第36話 転生者と発明品 その1
「それでね、条件に合う夫婦が見つかったんでそこに転生させたのさ」
露店で買った、粉チーズがかかった馬鈴薯フライを摘みながらナジャ様は話を続けた。
「一応前世の記憶を受け継ぐことにしてあったから、3歳の誕生日に思い出す設定にしてたんだよ。
さっき言った通り、あんまり期待はしてなかったけど転生させた責任があるからね、たまに様子は見てたのさ。
そしたら記憶が蘇ってからやりだしたのが、まず片っ端から本を読み漁ることだったね」
「じゃあやっぱり勉強したいというのは嘘ではなかったんですね」
俺のすぐ前を歩くナジャ様に言った。
ヴァリアスは焼き鳥ならぬオークのモモ肉串焼きを食べてる。
「まぁ世界のことを調べるにも、本から入るのは定番だからね。
ヤン――今はイアンという名になっているけど、奴の父親が貴族街で役人をしていてさ、実入りも悪くないし子供も可愛がっていたから、親馬鹿ぶりを発揮していろいろ本を買い与えてたよ」
そりゃ大人の頭脳を持った3歳児って、はた目から神童に見えるだろうなぁ。そうでなくても可愛がってもらえたんだ。羨ましいなぁ。
「奴の家の近くに市立図書館があって、12歳までは無料で入れるからよく通ってたね。
両親としては勉学もいいけど、もう少し同世代の子供と遊ばないのかハラハラしてたようだけどね」
「あー、どこの世界でも虐めというか、仲間外れになってないか親は心配なんですね」
「まぁ、6歳くらいになった頃から同世代の友達も出来てきたから、親の取り越し苦労だったんだけど。
本人曰く、どうも小さい時は話が合わなかったので作れなかったらしいよ。中身は中年だからさ」
そう言うとナジャ様はケケケッとこちらを振り返って笑った。
「でね、そんな感じで上手くやっているから大丈夫だろうと、しばらくほっといたのさ。
そしたらアイツ化けやがってね」
ちょうどポテトフライを食べ終わり、包んでいた葉をボッっと掌で燃やして消すと
「ヴァリー、あたいは次あれが食べたい」
左斜め前の露店を指さす。
「相変わらずよく食うなぁ」
「いいだろうー、お喋りをしていると腹が減るのさ。これでも遠慮してるんだよ」
鉄板で薄い白っぽい生地のようなものを焼いて、それにジャムやフルーツを巻いて食べる、まさしくクレープのような食べ物を売っていた。
「お前さん達はいらないの?」
「オレは甘いものはいい」
「俺もいいです」
「お前達、糖分は脳に必要だよ。あー、コケモモジャムとベリージャムのを1つずつおくれ」
いや、そんなに甘いものばっか食べてっと気持ち悪くなりそうだ。
「それで化けたって何にです?」
両手にクレープもどきを持って、交互に食べながら再び歩きだしたナジャ様に俺は尋ねた。
「ファクシミリーって知ってるかい?」
「ファクシミリーってFAXのこと? それはこちらの世界にもあるんですか?」
「それさ。それを奴はこちらで作ったのさ」
どうだと言わんばかりにドヤ顔で振り返るナジャ様。
「えっ 凄いじゃないですか。
技術者じゃなかったけど構造を知っていたって事ですか?」
簡単に仕組みを知っていたとしても、作り上げるにはそれなりの知識が必要だ。
「いや、奴が命名しただけで、地球のFAXとは構造が違うよ。そもそも魔道具だからさ。
奴は大学卒業後に商業ギルドに勤めててね。そこで事務連絡に使う、転移魔道具に興味を持ったらしいのさ」
喋りながらでも食べるのは早い。すでに両方半分は無くなっている。
「昔のギルド間の連絡は、小規模の転移魔法を使って文書を送るやり取りしてたんだ。
だけど複数に同じものを連絡するとなると、同じものを転送先分複製しなくてはいけないし、手間も魔力も喰う。
で、それを奴が転写と転送を組み合わせて、文書の画像だけを送る魔法式をまず作ったのさ。
送るほうは文書をいちいち複製しなくて済むし、同時に多数に送れる。
