第37話 転生者と発明品 その2


「これわかります?」

 渡された筒状の片方の先に覗き穴が付いていた。

 穴を覗くと、中に色とりどりの花や蝶の形をした紙やビーズのような石粒状の物、クローバーに似た葉などが鏡に乱反射されて、綺麗な模様を次々と変化させていく。


「わかった。これ万華鏡――カレイドスコープですね」

「ええ、僕が作ったんです。始めは娘達の玩具に。

 そしたら妻が素晴らしいアイディアだから、ぜひ商品化したほうが良いというので、職人に作らせて販売してみたんです」


「売れましたか?」

「はいっ、口伝くちづてに噂が広まって、まさしく飛ぶように売れました。鏡がそこそこするので、決して安い価格ではない物なんですけどね。

 お客様はこの辺りよりも、もっと富裕層の方が多くて、貴族の方からも特注品を頼まれたりして結構儲けさせてもらいましたよ」

 それから万華鏡をテーブルに置くと

「それもまぁ2か月間くらいだったんですけどねぇ」

 と、一息溜息をついた。


「えっ、それくらいでブームが去ったんですか?」

「いえいえ、需要はまだまだあったんですけど、要はよその店で真似されたんですよ」

 イアンさんは両手の平を上に向けて肩をすくめてみせた。


「これはファクシミリーの時のように、特許は取ってなかったんです。

 真似した他の店は、これに色々工夫してきました。

 光石を入れてオーロラのように光を変えたり、簡単な魔方式を書き込んで、魔力を流すと内側の鏡の形が変わったりと、色々改良した物が出回りだしたんです」


 なんでもこの国では独占販売禁止法のせいで、特許が取りづらくなっているのだそうだ。

 新しい発明品と認可されたもの以外は、かなり高い特許料を払わなければならず、元が取れる確証がない限り無理に取らないのが一般的なのだとか。

 もちろん特許がなくてもそっくりそのまま真似る事は許されないので、どこか変える事は必要らしいのだが。


「もうそうなるとうちの品が元祖とはいえ、売り上げがガタ落ちになりましてね。

 まぁ今でもこうして月に5,6本は売れますので置いておりますが、初めの頃に比べたら雲泥の差ですよ」

 軽く自虐的なノリで、イアンさんが苦笑しながら肩をすくめた。


 と、ガタンっと音がしたと思ったら、ナジャ様が椅子から立ち上がっていた。

「どこの店だ!? その不埒なやつは!!」

 見ると瞳の色が、さっきまでの緑色ではなく深紅に輝いている。

 同時にまた例のモスキート音のような空気が張りつめてきた。

 さっきのより鋭く神経に刺さる。き、キツイ……。


「あたいが守護している者の利益をかっさらうとは不届き千万! 断罪に値する!」

「落ち着けナジャ。これは犯罪ではないし、商売にはよくあることだろう」

 すかさずヴァリアスが諭す。

 イアンさんもオロオロしながら

「そうですよ。これくらい商人にはよくある事なんです。僕だってよその商品を参考に、真似した事ぐらいありますから」


 その声を聞いて瞳の色がまた緑に戻り、空気が戻った。

 彼女は思い切り溜息をつくと

「はぁー……、 本当にお前は人が良いというか、馬鹿正直というか、そこがお前のいい所なのだろうけど……」

 椅子にドンと座りなおした。


「イアン、怒ったら小腹がすいたよ。他に何かない?」

「はい、クッキーでしたら」

「それでいいよー」

 

 メイドの代わりに自らキッチンに行くイアンさんを見送った後、ナジャ様が呟いてきた。

「あいつは商人として才はあるんだけど、どうも危なっかしいところがあってさ。ファクシミリーの件で大金を手に入れたときに、こっそり天使を護衛につけておいて正解だったよ。

 あいつが心配するから言ってないけどさ、実はすでに3回誘拐されそうになったり、命を狙われたりしてるんだよ。

 もちろん護衛のおかげで未然に防いでいるから、あいつは気づいていないけどさー」


 俺みたいにガーディアンがついてるって事なのか。

 ていうか神様の使いなのに、贔屓にしてる者をおびやかす者には見境無くなるとこが怖い。

 いや、だかこそなのか?


