うのもなんだけどさ、最後は気楽に別れようよ」
「おれも別に構わないぞ。あんた達は雇い主だしな」
「ん~~、わかりました、いや、わかった。
じゃあ俺も今日は会えて良かったよ。エッボ、パネラ、そしてポー(特に!)
気をつけて帰ってくれよ」
ポーにもう一度後ろ髪引かれる感じで、スリスリさせてもらってから、彼らはヨエルが樹に繋ぎつけたロープで降りていった。
ポーはさすがに山猫なのか、こんな高さをモノともせずに駆けるように降りてしまった。
反対にパネラが高い所が苦手とかで、怖々と下りていくのがちょっと可愛かったが。
砂丘を遠く走っていく3人(?)の姿を追っていたら、奴が急に訊いてきた。
「ところでお前、あそこになんでハンターが出現したかわかるか?」
「なんだよいきなり、それは、あの小部屋が下から上がって来たからだろ?
それに入って来たからじゃないのか」
「じゃあなんで、その下層の部屋が上がって来たと思う?」
「俺がわかる訳ないだろう。ダンジョンの法則なんて」
「無い頭でいいから考えろよ」
「一言余計なんだよっ
…………その、さっきの『アジーレ』の影響か? それで突き上げられたとか?」
「おおっ、ちょっとは考えたな。だけど残念、それじゃ試験じゃ不正解だな」
なんだか謎解きを楽しむように、奴がニッと笑った。
なんだよっ、腹立つな、こいつっ。
「おい、ヨエル。お前ならわかるだろ?
なんで3層にハンターが出現したのか」
リュックにロープを収納していたヨエルがこちらに顔を上げた。
「そりゃあ…… 一時的に大量の死骸が出たからじゃないか。ダンジョンはそれに反応したのかもしれない」
「そうそう、よく分かってるじゃないか。ダンジョンはそういう場所だ」
どうだ分かったか? と言わんばかりに、こちらに奴が向き直る。
「え、大量のって、もしかしてネズミのか? あれを食いに来たっていうのか?!」
「まあ、そうだろうな。隣の区画に出口が出現したのはちょっとした誤差だな。
もしかすると、あの小僧の怯えた気に引かれたのかもしれんが」
「じゃあ……ハンターが出現したのは、俺のせいなのか? レッカが襲われるハメになったのも……」
ダンジョンは弱った心や死に反応する。
俺は知らないうちに、人を窮地に陥らせていたのか?
「まあそうと決まった訳じゃないさ。それにあれはしょうがないよ。
知り合いがあんな目に遭ってると思ったら、動揺するのが当たり前だし」
師匠がすかさずフォローしてきてくれた。
「それに言っちゃあなんだけど、ネズミくらいでわざわざハンターをすぐに寄こして来るなんて、よっぽど腹を空かせてるとしか思えない」
師匠が気を使いながら、物騒なことを言っている。
「それは、あの『アジーレ』だろうな、空腹なのは。
エナジーを
何しろ繋がっているから」
奴がジョッキをゆっくりまわしながら言った。
「それじゃやっぱり、何か大蠕動とかいうのが起きる兆候なのか?」
やっぱり気になってしょうがない。
それにヨエルが答える。
「うーん、明日、大勢の人間が入るから、反動はあるだろうなあ。
だけどそんなの想定済みだし、絶対に土使いたちが大勢配置されるはずだよ。
ダンジョンを抑えられるくらいの人数のな」
「じゃあ、ヤバい事になる可能性は低いんですね?」
「そりゃあだって、町の建立記念のイベントなんだぜ。
何かあったらそれこそマズいだろ? しっかり安全は確保してるよ。
それに多少揺れたって、ハンターならそんなの慣れっこだし、ただの余興ぐらいだよ」
そうなんだ。
リブリース様も仕事としか言ってなかったし、何かとしか言わなかった。
大きめな揺れとかで、遊園地の『びっくりハウス』みたいな騒ぎにはなるのだろうか。
もしかすると、魔物たちが大量に死ぬのかもしれないな。ハンターが沢山入るようだし。
それなら特に死人は出ないのかな。
俺はこの時、こんなバカみたいに呑気な事を考えていた。
リブリース様はいつもヘラヘラしてるから忘れがちだが、彼には『地獄の拷問局長』という渾名が付いていた。
奴に後で聞いたら地獄の管理をしている幹部で、『断罪』を受け持っているのでそう呼ばれていると言っていた。
そんな使徒の仕事が小さなわけがない。
そんなことを俺は、無意識に考えないようにしていたのだ。
知ってしまって要らぬ不安を抱えたくないために。
だが、不安におののく事と、危険を察知することは違う。
奴があんなことを言ったのは、遠回しに俺に注意していたのだ。
物事には繋がりがある。
迂闊な行動が人の運命にどう影響を与えるか ――
俺のせいだ………………
神経質に気にするくせに、その正体が明かされようとすると、知りたくないと耳を塞いでしまう臆病さ…………。
俺が臆病なせいで あんたの未来を消してしまったんだ ――――
………………………………………………………………
このダンジョンという異質な場所のせいか、それとも誰かがワザと見せたのか、この夜初めての野宿で変な夢を見た。
それはあの砂丘のところで、ヴァリアスとリブリース様が話している光景だった。
ダンジョン内は昼も夜もなく、ずっと同じ薄曇りの明るさなのに、なぜか彼らのまわりだけが薄暗かった。
パネラ達もいない。
波が静かに打ち寄せる砂丘に、彼ら2人だけがいた。
そうして俺は双眼鏡ではなく、彼らを間近で見ているようだった。
そのせいか、彼らの会話が聞こえてきた。
【 仕事っていうことは、やはり『門』が開くってことか 】
やっと腕を離しながらヴァリアスが言った。
乱れた髪を撫でつけながらリブリース様が答える。
【 そう、もちろん100%確実って訳じゃないけどね 】
そうして黒い男はこちらに顔をむけながら
【 おれは別に不幸が好きなわけでもないけど、生命の輝きは別もんだろう?
星が最後の力をふり絞って、新星のように
そう話す男の眼窟から黒い霧が立ち上り始めた。
口からも真っ黒く変色した舌と黒い霧が漏れだす。
いつの間にかヴァリアスの姿も消えていた。
黒い男はそのまま独り、自分の体を掻き抱くようにしながら話し続ける。
【 もがき暴れる最後の炎、驚愕と悲観に満ちた悲鳴、痺れるような悪寒が体を貫いていく仕舞いの時、魂の最大の
とても とぉっても体の芯から震わすような刺激的躍動感、まばゆい光のシンフォニー。
あの最高の恍惚に満ちたエナジーのほとばしり――
ダンジョンだって早くそれを感じたいはずさあ 】
ゆらゆらと男のまわりだけ、光を寄せ付けないように暗がりが広がり始めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ああやっと長い一日が終わった……。
次回2日めに入ります。
これも多分長いです。そしてもっと濃くなる予定です。
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