情報を送られた側ではあらかじめ用意された紙に転写させるだけ。
また画像情報だけを送るので、魔力が物質自体を送るより少なくて済む。
転写の自動筆記機能をつけても以前の10分の1くらいさ。
凄い発明だろう?」
なぜか自分が作ったようなドヤ顔連発なのだが、おそらく自分が連れてきた転生者が、思いのほか活躍してくれたので嬉しいのだろう。
「奴に言わせると、魔法式の組み合わせを完成させるのに数年かかったらしけど、まず転写と転送を組み合わせる発想がなかったからね。
歴史的発明とまではいかなかったけど、行き詰まりを見せていた魔法文明に一石投じてくれたのは確かなのさ」
なんかこちらに来たら、何か役に立たなくちゃいけない感が半端ない。
俺そんな勉強好きってわけじゃないし、何か役に立てるかどうか期待しないでほしいんだけど。
「蒼也、お前は転生者ではないし、そのために召喚した者でもないのだから、役に立とうとか思わなくていいんだぞ」
俺の不安気なオーラに気が付いたのか、ヴァリアスが言ってきた。
「そうだよソウヤ、お前には誰も期待してないから心配するなよー。ケケケ」
いや、そうハッキリ言われても地味にこたえるぞ。
「その角を左だよ」
パン屋の看板を左手に曲がる。
「でね、その製造と販売権利を商業ギルドに売った金で開いたのがその店なのさ」
曲がった先はT字路で、その突き当りにその雑貨屋はあった。
1階部分がオレンジ色の3階建てで、『ベルウッド雑貨店』と書かれた看板が掲げてあった。
ここら辺の店や家も中流以上の区域らしく、窓やドアにガラスがはまっていて中が見えるようになっている。
横長の窓から中を除くと、手前のテーブルにこちら向きに人形が置かれていて、上からショルダーバッグがぶら下がっていた。
その奥の台や壁の棚にも、ガラス細工の置物やいろいろと品物が置かれている。
確かに下町の雑貨屋のようにゴチャゴチャした感じではなく、いかにも女子が好きそうな雰囲気の雑貨店に見える。
緑色に塗られたドアには『代書承ります』という張り紙がしてあった。
「ほら、入るよ」
少女がドアを開けると上に付いていたベルがカランカランと鳴った。
「いらっしゃいませ-」
左奥の小机に座って、本を広げていた店主らしい男がこちらに顔を上げた。
「ややっ ナジャジェンダ様、わざわざお越し頂き有難うございます」
男はすぐに台の間を通ってきた。
やや丸顔の小太りの男で、トーマス所長みたいにズボンをサスペンダーで吊っている。紺色のソバージュのような細かなウェーブの髪を後ろで結んでいて、円らな瞳のその笑顔は見るからに人当たりの好さそうな風貌をしていた。
「連絡をお受けしてお待ちしておりました。で、そちらの方々がヴァリハリアス様とソーヤ様で?」
「蒼也です。呼び捨てでいいですよ。見ての通りの一般人ですから」
「いやいや、お客様を呼び捨てになんか出来ませんよ」
「お客ではないよ、イアン。連絡しておいた通り、ソウヤはお前にこちらでの商いのことを聞きにきたんだからね」
「そうですか、それでは僭越ながらソ-ヤさんとお呼びさせていただきます。立ち話もなんですからこちらにお入り下さい」
そう言うとイアンさんは店の奥に入っていった。
店の中はたぶん10帖あるかないかぐらいの広さだろう。
両側の棚のせいで実際よりも狭く感じているかもしれない。ざっと見まわした感じでは、実用向きというより装飾や可愛い小物が多い印象だ。
雑貨屋というから、家庭用具的な鍋とか箒とか置いてあるのかと思っていたのだが、どちらかと言うとお洒落雑貨の店といった感じか。
イアンさんが右端のドアを開けると廊下を挟んで左にドア、右に階段があり、俺達はその2階に上がった。
手前のドアを開けると
「すみません。応接室がないものでこんな部屋で。一応掃除は済ませたんですが」
恐縮しながら通してくれた部屋は、おそらく家族のダイニングルームなのだろう。