「ちなみにそのイアンさんを襲おうとした輩はどうしたんですか?」

 なんか勢いでつい気になって訊いてしまった。

「ふふん、あたいは慈悲深いからね、殺しちゃいないよ。

 ただ、今ままでそいつらが、殺したり騙したりした奴らの恨み言が絶えず聞こえるようにしただけさ」

 少女がサラッと恐ろしい事を言った。


「頭の中に直接響くから耳に栓をしようが、どんなに騒がしい所にいようが一日中聞こえる。

 今は修道院保護施設で保護されてるよ。

 神の呪いだからどんな治癒魔法も効かない。心から改心するまではね。ケケケ」

 俺の引いている顔を見て、また面白そうにナジャ様が言った。


「ヴァリー、お前さんだってコイツがそんな目にあったら只じゃおかないでしょー?」

 そういう彼女の瞳はまた深紅に染まってた。

「そうだなぁ、オレだったら…」

 そういって俺を見たヴァリアスの目の白目部分が、また黒くなった。

 しかも凄く凶悪そうなふくみ笑いを浮かべて。

「内と外を逆にして、神経と内臓を丸出しにした生物に作り変えてやるのもいいかな?

 剥き出しの神経は風に当たっても痛いぞ」

「や、やめてくれよ! 俺のせいで誰かが酷い目にあうのなんか、夢見が悪くなりそうだっ!」

 想像して俺は怖気立った。


「わかってるよ。本当にお前は気が小さいな。死ぬほど脅すくらいなら良いだろう?」

「いやっ 死ぬほどって、どんだけなんだよ! 程々にしてくれよっ」

 本気で慌てる俺。こいつならやりかねない。

「ケ-ッケケケケケ!」 

 面白そうに少女が綺麗な顔で笑う。

 

