第143話☆ 記念祭の町 バレンティア(Valentia)
『パレプセト』から『バレンティア』までは大河を挟んでいたので、また長い長い橋を渡らなくてはいけなかったが、今度はチコもいるので駅馬車で行くことになった。
チコを背負って走って行けというヤツの提案を、俺が断固として断ったからだ。
エンリコの時はまだ田舎道という感じだったし、人もさほど多くはなかったが、バレンティアに向かう街道は人通りも多くて気恥ずかしかったからだ。
それに町への観光客も増えて、今期間 臨時便の馬車が増えていることもあり、馬車は待ち時間なくすぐに出発した。
馬車は下に12人、上に荷物置きと椅子を設置して、計18人は乗れる箱馬車だった。
俺たちはその2階の席で、後ろ側に3人横並びで座っていた。
天井が無く、空を仰ぎながら高い位置で馬車に揺られていくのは、本来なら良い旅気分になるはずなのだが、俺は今日の宿が心配で気もそぞろだった。
パレプセトを出発したときはすでに2時26分だった。バレンティアまではおよそ半刻半(約1時間半)、着くころには4時前後になる予定だ。
バレンティアからパレプセトまで、全力で走り続けられても1時間はかかるだろう。
もう酒なんか飲んでたら絶対閉門まで間に合わない。奴が転移を使ってくれればいいんだが……。
「えっ 昨日は居酒屋の裏庭で寝たんすかっ? 旦那方ともあろう人が??」
俺を真ん中にして座りながら、チコが顎を突き出してきた。
始めの怯えた雰囲気からすでに立ち直り、少し馴れ馴れしくなってきている。
「別に寝れればどこでもいいだろ」
奴が面倒くさそうに横を向いた。
「いやあ、でも、おいらはてっきり、もっと高級宿に泊まってるものと……」
「どこも空いてなかったんですよ。その祭りのせいで」
俺も今夜のことが心配でちょっと素っ気なく言った。
どうしよう。パレプセトにさえ戻れなかったら、本当に野宿なのかな。駅のホームのベンチみたいに、馬車連絡所の待合室で一晩過ごすとか……。
「やー、そりゃあ、まあそうっすよね」
誘っておいて他人事のように、チコがポリポリ顎を掻く。
「だけど、旦那方ほどなら、ハンターギルドがいくらでも宿を用意してくれるはずでやんしょ?
おいらはてっきり、今日もそのつもりかと思ってやしたが」
聞けばSSどころかSランクくらいになると、ギルドに宿を用意させたり、接待を当たり前のように要求する事が少なからずあるらしい。
そういや、始めにギーレンがそうだったな。ラーケルだって役所に泊めてもらえたし。
もう、一晩くらいなら世話になってもいいか。
だが奴に一蹴された。
「騒がれるから好かん」
「あー、さいですか。やっぱ、あれですかね、有名人はツライというか……」
「有名人じゃねぇっ。そんな事したら目立つからだ」
「え……」
チコが目をぱちくりさせたが、隣の俺の渋い顔で察したらしい。
「ああ、まあ、色々大変なんすねぇ」
ホント、この無自覚野郎に振り回されて、色々大変なんだよ。
「じゃあ、どうでやんしょ。そんな裏庭で寝られるなら、今夜はウチんとこの会社にお泊りになるっつーのは?」
「え? 会社に? いいんですか」
「へぇ、まあ、お世辞にもギルドが用意するような宿にはなりやせんが、庭よりはよござんしょ?」
「どうしようか?」
あまり期待は出来ないが、多分裏庭よりはいいだろう。
「お前がいいなら、オレもいいぞ」
「よっしゃ! 決まりですな」
そう言ってチコは嬉しそうに手を叩いた。
もう奴から何かネタを貰おうと考えてるのがよくわかる。
「言っておくが、オレ達のことを誰にも言いふらすなよ」
「へ、へえっ!」
奴にギロッと睨まれてチコが首をすくめる。
「ですが……もし、店長に紹介するときは、その、ある程度有名な人にしておかないと……」
「適当に言っとけよ。傭兵のまんまで良いじゃねぇか」
「……ですが、やっぱり名高いハンターさんと傭兵じゃあ、知名度がねぇ……」
「しょうがねぇなあ。じゃあ『
「えっ! 旦那っ あの戦いにいたんでやんすかっ!?」