中央にテーブルが1つと椅子が5つあり、今入ってきたドアとは向かいの壁にソファが置いてあった。
もう一つのドアは隣の部屋に繫がっているようだ。
ガラスの入った窓から明るい陽射しが入ってきて部屋の中は明るかった。
「どうぞお掛けになって下さい、今お茶を。おーいっフィー、フィーちょっと来てくれ」
廊下に顔を出しながら大声を上げた。
すぐにパタパタと階段を降りる足音が聞こえてきて
「はい旦那様っ」
ドアの隙間からナジャ様と同じくらいの年齢に見える、青緑色のボブヘアの女の子が見えた。
「お客様にお茶をお出ししてくれ。あと氷室の2段目の棚にあるケーキも」
「かしこまりました」
女の子が踵をかえして行ったと思うと、すぐに隣の部屋に入る音がした。おそらく隣がキッチンなのだろう。
「失礼しました。何分狭い家なものなので」
そう言うとイアンさんはナジャ様の隣に腰掛けた。
「そうだよイアン、ファクシミリーの権利はかなりの大金だったはずだよ。店だってもっと大きく出来ただろうに」
「いや、これ以上大きな店にしたら手に負えなくなりますよ。それに元々雑貨屋をやりたがったのは妻のほうでしてね。妻の好きな物を売りながら、損しない程度に商売できればと始めた訳ですから。
今はメイドもおりますが、家族4人には十分な大きさですよ」
「お前は本当に昔から欲がないなー。もっと贅沢できるはずなのにさ」
「いえいえ、贅沢してますよ。お陰様で残りのお金で娘2人も学校に通わせることが出来ましたしね。それに老後の資金は残しておきませんとね」
と、イアンさんはニッコリした。
うんうん、確かに老後の資金は大切だよね。俺はつい共感して頷いた。
そこにノックの音がして、先程の女の子がキャスター付きワゴンを押して入ってきた。
少女は慣れた手つきでカップにお茶を注ぎ、俺たちに配ってくれた。
「紹介します。うちのメイドのフィリアです」
イアンさんはケーキを配り終えた少女を手で指して紹介した。
「フィリアと申します。よろしくお願いします」
ぺこんと頭を下げた感じはまだ幼さが見えた。
「若いけどしっかりやってくれてます。フィー、しばらく店番をしといてくれ」
「かしこまりました」
フィリアはティーポットをテーブルに置くと、すぐにワゴンと共に部屋を出て行った。
「店番を任せて大丈夫なのか?」とナジャ様。
「ええ、彼女はあれでも簡単な計算ならできますし、何より真面目にやってくれてます。
時々暇な時に勉強をみてやってるんですが、頑張ってやってますよ」
「奥方は今日は?」
「妻は今日演劇を見に行ってます。たまの楽しみなので、その時はこうして僕が店番をしてます。
子供達は学校でまだしばらく帰ってこないでしょう」
「うん、ではそろそろ本題に入るよ」
ナジャ様がパチンと指を鳴らした。
「一応声が漏れないよう、この部屋を遮音しといたよ」
「ではあらためて、僕はイアンと申します。
お聞き及びと存じますが、前世は地球のチェコスロバキア人でした。
ソーヤさんは召喚者なのですよね。ちなみに御国にはどちらですか?」
イアンさんは俺に向き直って聞いてきた。
「日本というアジアの島国なんですけど」
「ああ、聞いたことがあります。確かドイツとイタリアの同盟国でしたよね」
なるほど、そういう認識か。第二次大戦の時だね。
「イアンさんはチェコスロバキアの時の方なんですね」
「というと?」
「今、あそこは今、チェコとスロバキアに分かれてますよ」
「おぉーっ!そうなんですか! ええぇっそうかぁ。でも無くなってしまったわけではないんですね。うんうん、そうですかぁ……」
イアンさんはちょっと遠くを見て感慨深げだった。
俺は知っている乏しい知識で、今チェコの首都がプラハであるとか、その他の世界情勢で、アメリカで初の黒人大統領が誕生したとかそんな事を話した。
イアンさんは聞くたびに驚いていた。
「おい蒼也、そろそろ本題に入ったらどうだ」
