第38話 第3の使徒 (闇のイタリア男登場)
そろそろ奥さんと子供が帰ってきそうなので3時頃帰る事にした。
イアンさんは俺が出したアイデアを凄く喜んでくれて、すぐに取り掛かりたい様子だった。
また近いうちに再会する約束をして俺たちは家を出た。
「まだ時間があるから街を観光する?」
ナジャ様が言ってきた。
「ええ、ぜひ。そう言えばちょっと変な事聞きますけど」
俺は以前、日本橋で疑問に思っていた事を訊いてみた。
「女性を褒めるときに人形みたいだとか言うのって変ですか?」
「人形ねー。こちらの人形は子供の玩具が一般的だから、相手が小さい子ならおかしくないけどねー。
大人の女には普通言わないかなぁー」
ああそうなんだ。やっぱりこっちじゃ考え方がちょっと違うんだなぁ。
「妙齢の女に言うなら精霊のように神秘的とか、女神様とかに例えておけば無難だよー」
おお、それは覚えておこう。
「閉門までにまだ3時間くらいあるから、博物館でも行くか? 小さいところならそれくらいで回り切れるだろ」
ヴァリアスが提案してきた。
「良いね。見てみたい」
それなら2つブロック先に小さな歴史博物館があるというのでそこに行く事にした。
大通りに出ると相変わらず人が多い。
一般的な町人風から旅人、農民、兵士まで様々な人達が行きかっている。
ふとヴァリアスが呟くように言った。
「ここは他所の奴らが結構いるな」
それに前を歩く少女が振り向く。
「そりゃそうだよ。この国の王都だしね。よそ者にはやっぱりメジャーな観光スポットだからさ」
やっぱり観光客が多いんだな。
すると急に奴が俺の方に向いた。
「蒼也、今言った他所の奴らというのは人間の事じゃないぞ」
「えっじゃあ何?」
「オレ達と同じ使徒とか天使の奴らだよ。ただし他の星のな。換金所で聞いただろ?
地球でもうちの星の人気が上がってるって」
ああ、あれか。観光客って他所の星から来た天使なのかよ。
俺は念のため索敵してみたが、それっぽいのは全然わからなかった。
護符を付けているのか半数以上は解析不能だったし、判った人は皆人間だった。
どこにいるんだ? 全然わかんないよ。
「みんなちゃんとこちらの人間に偽装してるからわからないよー」
「さすがに見分けは無理だろうな。相手は腐っても天使だし、逆にお前程度に見抜かれたら問題だ」
まあそりゃそうか。
横を荷車を引いた足の太いロバのような顔した、草色の毛並みの小柄な馬がゆっくり通って行く。
それとも馬じゃなくてロバなのかな。ここで初めて見た種類だ。
目のまわりと鼻筋が白くて可愛い顔をしている。
俺が振り返って眺めていると、奴が横から説明しだした。
「あれはコニーっていう馬の仲間だ。小型で比較的餌が少なくて済むから飼いやすい種なんだ。冬になると長い毛が生えて来て、寒さにも―――」
そこで馬の方を向いていたヴァリアスが急に反対側に振り返った。
次の瞬間、目の前にいきなり黒い人物が現れた。
そいつは前を行くナジャ様の横をすり抜けて、真っ直ぐヴァリアスに向けて右腕をラリアットするみたいに素早く振ってきた。
が、ヴァリアスが手前でそいつの手を掴んで止めた。
俺は隣で事態がわからず固まっていた。
「こんな人間がいっぱいいる所で隠蔽使うな、リース」
「なんだ、やっぱ驚かないか。大丈夫だよ。今誰もこっちに注意を向けてないから」
そう言った男は全身黒い姿をしていた。
黒いシャツにくすんだ黒い、騎士が着るサーコートのような袖なしの上着を着て、フードを目深に被っていたが、妙なのは目を黒い布で覆っていたことだ。
「おお、ナジャッ 久しぶりっ。30年ぶりかな? 相変わらず小さいな」
と、横にいたナジャ様の頭を雑に撫でた。
背丈はヴァリアスよりやや大きいから2メートルはありそうだ。
「やめろよ。髪がクシャクシャになっちゃうよ」
ナジャ様が男の手を払った。
「お前何してんだ? 昼間に地上にいるのって珍しいじゃないか」とヴァリアス。
