第13話 ギルドランク詐称


「ただの形式的な確認ですよ。何しろ残っている情報が古いものですから、最新のものに更新したいですし」

 ハンプティダンプティは丸っこい手を擦り合わせた。

「それに何十年も消息不明でしたが今までどうされてました? 少しくらいはどこかに痕跡があってもおかしくないと思うのですが」


「逐一報告する義務はない。何様のつもりだお前ら」

 奴の怒気が静かに伝わってきて、俺はなんだか落ち着かなくなってきた。

 この2人は何か疑ってるみたいだけど、こいつが怖くないのか。それともギルドマスター達って、仕事柄度胸が座ってるのか?


 副長のエッガーが少し前のめりにこちらを見て、含みのある口調でこう言った。

「俺もこう見えて現役の時はS寄りのAランク保持者だった男だ。だがさすがに伝説級のSSランクの強者とは出会った事がない」

 口髭を触りながら僅かに口元を上げて

「失礼ながら一度お手合わせ願えるかな?」


 それを聞いてヴァリアスが軽く下を向いてフッと鼻で笑った。そうしてあらためて2人の方に顔を上げた。

 真横に座っていた俺にはフードのせいで、その時のヴァリアスの表情が見えなかったが、目の前の2人が急に引くのがわかった。 


「……いいぞ。手加減しなくていいならな」

 その時、一瞬だが隣に凄い寒気を感じた。同時に俺の横を何かがブワッと凄い勢いで通り抜けたのを感じた。

 それは猛吹雪の時に、うっかりドアを少し開けてしまった時に吹き込んできた冷気にも似ていた。


 だがそれは冷たいだけではなかったようだ。

 それをまともに浴びた目の前の2人は、ビクンと体を飛び上がらせるとそのまま固まってしまった。


「おい、何やったんだ?!」

「大した事ない。ちょっと威嚇しただけだ。これで戦意喪失すればそれだけの力量ということだろう」

「どうすんだよ! 2人とも固まっちゃってるじゃないか」

「しょうがないなぁ」

 と、ヴァリアスは両手を2人の前に突き出すと、パンッと軽く手を叩いた。


 急に束縛を解かれたかのように、肩で激しく息をする2人。

「ハァ-ッハァ-ッ!いっ息が出来なかったっ!!」

 副長は荒い息をしながら言った。

 所長のほうは急激に息をしてむせてしまっている。

 大丈夫か。体型からして心配になる。

「なんかすみません!」

 俺はオロオロしながらとにかく謝った。


「何故謝る? コイツらが仕掛けてきたんだぞ。

 ん、待てよ。これもお前に剣技を見せる良い機会か。よし、手加減するから相手してやるぞ」

 なんだか1人で納得してるけど、機嫌戻ったからいいか。


 だが、それを聞いた副長はいきなり立ち上がると、勢いよく深々頭を下げた。

「大変失礼いたしました!! 貴方様の技量を確かめるような事を言いましてっ! 申し訳ありませんがお相手遠慮させてくださいっ」

「分かりましたから、顔上げて、座ってください。彼もそんな怒ってないですから」

 俺は慌ててとりなした。本当に助手みたいだ。


「なんだ、やらんのか」

 ヴァリアスがつまらなそうに言った。

「それはまたいつかの機会でいいから。今は大人しく話を聞こうよ」


 副長はもう一礼すると額を手で拭いながら腰を下ろした。

 所長も少し落ち着いてきたらしく、まだ震えるハンカチで口を拭きながら呟いた。

「……地獄の門が開いたのかと思った……」

 先ほどまでの威圧のある雰囲気はどこへやら、かしこまって座りなおした2人に

「今回はコイツに免じて許してやるが、他のSSだったら只じゃ済まなかったぞ。あと、隠し部屋と天井の奴らを追い払えっ。目障りだ」


 副長がハァーと息を吐くと、ゆっくり左手を挙げた。

「恐れ入りました……。皆、悪いが戻ってくれ。たぶん大丈夫だ……」

 パチンっとヴァリアスが指を鳴らした。まわりの空気が少し変わったような気がした。


金縛りバインドを解いた。さっさと出てけ」

 俺の後ろの壁と頭の上で、微かになにか動く気配がしてすぐ消えた。

 俺は天井や後ろに首を回した。

「護衛がいたのか。全然気がつかなかったよ」

「お前にはまだ無理だな。アイツら隠蔽の得意なアサシン系だったから」

 あらためてギルド長達に向き直ると、ふんぞり返るように足を組みなおした。


「さっきも言ったがオレ達は急いでいる。用があるならさっさと言え」

「大変失礼いたしました! 本当に申し訳ございません。………実はお聞き及びかもしれませんが、昨今SSランクの方の偽物が出回りまして……」

 所長が再びかき始めた汗を拭きながら頭を下げた。

「ほう、オレのようなのをかたる者が出たか」

 ヴァリアスが少し興味を持ったようだ。


「ご存知の通りSSランクの方達は圧倒的に数が少なくて、しかも消息がしれなくなる方が多く、情報が少ないところを利用してくるようです」

「なんで消息が分からなくなるんですか? やはり戦いとかでどこかで命を落とすとか?」

 そういう人物は、どこでも目立ってすぐに居場所が分かりそうな感じだが。


「おそらくオレと同じようなものだろう」

 ヴァリアスが言った。

「ハンターになるような者は比較的、自由気ままな生活を好む。それがどこに行っても監視されるように声がかかれば、いい加減嫌になるんじゃないのか。

 大方、別の身分証を手に入れたり、変装して行方をくらましているんだろう」

 ふーん、解散時のキャンディーズみたいな(?)気持ちなのかな。そうするとあのプレートの注意事項の意味も変わってくるな。