 そこへイアンさんが、ボールのような陶製のうつわにクッキーを入れて戻ってきた。

「お待たせしました」

「遅いよイアン」

「すみません、ちょっと見ていただきたい物もありまして」

 そう言うとイアンさんは、空中から大きな樽のようなものを引っ張り出した。

 ああ この人も空間収納使えるんだったな。


「これもね、最近作ったんですよ」

 それは蓋付きで1メートルくらいの高さの木製の樽のような形をしていて、下の方に直径3㎝くらいの穴に栓がしてあった。

 厚めの上部の縁のところには、ボタンのような魔石に魔法式が書き込まれのが2つ、はめ込まれていた。


「これはこうして使います」

 イアンさんが魔石に手をかざすと、樽の中に下から水が沸き上がった。そうしてズボンからハンカチを出して中に入れると、続いて2つ目の魔石に手をかざした。

 すると溜まった水がグルグルと回転しだした。


「わかった。洗濯機ですね、これ」

 俺は思わず言った。

「そうです、そうです。さすがソーヤさんお分かりで」

 イアンさんが嬉しそうに話す。

「すでに自動洗濯機というのはあるんですけど、洗濯板を中で動かしたり、ローラーで洗濯物を絞ったりと、機械式なんですよ。

 物自体も大きくて重いし、何より高価で一般家庭向きじゃないんです」

 愛でるように洗濯機の縁を撫でながら話を続ける。


「こちらの一般的な洗濯方法は、川や井戸で洗濯板でこするか叩くといった人力です。

 うちは4人家族ですからね。結構な労力ですよ、これは。

 以前は妻が、今はメイドのフィーがやってくれますが、大変な事には変わりませんからね。

 少しでも負担を軽くできないかと考えたときに、前世での洗濯機を思い出したんです」

 話を聞きながらナジャ様が少し前のめりになっている。


「で、水の流れをパターン化すればできるかもしれない、それなら水魔法だけで済むので、最小化できますし、試しに作ってみたんです」

「で、どうだった? 上手くいったのか?!」

 ナジャ様がたまらず身を乗り出す。


「はいっ、汚れが落ちるか心配だったのですが、大抵の汚れならこれで十分落ちます。酷い汚れは先に手もみしておかなければいけませんが。

 水流が渦を巻くのと、水を樽の外に出す2つの魔方式で構成してます。底の穴から汚れた水だけ排出できます。

 脱水・乾燥も、このやり方で行うことが出来ました」

「凄いじゃないかっ!! イアン、これは売れるぞ! 特許を取っても十分に利益が出るよ!」

 ナジャ様がテーブルに両手をついて立ち上がった。

「いえ、申し訳ないのですが、これは売りません」


「「「はぁっ!?」」」

 俺まで声出ちゃったよ。

「実は妻の友人が下町で洗濯女をしておりまして、これが世の中に広まると、彼女らから職を奪うことになりかねないんですよ」


「そんなの今までの文明の歴史には、いくらでもあった事だろう? 

 そんな事をいちいち気にしていたら、技術が発展しなくなるっ!」

 ダンッと少女がテーブルを叩いた。

 テーブルは壊れなかったが、その振動は凄く重く、部屋全体にズンッと響いた。


「すみません。ファクシミリー以外にも発明出来た物があると、見てもらいたかっただけなんですが……」

 おずおずとイアンさんが言った。


「確かに僕も作った以上、誰かに使ってもらいたい気持ちはあるんですけど……。

 やはり誰かを不幸にするかもしれないことは出来なくて……。

 まぁ、我が家のみで使用していきます。

 あっ、一応特許は取るつもりです。いつか状況が変わって売り出すかもしれませんしね」

 イアンさんはナジャ様の顔を見て、慌てて付け加えるように言ったが、ナジャ様、魔力が枯渇したみたいな状態でテーブルに突っ伏してしまった。


「なんてこった……。せっかくの発明がぁ……」

「しょうがないだろう、本人にその気がないのなら。

 とりあえず食え」

 ヴァリアスがクッキーをナジャ様の方に押しやる。


「チクショウ~~~。他人事だと思いやがって」

 顔は突っ伏したままだが、手はクッキーに迷いなく伸びている。

「今は商業ギルドを辞めて代書業をしてますが、時間もありますし、何より考えて作るのが楽しいんです。

 だからこれからも色々作っていきますよ」

 元気づけるようにイアンさんが言ったが、あまりナジャ様には響いてないようだ。


「おい、ボロボロこぼすな。ちゃんと体を起こして食え」

 ナジャ様、不貞腐れたのか、顔を伏せたままで食べているのでテーブルにクッキーがこぼれてくる。

「クソーッ 食わずにはいられないよー」

 やけ食いか。


 イアンさんも、ほんの少しお披露目したかっただけなんだろうけど、予想以上にショックを受けられてオロオロしている。


 しかし難しいもんだな。

 他人に真似できないようもので、迷惑もかけないようなものって、ほぼ不可能じゃないのか……?

 ううん、ちょっと待てよ、家電なら………。


「イアンさん、ちょっと聞きたいんですけど。こちらで時間が経って冷えた食べ物って、どうしてます?」

「えっ、冷えた食べ物ですか?

 ……スープでしたらまた鍋にかけて温めなおしますね。焼いたものでしたら焼き直しますが……」


「それって魔法を使うとしたらどうしてます?」

「温めるのですから、火魔法ですね。スープに極小の火玉を入れるとか、焼き物は弱い火で周りを包むとか」

「そうか。オーブンはあるけど、んだ」

 俺は1人納得した。


「何か思いついたのか? 蒼也」

 ヴァリアスも気になったのか訊いてきた。

「うん、さっき閃いたばかりなのでイケるか分からないけど……。

 イアンさん、失礼ですが電子レンジ、マイクロウエーブってご存知ですか?」


「デンシレンジ……マイクロウエーブ……ですか。すいません。わかりません」

「もしかすると、初めの頃は違う名称だったのかもしれないんですが、第二次大戦後出てきた料理器具でして、冷えた食べ物を温めるのに特化したものなんですけど」

「ほう、では僕が地球での人生を終えた後かもしれませんね。僕の没年は1947年なんです」

「ああ、じゃあ知らなくても無理ないですね。一般家庭に普及しだしたのは、確か私が小学生ぐらいの頃だったと思いますから、ずーっと後です」


「おい、前書きはいいから早く続けろよ」

 ナジャ様も興味を持ってくれたようで体を起こしてきた。

「その前にナジャ様、こちらの物理を確認したいんですが、摩擦熱って水でも起こります?