「仕事だよ、ちゃんと」
クルッと俺の方に向き直ると「誰?」と聞いてきた。
「蒼也だよ。地球に行くとき話した召喚者だ」
「あー、例のクレィアーレ様のとこの」
黒い布越しに見られているのがハッキリわかる。やっぱり使徒か天使か。
『じゃあ多言語スキルはあるよね。この言葉わかる?』
男はイタリア語で話してきた。
『ええ、わかります』
『おれは闇の神オスクリダール様の666番目の使徒リブリース。ヨロシクね』
そう言って黒い男が右手を出してきたので、俺も名乗っておそるおそる手を出した。
強い力で掴まれてブンブン振られた。
『うんうん、若いのに老いてるねー、君』
『お前さん大体なんで目を隠してる? いくら光に弱いっていってもこれぐらい調整は出来るだろう?』
『これ? 一種のパフォーマンスだよ。ちょっとこっち来てくれる?』
そういうと男は店の日除けの下に誘った。
その日陰になったところで男はフードを取ると、目のまわりに巻いた布を額の上にバンダナのようにずらした。
『今回さ、観光案内してるんだよ、おれ』
もちろん、他所の天使のね、と俺に向いて言った男は、黒髪に灰色メッシュの短髪で淡いブルー系の目をしていた。
見た目は30前後かな。
『えっ? ガイドは基本
『もちろん知識のとこの天使がメインでツアーガイドしてるけど、今回のツアーが観光兼見学なんだって。
で、地獄巡りもあるんで、ちょうど手が空いたおれが補佐してるって訳』
『コイツはな、地獄の極卒なんだよ。お前のとこで言うと悪魔とか鬼みたいな存在だ』
ヴァリアスが言った。
『悪魔ってのはヒドイなぁー。おれって全然優しいぜぇ』
そう言って男は俺にニッと笑った。
歯は犬歯以外尖ってないし、なんとなく人懐っこそうな笑顔をする。
『嘘つけっ 拷問官長のくせに』とナジャ様。
『えっ! 拷問官長っ ?!』
『そのあだ名やめてくれる? ちょっと罪人の刑罰担当主任ってだけだろう。
もうおれのイメージと評判がダダ下がりなんだけど』
とリブリース様は両手で顔を覆って泣く真似をした。
『全然可愛くない』
すかさずナジャ様が一蹴する。
『おれは平和主義者だし、基本生きてる人間には手を出さないよ』
そうニコッと笑ってまた俺のほうを見たけど、なんかもう素直に頷けない。
『そうやっておれみたいな手を汚すタイプ―――別に疾しいことじゃないけど、こういう仕事を悪視や蔑視する星が結構あるからさ。
特に地球なんかは神界の対立勢力みたいだし。
そういう奴が自分より強かったら嫌じゃん? 観光に来るのって文官とか一般系の天使や使徒が多いから武力系じゃないんだよね。
だからこうして弱点強調して、お客さんに優越感を持たせてるんだよ』
と両手で目を隠す仕草をした。
『闇の神オスクリダール様は戦いの神、軍神でもあるんだ。だから使徒の半数は武人なんだ』とヴァリアス。
『そういうヴァリーだって、戦闘能力なら絶対うちのファミリーなんだけどねぇ』
『戦闘力だけなら火の奴とか他にもいっぱいいるだろうが』
ああ、やっぱりヴァリアスって戦闘系だったのか。もし違う使徒が俺についてたら指導方法が変わってきてたのかなぁ。
まぁこの知識や闇の使徒様じゃなくて良かったけど。
『ヴァリー、今ここに観光に来ている奴らってどこのだと思う?』
ヴァリアスは辺りを仰ぎながらクンクンと匂いを嗅いだ。
『まず地球だな。それとベーラとサウザー、ジルチゼムと……あと2つは知らないとこだ』
『当たり。その6星からなんだけど、実はヴァリーに教えようと思ったのは―――』
『ん、この地球のヤツの匂い……知ってるヤツだっ』
ヴァリアスがイブリース様の右手の辺りを嗅いで言った。
『さすがだな。おれ握手した後にちゃんと手ぇ洗ってるのに……』
『アイツかぁ―――オレの事最後まで疑りやがった、あの地球の税関野郎………』
ヴァリアスの目の白い部分が黒くなった。
なんか今日これ多くないか。
それにしても税関って、以前に地球に来たときヴァリアスが悪魔と疑われた件か。もしかして。
