第9話 一角兎狩り その1
「次は動きのある対象がいい」
俺が壁の依頼書を見ていると、ヴァリアスが「これはどうだ」と指したのは
≪一角兎肉 常時募集 アルカイト食肉協会≫
「兎かぁ。それって可愛いんじゃないのかぁ? 気が進まないなぁ」
「外見は関係ない。それにお前だって肉は食べるだろう? 誰かが手を汚さなくちゃ口にできん」
「そりゃ十分わかってるけどさ、今までスーパーで切ったお肉しか見てないのに、いきなりその生きてる原型を殺るってハードル高いんだよな」
俺が渋っているのを見て「じゃあ何なら良いんだ?」と逆に訊いてきた。
「うーん、こちらの魔物とかよくわからないから、とりあえず無難であまり可愛くないものかな。たとえば魚とか爬虫類とか。
そういや、こっちに鶏っていないのか? 昨日のメニューになかったけど」
「ニワトリとは?」
「こういうのだよ」
俺はスマホで鶏の画像を見せた。
「コカトリスの亜種か? こちらでは尾が蛇のしかいないぞ」
コカトリスってアレか、結構物騒なやつじゃないのか。
「ちなみにBランクの魔物だな。先に依頼受諾の申請は出来ないが、売ることは出来るぞ。やってみるか?」
Bランクってわかってるのにやらせる気だね、それは。
「無理無理っ。わかった、俺が悪かった。兎にします」
結局兎狩りを受けることにした。
今度も東門を通って、この間の草原より先の森の中へ行く。
門を通るときこの間の若い門番がいたが、何も言ってこなかった。
ヴァリアスからも“ 声をかけるな ”オーラが出てたしな。
森の中に入ると木々が生い茂ってるせいか、空気が
「空気の違いがわかるか? 外より魔素が濃くなっているからな」
魔素なのかよ。思い切り深呼吸しちゃったよ。
「魔素と一口に言っても色々ある。元々は元素の1つだからな。気持ちいいと感じたら体に合ってる証拠だ。
実際ここは比較的軽くて爽涼系の魔素だな。小動物が棲みやすい」
確かに草原も良かったが、こちらのほうが澄んでいるというか、空気がうまいんだよな。
これで東京に帰ったらどうなるんだろう。
今まで普通に感じていた空気が不味くなっちゃうのかな。
「蒼也、索敵はやってるか?」
「やってるけど、あんまり分からないな」
昨日頭に直に叩き込まれたスキルの1つ、索敵――いわゆるレーダーみたいなものだけど、薄ぼんやりとした気配を感じるだけでほぼ分からない。
これは火を発生させたり、水を出したりするのとは違って、まさしく意識する範囲を広げていくやり方だ。
辺りにダイレクトに神経を集中すると言った方がいいのだろうか。
だけど自分の意識を広げる感覚がまだ広範囲にできないし、足元の草むらに隠れてる虫など、小さい生命の存在には気が付くのだけど、形まではわからないといった感じだ。
「意識して使っていればそのうち出来るようになる。とりあえず積極的にやることだ」
当たり前だが、森の中は舗装されていないので、凸凹した地面や木の根で歩きづらい。苔や湿った葉のせいで滑りやすいのを気を付けながらヴァリアスの後をついていく。
「そういえばお前、痛いのは嫌だとか言いながら以前、武術をやっていた事があるだろう? 合気道とかいう」
「ああ、あれね。やってたって言っても高校の部活で2年くらいだし、段も取ってないから齧った程度だよ」
「お前の性格にしては珍しいのじゃないか」
「うーん、あの頃世間で通り魔事件とか、バス放火事件とかあってなんか怖かったんだよな。無差別に事件に巻き込まれる危機感があって。自分の身は自分でしか守れないと思ってたんだよ。俺も若かったから」
あの頃、高校を卒業して独立したら一人で生きてかなくてはいけないと、そういう不安もあったんだと思う。顧問の先生には勧められたけど昇段試験は、もちろん無料じゃないから受けなかったし、3年になったら独立資金を貯める為にバイトが忙しくなってそのまま辞めてしまったのだ。
「なるほど、お前の性格から考えると不安感や危機感から行動する事が多いんだな。
では尚更続けていたほうが良かったのじゃないか?
