第39話 歴史博物館とランタン祭り
歴史博物館はハンターギルド程でないが、3階建ての茶色のレンガ造りの大きい建物だった。
入口で入館料を払うと、代わりに輪っか状の5㎝幅くらいの帯のようなものを渡された。表面に何か魔方式のような文字が書いてある。
「これ入館証の代わりだから首からかけるんだよ」
ナジャ様に言われて首にかけると、なんだか重くもないのに体全体を軽く抑え込まれたような感じがした。
「分かるか? 魔力が抑え込まれてるだろ。これ魔法抑止の式が書かれてるんだ」とヴァリアス。
「館内にも張り巡らされてるけど、こういう貴重品のあるとこでは2重3重の意味でやってるんだよ」
ナジャ様も自分の首にかけながら言ってきた。
「もちろんあたい達にはこんなもの何でもないけど、お前は初めてだから少しキツイかな? まぁしばらくすれば慣れるよ」
確かになんだか頭から少しキツめの全身タイツを着てるような感覚だ。これって魔力が出せないからなのかな。
「普段から体から皮膚呼吸するみたいに、微かに出したり吸収したりしてるんだ。自分で抑え込むのと抑え込まれるのじゃ感覚が違うからな。
まぁ気配を消すやり方覚えれば自分で抑えられるようになるぞ」
と、少女にフードを引っ張られた。
「こういう所ではね顔を出すのが一応ルールなんだよ。下手に隠してると不審者に思われるからね」
見るとヴァリアスもフードを脱いでいた。
中は明かりはついてはいるが全体的に薄暗い。展示品の日焼けを防ぐためなのだろうか。
1階はこの街の歴史が主だった。
面白かったのは城壁の作り方で、さすがに細かいところは防衛上の秘密らしく表示されていないが、基本的に強力な土魔法を持つ魔法使い達が基礎を作って、仕上げはドワーフ達がやったらしい事がジオラマで再現されていた。
土魔法で作る際、川底の石を大分削ったので底が深くなっているとのこと。
「なぁ土魔法で石壁を作るって、どっかから石を持ってくるのかい?」
「ああ、まだ魔法の原理を教えてなかったな。魔法は何もない状態からは基本 何も作れないんだ」
「そうなのか? だってヴァリスは以前 缶コーヒー作って――」
『言ったろ、あれは創造系の神力だって。魔素を元素変換するのと周りから元素を集めるのとは違うからな』
日本語で言ってきた。
「この場合、この中州の土台から石を抜いちゃうと地盤沈下しちゃうから、川底から取ったんだよ。
基本、素となる成分を周囲から微粒子単位で集めるんだ。だから砂漠で水魔法を使うのは大変なんだよ。
空気中や土中の水が少ないからね。空中で土魔法がほぼ出来ないのと同じだよ」
ナジャ様が説明してくれた。
「火や光も燃える物質を摩擦で発火させたり、発光物質を科学反応で作ってるんだ」
「そんなこと考えて俺やってないけど?」
「お前は喋る時に舌をどう動かすかなんていちいち意識してないだろ? ただ仕組みを知っておけば色々応用が利くから今度は意識してやってみろ」
2階は人類や生物の歴史だった。
海の水が岸に打ち寄せる時に出来た泡が固まって、始めの生物オリジンが出来たという。
『本当はちょっと違うんだけどね、一般的にはこれで通ってるからこれで覚えといたほうがいいよ。下手に異を唱えて異端視されても危ないしね』
ナジャ様も日本語で話してきた。
それって昔の地動説が信じられてた時に、天動説を言っちゃうみたいな感じなのかな。
注意しとこう。
壁にはツリー状の系統図が描かれ、その前に模型や化石が並んでいた。
模型はロープを張っただけのところに置かれているのに、化石はガラスケースや鉄格子の中に収められて、まわりに護符らしきものが付いていた。
ふと見ると柱のとこに武装した男が立っている。恰好からして学芸員ではないようだ。
「こっちにヴァリーがいるよ」
ナジャ様に言われて見に行くと、そこには見事に多重鋭歯の牙を持つ、人型の頭蓋骨がガラスケースに収められていた。
横に頭の復元模型が並んでいる。
女性らしく、月の目は深紅で髪は青みを帯びた緑色だった。
ただし瞳孔の色は黒だったので、やはりヴァリアスがちょっと変わっているようだ。
「ここまで古い骨は滅多に出ないんだ。
アクールの第一世代だな。第二世代で歯列が2重になってくるんだよ」
俺は頭蓋骨の開いた口の中を覗き込んだ。奥歯まで綺麗に牙が3重になっている。
これって自分で舌を傷つけたりしないんだろうか。
「オレは4重だけどな。一番後ろは倒れてるから。
あとこうやって顎の