 正確には水分子が擦れ合って熱を発生するかってことなんですけど」

「起こるよ。氷粒で雷が発生するのも地球と同じ原理だし」


「ああ、ちょっと待ってください」

 イアンさんは慌てて席を立つと、ペンと紙を束ねたメモ帖らしきものを持って戻ってきた。

「一応思いつきなんで期待しないでくださいね」

 あまり期待されると急に心配になってくる。


「マイクロウエーブ、日本では電子レンジって呼んでます。これマイクロ波っていう電磁波をあてて、食べ物の中の水分を激しく振動させて、摩擦熱で温める仕組みなんですよ。

 オーブンと違うのは、内側からも過熱されるので温まるのが早いし、焦げることが少ないんです。

 固くなったパンなんかもふんわりするし、スープや肉も、いちいち鍋やフライパンを使わずに皿に盛ったまま温められます。

 要は水だけを素早く振動させることができれば……いや、水魔法なら水自身を温められるかな?

 とにかく食べ物の中の水の温度を……」


 3人にジッと見つめられて急に緊張してきた。

 と、急にイアンさんがテーブルに両手をついて身を乗り出してきた。


「ソーヤさん、凄いっ!それっ いけますよ!!」

 イアンさん目が1.5倍になってる。


「ソウヤっ、お前やるじゃないか! 面白いぞ、それっ!!」

 ナジャ様が再び立ち上がる。クッキーを持ったまま。

「いやっ 私の発明じゃないし、まだ出来るかもわからないし。それに地球のも完璧じゃないからいろいろ問題があって。

 そのままだと熱が対流しないから、卵みたいな殻付きのものは熱がこもり過ぎると爆発の危険があるし、内側から加熱するから手を入れちゃいけないとか……」

 もう出来たみたいに期待されると、急に心配になっておたついてしまった。


「発明にリスクはつきものだ。まず試作品を作ってから色々改良すればいいんじゃないのか?

 とにかく良く思いついたぞ!」

 痛いって! 

 ヴァリアスに叩かれた肩が一瞬外れたかと思った。

 ホントに力加減もっと調節してくれよ。


「そのアイディアお借りしていいのでしょうか? 是非とも作ってみたいです!

 上手くいったら利益は折半でどうでしょう?」

 もうイアンさんの顔つきが商人になっている。

「いや、私思いつきを言っただけで、利益なんか貰えませんよ。実際に作るのイアンさんでしょう?

 私、魔方式なんかさっぱりわからないですし」


 ナジャ様がニヤリと笑って手をヒラヒラさせた。

「お前さ、本当に甘い奴だなー。商人にはその発想ってやつが大事なんだよ。

 でも言質は取ったぞー。

 イアン、あたいが許すからそれを造るんだよっ!」

 俺を置いてヴァリアスが反撃した。


「おいっ勝手に決めるなっ! 蒼也が出した案だぞっ!」

「コイツが勝手にして良いって言ったじゃないかっ」

「っだとぉっ?! お前何千年ぶりかにヤル気かぁっ!」


「分かったっ! 分かりました!! 今回は勝手に使ってもらってOKで、代わりに私が商売始めるときに助けてもらうって事で良いですかね? イアンさんっ」

 俺は慌てて仲裁に入った。

 こんなとこで物騒な事言わないでくれ。それこそ神の使いが喧嘩したら街1つ吹っ飛びそうだ。

「もちろんですよ! 僕で出来ることなら幾らでも力は貸しますよ。任せてくださいっ」

 イアンさんも一緒になって、大げさに胸を叩いた。


「よーーーしっ!! それで決まりだねぇーっ」

 どうだと言わんばかりに、ナジャ様がヴァリアスの方に胸を張った。

「……ったく、お前は欲がないというか、お人よしというか…………」

 ヴァリアスは渋い顔をしてるけど、俺はこれで十分だ。


 少しは役に立った事が何より嬉しかった。

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