こちらに住む場合はもちろんだが、日本にそのまま永住するにしても同じだと思うが」
「親父狩りとか犯罪に巻き込まれる心配かい? 確かに今でもそういう危険はあるけど、そこまで神経質になるのもなぁ」
「お前もう忘れたのか? 一般人より長い寿命があると言っただろ。
今、治安が良くても何十年、何百年のスパンになれば国がどうなるか分からないんだぞ。お前の国だって70年程前は戦争してたんだろう?」
そ、そうだった! ヴァリアスの話を信じるなら、俺、仙人並みに生きるんだった。忘れてた。
老後の生活費の心配ばかり考えてたけど、戸籍の問題とか考える事が山積みだったよ。
なんだか頭が重たくなってきた。
「まぁオレがいる限り心配はいらないがな」
心配させてるのはあんただろうが―。
「でも確かに俺も自分の事なんだから、他人任せにばかりしてられないよな。ヴァリアスだっていつまで俺についていてくれるか分からないし」
するとヴァリアスが振り返りながら言ってきた。
「面倒を見るというのはお前が寿命を終えるまでだ。
「えっ、ちょっと待って?!」
俺はつい立ち止まってしまった。
「それって俺が生きてる間、一生ってこと? 千年も?? あんたがいるの?」
「なんだ、オレじゃ嫌なのか?」
ヴァリアスも立ち止まった。
「いや、その、……そんなに長く俺についてくれるなんて大変じゃない?」
「千年も二千年も我々からしたら、ほんの僅かな時間だから気にするな。それにな、お前のとこの守護霊に主導権を譲ってもらったからな。こっちでの守りが居ないと困るだろ」
再び前を向いて歩きだすサメ男。
「えと……それってヴァリアスが、守護霊様の代わりになったってこと……?」
俺がこちらに慣れるまでかと思っていたから、まさか一生とは思わなかった。
それに守護霊様ってこんなにダイレクトにつくんだっけ?
えらいフルモデルチェンジだな
「お前は分からなかっただろうが、お前を自殺から助けたり、オレ達に救援要請を寄越したり、結構お前の守護霊は大変だったんだぞ」
「なんだ、その救援要請って?」
「このままだとお前が早死にするって言っただろ? 地球の守護霊じゃお前の行動を管理するのにも限度があるからな。ほかの星にも来れないからずっと、オレ達と連絡をつける機会を待ってたんだ。たまたま日本へ行った、うちの使徒を見つけて連絡してきたので、お前の存在がやっとわかったんだよ」
ああ、俺の知らないとこでいろんなヒトが動いてたんだな。ちゃんと守られてたんだ俺。
「それは守護霊様に感謝しなくちゃいけないな」
俺は歩きながら手を合わせた。
「そういう事だ。この主導権のおかげで、オレはお前に対して本格的に保護と指導できる権利を持つことになった。しっかりサポートしてやるから大船に乗った気でいろよ」
と、牙だらけの口を見せて凶悪な顔で笑った。
ええ、なんか怖いんだけど……。地球の守護霊様戻ってきてくんないかな。
小川を渡り、獣道もない樹海を歩く中、たまに小動物らしき気配を感じたり見たりするのだが、こちらの存在に気が付くとすぐいなくなってしまう。途中リスやキツネに似た動物に出会ったが逃げられてしまった。
「兎と対峙する前にちょっと確認しておくか。剣出してみろ」
そう言うと足元に落ちていた枝を拾った。そうして枝を俺の顔辺りに向けてきた。
「こうやって武器を向けられたらどうやって払う?」
「そりゃ普通こうじゃないのか」
俺は剣を右から左に手首を使って払った。
「そういう風に切っ先だけを横に振るとな、刃が相手から離れるから反撃に遅れる場合がある」
そう言って刃に沿って枝を滑らしてきた。
枝はそのまま俺の喉をとらえた。
「それにグリップが自分のほうに向いているから、こうやって相手の刃が滑ってきたときにやられやすいんだ。初心者がよくやる過ちだ。
腕に自信がないうちはまずこのV字防御はやめておけ。手首だけじゃなくてちゃんと腕を体から離して使え」と肘を動かされた。
つまり切っ先じゃなくて、グリップを外側に向ける逆V字型、いやA型というとこか。