『大正解! あいつさ、全然おれの事忘れてたみたいだったけど。
まっ あいつにとっちゃ何億以上相手にしてる渡航者の1人だから、イチイチ覚えちゃいないだろうけどさ。
で、あいつを見つけたんで、おれが今回補佐役を買って出たって訳』
『大体なんでオレがディアボリカに疑われて、真性のお前がすんなり通るんだよ ?!』
『ヴァリーはもうちょっと愛想良くすりゃいいんだよ。おれみたいに』
するとナジャ様が俺に囁いた。
『こいつは外面だけは良いから気をつけろよー』
『何言ってんだい。おれは中身もクリーンだよ』
それからリブリースはあらためてヴァリアスのほうを見ると、急に目が白目ごと全部真っ黒になった。
というよりも闇より深い黒になった。
その黒が目窩の中で渦を巻いている。闇の男はニヤリと笑った。
『勿論あいつも地獄巡りに来るんだってよ。どうするヴァリー?』
喋ると口から黒い霧が冷たい息のように漏れる。
するとヴァリスも白目が再び黒くなり、牙を見せて凶悪な顔になった。
白灰色と黒の悪魔が目の前にいる。
『おいっ 何企んでるか知らないけど、星間問題になるから止めときなっ!』
ナジャ様が慌てて言う。
『なぁに、ちょっとしたお客様へのサプライズだよ』
また普通の目に戻ったリブリース様が笑みを浮かべた。
『大丈夫だ。オレ達はそんなヘマやらん』
ヴァリアスも通常に戻った。
『あーもう、あたいは何も知らないっ。聞いてないよ』
少女は両手で耳を塞ぐ仕草をした。
『そうそう、おれも今まで怒られたことほとんどないもん』
『それはクレィアーレ様とオスクリダール様が寛容な方だからだよー。
もうこれだから悪ガキ共がー』
『おっとそろそろ行かないと』
リブリースはまた黒い布で目を覆うとフードを被った。
『あっ この前貰ったチェーンソーとかいう武器? アリガトな。
面白いから試用してみて良かったら採用するわ』
えー あれ拷問道具になっちゃうの? 買ってくれるのはいいけどなんか複雑だな。
『ナジャ、今度また女の子紹介してくれよー。君よりもう少し大きいお姉さんが良いんだけどなぁ。
あっ、でも光と火の
ちょっと眩し過ぎる
『もう、オークとでもヤってろよ』
『えー だってあいつら雄ばっかじゃん。それにもう少し柔らかいのが好みなんだよねぇ』
なんか評判落としてる要因が違うところにありそうなんだが。
『じゃあまた、後で連絡するわ』
リブリース様は黒い爪をした右手を挙げてひらひらさせながら、大通りを俺たちが来たほうに歩いていった。
「………俺、もしもこっちに移籍して死んだら、あの使徒様のやっかいになっちゃうのかな……」
「お前のとこにも似たようなのがいるんだろ。そんなの地獄に堕ちなきゃいいだけだ」
「ヴァリハリアス、お前さん妙なマネしないほうがいいよ」
「何のことだ?」
ヴァリアスがケロッとした顔で言う。
「わかった……もうあたいノータッチにする」
少女は溜息をついた。
俺達はまた歩き出した。
「さっきの使徒様、前に聞いた地球の税関を一緒に通った仲間のヒト?」
「そうだ。オレは日本だったが、アイツはイタリアとかヨーロッパ大陸を巡るって言ってた。
地獄とか拷問器具の見学だな」
「どうせ主に女漁りだったんだろー?」
「………否定できないな」
ふと耳に聞いた事のある声が聞こえてきた。
「そこのカノジョー、おれとメイクベビーしないかい?」
だいぶ離れているはずだが、雑踏のざわめきの中、つい声を拾ってしまった。
リブリース様が誰かに声をかけたようだ。
「……馬鹿リース、もっと離れてからやれよ」
ヴァリアスが苦い顔をした。
「ああいうヒトが俺みたいなのが生まれる原因を作るんじゃないのか……いい迷惑だな……」
俺はつい毒づいてしまった。
「大丈夫だよ。あいつは種無しだからさ、子供出来ないんだよー」
少女がケケケと笑いながら言った。
それって男が傷つくベスト5に入る言葉ですよっ!
