第144話☆ 兆しの出会いとセイレーンの歌姫


「いつの間に?」

「さっきそこの橋を渡ったあたりからついて来てたぞ」

 奴が斜め後ろに見える大きな橋を目で示した。気付いてたなら言えよ。

「いや、こいつは気が付きやせんでした」

 チコもちょっとおっかなびっくり、山猫から離れる。

 猫はさっきのダンジョンで見たのと同じ蔓山猫だった。


「なんだ。あんた達の従魔じゃないのか」

 ちょっとまだ疑わしそうに警吏が訊いてくる。

「ええ、全然。いつ付いて来たのか気が付きませんでしたけど」

「しょうがないな。こんな人混みで放し飼いにしやがって」

 そう言いながら仮面の警吏が、猫の首を掴もうとした。首には厚手の赤い布がスカーフのように巻いてあるが、後ろ側に大きめな輪が付いていた。


『フーッ』

 急に山猫が短い毛を逆立てるように、頭を低くし腰を高く持ち上げた。折れた耳が後ろを向く。

 警戒する姿が猫そっくりだ。

「ほら、大人しく来い。面倒かけるとどうなるか、お前蔓山猫も分かるだろ?」

 蔓山猫は接触テレパスだが、近い距離なら非接触でも感応は可能らしい。だから警吏から発する威圧感を素早く感じ取ると、急に俺の後ろに回り込んだ。これじゃ俺の従魔みたいだ。

