第12話 ギルドマスター


 ギルドの買取所に入ると、昨日と同じ革エプロン親父が応対してくれた。

「一角兎の解体と買取をお願いしたいんですけど」

 俺は依頼書と一緒に兎をカウンターに出した。


「5匹か。ほう、傷も少ないし、毛皮の状態もいいな。どんな罠でやったんだい? 落とし穴か、網か」

「いえ、罠は使ってません。剣のみで」

「罠無しか。あれっ、そういや兄ちゃん魔法使いだよな。剣のほうが慣れてるのかい?」

 親父が俺のプレートをあらためて見た。。

「いいえ、剣を持ったのは昨日からで、まともな狩りは今日が初めてだったんですけど………。これって上手く狩れてるほうですか?」


「えっ、初めてじゃ大変だったんじゃないか? こいつら必ず複数でいるから、一斉に飛び掛かって来られると面倒なんだよな」

 そうか、スライムと同じFランクなのにキツイなと思ってたけど、普通は罠を使うのか。

「まぁ、危なくなったら一旦茂みとかに隠れて、奴らの視界から消えるのが得策だよ。相手が見えなくなると、すぐ追って来なくなるから」

「そうなんですか?」


 俺はバッと後ろを振り返った。

 ヴァリアスは柱にもたれてこちらを見ていたが、ふと目を逸らした。

 あいつ知ってたな~。


「このサイズの解体料は一匹につき300エルだ。解体してから肉の重さを計るが、毛皮と角はどうする?  もちろんここでも買い取れるぞ」

 もちろん要らないので、全部買取でお願いする。ちなみに内臓や骨は値段はつかないが、処分を頼むと家畜の餌や畑の肥料になるのだそうだ。本当に無駄がない。

「今、他にやってるのがあるから、2,30分かかるがいいか?」

「じゃあ後でまた来ます」

 俺は引き換え番号の入った預かり証のプレートを受け取るとカウンターを離れた。


「2, 30分かかるって」

「うむ、聞こえた」

「兎が増えた時、茂みに隠れれば回避できたみたいだぞ。知ってて教えなかっただろ」

「そうしたら練習にならないだろ。お前なら出来ると思ったからだ」

「とにかく知ってる情報は教えてくれよ」

 確かに回避ばかりしてたかもしれないけど、ちょっと文句が言いたかった。

「時間潰しにどこか店に入るか?」

「うん、いいけど俺、今 食欲ないから軽いもので」


 広場に出ると、相変わらず人通りが多かった。

 いろいろな屋台の他に荷車に品を並べたり、木製の番重ばんじゅうのような箱を、首から紐で下げて食べ物を売っている商人達がいた。

「美味しい美味しいミートパイ、焼き立て1個160エルだよ-」

「美味しくて冷たい、英気を養える水はいかが-、英気を養える水一杯25エルゥ-」

 水なんか売ってるんだと思っていたら、ヴァリアスが声をかけた。


「2杯くれ」

「へい、毎度」

 男は荷車に乗せた樽のコルクを抜くと、木のコップに水を入れて渡してきた。

「ホントだ。美味いこれ。今朝飲んだ果実水より美味しいよ」

 俺は本心で言った。

 今朝の毒消しとは違うが、なんだか体の中が浄化されるような、じんわり染み込んでくる感じがする。


「これは森の水だろう」

「へい、良くお分かりで。東の森の湧き水を汲んできてやす」

 ああ、あそこの森なのかな。空気がいいから水も美味しいのかもしれない。悔しいがヴァリアスは俺の体に合うものをよく分かっている。

 宿で飲む用に、空になったペットボトルにも入れてもらう。


 少し離れてからヴァリアスが言った。

「あの男、空間収納持ちだ」

「そうなのか?」

 振り返ると鎧を身に付けた男達が、水筒らしい革袋を出していた。水売りはさっきと同じように、コップで量りながら革袋に水を入れている。


「樽から水を出しているように見せて、収納から出しているんだ。だからいつまでも冷たいままで保っていられるし、樽よりも多く持ち運びできる」

「確かに。森の中をあんな樽持っていくのは大変だしな。だけどそれなら、わざわざあんな樽なんか用意しないで直接水を出せばいいんじゃないのか? それともそういう恰好が売りなのかい?」