「ちょっとだけな。 あんまり吹聴するなよ、その店長とかだけにしとけ」
「へえっ もちろん、口止めしときやすっ! で、その時の話は……」
チコがもう両手をさすって、目をキラキラさせている。
「名を伏せるなら、伝承されてない裏話を教えてやる」
「なあ、そのエオニイニなんちゃらって、なんだい? あんたが昔、何かしでかしたとこなのか?」
もう外国の名前は言いづらい。
「『テレス エオニオニィタス』だ。なんだよ、しでかしたって。 そういう名前の島で戦いがあったんだよ」
聞くところによると、130年程前、魔族と人間の小競り合いから、戦争が起こったそうだ。
その『永遠の終わり』とも言われるその場所は、魔族と人間の排他的支配水域の真ん中にある島のことらしい。それをどちらの支配権に置くかどうかで、一気に支配区域が変わるので、昔から取り合っていた場所だった。
人間たちは数に物を言わせ、また亜人たちも参戦して大軍で攻めいった。
だが、数が少ないとはいえ、相手は魔族。あちらも従魔ならぬ、魔物を使ってこれに応戦し、島とその周りはスキュラも逃げ出すほどの激戦を極めたらしい。
「というか、スキュラは元々あんまり騒がしいのは好きじゃないからな。だからいつも洞窟にいるだろ。島がウルさ過ぎて引っ越しただけなんだよ」
「よく分からないが、とにかく相当大変な戦さだったんだな」
もうスキュラを基準ってのからして、よく分からないのだが。
とにかく海が荒れて、島が壊れそうになったらしい。そうして両軍ともにほとんどの者が死に絶えてしまい、とうとう双方不服ながら停戦せざるを得なくなったという事だ。
「それってヴァリアスはどっちに雇われたんだい。一応、人間側?」
「一応ってなんだよ。この姿で人間側に決まってるだろうが」
いや、だからこそ、魔族側かと思ったんだが。
「兄さんは本当に遠くから来なすった人なんすね。英雄叙事詩にも歌われるほどの戦いを知らないとは。
いやあ でも、その生き残りの人に会えるたあ、こいつはぜひ話を聞かせてもらいたいもんです」
「あの、チコさん。多分こいつのいう事は本当ですけど、そんな簡単に信用していいんですか? だって言ってるだけで、なんの証拠もないんですよ」
「いや、この旦那の言う事なら信じまっせ。
それにもし記憶違いの部分があっても、それはそれ。
もう昔のことなんざ、誰もわざわざ調べませんや」
あー、やっぱり証拠固めせずに、噂を載っけるタブロイド誌か。もうどこかの週刊誌と一緒だよ。
『(しかし、あんたが出張ったら、永遠どころか一発で終わらせちまっただろ)』
俺はチコに聞かれないように、テレパシーで訊いてみた。
『(まあな、始めは参加するというより、ほとんど見てただけなんだが、あのままじゃ島が沈みそうになってきたんで、終わらせてやったんだ)』
と、ニッと俺の方を見て笑った。
あんたがやったら、それこそ島が消えてしまいそうなんだが、……黙っていよう。
ダンジョンを近くに3つも有する町『バレンティア』は、主にハンター達の立ち寄る宿場町として繁栄していた。
村から町への創立50周年記念だそうで、町長は元より市民一丸となっての熱気ぶりらしく、市壁が見えてくると共に、歓声や何かを打ち上げるような音が聞こえてきた。
「なんだろ? 何か大きな鳥みたいなのが飛んでるな。まさかワイバーン?」
俺は市壁上空を悠々と飛んでいる、プテラノドンのようなシルエットを仰ぎ見ながら言った。
「よく見てみろ。全然違うだろ」
そう言われても探知の触手がまだ届かない距離だ。
だが、じっと目を凝らして見ていると、それはハンググライダーのように、大きなブーメラン型の凧を付けた人だというのが分かった。
ただのハンググライダーと違うのは、時々ホバリングのように宙で止まったり、後退したりする動作を見せるところだ。
しかも始めは1つしか見えなかったが、近づくにつれ、他にもいくつかいるのが分かった。
「風の使い手たちだな。ああやって警備をしてるんだろ」
