第7話 ドードーを食べてみた

 日中は気が付かなかったが、通りの所々にガス灯のような街路灯が立っていた。

 おかげで通りは薄暗いながらも、建物の壁や脇に置かれた樽や荷車の姿を照らし出し、闇夜で物にぶつかるという事は無さそうだった。


 ただ昼間と違って人通りがほとんどない。

 たまにぽつぽつとすれ違うぐらいだ。

 一瞬、映画で見た19世紀のロンドンの夜のようだと思った。

 もちろん霧はないが。


「ギルドはもう通常業務が終わっているだろうから、行くのは明日でもいいだろう」

 ヴァリアスが俺に歩調を合わせながら言ってきた。

 俺も今日は色々あって、もうあまり動きたくなかった。それになんだか腹が減ってきた。

「どこかご飯食べれるところあるかな。なんだかあちこちみんな閉まってるようだけど、やってる店とかあるのかな」

 確か中世は寝るのも早かったはずだ。

 みんな閉門と同時に家に帰って、9時か10時頃には寝てしまうんじゃなかったか。

「大通りなら何軒かやってるはずだ。ほらっ」


 確かに先の通りに、明かりが漏れている店がポツポツ見えてきた。

 ドアは閉めているが、窓を開け放しているので、人の笑い声やざわめきがよく聞こえてくる。

 中を覗くとやはり食堂のようで、いくつかの木の長テーブルに客が座って食事をしていた。

 俺たちも中に入ると空いている窓際のテーブルに着いた。


「いらっしゃいませー」

 すかさず給仕の女の子がやって来て、A4くらいの薄い木板を置いていく。

 これがメニューなのか。

 やっぱりギルドの時と同じように書いてあるものが読める。

 飲み物の項目にビールらしいのがあったが、お馴染みの“エール”となっていた。


「こちらのビールって、やっぱりエールっていうんだね」

 俺はメニューを指しながら、ちょっと感心した。

 中世ヨーロッパモノ定番のお酒だ。

「こちらにもお前のとこのようなラガービールもあるんだが、エールと比べて醸造に時間と手間がかかるから、高くて庶民にはあまり出回ってないな。あるのは貴族街の高級レストランとかだ。

 それより何にする?」


 俺はもう一度メニューを見た。

 知ってるような名前で『ドードーの塩焼き』というのに目がいった。


 このドードーって、地球では絶滅したあのデカい鳥のことか?

 普通に鶏肉ってないのかな。

 ざっと見たところ鶏はないようで、肉らしき名称はドードー鳥とオーク、ブルーバックブルというのがあった。

 比較的ドードーを使ったメニューが多かったので、常用食材なのかもしれない。


「えーと俺は、この『ドードー鳥と季節の野菜のシチュー』と黒パンで」

「オレは『ブルソテーとソーセージの盛り合わせ』と、あとエールを2つくれ」


 給仕の娘がメニューを持って戻っていったあと、窓の外をあらためて眺めた。


 薄明りにボンヤリ照らし出された、石畳と赤茶色のレンガ造りの家並みを見ていると、なんだかどこかの映画村にいるんじゃないかと思えてくる。

 ほんの数時間前まで東京のアパートにいたのに、本当に異国どころか異世界なのだろうか。

 オレンジ色の街灯の明かりに浮かび上がる情景が、なんだか夢を見ている気分になる。


「まずは簡単にここの説明をしておくか。

 この星には7つの大陸があってな、ここはレーヴェという大陸の国の1つ、エフティシア王国のギーレンという町だ。

 比較的治安が良いほうだし、人種差別も無いので初めの第一歩にここを選んだ」

 ヴァリアスの声で意識を戻した。

 少なくとも目の前にいるサメ男は現実のようだ。


 俺は手帳を取り出してメモしていく。

「この星の人種はお前のような一般的な人間のヒューム族が約92%、ドワーフやエルフ、獣人などの亜人が7%、魔族が0.0003%、残りがミックスとかだな。

 本来ヒューム族は100年前後の生物寿命があるんだが、戦争とか疫病とかでこの国の実際の平均寿命は65前後だ。

 もちろん国によって大幅に違うし、細かい事言うと、ヒュームには亜人に近い人種も少数いる。亜人は生物的には300から450年くらいで、数が少ない分、寿命は長くしてある」


「そういや、こちらの通貨は?」

「この大陸の共通通貨は『e=エル』という。まずこの鉄貨が 1エルだ」

 テーブルの上に、1円玉のようなサイズの黒っぽいコインをおく。

「10エルで銅貨、100エルで大銅貨、1,000エルで銀貨になる」

 大銅貨は銅貨よりひとまわり大きくて、500円玉くらいか。

 銀貨は銅貨と同じくらいのサイズだけど、やっぱりシルバーって感じだな。

「1万エルで大銀貨、10万エルで金貨、100万エルで大金貨、1,000万エルで白金貨、1億………」


「ちょっ、ちょっとっ! もういい! てか、こんなとこでお金出さないで、怖いからっ」

「何を焦っている。オレは盗まれたりしないぞ」

「わかってるよ、なんか、とりあえず通貨はわかったよっ」

 こんな人がいっぱいいるとこでお金を広げるって、なんか気が気じゃないぜ。


 ちょうど女の子がエールの入ったジョッキと料理を運んできた。

 運ばれてきたシチューは、普通に色とりどりの野菜と鳥肉を煮込んだものに見えた。

 頼んだあとだが、ふと聞いてみた。


「ドードーって同じ名前の鳥がこっち地球にもいたんだけど、似たような鳥なのか?」

「そうだ。お前のとこにもいたらしいな」

 それで思い出したが、ドードー鳥って、硬くて不味いって言われてたんじゃなかったけ? 

