第142話☆ ヤブルーと情報屋
ヤブルー達は樹々の陰にしっそりと密集して生えていた。
大まかに言うと、ほうれん草に似た葉を放射状に伸ばし、その中心からリンドウ似の紫の花を生やしていた。花が咲いていないものや、丸い緑色の実を付けているものもある。
「抜くのは花が咲いてるのにしろ。それが一番根茎に栄養をつけてるヤツだ。逆に実をつけてるのは痩せてるからな。ただ赤く熟してる実は使えるぞ。それは実だけ摘んでくんだ」
「じゃあ引っ込ぬくのは止めて、実だけ摘んでくだけでもいいんじゃないのか?」
「それでもいいが、時期がまだ早いな。ざっと見てもまだみんな熟してないぞ」
そう言われて探知してみると、確かに完全に赤い実をつけたのはほとんどない。あっても半分までしか赤く色づいてない。
やっぱり引っこ抜くしかないのか……。
「これなんかいいぞ」
ハッキリと開いた花を3つ付けたのを奴が指した。
「なんか気持ち悪いなあ……」
「お前、始めは薬草採取の仕事をしたいとか言ってたじゃないか」
俺が考えていた植物採取となんか違う……。
直接触りたくないので一応手袋をつけた。
「おい、ちゃんと遮音しとけ」
やっぱり抜く時に叫ぶのはお約束か。
念のため地面だけじゃなく、自分のまわりにもかける。
俺の遮音は空気の振動を止めてしまうが、少しの間なら息は大丈夫だ。
葉と茎をしっかりと掴んで一気に引っ張った。
芋ほりの時のように引っかかる手ごたえ、それ以外に手に妙な振動を感じ始めた。
引っこ抜いた朱色の根っこは4つに枝分かれしていて、それがブルブルと震えていた。
これだけならただの太い枝分かれした根っこだが、裏返すと案の定、そこには顔があった。
いや、顔のような穴と皺と言えばいいのだろうか。
根茎の頭の方に、凹とした深い窪みが上に2つ下に1つ、逆三角に並び、その3つの窪みが大きく振動している。また窪みの上の深い皺のような溝が、振動と共に更に深く歪んでいくように見えた。
それが3つの窪みと相まって、苦悶している人の顔に見えるのだ。
『ムンクの叫び』がもっと苦悶顔になったといえばいいのだろうか。
ううっ、なんでこれが食用なんだろうか。
しばらくして振動は無くなった。
『(もう遮音を解いてもいいぞ)』
「……もうこれで無害なんだな?」
「ああ、もう叫ばないぞ」
俺は地面にそれを置いてあらためて観察した。
根茎の長さは一番長いところで30㎝くらいか。分かれた根にはそれぞれびっしりと、長いヒゲ根が沢山生えている。これのせいで抜くときに余計に引っかかったんだな。
「それはオスだな。こっちがメスだぞ」
奴が別の花咲くヤブルーを指さす。
「えっ、オスメスがあるのか?」
「お前んとこにも雄花と雌花に分かれてる植物はあるだろ? コイツらはな、雄しべと雌しべの発育時期をずらすんだ。同じ株から受粉しないようにな。花でもわかるが、こうして引っこ抜くとハッキリわかるぞ」
そう言って奴がそのヤブルーを無造作に引っこ抜いた。
声は聞こえないが、ブルブル震えながらこちらを恨むように、歪んだ顔が無言の悲鳴を上げている。
わざとこっちに向けんじゃねぇよ。
ただ、並べなくても違いがわかった。
「オスと違うだろ?」
2本目は4つに分かれた根が、捻じれて体に巻き付くようになっていた。
「どっちが良いとかあるのか?」
「良いというより味が違うな。オスは辛味が強くて、メスは甘味がある。
料理によって使い分けするくらいかな」
「じゃあ実が出来てしまったヤブルーは、どっちになるんだ? おかまとか?」
「ただの過熟したヤブルーだよ。オスもメスもどっちもありだ。なんだよ、オカマって?」
奴が呆れた顔をして言った。
冗談だっつーのに、わかれよそれぐらい。
「実が完全に熟したヤブルーはな、夜に自ら地面から抜け出して歩くんだ。根っこが細くなってくるから、地面とすき間が出来て抜けやすいしな」
「なに、こいつ歩くのか!?」
なんか気持ち悪さが増した。
「別に気味悪いことじゃないぞ。元々
繁殖地域を増やすためにな。
「そういうの能動的って言うのか? 大体、今だってなんだか震えてたし、叫ぶだけじゃないのかよ」
