第8話 初めての報酬金

 どこかで目覚ましが鳴っている。もう朝か。

 俺は毛布の中でもぞもぞする。

 いや、目覚まし音じゃなくてこれ鐘の音だな。

 段々頭がハッキリしてきて、よく聞くと“カラーンカーラーン”と長く響いている。


「目が覚めたか」

 その声に俺は今度こそハッキリ目が覚めた。

 そこは俺のアパートの部屋ではなく、ベッドが10個ほど並んでいるだけの部屋だった。

 それぞれのベッドの上にロープが格子状に張られて、簡単にカーテンで仕切れるようになっている。ヴァリアスは向かいのベッドに腰かけていた。


 異世界に来たこと夢じゃなかったのか。

 頭痛い。あーどこココ?

「覚えてるか? 昨夜お前が酔いつぶれたので、食堂の上の、この部屋に連れてきたんだ。お前のようにつぶれた客を泊めたりできる、簡易宿泊をやっている食堂兼宿屋が多いからな」


 俺はゆっくりベッドの下に足を下ろした。

「それにしてもお前弱いな。たった4杯ぐらいで潰れるとは」

「しょうがないだろぉ。昔っから俺は酒にそんなに強くないんだよ」

 頭の芯がズキズキする。忘年会以来の二日酔いだ。


「ほらっ飲め」

 ヴァリアスが木のコップを渡してきた。

 水か。いやなんか違う。少しミント味だ。

 飲んですぐに体中から、薄い煙のようなものが出ていった。と思ったら、体がすっきりリフレッシュして頭痛が消えた。


「今飲んだのは軽度の毒消しだ。解毒デトックス魔法もあるが、こういうのもいいだろう。」

 なるほど、これがRPGご用達の毒消しポーションってやつか。これ駅前とかでサラリーマンに売ったら馬鹿売れしそう。

 まぁ薬事法で現実には無理だけど。


「そういや今何時なんだろ?」

「さっき開門の鐘が鳴ったから、地球で言うと朝の6時頃だな。その前にスマホを見てみろ」

 言われてスマホをバッグから取り出して驚いた。


 ブルーのメタリックボディだった俺のスマホが、いつの間にか黒艶ボディになっている。

 背面には閉じた眼のような模様を中心に、文字や図が白い線で描かれている。軽いがツルツルした石のような表面だ。

 時間を確認すると日本はまだ家を出た日の午前10時49分ようだ。ホントに時差が凄いな。

 いや時空差か。

 念のため中身を確認すると、ちゃんとアドレスやメール、アプリはそのままだった。


「昨夜、神界に送って改良しておいた。これでにこちらに来ても、時空を通して通信をできるようなったぞ」

 NASAが欲しがりそうな技術だな、そりゃ。

「それにはお前専用に、護符も付けてある。こちらに籍が無いから祝福や正式な加護は付けてやれないが、こちらに来たからこれくらいならしてやれる。

 創造神クレィアーレ様自らお直しになってくれたのだ。有難いことだぞ」

 そうなんだ。

 なんだか父親という実感が湧かないけど、ひとまず有難い。


「とりあえず今日はどうする?」

 俺はうんと伸びをした。さっきの毒消しのお陰か、肩こりもだいぶ解消されている感じがする。これ少し持って帰りたい。

「まずギルドに行くぞ。昨日のスライムを換金して、別の依頼を受ける。それから時間が余ったら練習だ」


「わぁー、みっちり予定してるな。お手柔らかに頼むぜ。昨日みたいなのは御免だからな」

「わかってる。本当は魔力を出し切ったほうが魔力の内包量が増えやすいんだが、まぁ仕方ないな」


 部屋を出て、右側突き当りのトイレの水場で顔を洗う。

 1階に下りると食堂はいま開けたばかりなようで、給仕の女の子がテーブルを拭いているところだった。

 俺達以外に客はいないようだ。