「しかも最近は姿を偽装したり、巧妙に本物のハンタープレートを加工してきて、本人認証の魔力通しによるプレートの反応もあるので、分かりづらくなっております」

 さっきのプレートが光ったのって本人認証なんだ。

 俺はテーブルの下で、こっそり自分のプレートを出して魔力を流してみた。俺のは光らないな。


「お前のはまだ仮登録だから認証されないぞ」

 ヴァリアスに見透かされていた。

「そういった奴らはそのプレートを保証に行く先々で、タダで飲み食いし金を借り、散々村や町、総出で持て成しを受けてから突然姿をくらます。依頼料を先払いしたのに連絡がつかなくなったと、ギルドにも被害届けがきましてね」

 副長が苦々しそうに話を引き継いだ。


「以前、俺が出会って捕まえた奴は、貴方様のではないですが、同じくSSのプレートをカタに大金を借りようとしてましてね。怪しんだ店主の通報で発覚しました。SSどころかBランクの輩でしたがね」

「Bランクごときがかっ!?」

 怒るとこそこ?


「それに貴方様の情報もここ70年近く絶たれておりましたので、確認をと思い、つい大変ご無礼いたしました。ちなみにこの70年間どうされていたのですか?」

「地上から離れていた」

「「はっ?」」

「すいません、あまり詮索しないでください。説明が難しいんです」

 たぶん言葉通りなのだろう。俺は代わって弁護した。

「わかりました。貴方様が今ここにいらっしゃるのですから、細かいことは聞きません」

 良かった空気読んでくれて。


「先程、あるじとおっしゃってましたが、どなたかに仕えてらっしゃるのですか?」

「名前は言えないがとても偉大な方とだけ言っておく」

 2人は顔を見合わせた。

 もう何処かの王様とか思ってそうな感じがするが、ここは勝手に判断してもらうしかない。

「ところでこの街に来られたのは、どのような御用でいらしたのですか?」と所長。

 ヴァリアスは俺の肩に手を回して、前に少し押すようにしながら

「コイツをこの国の生活に慣らすためにきた。見ての通り異文化の国から来ている。ひとまずハンター登録をして依頼をおこなっていたところだ」

 なんかまじまじ2人に見られて少し落ち着かない。


「では、しばらくご滞在で?」

 顔色を伺うように、ハンプティダンプティが訊ねてきた。

「そのつもりだが、騒がれたらさっさと出ていくぞ。オレは煩いのは嫌いだ。

 大体オレは自分からハンターになりたくてなった訳じゃないからな。

 お前達が勝手に登録したんだろうがっ。その事も記録にあるはずだ」

 少し怒気を押し殺したようなサメ男の物言いに、また2人が姿勢を正した。


「……分かりました。貴方様のことは極力余計な干渉をしないよう、上の方に連絡させて頂きます」

 所長がどっと吹き出した汗を、またせわしなくハンカチで拭いた。

 俺はふと思った疑問を聞いてみた。


「そのカードってそんなに簡単に偽造できるんですか? カードに書いてある情報ってそんな細かくないけど、ちょっとでも違う内容があったらバレますよね?」

「カードを偽造する奴らは、まず情報屋から情報を買います。情報屋はそういう身分のありそうな人に近づいて、言葉巧みに身分証を見せてもらったりするんですな。

 その時プレートでしたら粘土板を使います」

 所長は丸っこい手でプレートを持った手に見立てた右手を、左手の平に押し付けた。


「プレートは基本、記載事項が溝状になってますから、こうして粘土に型を残すのです。羊皮紙などの紙状の場合は、似たようなものを用意しておきすり替えます。そうして短時間で仲間が内容を書き写すか、もしくは転写で写してまた本物に戻しておきます」

 怖っ! 泥棒が鍵をコピーするやり方に似ているよ。どこの世界でも犯罪ってあの手この手で狙ってくるんだな。気をつけなくちゃ。


 エッガー副長がおずおずと訊いてきた。

「ところで、本日のご宿泊先はどちらに?」

「まだ決めてない。これから探すところをお前らに呼び止められたんだ。

 もう閉門の時刻だろう? もし宿が見つからなかったらオレは道端でもいいが、コイツが嫌がるしなぁ。どうしたものかなぁ」

 ヴァリアスがワザとらしく、腕を組みながら天井を仰いだ。

 確かに野宿もアレだけど、道端ってそれこそホームレスみたいだし、家帰る一択だな。


 するとトーマス所長が少し前のめりになりながら

「まだお決まりでないのでしたら、ギルド指定の宿ではいかかでしょうか? こういうのときのために常時借りている部屋がございます。

 上宿とは言えませんが、御休みいただける事はできるかと存じますが」

「どうする? 蒼也」

「泊れるなら、それでいいよ。ギルドの指定なら悪くなさそうだし」

「もちろん宿代は結構です。これも疑いましたご迷惑料ですから」

 所長が揉み手をしながら言ってきた。

「えっ、これぐらいでそういう訳には」

「いいから、ここは遠慮せず受けておけ。では案内してもらおうか」

 これは宿用意してもらえるのわかってたな~。


 所長自ら、宿に案内してもらうことになった。

 ギルドの建物を出て広場に出ると、そのまま噴水の前を横切る。

「こちらです」

 そこはハンターギルドの斜め向かいの、ギルドに勝るとも劣らない大きな建物だった。

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