「おい、言う事聞かないと、本当に痛い目みるぞ」

 伸ばした右手から少しだが、電流が蠢いているのを感じた。


 俺の後ろにくっついてる山猫から、警戒心と推測する相手の強さが伝わってくる。

 警吏は通常、強力な護符を付けているから解析出来ないが、それでも彼が強い電の使い手だと俺も本能的に感じとれた。


「あの、もしこの子、そちらで保護されたらどうなるんです?」

 こっちでも保健所みたいなのはあるのだろうか。

「そりゃ規則通り、1日 辻番(ここでは交番のようなもの)に置いといて、飼い主が来なかったら、魔物商か肉屋に引き渡すだけだ」


「えっ 肉屋 !?」

「蒼也、こっちじゃ当たり前だぞ。元々魔物の肉だって売ってるだろ」

「そりゃそうだけど、誰かのペットをそんな簡単に肉に……。しかもたった1日で」

「辻番にいつまでも置いておく場所なんかないからな。ほらっ、お前もわずらわすな」

 仮面の下の金色の目は、三日月型だった。おそらく豹かトラとかの猫系の獣人なんだろう。同じような猫系なら、もうちょっと猫を大事にしてほしい。


 猫は逃げないが、俺の後ろに回り込んでピッタリくっついてくる。触れる触手から『ヤダ ヤダ 行きたくないっ』というような感情が流れ込んできた。

 どうしよう。このまま最悪、飼い主が現われなくて、この子が肉にされるのは嫌だなあ。

 このまま俺が貰っちゃうとか……。そんな考えが浮かんだ。


「ポー、ポー、どこ行ったんだぁー?」

 男の声と共に山猫がくるっと顔を動かした。

『ミャアァーーー』

「ポー、こんなとこにっ」

 橋のところから若い男が、人混みを掻き分けながら慌ててやってきた。


「この山猫はあんたのか? この人混みの中で、紐無しで連れ歩いたのか」

 ジロっと仮面の下の金目が、若い男を睨んだ。

「すいません……。紐が街灯に絡んじゃったので、解いていたら勝手に行ってしまって……」

 男は栗色の頭を下げた。手にはスカーフと同じ赤い紐を握っている。

「何か起こった後じゃ、そんな言いわけ通用しないぞ。まあ、今回は見逃してやる。ちゃんと繋いでおけよ」

 警吏は飼い主に軽く注意すると、また銀行の方に歩いて行った。


 すると急に警吏の着けていた仮面がスルッと滑り落ちた。どうやら紐が解けたらしい。

 慌てて空中でキャッチすると、ちょっと訝しそうにフードを脱いで仮面を付け直した。

「あれ、あの人ユエリアンだったのか」

 犬のお巡りさんならぬ獣人の警吏と思っていたが、チラッと見えた顔はヒューム系だった。


「お前、奴を獣人と決めつけてたろ? そういう先入観を持ったモノの見方は良くないぞ。重大な場面で判断ミスにつながるからな」

 うぬ~っ、言い返せねぇ。

 大体、今のだってあんたがやったんだろう。自分の系統にはちょっかい出すからなあ。


「すいません。この子、優しそうな人についてく癖があって」

 飼い主の若い男は俺たちにあらためて頭を下げた。

「餌をくれそうな奴の間違いだろ?」

 俺たちは通行する人たちの邪魔にならないように、アパートの壁前に移動していた。

「いえ、そんな、失礼なことは……」

「コイツの服にはあの『ワイルドターキー』の匂いがついてるからな。それにひかれたんだろ」

 そうか、だけどそんなに匂ってるのか? 俺も服の匂いを嗅いでみるが全然わからん。


『ミャウゥーン』

 また山猫が俺の腰にすりついてきた。

 あらためてよく見ると、山猫の耳は犬のように折れていて、丸い頭がさらにまん丸になっている。

 この可愛さはもう反則ワザだな。


「ちょっと餌あげていいですか?」

 俺はさっき買った例のフリッターの入った袋を取り出した。猫はさらに嬉しそうに声をだす。

『 美味しいモノちょうだ~い 食べた~い 』

 おお、すげえ可愛い声。愛おしさ倍増だ。

 気が付くと猫が袋に顔を突っ込んでいた。


「あっ、ポー! ダメだよっ そんなに」

「いや、良いですよ、全然。元々猫にあげるつもりだったし。その代わり……」

「はい?」

「撫でててもいいですか?」

「あ、良いですよ。それくらい」


 猫が夢中で食べている時にアレだが、背中や頭を触らせてもらった。

 うわぁ、スゲー気持ちいい毛並み。まるでベルベットのようだ。紺色の短毛はスベスベしていて、当たり前だが暖かい。それにビックサイズだけあって、太ってて抱きがいがある。

 いいなあ、やっぱ動物は。(魔物だけど)

 俺も本気でペット飼おうかなあ~。


「おい、そろそろ行くぞ」

 奴に促されて猫から手を離すと、ちょっとまだ未練があったが俺たちはそこで別れた。

 もっとモフりたかったと後ろ髪を引かれたが、そのせいなのか、縁があったのか、彼らとは後にまた会う事になる。


 俺たちの今いるところは新市街地だそうで、旧市街に比べて華やかな店や大きな建物が多いんだとチコが説明した。

 旧市街を知らないから比べられないが、確かに明るい色の壁や屋根、比較的背の高い建物が多い。その割に王都でも見た、後から継ぎ足して作ったような、チグハグの形をした感じの建物がほとんどなかった。