「違うぞ、アイツは遺伝子の相性が凄く悪いんだ。弁護する気はないが、一応言っとく」
同じ男としてのメンツなのかヴァリアスが弁解した。
「結果は同じでしょー? あっ 花売り娘に振られた」
俺にはもう聞こえないが、ナジャ様にはわかるようだ。
「おーっ 懲りずに今度は人妻に声かけてるよ。隣の旦那めっちゃ怒ってるよ、ケケケ」
「なんだろう、究極のイタリア男みたいな使徒様ですね……」
「わかるのか、蒼也。アイツ確かに地球での身分証はイタリア人にしてたんだぞ」
ヴァリアスが感心したように俺に言った。
「あっ、そうなの? そうかパスポート必要だもんね。
うーん、的を得てるというか、自分の事良く知ってるというか……」
あれ、ということは……。
「じゃあヴァリアスも地球でのパスポートってあるんだよね? それって自分で勝手に作るのかい?」
「いや、そういうのは、地元の星の税関で手続きして作ってもらうんだ。アイツは前もって調べてたらしくて、イタリア籍を自己申告したんだよ。
オレは良く分からないから税関の奴らに任せた。
そしたらお前は色素が薄いから、北欧系でいけって言われた」
あー、適当にアメリカ人にはしなかったのか。地球には戦闘民族なんかいないしなあ。
「なんかフィンランドとかいうとこにされたぞ。どうせ日本人に違いは分からないからとか」
……フィンランドの人、なんだかすいません。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
白人の人が日本人と中国人の見分けがつかないように、日本人も、少なくとも私は西洋の人が何人なのか区別がつきません(-_-;)
ヘタすると中国なのか韓国の人なのかもわからない……(汗)
以前、見た映画でモンスターが出てくる異色の西部劇で、バッタリ出会ったインディアンが主人公(白人)を『お前、アメリカ人じゃないな?」と声をかけてくるシーンがあり、やっぱり違うのかなあと思った覚えがあります。
主人公はアイルランド人でした。
ちなみに英語が通じず困っていたところ、上記のようにインディアンの人が、なんとフランス語で話しかけてきたのです!
『お前、アメリカ人じゃないな? フランス人か? フランス語なら少しわかるぞ』
『え、おれ、
と、いう訳でしばし異文化交流、モンスターについて意見交換が行われるのです。
もう申し訳ないけど、ネイティブアメリカンの人がフランス語知ってた事にカルチャーショックでしたよ( ̄▽ ̄;)
だって現代じゃなくて19世紀のネイティブさん達なんですもの。
英語もわからないって言ってたのに……。
でもこれって、おそらくフランス人の宣教師さんとかの影響なのかもしれませんね。
ホン、文化の入り方って色々だなあと変なとこで感心。
そういえばイタリア男って、なんかプレイボーイの代名詞みたいに使っちゃったけど、本来は女性に対するある種の尊敬的マナーなんですね。
例えば女性が1人で歩いていたら、軽く声をかける。
『貴方が魅力的なのでつい声をかけちゃいました』的な、特に若い女性に対する、無視してないよ的なマナー心なのでしょう。
もちろんラテン的な情熱性もあるようで、
以前見たテレビインタビューで、70過ぎらしいおじいちゃんが
『わしは、今でも魅力的な女性を見かけたら声をかけるぞっ」と張り切ってました。
一緒にいたもう一人のおじいちゃんが
『わしゃあはもう、引退したよ』と言ったのも可愛かったです(^▽^)
積極的だけど陰湿じゃない、カラッとした情熱のお国柄がうかがえます。
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