ずっと黙っていたヴァリアスがしびれを切らしたように言ってきた。
「ああ、これは失礼しました。最近前世の記憶も薄れてきていたところ懐かしかったもので、つい長話になってしまいまして」
「そうだよ、イアン、話に夢中であたいのケーキが無くなっているのに気が付かないのかい?」
「お前もなぁ、話の腰を折るな。ほらっ、オレのをやる」
ヴァリアスがまだ口をつけていなかった自分の分を斜め前に押しやると、イアンさんも
「宜しければ僕のもどうぞ」
自分の手つかずの皿をナジャ様に勧めた。
「うん、もちろん貰うよ。これはなかなか美味いよー」
俺も自分のケーキを食べてみた。スポンジケーキに白いクリームが乗っている。
「これはシフォンケーキですか?」
「ええ、前世で母がよく作ってくれたケーキでして。傍でよく見ていたのでなんとなく作り方を覚えていたんです。
妻に教えて作ってもらいました。お口にあって良かったです」
イアンはそういうと、すでに2つ目を平らげ3つ目に手を出し始めた少女を、自分の娘を見るように優しい眼差しで見た。
そういえば忘れてたよ。俺は空間収納から紙袋を取り出した。
「遅くなりました。これお近づきの印というほどではないですが」
俺は紙袋から包装紙に包まれた箱を取り出した。
「これは胡椒の詰め合わせセットです。こちらの国ではスパイス系が比較的手に入りづらいと聞きまして」
そうなのだ。中世の定番、塩と胡椒は高いという説がよくあるが、この国では岩塩が取れるらしく、塩は結構出回っているので胡椒にしたのだ。
ちなみに人様の土産にするので、そこら辺のスーパーで買ったのではなく、デパートで購入した無農薬有機胡椒のにした。
「これはこれは、頂いていいのですか?」
「どうぞどうぞ。ご存知のとおり、地球ではそれほど高くないですから、それとこちらを奥さんに良しければ」
俺はレース柄の透明ビニールにリボンでラッピングした袋を取り出した。
「これは?」
中に入っているピンクや黄色の物を見ながらイアンさんが訊いてきた。
「入浴剤です。失礼ですがこちらにバスタブがあると聞いたので。
こちらの世界でもお風呂にハーブを入れたりすることがあるとか」
これはヴァリアスに聞いたのだ。
貴族とかブルジョワがバスタブにワインを入れたり、綺麗な花を入れたりするのが流行っているという。
もちろん美容効果も狙ってのこともあるらしい。
今回買ったのは一つ一つバラの形をしている、見た目もお洒落なのにした。
「それはどうも有難うございます。妻も喜ぶと思います」
嬉しそうに受け取ってくれた。
「さて話は伺ってますが、ソーヤさんはこちらで商いを考えてるとか」
「えーと、まだ具体的にどんな商売をやるか決めてないんですよ。一応ハンター登録はしてるんですが、とりあえずいろいろやってみたくて。
何かこちらで売れるものがないか考えてるんです」
「確かに地球から品を持ち込めるのはかなり有利ですね。うちは食材を扱ってないので胡椒は販売できないんですが、ギルドに持ち込めばかなりの大金になります。
ただ……」
イアンさんはテーブルの上で手を組んだ。
「ただ?」
「あまり続けてはできないと思います。大量に出回ると市場価格が下がって市場が荒れますので、ギルドが買い取りを調整するでしょうから」
あー そうかっ! それはそうだよな。
今まで高い価格で仕入れてた商品が暴落したら、それこそ株価暴落みたいな状態になって、下手すればリーマンショックのような惨劇になるかもしれない。
「となるとこちらに通常無い、新しいモノじゃないと駄目ってことですね?」
「そうなんですけど、これがなかなか……ちょっと待ってて下さいね」
と、イアンさんは部屋を出て行った。
すぐに戻ってくると、手に15cmくらいの筒状の物を持ってきた。
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