「コイツらは声帯なんかないんだから、穴を振動させて音を出すんだよ。
叫び声で脅かして、抜くのを躊躇させようとするんだ」
動かなくなったメスの顔をこちらに向けると、穴の部分を指で突っついた。
「つまり抜かれたくないってことか?」
「種(実)が完全に出来上がるまではな。
途中で本体が死んじまったら種に栄養がいかないだろ。そのための自衛手段だ。
より相手が嫌がるような音を出す為に、体全体でこの穴を振動させる。
で、その時に低周波が出る」
「低周波?」
「声を聞いた奴が具合が悪くなる原因だ。個人差はあるが、頭痛や気分が悪くなる者、血圧が上がったりする者がいる。
普段から血圧の高い奴が、それで脳溢血や心筋梗塞を引き起こして、最悪死に至る場合がある。
それが悲鳴を聞くと死ぬと言われる由来だ」
「それ、やっぱり危険じゃないかよ。それじゃ耳塞いだくらいじゃ防げないじゃないか」
「だから抜いたらすぐに、粘土で穴を塞ぐんだ。音は聞こえるが振動が変わるから、低周波の被害は受けなくなる」
ちょっと声だけ聞いてみるか? と奴が、もう1本おもむろに引き抜いた。
『――ィイ゛ヤ゛ア゛゛ァ゛ァァァァァァ ヤ˝ア˝ァ˝ァァァ ァヴァババババァァァ――』
何ともいえない濁声⦅だみごえ》で長く尾を引く悲鳴を上げ始めた。低周波の方は奴がシャットアウトしてるので影響はないようだが、この声だけで気分悪くなりそうだ。
ちなみに『ヤブルー』という名称は、この悲鳴が訛って言われるようになったともされている。
オスのヤブルーは15秒ほどわめき続けてやっと大人しくなった。
「地面に叩きつけてもいいぞ。とにかく振動を変えればいいんだからな」
普通の
そんな植物といえども、悲鳴をあげているムンク顔に、そんなリンチみたいな真似はしたくない。
もうヤダ、こんな異世界。
「……さっき歩くって言ってたよな。その時も叫び声をあげるのか?」
勝手に抜け出て叫んでいたら、ただの迷惑野郎である。
「いや、さっきも言った通り、叫ぶのは防衛手段だからな。それに叫ぶのも歩くのも、それなりにエネルギーを使うんだ。一生に出来るのはどちらか一方だけだ」
「地球じゃ人間の血で栄養を得るとかで、よくギロチン台の下に生えるって聞いたことあるけど、こっちじゃそんなことないんだな」
辺りは普通の草木が生えている場所で、キノコとかがあるようなところに、この驚愕顔が一緒の地面に生えているのだ。
まさかここら辺で殺人事件があったりしてないだろうな。
「そんなのたまたま、そこに生えてたのを見て勝手に出来た噂だろ。元々、コイツは繁殖力は高いんだ。こんな森の中じゃなくても、土と水さえあれば何処にだって生える。
街中にだって荷物から落ちた種が、空き家の裏庭で繁殖してたこともある。
あまり距離は歩けないが、夜、窓際を歩く姿が目撃されたっていう事例もあるくらいだしな」
わぁ~、それはちょっとホラーだな。
夜中に歩く人参もどきって、字面じゃギャグだけど、実際はこれが歩いて来るんだからなあ。
地球のは動かなくて良かった。
それから10本くらい続けて抜いた。自分のまわりまで遮音しなくても、ヤブルーだけを遮音すればなんとかなる。コツというほどの事でもないが、抜いたらすぐに手から離した方がいい。
万一、手から低周波振動が伝わってこないとも限らないからだ。
「こんなとこかな」
残っているヤブルーは、すでに実を付けているか、蕾または咲いていないのしか残っていない。
抜かれてすでに動かなくなったヤブルーは、オス9本、メス5本になった。
並んでおかれているその姿は、抜いた野菜というよりも、無残な死を遂げた死体置き場のようだ。顔面側を下にしておけば良かった。
「蒼也、探知してるか?」
俺が収納しようとすると奴が訊いてきた。
「もちろんしてるよ」
最近、長く出しっぱなしに出来るようになってきた。
ただ触手を出しながら遠くは視ているが、ぼーっと遠くを眺めている感じで、意識は目の前だったりするのだが。
「う~む、やっぱりまだダメか」と奴がぼやくように言った。
「なにが?」
それに答えず、奴は俺の頭に軽く触れた。
『ちょっとの間、お前だけ低周波を遮音する』