「そう言えば言ってなかったな」

 ヴァリアスが俺を振り返って言った。

「このスキルは特殊系でな、火や水などの基礎系に比べてこれが発現する者は比較的少ないんだ。ヒュームでは約3,500人に1人くらいの割合だ。

 空間収納は個々独自に作られた空間だから、その持ち主が死んだ場合、空間が消滅して中の物は持ち主のいる空間に出現する。

 空間収納者は大切な物を収納している事が多いから、強盗に襲われた場合、間違いなく殺される。

 だから誰が見ているか分からないようなところでは、なるべくこの能力を隠すようにするのが一般的なんだ」


 物騒な世界だな。でも外で財布を見せちゃいけないっていう教訓と一緒だな。それに何も持ってなくても、狙われたら隠してるかも知れないって思われそうだし。

「俺、さっきギルドの買取でおっさんの前で見せちゃったけど、大丈夫かな……?」

 急に不安になった。

「オレがいるから安心しろ。それにこちらが相手より強ければ問題ないんだから、お前が強くなればいいんだ」

 簡単に言ってくれるよなあ。でもこれから独りで生きていくためにも強くならなきゃいけないんだろうなあ。 


「それにしても収納スキルをそうやって仕事に生かしてるんだ。荷物持ち―――シェルパとか出来そうだな」

「アサシンなんかの暗器使いにも有難いスキルだけどな」

「嫌な職業だな! 俺やらないぞ、そんなの」

「別にそんなのにならなくても戦いに有利に使えるぞ」

「もうなんでも戦闘に持ってくるんだな」

 でも確かにいろんな使い道がありそうだな。日本でも仕事になんとか生かせないかな。


 大通りからさっきのように横道に入る。こちらも商店街のようだ。

 2階以上は白塗りだったり茶色のレンガ造りだったりするのだが、1階の店部分だけ赤や緑、黄色や青などカラフルに色塗られている店が多い。

 なんか写真やテレビで見たパリの街並みのようだ。

「大通りもそうだったけどここら辺って小洒落こじゃれてる店が多いから、下町じゃないんだよね?」

「下町なら南側だ。そっちにするか?」

「いや、時間がかかりそうだから、また今度にするよ」


 結局目についた食堂に適当に入った。

 俺は温野菜サラダと果実水にした。ヴァリアスはチーズ入りクロケットとオークのハーブ焼き、エールを注文した。

 果実水はこの店では“ライム水150e”、“エールは220e”だった。大通りよりやや安い程度か。


 ここで30分ほど過ごしてから、再びギルドに向かった。

 俺の腕時計は5時18分を指していた。

 先ほど閉門前の2の鐘が鳴ったのが大体5時頃。閉門は6時くらいらしいが、その前に約30分置きに3回鐘を鳴らして閉門を知らせるのだそうだ。


 なんで閉門前に3回も鳴らすのかと聞いたら、町の外にいる人達にも知らせる為だという。

 1の鐘で遠くにいる者に分かるよう鳴らし、2の鐘でそろそろ戻らないと間に合わないぞと知らせ、3の鐘でいよいよ閉まるぞと警告の意味があるらしい。

 聞こえなかったと言い訳されないように、音をそれぞれ変えているそうで、特に1の鐘は遠くまで聞こえるように低音で打たなくてはいけないのだそうだ。

 これも一般に時計が出回っておらず、庶民に時刻を伝える重要な役割を果たしているらしい。

 ただ、閉門の時間は季節によって変わるらしく、真夏になると7時頃閉門で、逆に冬は5時頃と早まるそうだ。

 なんか中学生の門限みたいだな。


「いくらなんでも閉門の時間が早すぎるんじゃないのか? ネットで調べたら、地球のほうじゃ中世時代は日本もヨーロッパも町の閉門の平均は9時か10時ぐらいだぞ」

「こちらはな、お前のところと比べて特に夜が危険なんだ。夜になると空気中の魔素が地表に下りてくる。そうすると地上の魔物が活発化するんだ。

 だから日が暮れたら警戒のためにすぐに門を閉めてしまうんだ」


 なんか湿気みたいだな。それとも湿気と共に下りてくるのかな。

 でもゲームでも夜はモンスターが凶暴化するっていう設定あったな。漠然と夜だからと思ってたけど、夜行性っていうだけじゃなかったのか。

 それに町に街灯があるとはいえ、庶民はやはり夜は早く寝てしまい、朝は日の出とともに起きるのが普通の習慣ということもあるらしい。

 夜遅くまで起きていて、朝寝ができるのは裕福者か泥棒ぐらいなのだ。だから店も閉門と共に閉まってしまうところが多いそうだ。


 ではさっさとギルドで用を済まして、宿を探さないと見つからないかもしれない。

 ギルドに戻るとさっきの親父が俺の顔を見るとすぐに、出来てると言ってきた。

「肉が全部で205ポムド(約93㎏弱)で1ポムド128エルだから計26,240エル。1匹につき毛皮が720エル、角が90エルなので全部で4,050エル。解体料5匹分1,500エルを差し引いて合計28,790エルだな」