門の手前から垣間見える光景は、すでに遊園地の玄関口ようだ。
中に入って俺はちょっと感動した。
建物と建物の間には、洗濯物の代わりにフラッグガーランド(旗付きロープ)があちこちに渡って
そうして町中にキラキラとした紙吹雪が舞っていた。それは5色と金銀の混ざった2㎝角ぐらいの大きさの紙で、至る所で空から降ってきているようだった。そうして下まで落ちた紙はするすると地面を滑ると、建物の壁沿いにまた上に登っていき、上空からまた風に乗ってゆっくりと、雪のように落ちてくるのだ。
それはまるで噴水のように落ちた紙を循環させているようだった。
「この紙吹雪の操作も
そう言って上に軽く顎をしゃくった。
へぇー、なんか大変そうな気もするが、慣れているのか、彼らは気持ちよさそうに余裕で飛んでいるように見える。
そのまま広い通りを歩く。
祭りにつきものの露店が、あちこちに所狭しと屋台とテントを広げている。
道行く人々も、仮面をつけたり、いつもより奇抜な帽子を被ったり、顔にペイントしたりしている人が多い。
道端では大道芸人がお決まりの火吹き芸を披露していたが、その口から吐き出した炎は蛇のようにとぐろを巻くと、男の体に巻き付いた。
男の体がみるみる炎に包まれる。が、パッと炎が飛び散るように消えると、男が美女に変わっていた。
拍手が起こる。
あれ、どうやったんだろう? 探知しておけばよかった。
こっちではピエロらしき道化師が、手袋を足に履き、靴を手につけると、そのまま自分の首を引っこ抜いた。そうして首を股につけると、くるんと逆立ちをした。
すると首はちゃんとくっついてニッコリ笑うと、観衆にさっきまで足だった手を振って見せた。
んん、多分、本当の首は服の下だったのか? というか始めは逆立ちしていたのか? なんだか探知が上手くいかないぞ。護符をつけてるのか。そう簡単には種明かしはさせない気か。
またポンという軽い破裂音と共に歓声が聞こえるので、そっちを見ると、広場に大きな大砲が台座に設置されていた。
その階段を登って子供が台に上る。道化師が大砲のお尻を開けると、子供をそのまま中に入れる。
えっ、これって道化師が飛ぶもんじゃないのか?
なんて思っていたら、道化師がタッフル付きの紐を思い切り引いて、子供がポンっと勢いよく奇声と共に上空に打ち上げられた。
そのまま大きく弧を描いて、反対側の台で待ち構えていたもう1人の道化師が、大きなネットで子供が地面に打ち付けられる前に見事受け止める。
まわりからまた大きな歓声が上がる。
待ってくれ、これ、思い切り危険なマネしてないか? 大丈夫なのか? 一歩間違えたら大事故だぞ。
だが、まわりを見回しても誰も心配気な顔をする者はいない。それどころか、どんどん次の順番待ちの列が並んでいく。
異国の祭りの基準がよくわからん。
「どうです? 賑やかでやしょう」
チコが地元を自慢するように訊いてきた。
「ええ、こんな楽しそうなのは、久しぶりです」
俺も心から感心して言った。あのネズミの国に匹敵する賑やかぶりだ。
ふと人混みの中、銀行の壁沿いに、模様が入ったサーコートを見つけた。
警吏だ。
地区によって警吏の服は違っていて、こちらでは縦に黒とグレーのツートンカラーになっている。その真ん中には、警吏を示す黒い『†』(剣)模様がついていた。
俺達の方に振り返った警吏はフードを被って、目の上下に赤い♦マークを付けた白い犬の仮面を付けていた。
犬の仮面って、犬のお巡りさんじゃん。
俺が1人勝手に面白がっていると、その警吏が急に俺たちの方に向かってきた。
「おい、あんた」
えっ? なに、俺の考えてる事がわかったのか?
「そいつはあんた達の従魔か?」
と、俺たちの後ろを指さした。
振り返ると、俺の腰の辺りを
『ミャウウゥ~ン』
そいつは金色の目をした丸い目で、俺を見上げながら触手を腕に回してきた。
犬のお巡りさんとセットで迷子の大猫がいた。
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