 みな始めから住民増加を見越して、大きく作られているようだ。

 通りも比較的幅広く設けられていて、広場には必ずパフォーマンスをする大道芸人たちが、人々の喝采を浴びていた。

 エンリコもどこかで風船男を見せているのだろうか。


 そんな風に俺があちこちに寄り道をしたせいで、まだチコの会社にも行かないうちに閉門の鐘が鳴りだした。

 いつの間にかあの紙吹雪も消えていた。

 その代わりにあちこちから、ポン! ポン! と何かを打ち上げている音がし始めた。

 見上げると深い青に染まりだした空に、幾つかの花火が打ち上げられていた。

 頭上のそれは、大輪の5色のバラのような花を模して、開き切った炎の花弁はそのまま、5色の鱗を持つ大きな魚に姿を変えて優美に宙を泳いでいく。

 前に魔法試験でやらされた、火魔法の応用だろうか。

 夜はあの紙吹雪はないようだが、代わりに花火が夜空を飾るらしい。


 地球ならプロジェクションマッピングで出来るかも知れないが、こちらは本物の炎。やはりリアルさが違う。

 地球の花火大会に出場したら、文句なく一位になりそうだ。


 などと思いながら上空を見ていたら

「おい、そろそろ酒場に案内しろよ。テーブルが埋まっちまうだろうが」

 酒が切れてきたドランクシャークが焦れてきた。

「へ、へぇ、さいですが、実はこれからメインイベントのパレードがあるんで……」

「メインイベント? どんなのですか」

「あのベランジェール嬢の『セイレーンの歌姫』でやすよ」

 如何にもどうだと言わんばかりに、得意顔をしてチコが言い放ったが、俺は『誰?』としか思えなかった。


「えっ、旦那方はあのべランジュール嬢を知らないんでやすかぁ??」

 凄く意外と言った顔をされた。

「もちろんオレは知ってる。ただ興味はないがな」

 そう言いながら俺の方に顎でしゃくった。

「コイツはお前が思ってる以上に遠くから来てるからな。そういう有名人に疎いんだ」

 近隣諸国では、知らない者はいないという神の愛姫をですかいと、チコが不思議そうに俺の顔を見た。

 なんでも類まれなる美声と演技力で知られた女優で、その名は大陸中に広く知れ渡っているというぐらいのスーパースターだそうだ。


「へー、そんなに歌が上手い人なんですか」

『(ヴァリアス、本当に神様に愛されてるような歌手なのか?)』

『(まあな。あの女は本来は水と光の使い手なんだが、オスクリダール闇の神様のお手付きでな、そのせいもあって神の駕籠を受けている)』

 本当に神様の愛人ラマンなのかよ。闇の神様っていうと、リブリース様の主か。

 親が親ならその子もって感じなのか。


「普段は王族や貴族の宴にしか出ませんからね。今回は創立50年祭という事もあって、根回しと金を使って呼んだらしいですよ」

「で、演目がその『セイレーンの歌姫』っていうのは、泳ぎながら歌うとか?」

 まさかセイレーンの鳴き声を真似するわけじゃあるまい。

「どうせ水槽に入った水使いの女が、薄衣でも着て水中で歌うんだろ」

 奴がさも興味なさげに言った。

「ふーん……えっ、それはちょっと見てみたいぞ」

 水の中で薄衣って、ちょっとセイレーンぽいじゃないか。しかも今度は人間の女らしいし。だけどそんなアダルティなパレードって、子供に見せてもいいのだろうか?

 これはぜひ確認しなくてはならないな。


「ご興味が湧きやしたか?」

 俺の顔を見てチコがニンマリ笑う。

「ええ、そんな滅多に見られない催し物なら、ぜひ旅の思い出にしたいです」

 隣で面白くなさそうな顔をした奴に

「いいだろ、たまにはこれくらい自由にしても。酒は逃げていきやしないよ」

「へぇ、おいらの行きつけの酒場なんで、席の方はなんとか出来やすよ。それと……」


 少し奴の顔色を伺うように、チコがショルダーバッグから、例の石をチラッと取り出した。

「こいつで、その歌姫だけを撮っときたいんでやすが……」

 ああ、取材したかったんだな。だからちょっと食い下がってきたのか。

「オレ達を撮らなければ別に構わん」

「やっ、こりゃあ、有難うでやすっ。じゃあパレードはこっちでさあ」

 少し喜色を浮かべて、チコが川の見える通りに向かって歩き出した。


 マルタ通りという道標のある角を曲がると、左手に橋が見える通りに出た。

 閉門後だというのに、道を行く人の数はちっとも減ってないように見える。ランタン祭りの時もそうだったが、やはり祭りの夜は特別なようだ。

「ほら、ちょうど来やしたよ」

 そう言われて俺は左に首を回した。


 川面から濃い霧が立ち昇ってきた。

 その霧はどんどんと厚い層を作り、橋の上を覆っていく。

 するうちにホルンのような高らかな音が鳴り響いた。

 霧の中に何かの影が映る。


 それはゆっくり濃霧の中から姿を現した。


 始めに現れたのは8頭の巨大な馬だった。

 大きさは普通の荷馬車馬の1.5倍はあるだろう。みな白地に所々水色に艶めく肌をしている。

 いや、下半身にかけてその皮膚はハッキリと鱗模様になっていた。後ろ足は完全に鱗に覆われている。たなびくアクアマリンのたてがみの中に背びれが見える。濃霧が体のまわりを覆っているため見えたり、隠れたりだが、明らかに普通の馬ではない。


「ケルピアンだな」

 ヴァリアスが言った。

ケルピー水棲馬と地上馬のミックスだ。地上は元より、水中でも何時間も行動できる両生類だよ。比較的珍しい種なのによく8頭も集めたもんだ」

「町長のジゲー家の力でやすよ。今回の歌姫だってよく出演してもらえたもんでやす」

 その歌姫は?