 おお、やはりスライムと比べてそこそこの値段になった。

 内訳と判を押してもらった依頼書を預かり証と交換して2Fに急ぐと、閉門が迫っているせいか結構な人数がごった返していた。

「結構時間かかりそうだな」

「別に待っててもいいぞ。それとも明日出直すか?」

「そうだな、待つのはいいんだけど、宿が見つからなくなるのは困るし。明日にしようか」


 そんな事を話していたら、人込みの中をこちらに向かって歩いてくる赤毛の受付嬢が見えた。

 何だろ、真っ直ぐにこちらに向かってくる。

 彼女は俺もといヴァリアスの前で立ち止まった。


「ヴァリアス様でいらっしゃいますか?」

「ム……」

 ヴァリアスが露骨に嫌そうな顔をした。だが彼女はひるまない。

「恐れ入りますが、身分証をお見せ願えますか?」

 ヴァリアスが面倒くさそうに出した身分証を手に取って、瞬きせずに見ていた彼女は顔を上げると

「お手数ですが、所長達がお会いしたいと申しております。こちらにお越し願えますか?」

 と階段のほうを指した。

 ギルドの所長ってギルドマスターっていうやつかな。俺はちょっと興味をそそられた。

「チッ、アイツ言わなくていいと言っておいたのに」

 左の口元からそこら辺の肉食獣も負けないような牙が見えてる。


「いや、報告、連絡、相談はサラリーマンの義務だから、仕方ないよ」

 なんだか物騒な事しないようにフォローする俺。

「あいにくだがオレ達は急いでいる」

「えっ……お急ぎですか。……ご無理を言って申し訳ありませんが、そこをなんとか来ていただけないでしょうか?」

 なんだか彼女が困るようなので、つい俺は助け船をだしてしまう。


「いや、宿探しなだけだから大丈夫ですよ。見つからなかったら家に帰ればいいだけだし」

「お前、この女の言うことだから……仕方ないな」

 おれはフェミニストなんだよ。彼女はちょっとホッとした顔をして

「お連れ様もぜひ御一緒に」

 はい、はいと俺は彼女の後ろをついて行った。


 4階の応接室らしき部屋に通された。

 俺達を通すと彼女は「少々お待ちください」と言って出て行き、部屋には俺達2人だけが残された。

 部屋の中央には大理石のテーブルと、それを囲むように配置されたソファは、全て黒の革張りで高級品に見えた。

 壁には何の角だか牙だかわからないが、毛の生えた象牙のようなものが5本飾ってある。

 他に虎によく似た動物の毛皮や、ギルドの規約らしいことが書かれた羊皮紙が額に入って飾ってあったが絵画はなかった。


 すると間もなく、ドアをノックする音がして2人の男が入ってきた。

 1人は50代くらいの太った男で、薄いふわふわした髪の毛が残っているだけの頭と見事な卵体型に、ズボンをサスペンダーで釣り上げている姿がハンプティダンプティを連想させた。


 もう1人はあきらかに武闘派を感じさせる、がっしりした40代くらいの男で、黒っぽい焦げ茶の髪に口髭と顎鬚を生やした強面だ。

 背丈もあまりヴァリアスと変わらないかもしれない。

「どうも初めまして、私は当ギルドの所長をしております、トーマスと申します。彼は副長のエッガーです。この度はお忙しいところお呼びだてしてすみません」

 ハンプティならぬトーマス所長はニコニコしつつ、ハンカチで汗を拭きながら前のソファに座った。


「初めまして。彼はヴァリアス、私は蒼也と申します」

 ヴァリアスが喋らないので俺が代わりに挨拶した。

 エッガー副長は俺のほうを見ずに、ヴァリアスのほうをなんだか探るように見ている。

「ソーヤさんはヴァリアスさんの助手の方で?」

「違う。コイツはオレのあるじからゆえあって預かってる者だ」


 ヴァリアスが口を開いた。

 そう人に紹介されるとなんかこそばゆい。

 ちなみにここでの助手とは腕の立つハンターや傭兵などが、仕事の交渉やスケジュールの管理などをさせるエージェントや秘書のようなものらしい。

 確かに俺とこいつじゃランクが違い過ぎだからパーティとは思わないよな。


「……月の目と多重鋭歯、確かにアクール系の方のようですね」

 所長が呟いた。そうしてあらためてヴァリアスの方に体を向けると

「失礼ですが、見事な先祖返りですな。以前私が一度だけ会ったことのあるアクール系の方は、前歯が二重になってるぐらいでしたが………」

「そんなの個体差の範疇だろ」


 するっと、ソファの背にまわしていた手が軽く俺の後頭部に触れた。

『(大体先祖ソックリで当たり前だ。その種を創った時のモデルがオレなんだから、オレがオリジナルなんだよ)』と頭に直接囁いた。


「ではこちら御返しします。恐れ入りますが、少し魔力をこれに流していただけますか?」

 そういうと所長は、さっき彼女に渡したハンタープレートをテーブルに差し出した。

 ヴァリアスが右手をかざすと、それはポウッと一瞬虹色に輝いた。


「ふむ、一応本物っぽいな」

 初めて副長が口を開いた。

「……一応?」


「いや、不作法ですみませんね。私も当ギルドに30年以上おりますが、SSランクの方が来られたのは初めてなものでちょっと驚いておりまして」

 そう言う所長はニコニコ顔で話すが、なんだか目が笑っていない。


「では念のため、こちらにも手を当てて頂けますか?」

 と、30㎝くらいの金属製の鏡のように反射する、楕円形の板状の物をテーブルに置いた。

「なんで今更解析なんかしなくちゃいけないんだ?」

 これって解析道具なのか? でもそれって………。

 隣でギリッと小さく歯を鳴らした音が聞こえきて、俺は緊張した。

 

 なんか不味い展開になりそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る