第10話 一角兎狩り その2 初戦闘

「オレはここから気配を消す。お前だけなら相手もひるまないだろう」

「えっ 俺だけでやるの?」

「大丈夫だ。そばで見てるし、護符もある。これくらいで死んだりしない」

 と俺に向けて右手を出してきた。

「例の合気道とかいう戦闘法、相手の力を受け流すというところがお前に合ってるかもな。剣術で似たようなのを教えておくか」


 また俺の頭に触れるとイメージが流れ込んできた。昨日よりは手加減してくれたらしく、なんとか6秒くらいは持てた。

「どうだ、初歩的なものは流せたが出来そうか?」

「ああ、たぶんなんとか出来そうだけど……人型じゃないから通用するかな」

「個々のパーツを見れば応用できる。大丈夫だ。お前は身体能力は悪くないんだから」


 茂みをそっと左右に分けて俺は茂みの向こうを覗き込んだ。

 倒れたように横に曲がって生えている樹の下で兎が2匹、幹に巻きついた蔦についている実を食べていた。 

 大きさはさっき感じた通り、中型犬くらいあるが、見かけは焦げ茶色の毛に兎にしては短めの耳、黒くて円らな瞳はまさしくピーターラビットだ。

 その丸い額に一本の白い角が生えてなかったら、ただの大きな兎としか見えない。


「可愛いじゃないか。あれを殺るのかよ」

 なんか心痛みそうだ。

「そういうのは気にするな。剣を出しておけ。オレは気配を消すからな」

 そう言われても俺は猟師じゃないし、目の前の愛玩系の動物をいきなり手に掛けるってのものなぁ。

 でもここまで来たらしょうがないので、空間収納から剣を出して茂みから出る。

 

 大兎はぴょこぴょこ軽くはねていたが、ふと耳を動かし俺の方を振り向いた。

『キキッキーッ!』

 高い声で鳴いたかと思うと、1匹が俺のほうに向かっていきなり跳んできた。

「あっぶね!」

 俺は咄嗟に左に半身除けた。3メートルくらいは離れていたのに、一跳躍で俺の胸の高さを鋭く通り抜けていった。

『キキキッキキッ!』


 見るとさっきまでの愛らしかったピーターの顔が、歯をむき出し、鼻の上に皺を寄せ、敵意を露わにした目はあきらかに怒った形相に変わっている。

 もう1匹もすかさず跳んできたので、飛びのいて除ける。

 あきらかに首の辺りを狙ってる。

 俺は昔やったゲームの、低い階に出るにもかかわらず、クリティカルヒットをしてくる兎のモンスターを思い出した。


 だが今はゲームじゃなく、現実だ。

 あんなのが刺さったら、タダの怪我どころじゃ済まないかもしれない。

 背中に冷たいものが走る。


「コイツらは縄張り意識が強くて気も荒い。自分より大きい奴でも平気で向かってくるぞ」

 声だけがすぐそばで聞こえる。

「殺らないと殺られるぞ」

「わかったよ! もう可愛いなんて言ってられねぇっ」

 俺は距離を取るため、すぐに左側の大木の前に移動した。

 兎はそれぞれ斜め横に軽く飛び跳ねながら、俺との距離を確かめているようだ。


 と、突然2匹がほぼ同時に跳んできた。

 同時かよ!!


 やや先に右側に跳んできた、兎の角を剣で左に払いざま、左手で兎の腹の辺りを、もう1匹に向かって思い切り突き飛ばした。

「ギキッ!」2匹固まって転がった。

 だがすぐに起き上がると、1匹がすぐ向かってきた。

 今度は剣で角を下に払いながら、横を抜ける後ろ脚をつかむと、俺は一気に兎の首を薙ぎ払った。


「ギャン!」一声鳴いて兎は動かなくなった。

 すまん! せめて苦しまないように一撃でやったつもりだ。

 あと残りの1匹が怖気づいて逃げるなら、追わないんだが。


 しかしそんな俺の気持ちも虚しく、もう1匹もさらにいきり立ってきた。

 もう南無三だ。

 今度は角を上に払いながら、剣を下に滑らせて首を切った。

 2匹めも詰まったような「キッ!」と一声鳴いて絶命した。


 終わったと息をついた途端、近くの茂みから別のが跳び出してきた。 

「仲間の鳴き声で集まってきたな」

 嘘だろ。

 第二ラウンドが始まった。



「良くやったぞ、蒼也。みんな一撃で倒したな。これなら傷みも少ないから毛皮も売れるぞ」

 ヴァリアスが褒めているようだが、俺は全然その気になれずその場にしゃがみ込んでいた。


「…………可愛いの5匹も殺っちゃった……」

 ゲームでは何千何万と平気で殺せたモンスターも、リアルだとこうも生々しいのか。

「どうした? 地球でだって平気で兎の毛皮を刈り取ったりするんだろう?」

「……そうだけど、なんか自分で命を絶っちゃった感触が生々しくて……」

 直接切ったせいで、手に手ごたえがしっかりと残っている。

 命を奪った手ごたえが――


 死んだ兎達は、攻撃してきたときの殺気だった表情が消えて、眠るように目を閉じている。

 その顔が可愛くて余計に辛い。


「う~ん、メンタルも鍛えなくてはとは思ってたが、そこからか……」

 ヴァリアスが俺のそばにかがんできた。

「コイツらは無駄死にじゃないぞ。これから食糧となって誰かの肉となるし、何よりお前の訓練の役に立ったからな。転生する時、ワンランク上に生まれ変われるよう計らってやる」