そう言って少し屈むと俺に向かって、口裂け女のように大きく口を開けて見せた。
見慣れたとはいえホラーだよ、これ。
側にいた別の客が「本物初めて見た……」と小さく呟いていているのが聞こえた。
そのアクールの隣に、やや目の間が離れた額の広い頭蓋骨が並んでいた。
こちらは歯が対照的に1列で、全部すり鉢状の臼歯だった。
『モーラス』と表示されている。
「ヒューム族はアクールと臼歯を持つこのモーラスという種が掛け合わされて、今のヒュームの第一世代が生まれたと言われている。
このモーラスは死に絶えて現存する種はもういない」
『言われているって事は、これもちょっと違うのかい?』
『本当はもっと別の種も混ざってるんだが、人間共は知らないからしょうがないな』
第一世代から第二世代になると今度は何種類かに分かれていて、それが次の世代で枝分かれしたり、無くなったりしていた。
一番最後の世代の中央がベーシスとなっていた。
その横にまだ現存するらしいベーシス以外の種が並んでいる。
アクールは一番、系統の枝分かれが少なくてそのまま真っ直ぐ伸びている。
やっぱりヴァリアスの種は生命力が強そうだ。
そのアクールの横に『ユエリアン(月の目人)』と書かれた種がいた。
模型を見るとこちらは色こそ黒色だったが、瞳孔の形がヴァリアスと同じ月の目だった。
歯は犬歯こそ鋭いが、他は普通の人間とあまり変わらなかった。
「アクールの変異種だよ。今でもあちこちでたまに見かける。見た目通り闇夜で目が利く人種だ。ちなみにアクール同様に嗅覚も鋭いんだよ」
これは口を開けなければアクールと見分けがつかないかも。
いやその逆もありか。
ヒューム系列の隣は亜人の系列図だった。
確かに始めの古代種からして違うようで、さっきのモーラスやアクールは表示されていなかった。
意外だったのはノームとドワーフは別系統で、根っこの系統が同じだったのはエルフとノームだった。
そしてこの2階で一番目を引く存在が、古代エルフの模型だった。
今に比べて背は低くかったらしく、120㎝前後で、昆虫のような羽を持つ有翼人種だった。
長い水色の髪に薄ピンクの肌、ほっそりとした肢体の背中からウスバカゲロウのような透き通った羽が4枚伸びていた。
耳は長く先が尖って少し捲れ気味で細かった。目は綺麗な二重の切れ長で瞳はマゼンダ色をしていた。
確かにこれで背が高ければパリコレのスーパーモデルにいてもおかしくない美形だ。
「エルフはな、進化の過程で背が高くなる代わりに羽を捨てたんだ。体が重たくなって飛べなくなったからな。その代わりに高い魔法力を得た。
この古代種は妖精ピクシーに似ているが全然別物だ」
なんかあらためて本物を見たくなった。他の客もやはり長めにこの模型の前で足を止めている。するとナジャ様に袖を引かれた。
「ソウヤ、そんな人形ばかり見てたってしょうがないだろ。時間無くなっちゃうよ」
さっき他の模型を見てた時はそんな事言わなかったのに。
3階の中央には世界地図を立体化した大きな模型があった。
地球のユーラシア大陸のような大きな大陸が7つあった。
そのうちの1つの大陸に小さな赤い旗が立っている。これがこの街らしい。
年代別に領地の広がりが色分けされていた。
「この前行ったカッサンドラ大陸はここだ」
そう言って下の方の2番目くらいに大きい大陸を指さした。
あのドラゴンと会ったところか。
結構離れてるな。
その大陸の上あたりの海の一部が、5か所ほど赤く塗られていていた。
「そこはいわゆる危険地帯なんだ。赤道ライン上で、特に太陽からの磁気の影響を受けやすいところだから魔素が荒れてるんだ。それでそこら辺の海流や魔物に厄介なのが多いんだよ」
まだちょっと早いかなと最後にポツンと呟いた。
何っ 今なんて言った。
博物館を閉館の6時少し前に見終わって外に出た。
やはり夕飯を食べたいとナジャ様が言ってきたので、大通りで店を探した。
店を出たのは7時近かったが、ギーレンに比べて街灯が多いせいか、この時間でも結構な人が歩いていた。
「今、ランタン祭りの時期だからだよ」
「ああ、そういえばその季節だな」
「何そのランタン祭りって?」
「お前のとこにも体が光る虫がいるだろ? ここの川にランタン虫という発光虫がいるんだが、その虫が初夏に川上で繁殖の為の求愛行動をする。
その時発光するからランタン祭りって言われてるんだ」
日本の蛍みたいなもんかな。でもちょっと見てみたいかも。