 また昨日と同じ窓側の席に座る。


 朝まだ早いと思うのに、外を行きかう人や荷車が結構多い。ヴァリアスによると、開門と同時に朝市が開かれるためだそうだ。

 どうりで大きな袋や籠を背負った人が多い。


「そういや俺、レベル上がったかな? スライムばっかじゃ、あまり上がらないだろうけど」

「レベル? 強さのランクの事か?」


 こちらでは強さを表すレベルという懸念はないようだ。モンスターを倒したら一定の経験値を得られるというものでもなく、あくまで鍛錬や経験などによっての成果だそうだ。

 現実はゲームのようにいかないんだな。


「もちろん練習もいいが、なんといっても実戦が一番伸びるぞ。五感の全てを使うからな。地球でもシャドウボクシングよりスパーリングのほうが鍛えられるだろう?」

「ちょっと待て。俺いきなり実戦は無理だぞ。

 死ぬほど練習して……(いや、そんな事言うとホントに死ぬまでやらされそうだ)じゃなくて、十分に練習してからな」

「オレがいるんだから大丈夫だ。それにお前にはクレィアーレ様の護符もある。これはミスリルの鎧より強いぞ」


 そう言いながらサメ男は朝から焼肉を食べている。

 俺はリフレッシュしたとはいえ朝は食欲がわかないので、サンドイッチとレモンに似た果汁の入った果実水だ。


「昨日の件でわかったのだが、お前精神もとい魂が、思ったより痛んでいるな。その影響が肉体にも出ている。

 本来ならもっと若々しいはずだ」

 神様は人をフォークで指しちゃいけないっていう観念はないのかな?

 しかも分厚い肉が刺さったまま、俺に向けてくる。


「自分で言うのもなんだけど、俺って年の割には若いほうだぞ?」

 髪の毛だった後退どころか、白髪だってないし。

「それは普通の地球人ならだろ。

 お前の寿命からしたら、肉体はまだ10代のはずだ。しかも青年期が長くて老いが短いはずなのに、すでに覇気がない!」

 ビシッとまたフォークの先を向けてきた。


「そりゃ中身は枯れた54歳だからね。それにこれ以上若くなったら、実年齢と外見が合わなくなって怪しまれるじゃないか」

 若くいられるのは良いが、年を取らなさすぎるのも地球じゃ異常だよな。

 今後どうしよう。

 また変な心配事が増えた。


「魂の傷を治せば肉体も本来の状態になるだろうが、これは魔法や薬ではそうは簡単に治らない。

 しかし神力なら可能だ。で、お前が眠っている間に一度神界に戻って、あるじに今後の事を伺ってきた」

「えっ? それで、お父っ、神様はなんて?」

 俺は思わず前に身をのり出した。


「神力では治さないそうだ。お前の場合、自力で治す事に意味がある。ここで治癒してしまうとお前の成長の妨げになると」

 なんだぁ………癒してくれないのかよ。ちょっと期待してたのに。


「そうガッカリするな。あるじは見捨てたわけでなく、そのほうが良いと判断されたからだ。逆にお前に期待されているんだぞ」

「本当か? 俺が欲しいのは期待より癒しなんだけど……」

 なんだかサンドイッチの味が急に落ちた気がする。


「お前に足りないのは自信だ。自分を過小評価し過ぎなんだ。もっと自分に自信を持っても大丈夫なんだぞ」

「そう急に言われても54年間これで来ちゃったしなぁ……」

 期待して傷つくのは嫌だから、自然と期待しないよう身についてしまっている。だから自分に期待して自信なんか持てないのだ。


「まぁいい。オレがついたからには自信がつくように、お前を鍛え上げてやるから安心しろ」

 なんかこっちへ来た方向性が変わってきてないか?

 サポートってそういう意味なのか??