 大丈夫なのかこれ。 

 もしかして味覚が、こちらとは違うのかもしれないという考えが、今更ながら頭をよぎった。

 頼んでしまったものは仕方がない。自分の分くらいはなんとか食べないと、勿体ないお化けが出そうだ。


 とりあえずスープ。

 野菜の出汁がよく出ていてちゃんと塩味もついている。ベースがこれなら味覚はそんな違わないかも。

 それで肝心のドードーは……。

 あれっ 美味い。普通に鶏肉だこれ。硬くないし、モモ肉かな。それも昔 会社の忘年会で食べた水炊きの地鶏に似てる。

 悪くないどころか良いんじゃないか。


「どうだ、味は? 食べられそうか?」

 ヴァリアスがジッと俺の目を見ながら訊いてきた。

「美味しいよっ。ちょっと怖かったけど、これ普通にレストランのスープだね。

 ドードーって、地球じゃ不味いって言われてたのに、こっちのは美味いんだ」

 俺はまた感心して言った。

「そりゃあ全く同じものではないからな。それにこれは食用として改良種だ。一般的に良く飼われている家畜の一種だよ」

 へぇー、地球でもそうすれば、絶滅させなかったかもしれないのに。


 野菜もホックリしてたり、青味のある甘さがあったり、なかなか旨い。

 黒パンもかじってみた。

 やはりちょっと硬めの全粒粉パンといった感じだが、噛みしめると穀物の味わいが広がってくる。

 そこにソーセージの盛り合わせが運ばれてきた。


 なんか結構な山盛りなんだけど、これで2人分なのかな。

 食えと、俺のほうにソーセージが押し出された。

 ちょっとハーブのクセがあるけど、それほど苦手じゃない。慣れれば美味しいほうかも。

 そんなソーセージを突っつきながらエールを飲む。

 うん、ちょっとフルーツ系の匂いがするけど飲みやすいな。ソーセージとも合うし。

 それに結構冷えているじゃないか。


「意外と冷えてるんだな。もっと生ぬるいのかと思ってた」

 井戸とかで冷やすのだろうか。

「今はな、魔道具で人工の氷室が作られてるんだ。一般家庭にはまだ浸透していないが、こういった店とかではよく使われるようになってきているぞ。

 ただエールは、もう少し常温に近いほうが香りが良いんだがな、最近冷やして飲むのが流行りになっているんだ」

 ふーん、冷蔵庫みたいなもんかな。

 なんにしろビールがぬるくないのは有難い。


「どうだこちらの食事は。口に合うか?」

「うん、思ったよりずっと美味しいよ」

 俺は本心から言いながら、またドードーの肉を口に入れた。

 まだこの一食だけだけど、食事が美味しいのは良い事だ。

 ちょっと行儀悪いかもしれないが、ちぎった黒パンをスープに付けて食べたりした。

 今日は久々に運動して腹もかなり空いていたので、俺は異世界初の食事を味わいつつ、勢いよくバクバク食べた。 


「ところで、こっちの物価ってどうなんだろう。月平均いくらくらい生活費かかるのかな?」

 やっぱり物価や生活費は気になる。

 こっちに住めと言われてるのだから尚更だ。


「まぁ国によっても違うが、ここいらの中流家庭だと借り家が多いからな。

 平均家庭4人で、贅沢しなければ12万から15万といったとこだな」

「そうか、俺は独りだから7万ぐらいでいけるかなぁ……」

「うん? 金のことは心配するな。あるじもそのつもりだぞ」

「有難いけど、いつまでもそういう訳にはいかないだろ。やっぱ自立しないとさ、落ち着かないし。

 ただ、こちらでもまだ何ができるかわからないしなぁ」


 ゲームじゃないんだから、実際どうしたものか。住むとなったら、まず住居を確保しなくちゃ。

 ああそれと仕事だよな、仕事……。


「とりあえずハンターを続けてみてはどうだ? あれなら元手はかからんぞ。体一つでできる仕事だからな。兵士や傭兵をやるより自由にできるぞ。

 魔物を狩って売るもよし、ダンジョンで宝探しをしたり、調査や護衛の依頼を受けたりとかいろいろな仕事があるしな」

「いや、元手かかるだろ。装備とか武器とかいるじゃないか」

「さっき剣は買ったろう。それに本来は力さえあれば棒きれだけでもいい、素手でもいいくらいだ」


「無理だよっ! そんな無双できるわけないだろ。というか、俺は穏便に暮らしたいんだよ。

 そんな痛い目や怖い目に合いそうな仕事はしたくないよ。なにかもっと無難な仕事がいいよ」

 俺は地球でも争いごとは避けてきたんだ。

 普通の一般市民として生活出来ればいいんだから。


「大丈夫だっ! オレがいるから立派なハンターにしてやるぞ。

 それにオレは戦い方は指導できるが、それ以外はよくわからんぞ」

 えぇーっ それって駄目じゃん!

 身分証といい、初めから俺をハンターにする気なのかー?


「あの……父さ、いや創造神様って、俺のことハンターにしたいのかな?」

 俺はちょっと不安になって訊いてみた。

「いや……あるじはお前に自由に生きてほしいそうだ。

 そのための指導と保護をされている。

 まぁとりあえず色々やってみればいいじゃないか。

 おいっエールを2つ追加だ」


 神様ーッ 人選ミスです! なんでこのヒトを送って寄越しちゃったのかな?! 

 なんかハンター一択のような気がするんだけど……。


 一抹の不安を感じながら俺は新しいエールを飲み込んだ。

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