そんな気持ちを察したのかナジャ様が言ってきた。
「ソウヤ 見てみたいか?」
「ええ、川沿いに行けば見れるんですか?」
「川沿いでも見れるけど、船の上から見た方がずっと綺麗だよ」
「船って今からじゃ予約でいっぱいだろ?」
「チッチッ、そこは抜かりないさ。ちゃんと1艘予約してあるよ」
顔の前で突き立てた人差し指を振りながら、少女がドヤ顔をした。
川の方に歩いていくと外を歩くほとんどの人達が同じ方向へ歩いていた。その流れにゾロゾロついていくと、空中にポツポツと小さな灯が消えたり点いたりしているのが見えてきた。
それは1色ではなく、赤や緑、オレンジっぽい黄色と3色の点滅だった。近づくとその数が増していく。
川の上を覗くと水面をその3色の光が雪が降るように舞っていた。
とても幻想的な光景だ。
「赤が雄、緑が雌、黄色が交尾中の発光だ」
最後の交尾中が余計だがまぁ虫だからいいか。
少女に引っ張られて川沿いの階段を降りていくと、川辺に歩ける場所があり、そこに何艘かのボートが泊って次々と客を乗せていた。
少女が降りていくと、一番左端の小舟に乗った男が帽子を取って頭を下げた。
彼女はさっさと真ん中に座ると
「ヴァリアスは先の方にいって、ソウヤはこっち来て」
俺は言われるままに少女の隣に座った。
船がそっと川辺から離れる。
川の上にはたくさんの発光虫が緩やかに舞っていた。
薄暗くなってきて、レンガ造りの家々の窓や街灯の灯が、水面に映し出されるところに、愛を囁く虫達の光が暗い水面に色を浮かべていた。
その中を小舟がゆっくり進む。
まあ少女だけど、隣に座られるのは悪い気はしない。男2人より全然いい。
パッとヴァリアスが頭上を右手で一振りした。
そうして俺の前に手を広げると、そこにはカブトムシの雌のような形をしたものがいた。
前足はオケラのように大きくて目は青色をしていたが、その体はほぼ透明で、半円状の透明な羽が4枚ついていた。
その色の無い体の腹が、ポウッと間隔をおいて赤く光を発すると、透明な体全体が虫の形をした、まさしくランタンのように光って見える。
「コイツは保護色でこうして体が透明なんだよ。水の中で見えづらくなるからな。
求愛行動をする時だけ、雄は精巣、雌は卵巣が光るんだよ」
虫は掌の上でジジジッと鳴いた。
「邪魔してすまなかったな。もう行っていいぞ」
ヴァリアスがそう言うと、赤い光はまたジジッと鳴くと、軽く羽音をたてて光の海に戻って行った。
「なぁー ロマンティックだろ? 恋人たちがこの季節、夜こうして船を出すんだよ。あたい達もそういうふうに見えない?
ちょっとお邪魔虫がいるけど」
「あ゛っ?」
向かい合わせに座っているヴァリアスが重低音を出すと、日本語に切り替えた。
『お前 念のため言っとくけど、蒼也を食うなよ。ソイツはクレィアーレ様の大事な預かり者なんだからな』
『わかってるよ。それくらいあたいにだって節度あるし、そんな見境なく手を出してる訳じゃないよー』
危ねぇっ! 彼女もかっ。姿が少女なんで油断してた。
ギリシャ・ローマ神話並みに、ここの神様連中も性に対して自由奔放なのか。
『性は本能の1つだから、他人に迷惑をかけなければ悪しき事じゃない。
ただ名誉のために言っとくが、神も使徒もこんな奴ばかりじゃないぞ。
オレはそういう火遊びしないからな』
目があったヴァリアスが俺に言ってきた。
良かった。そうでないと俺たぶんついてけないよ。
「でもあたい達、ちょうど見た目年齢なら恋人同士に見えるだろ?」
「えと、それはどうでしょうか。俺、成人だし、ナジャ様は失礼ですけど見た目まだ幼いじゃないですか。
大の男が少女とカップルっていうのも……」
「えー お前さ、自分がこちらでどう見られるか分からないのかい? 実年齢より全然若く見えてるんだよー」
「そりゃあ東洋人って西洋人からしたら幼く見えるらしいから……もしかして20歳そこそことかですか?」
日本でも下手すりゃ20代だからな。
「全然っ、15,6の成人したてって感じだよ」
「ええ、そんなにっ?!」
バッとヴァリアスを見ると頷いている。
何故か俺達の後ろで櫓をこぐ船頭が何か勘違いして
「お兄ちゃん、今年成人式かい? そいつはおめでとう!」と言ってきた。
なんだか複雑な気持ちを乗せて、船が滑るように橋の下を通って行った。
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