 それからしばらくして食堂を出た。

 ギルドはこの大通りを真っ直ぐ行けばいいので分かりやすい。

 大通りだけあっていろいろな店があるが、開店までにまだ時間があるのか、大半の店がまだ閉まっていたり、店先に商品を準備中だったりした。

 そんな中でハンターギルドには早くも人がやってきていた。


 引き取りなので1階買取所に行く。

 カウンターは3つあった。


 つい目が合ってしまった、マッチョなスタン・ハンセン似の、革エプロンをつけた親父の前にスライムの入った袋と依頼書を出す。

「これお願いします」

「おう、ちょっと待ってな」

 親父は袋をカウンターの中にある、樽のように大きいバケツにスライムを移して奥の秤に乗せた。

 2つとも量り終えると、依頼書に重さを書き込んで渡された。


「端数は切り捨てだから全部で108ポムド(約49㎏)だ」

 スライムの入っていた袋も返そうするので俺は遠慮した。

「袋はいらないので、そちらで処分してもらえますか」

「ああん、いいのか? こんな薄手でしっかりしたゴム袋、高いんじゃないのか?」

 そうか、こちらじゃこういう薄手のビニール袋って、あまりないのかな。

 だけどスライムの液でベトベトになっている袋はもう使いたくない。


「いや、たまたま安く購入したものなので大丈夫です」

 ちょっと訝しげな親父から、サインをもらった依頼書だけ受け取ってカウンターを離れた。


「こっちじゃああいう袋って珍しいのか?」

 離れたところでヴァリアスにコッソリ訊いてみた。

「そうだな。こちらのはもっと厚くてゴワゴワして固いんだ。薄くすると破れやすいからな」

 ふーん、じゃあ意外とこのゴミ袋って、高級品になるのか?

 あとでああいう物を入れる袋は、目の詰まった麻袋を使うと知った。

 

 次は2階だ。

 朝早いせいか、昨日より人は少ないようだ。


「これ換金お願いします」

 ちょうど昨日と同じ赤毛の受付のがいたので、そこに依頼書と冒険者のプレートを出す。


「はい、108ポムドですから1,080エルですね。少々お待ちください」

 カウンターの下で見えないが、お金が手元に用意されているらしい。

「こちらが報酬金になります。1,080エルお確かめください」

 コイントレーに銀貨1枚、銅貨8枚が綺麗に並んでいた。

「間違えないようでしたら、ここに受け取りのサインをお願いします」


 俺が依頼書の下の方にサインすると

「はい、これで1回めの依頼は完了です。あと2回で正規登録ですから頑張ってくださいね」

 と、優しい笑顔で言ってくれた。

 おおっ頑張りますよ。なんかやる気出てくる。


 柱のところで待っていたヴァリアスが、そんな俺の様子に気が付いたようで

「オレが言うより、あのむすめに言われたほうがやる気が出るようだな」

「そりゃ綺麗な女の子に笑顔で言われた方がいいだろ? 変な恋愛感情じゃなくて癒しなんだよ。

 営業スマイルなんだろうけど、やっぱり笑顔で言われると頑張ろうって気がするじゃないか」

「まぁ、お前がやる気が出るなら何でもいいわ。なんならあのむすめを、お前専用に雇用してもいいが」

 まるで悪巧みをするような含み笑いが怖い。


「止めてくれよ。そういうの。

 年も違い過ぎるし、俺としてはよく行くコンビニの看板娘との、ふれあいぐらいの感じなんだから」

 俺は少し顔が熱くなるのを感じて慌てた。

 専用ってなんだよ!?

「フフン、冗談だ」

 あんたが言うと冗談に聞こえねー。


 柱の陰でDバックから小銭入れを出す。

 少し入っていた小銭を二つ折り財布のほうに移して、今もらったコインを小銭入れに入れる。


 初めての異世界通貨。ちょっと嬉しい。

 でも地球のお金にするのに一度、純金とかに替えなくちゃいけない。

 こちらでは幾らぐらいで買えるんだろう? 

 それにこっちでの生活費もあるしなぁ。


「これ実際どのくらいの価値になるんだろう?」

 俺は手帳を取り出した。

 食堂で食べた物の値段をメモしておいたのだ。

 食事代とかで大体の物価が分かるんじゃないかと。


“エール”  240e

“ドードー鳥と季節の野菜のシチュー”  720e

“ソーセージの盛り合わせ”   1,280e

“黒パン(2個)”  100e

“サンドイッチ” 430e

“果実水”  175e


「うーん、これだとおよそ1食分くらいにしかならないのか」

 少ないだろうとは思ったけど、やっぱりスライムじゃお金にならないな。

 それとも自炊の方が安く出来るだろうか。


「あそこは大通りの店だったからな。もっと路地裏とか下町なら、もう少し料金は低いぞ」

 ヴァリアスが手帳を覗いて言ってきた。

「そうか、場所にもよるもんな。今度は下町価格も調べてみたいな。とりあえず次の依頼を探そうか」


 俺達は依頼書の貼られた壁際のほうに移動した。


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