 馬に続いて濃霧の塊から荷台の先端が見えてきた。

 大きな船の形をしているらしく、舳先には大きな角笛を吹く下半身が魚の男の人魚象がついていた。魔物図鑑で見た魔族『トリトーン』だ。

 もちろんこいつが先程のホルンを吹いているわけではなく、船に乗っている楽師たちだ。

 船の中央にはまだ濃霧が10m以上の高さでまとわりつき、何かを隠していた。その左右に楽師たちがホルンを高らかに吹いている。

 やがてそれが止むと同時に、高く立ち込めていた霧が薄れて、隠れていたものが姿を現した。


 それは巨大な蕾のような形をした水槽だった。

 縁ギリギリまで水が満たされた中には、すでに4人の女が泳いでいた。

 セイレーンのように深いダークグリーンの長い髪をくゆらし、あの長いヒレの代わりに薄水色の布を巻くように身につけていた。水の精たちがゆっくりと優美に回転しながら泳ぐ、その水槽の縁に彼女がいた。


「ベラ、ベラァ」

「ベラーッ」

「ベランジェールゥ」

 あちこちから声が上がる。

 水槽の縁に座って、微笑みながら集まった人々に右手を振る彼女は、淡い金髪を長く垂らしていた。ちょっと気だるげな瞳には、コバルトブルーに金と赤の指し色が入り、まるで宝石のような光を映していた。

 パール色の薄衣をまとった彼女は、他の豊満なセイレーン達に比べると、とても華奢に見えた。


 ホルンを止めた楽師たちの1人が、今度は大きな2連装のハープを弾き出した。

 水を打ったようにまわりが静かになる。

 同時にベラと呼ばれた歌姫が、音もたてずに水中にするりと入っていった。


 それは聞いたこともないような音色だった。

 女性の声として高いのだが、ボーイソプラノのようにどこか瑞々しく、甘いのに嫌味にならずに、どこかそのまま溶け込むように流れてくる。

 俺はオペラや声楽は疎いが、これはまた格別だと思った。

 天上の声とはこういう事なのかもしれない。

 とにかく単純に美しい声という、形容詞だけで片付けるのはもったいないと思った。

 まわりのセイレーン達も、時折コーラスとして綺麗な声を発する。みんな水中で歌っているのに、ぶれる事なく、鮮明に、いや、より体に直接響いてくるように感じる。

 どうやってるんだろう?


 彼女たちは本当に人魚のように一度も水面に上がらず、そのまま水中で歌い続ける。その魅惑的な唇から時折気泡がもれると、水中に模様を描くように上がっていく。

 そうして水面で消えずにそのまま、空中に浮かび上がっていくと、途中で弾けて音を出した。

 リフレイン――― それは彼女の発した声が入った水玉だった。

 弾けて散る際に、一小節分の声を発して消えていく。それが歌と丁度良く合って、リフレイン効果を上げていくのだ。

 それが女神の声を2重にし、さらなる天の芸術を織り出していた。


 ボーっと一曲は聞き入ってしまった。

 ハッと気がつくと周りから嵐のような拍手や、彼女の名を呼ぶ声がしていた。

 パレードはゆっくりと進み、すでに俺たちの前を通り過ぎていくところだった。

 少しの間を置いて再び2曲めが始まる頃に、俺はふと気が付いた。


「あれ、あの歌姫、どこかで見た事がある」

 初めて見る人なのに、確かに見た事がある。どこだっけ。

「彼女はこの国の5本の指に入る大女優でもありやすからね。直接見なくてもポスターか何かで見たんじゃないですかい」

 記憶石を前に構えながらチコが言った。


 ああ、思い出した。

 前にポルクルの部屋に貼ってあったポスターだ。古い映画女優のようだと思っていたが、あれは彼女のだったのか。

 となるとポルクルも一度は生で彼女を見て、歌を聞いた事があるのだろうか。

 今度会ったら今日の事を教えてやろう。羨ましがるかな。


 俺は再び流れてきた歌に心をゆだねながら、他の人々達同様このイベントを楽しんだ。

 この時、すでに奴は気付いていたのだろうか。

 

 この夢のような祭りの思い出が、後で一生忘れられない事件に繋がっていくのを。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




『蔓山猫のポー』

 ポーのイメージイラストを近況ノートにアップしました。↓

 イメージを壊したくない人はスルーしてください💦


https://kakuyomu.jp/users/aota_sorako/news/16817139556158802116

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