切っ先を左右にⅤ型に振ると、確かに相手から刃先が逸れる。
逆に肘を曲げて刃先をA型に向けると、相手への威圧にもなるし、突きやすくなる。
V型はグリップを支点にして左右に剣を振った動きで、A型は切っ先が常に相手一点に向かってて、逆にグリップが左右に動いているといったとこかな。
「こうした方が切っ先が相手に向かったままだから、反撃もしやすいんだ」
「ふーん、さすがに詳しいんだな」
俺はちょっと感心した。
「これから会う兎は角に気をつければどうって事ないからな」
それって角がヤバいって事だよね。
「そういえば普通の動物と魔物ってどう違うんだい。やっぱり魔素の含有量とか?」
「そうだな、魔素の構成もそうだが、人間に対しての敵対心の強さもあるな。人間と魔物は対極の生物だから」
更に木々が鬱蒼と茂っているところを通っていく。もちろん道なんか無い。
だが前を行く男は慣れているのか、さも舗装された道を歩くように進んでいく。
「それにお前の世界にも伝承されたような、魔族と人間の戦争が起こったことがある」
「魔族? じゃあ魔王ってやっぱりいるのか?」
まさかRPGのようにいつか魔王を倒せとか言い出さないだろうな。
「正確には魔族の王だな。魔族は人間と魔物の中間の存在だから、魔人とも言ってる。人間のようにいくつかの国を構成していて、それぞれの国の長が名乗っている。戦争のときは魔物を使役させたりしたので、魔物の王のように勘違いされているんだ」
「今は戦争してないんだね」
良かった。戦いには巻き込まれなさそうだ。
「地域によって小競り合いはあるようだがな、そういうのは地球でも同じだろ。
それよりこれが見えるか?」
言われて足元を見ると、草地から少し見える地肌に、やや縦長なのと棒の先でついたような跡がいくつかあった。
「獣の足跡かい。俺 猟師じゃないからよく分からないな」
「足跡ではなく、生命エネルギーの残滓だ。オーラとも言うが」
そう言われて俺は意識をその辺りに集中してみた。
するとほんの少し薄赤色のオーロラのような靄(もや)が草むらの所々に現れた。
それはあっちにいったりこっちに行ったりして、森の奥に伸びていた。なんだか平面画から立体視が浮かび上がってきた感覚に似ている。
ふと自分の手を見てみると、薄緑や白っぽい光に薄ぼんやり包まれていた。これが俺のオーラなのか。だがヴァリアスを見ると色がまったく見えない。
何かあるような感じはあるのだが、無色なのか、それとも神界の者にはないのかわからないが。
「見えたようだな。これがクッキリ見えるということは、さっき通ったばかりということだ。慣れてくればオーラの様子や大きさとかで対象を鑑定できるようになるから、索敵できない場合、これで追跡することができるぞ」
「これがよく聞くオーラか。やっぱり人によって違うんだろうな」
「かなり違うぞ、色も形も。体調や気持ちによっても変化するからな。昨日のお前のは、一気にどす黒く濁って波打ちかたが尋常じゃなかったぞ。魔力切れには気を付けろよ」
「もちろん身に染みたから気を付けたいけど、どうやって魔力が切れそうかわかるんだ?」
「昨日みたいにハイテンションになっていると、アドレナリンが出て分かりづらいかもしれないが、内側に注意すると、段々魔力が出づらくなってきているのがわかるはずだ。体力も使うから疲れが急に出てきたり、息がしづらくなってきたら枯渇手前だな」
そういやあの時、集中すると息を止めたりするから少し息苦しいのかと思ってたけど、そういう事だったのか。
そのままオーラの跡をつけていく。意識を集中しないとすぐ見えなくなってしまうので、なんだか少し疲れる気がする。
ヴァリアスが急に手で止まれと合図した。
「わかるか? あそこの茂みの奥に2匹いる」
俺はあらためて索敵してみた。
すると確かに前方茂み奥の曲がった木のそばに、中型犬くらいの大きさの生き物がウロウロしているのを感じた。
兎……だよな。なんだかデカくないか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます