第11話 SSランク
再び森の中を歩く。
感覚が鋭敏になってきたのか、それとも日が高くなってきたせいか、鳥や虫の声が良く聞こえるようになった。
茂みに隠れている小動物が、何か硬いものを咀嚼している音がする。足場の悪い地面も来た時より歩きやすく感じる。空気は相変わらずうまいので、気分が少しづつ回復してきた。
森という緑の景色だけでもヒーリング効果があるのかもしれない。そうするとまた森の中を少し見る余裕が出来てくる。
見た事のあるような花が咲いていたり、木の根に美味しそうなキノコが生えてたりする。
傘も柄も全身真っ白い綺麗なキノコ。傘の下に小さな襟のようなものがついている。
ジッと見ていたらキノコのところに青いパネルのような画面が出てきた。
《茸 キノコ》と書いてある。
「なんだこれ?」
「どうした?」
ヴァリアスが止まって振り返った。
「キノコを見てたら変な画面が出てきて、キノコって書いてあるんだけど」
「お前にはそう見えるのか。それは解析ができるようになったんだ。解析スキルがあれば物や人の鑑定が出来るようになるぞ」
そう言われて周りのものを注意深く見ると、それぞれ青い画面が出てきて、《草》《木》《苔》とか白い文字で書いてある。
「なんだよ。簡単な分かり切ってることしか出てこないぞ。これって知ってる知識の範疇でしかわからないのかな」
「まだ出来るようになったばかりだからだ。精度が上がってくれば詳しくわかるようになる。お前は画面で出てくるんだな」
「え、皆は違うのか?」
「人によって感じ方は違う。頭の中に声が響いたり、色だったり、音だったりする場合もある。一番その者に合った現れ方をするんだ」
「ふーん、じゃあ俺の場合、こんなパネルみたいな画面で出るのはゲームで馴染みがあるからかな。こういう茸とか食べられるかどうか鑑定できると助かるんだけどな」
なんか白くて綺麗なキノコだから、食べられなくても鑑賞用にいいかな。
俺はそのキノコに手を伸ばした。
「採ってもいいが、それ毒キノコだからな」
「ええっ!?」俺はすぐ手を引っ込めた。
「確か地球にも同じ種があったと思うぞ」
俺はスマホで《白い毒キノコ》で調べてみた。あった、あった!
「“日本名 ドクツルタケ 別名 死の天使”って猛毒じゃないか!
うわっ、えげつない毒だなこれっ。怖っ」
「お前は護符があるから、食べても大丈夫だぞ。毒キノコは比較的美味いものが多いから、毒消しを用意して食べる酔狂な奴もいる。もちろん毒としての需要もあるから売れるぞ。採ってくか?」
「いい、いい、要らない。触りたくない」
これは早く解析能力を上げないと、うかつに触れないな。
試しに自分を解析してみようと自分に意識を集中してみたが、やたらと鼓動の音や、血液の流れる音が聞こえたりして上手くいかない。
ちょっと恥ずかしいが小声で「ステータス」と言ってみた。すると目の前に青いパネルが現れた。
《人と神とのミックス》 のみで名前すら出ない。
ミックスって犬猫みたいな表現だな。おい。
(俺が子供だった頃は混血の事をハーフというが一般だった。逆にミックスというと、雑種のイメージがあった頃だ。その感覚がずっと根付いていて、最近はハーフが差別用語だという事を後になって知った)
ちなみに始めは、自分を解析するという客観視が上手く出来なくて、この『ステータス』という言葉が一種の発動呪文――俺個人の――として働いていたらしい。
後々、こんな言葉を使わなくて視えるようになったが、知りたくないものまで視えてしまいやらなくなった。
「少しづつスキルが発現して来てるな。直接引き出すより、そうやって自然に出来るようになるのが一番良い。何よりスキルを多く持っていた方が便利だぞ。仕事にも役に立つ」
「いや、履歴書に解析とか空間収納とか書けないぞ。オレが欲しいスキルはTOEICとかパソコン検定なんだけど」
ん、英検関係ならもしかして多言語スキル使えるのかな? 戻ったら試してみるか。
とりあえず歩きながら目に入るもの、気になった草花や虫などに注意を向けながら歩いて解析を練習する。そんなことをしながら歩いていたら、結構時間がかかってしまった。森を抜けて昨日来た草原の大岩のところに出た頃には4時過ぎになっていた。
見ると昨日と変わらないように、草むらや岩にスライムがぷよぷよ蠢いている。あの中に俺が昨日仕留めてリターンしてきた奴もいるのだろうか。それとも別のものに生まれ変わったのだろうか。
昨日は何にも考えずにたくさん殺しちゃったけど、なんか申し訳ない。
大岩をじっと見ている俺の考えを察したのか、ヴァリアスが言ってきた。
「あんまり神経質に考えるな。生きてる以上命のやり取りは誰でもあるんだ。それで世界がまわっているんだからな。数も関係ない。重要なのは殺しを楽しんだかそうでないかだ」
草原を抜けて門に続く道に出る。
「今はまだ外に人が多いから、またギルドに直接行くか」
「そりゃギルドに直行だけど、もちろん門を通っていくよね?」
「通らなくてはいけないか?」
「当然だろ。昨日は仕方ないとして、盗賊でもないのに、なんで毎回不法侵入しなくちゃいけないんだ?
それに俺こういうのやってみたかったんだ」
今の日本には空港とかの税関しかないが、入る時に身分証を見せて門を通るのって、まさによその国を旅してる気分がする。それにRPGゲームが少しでも好きなら、こういう市壁のある町に来た時、一度は体験してみたいのではないだろうかと俺は思う。
まぁ日常当たり前のように通っている人には面倒くさいんだろうけど。
俺が少しワクワクしているのに反して、ヴァリアスはなぜかちょっと嫌そうな顔をしている。
「仕方ない。そうだな、いつまでも避けてはいかないか」
なに そんなに面倒なのか?
市壁の東門が大きく見えてきた。
相変わらず結構な人が出入りしているが、それほど混雑せずにゆっくり流れている。
俺はジーンズのポケットからハンター登録証のプレートを出した。
門の上は円筒型の塔が立っていて、奥行きは7メートル以上ありそうだ。門の奥に町の家々が見えている。
その開口部の上には、落とし格子の尖った先が見える。出る時はなんかヴァリアスの一件があって、よく見てなかった。
俺の2人前の商人風の男が、丸めた羊皮紙らしい紙を広げて見せて、入る目的を門番に告げている。門の入口には、向こうとこっち側両方の2重格子になっている。
顔を上げるとちょうど、重そうな何本もの尖った先端が頭上にあり、いかにも雰囲気を盛り上げてくれる。
門の内側には格子のはまったドアと窓が付いていて、窓の奥に槍を持った兵士が見える。
「何を見ている」
いつの間にか俺の番が来ていたようだ。キョロキョロしていた俺に中年の門番が、不審げに聞いてきた。
「えと、私の国にはこういう門構えがなくて珍しくて」
俺はプレートを見せながら答えた。
「確かに聞かない国名だな。それにここら辺の人種じゃなさそうだし」
門番はプレートと俺の顔を交互に見ながら
「あんまり今みたいにジロジロ見ない方がいいぞ。スパイ容疑をかけられるからな。ほらっ、この国のハンターは通行税が免除されるからそのまま通っていいぞ」
そうか、海外でも写真とって逮捕されるって事案があるから気をつけなくちゃ。俺は礼を言って返してもらったプレートをポケットにしまった。
一歩歩こうとして振り返ると、ちょうどもう一人の若い門番のほうが、ヴァリアスに対応するところだった。
「あの、身分証を……」声小っさ。
「……裏から見ろ。大きな声は出すなよ」
そういうとヴァリアスは銀色のプレートを出した。
おずおずと受け取ってプレートを見た、若い男の目がみるみる見開かれる。すぐに表にひっくり返して絶句した。
「言っただろ。騒ぐな」
その押し殺した声がもう強盗のセリフにしか聞こえない。
俺は耳が良くなったから聞こえるようだけど、たぶん彼にしか聞こえないように言っているのだろう。もう一人の門番はこちらを気にしてないようだ。
「いちいち報告しなくていいぞ。あとでちゃんとギルドには顔を出すからな」
さらに押しがこもる。
「は、はいっ分かりました。どうぞお通りください」
少し慌てたその声に中年の門番が振り返るが、ヴァリアスはお構いなしにプレートをひったくってこちらにやって来た。
「何、俺にも見せてくれよ。あと少しゆっくり歩いてくれ」
心なしか速足になってるヴァリアスに、俺は小走りになりながら言った。
ヴァリアスは足取りを緩めてさっきのプレートを渡してくれた。振り返ると門番がこちらの方をチラチラ見ている。
「横道から行くぞ」
そう言うや、すぐ左手の宿屋の角を曲がる。今度はゆっくり歩きながら俺はプレートを見た。それは銀色というより、角度によって七色に光って見えるハンター登録証だったのだが。
「えっ SS !?」
「しっ! 声がでかい」
「すまん。確かにヴァリアスなら当たり前のランクだと思うけど、なんでそんな嫌そうなんだい?」
俺は小声で話した。
「このランクは少ないから行く先々で騒がれる。オレは煩いのは好かん」
「だったら他の身分証を手に入れるとか、違法だけど偽造できるんじゃないのか?」
平気で門を通らずに入れるんだから、それくらいやれそうだけど。
「主(あるじ)が面白いからそのままにしておけとおっしゃられたのだ」
「へっ?」
「まぁこれも主(あるじ)がオレに課した試練なのなら、避けてはならぬものだがな」
いや、それただ面白がられてるだけじゃないのって思ったけど……言えない。
「種族:ヒュームになってるけど、亜人じゃなかったのか」
「なんでだ。普通にヒュームに見えるだろうが」
いや、なんか鬼人とか、魔人て書いてあった方が納得するんだけど、言わないでおこう。
ん、だけどヒュームの後にアクール系って書いてある。何だろこれ。
「なぁ、このアクール系って何だい?」
「一口にヒュームと言っても色々いる。お前のとこでもいろんな人種の人間がいるだろ?
アクール人はオレみたいに、明暗で形の変わる月のような目と多重鋭歯を持った、ヒューム族の祖先の1つにあたる古代種族だ。純血種はもういない。
この血の特徴が現れた奴は、今は北の方に僅かにいるだけだ」
それって地球で言うとクロマニョン人とかネアンデルタール人みたいな事なのかな。
「だけどヴァリアスに似てる種族もヒュームなら、亜人だってヒュームじゃないのか?」
「アイツらはまた祖先が違うんだよ。確かに一昔前まではアクールも亜人に思われていたんだが、学者が化石から分析してヒュームの祖先の1つだって事を発見したんだ。
これは一般常識だから、そのあたりも今度博物館にでも行って教えてやるよ」
博物館ってあるんだ。それはちょっと楽しみかも。
「そういや俺のプレートにも、ヒュームの後ろにベーシス系って書いてあったんだけど、あれもそういう意味か?」
「ベーシスはお前達みたいな姿の人間に、一番直近の古代人だ。ヒュームの80%以上をベーシス系が占めている。ちなみにお前みたいな天然の黒髪は、色素の関係でこの大陸では少数派だ。多くいるのはもっと南の方だな」
「あと出身国のアヴァーロンって?」
「そのアクール系が多くいた北方の小さな島国だった。オレが地上に初めて降りた島だ。あの辺の島国は独立と侵略を繰り返しているから、国が変わって今はもうない」
裏返すと何やらいろいろ注意事項が書いてある。
≪この者を執拗に詮索しないこと≫ ≪無理強いしないこと≫ などなど ≪…以上のことに反した場合、損失を被っても当ギルドは一切責任を負わないものとする≫ 等々。
要は触らぬ神に祟りなしで、気分を損ねて怒らすなよってな事が書いてあった。
「一体何やらかしたんだい?」
俺はプレートを返しながら言った。そのまま右の道にそれる。
「別に人間どもを脅かした訳じゃないぞ。120年くらい前、たまたまオレが地上にいたときに、町を襲ったドラゴンを軽くぶっ飛ばしてやったんだ。
そしたら人間どもが無理矢理これをくれたんだ。貰ってくれないと困るとか言ってな」
そりゃあドラゴンをぶっ飛ばすような奴を野放しには出来ないよな。とは思ったけど口にはしなかった。
しばらく行くと通りの先にギルドのある広場が見えてきた。
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