「えっ生まれ変わるの?! てっ、いうか転生ってあるの??」

 俺は顔を上げた。


「そうだ。魂を使い捨てしてたら意味ないだろ? ただ自分で考えて行動して自己進化するだけなら、AIを積んだ機械を作った方がよっぽど楽で管理しやすんだぞ。

 なのにわざわざ魂を創ってるんだ。それがどういう意味かわかるか? 地球でも同じはずだ」

「それって俺が落ち込んでるから……言ってるんじゃなくて?」

「それもあるが、転生は確かだ。昨日のスライムだって、早いヤツはすでにこの世にリターンしている」


「……ああ、そうなんだ。そういう世界なんだ。……申し訳ないけど、少し救われたよ。だけどやはり気分は良くないな。せめて苦しまないようにやれたかなぁ」

 俺は深く溜息をついた。


「ああ、みな一撃で首を切ったからな。そういう命を軽んじないところは偉いぞ、蒼也」

「いや、ちっとも偉くないし、そういう子供を褒めるみたいな言い方止めてくれよ」

「では、この兎達をどうする? ギルドにこのまま持っていくと解体料を取られるから、ここで解体していくか?」

 ヴァリアスがダガーを出した。

「すいません。まだ子供でした! 解体見たくねぇっ」


 結局そのままギルドに持っていくことにして空間収納に入れていく。

 ううっ まだ温かいのがまた辛い。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……どうか無事に生まれ変わってください。 俺は1匹づつ祈りながら収納しようとして、ふと手を止めた。


「ヴァリアス、このまま入れて大丈夫かな? 収納空間に血が落ちるとかいうことないのかい」

「入れたときに、それ自体が1つのモノとして認識されるから中を汚すということはない。例えびしょ濡れの布を入れても、中には一滴も滴らないぞ。直接水をぶちまけてもそのままの形状で保管されるからな」

「そうか。それなら良かった。もう袋が1つしかないから汚れるのは嫌だなと思っ……あっ、血がついてる!」


 当たり前だが、俺のパーカーには兎の返り血が飛び散っていた。

 俺がげんなりしていると血だけが服から飛び出して草に散った。

「水魔法の一種だ。血も水がほとんどだからな。まぁ今度は耐汚染の膜をかけておこう」

 ―――色々深いな魔法って。


 俺は腕時計を見た。朝起きたとき大体の目安として、こちらの世界時間に合わせておいたのだ。

 時計は12時15分を指していた。今から町に戻ると3時くらいかな。食欲がなくなってしまったが、何か無性に飲みたい。


「………コーヒー飲みたい」

 つい声が漏れた。

「コーヒーって前にお前がくれた飲み物か?」

「ん、ああそうだよ。なんかこんな時あれで一服したいなと思って。俺タバコ吸わないから」

「そうか、ほらっ」

 なぜかヴァリアスの手に、俺が昨日あげた缶コーヒーと同じものがあった。

「えっ、いつの間に持ってきてたの?」

「持ってきたんじゃない。複製を作ったんだ」

「へっ?」


 もう一つの缶のプルタブを開けながら

「見た事のある物ならある程度複製できる。これは魔法ではなく、創造神様の使徒としての神力だがな」

「おおっスゲーな! ヴァリアスが本当に神様の使いに見えてきたよ」

「オレを何だと思ってたんだ? 初めからそう言っているだろう」


 コーヒーを飲んでちょっと落ち着いた。

 しかし兎が倒れていた草むらについた血溜まりの匂いが、かすかに鼻をかすめる。

「少し下がれ、蒼也。蛭が落ちてくる」

「ええぇーっ!」俺は後ろに跳び退った。

 手前の枝から何かがポトリと音を立てて茂みに落ちてきた。黒ぽい葉巻のようなものが、葉の上をうねうね動いている。よく見ると他にも3匹ほど草や木の根の上を蠢いていた。

「奴ら血の匂いに敏感だからな。まぁこうして血も無駄にならないということだ」


「もう、町に戻ろうよ」

 自然って必ずしも癒しばかりではないと実感した。



  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 メチャクチャへたれなとこが露見した今回……( ̄▽ ̄;)

 ですが、今後ヴァリアスの特訓という無謀ぶりを受けて、彼は徐々に強くなっていくのです?

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