と、何故か日本語で言うと、すたすたとヤブルーの生えているところにいった。
そしてやにわに1本抜くと、それを急に後ろの藪の中へ放り投げた。
『 ヤ˝ア˝ァ˝ァ˝ァ˝ァァァァ ーーー』
また抜かれたヤブルーが、思い切り悲鳴を上げながら茂みの中に落ちていった。何度聞いても慣れそうにない。
と、急にシダと低木の辺りから、ガサガサと何かが動く音がした。
咄嗟に身構えてそっちに注意を向けた。
なんだ? 探知では何も感じないのだが。
するとシダの葉が大きく動いたかと思うと、急に空中から男が姿を現わした。
「ゲホゲホッ オーゥッ エッェッ !」
男はむせながら転び出てきた。
「えっえっ?」
ヴァリアスがその男の首根っこを掴むと、こちらに乱暴に投げてきた。
俺は咄嗟に男が地面に叩きつけられる前に、土を粘土状に柔らかくした。
「何してんだよっ?! 危ないじゃないかっ」
「ウェッ ェッ……」
男はその場に手と膝をつきながら、まだ軽く嗚咽を繰り返している。
「目障りだからだ。コイツはな、さっきからオレ達の跡をつけてきたんだぞ。その証拠に隠蔽で気配を消してただろ」
「あ、それで急に現われたのか」
「これくらいの隠蔽でもお前はまだ気付けないんだな。ちょっとその訓練もしなくちゃならんな」
ヤブルーはやっと泣き止んだ。
それとともに男の様子も少し落ち着いてきたようだ。
「ケホ……いやぁ、エライ目にあった……」
男が胸をさすりながら呻いた。そこにマフィアが追い込みをかける。
「おい、てめぇ、なにオレ達の跡をつけてきやがったっ! どこの回し者だ、お前っ」
低周波ならぬ奴の低音に、男がまた震えあがる。
「待て待て、頭ごなしに脅かすな。あんたが言うとヤクザのセリフにしか聞こえないんだよ」
「あ゛っ?」
「す、すいませんっ! 尾けるつもりはなかったんでっ」
男は目の前に両手を突き出しながら、必死に弁解しだした。
「ただ、有名人の方がいるので、つい……。
でも、さすがはSSの旦那方、おいら如きの隠蔽じゃあ、やっぱり歯が立ちゃしなかった」
「あ? なんでオレ達のことを知っている」
ヴァリアスが屈んで男の顔をさらに睨んだ。男が腰を抜かしたまま後ずさる。
「すいません、すいませんっ! ちょっと漏れ訊いたもんでっ」
「あ゛?! どこから漏れたってっ」
「待てって! そんなんじゃ話せないだろっ。すいませんが、あなた誰なんです?」
俺は奴との間に割って入った。
「おいらはこういう者で―――」
オドオドと身分証プレートとタブロイド紙を出してきた。
「『ジ・スライ・フォックス』?」
男はフォックス・カンパニーという情報社の情報屋――ここでは記者の様な者――で、チコと名乗った。
狐色のもしゃっとした髪に、鼻の下に細い貧相なカイゼル髭を生やしている、ちょっと細身な中年男だ。
横から見ると顎がハッキリとしゃくれていて、なんだか三日月を連想させた。
「こちらに伝説のSSハンターが来たっていうんで、ちょっと何か
チコはまだ座り込んだまま、頭を掻いた。
『
「だからなんでオレ達のこと知ってるんだよっ」
「もう、あんたはちょっと離れててくれっ。俺が訊くから」
チコが怯えるので、奴を追っ払った。奴がしぶしぶ離れて樹に寄りかかる。
「……あの、本当に悪気はなかったんで……。だから情報提供者に危害を加えられると……」
「わかりました。悪気が本当にないなら、何もしませんよ。で、誰から聞いたんです?」
「へぇ……、本当に勘弁してくださいよ……。ここの門番から連絡貰ったんすよ……。アクール人のSSの人が来たって」
「アイツかっ! 野郎っ 脊髄引っこ抜いてやるっ!」
「待て待て待てっ! すぐ行動するなっ!」
今にもすっ飛んで行きそうな奴を、慌てて止めた。もうちょっとで猟奇事件が発生するとこだった。ヤバかった。
聞くところによると、門番とチコは飲み仲間で、何かネタになりそうな奴が来るとファクシミリーで教えてくれるらしい。その際は他の情報屋に分からないように、彼ら独自の暗号を使うのだそうだ。
今回は最近この国に現われたという、SSハンターのコンビがダンジョンに来たというので、すっ飛んで来たそうだ。
「やっぱり、あいつ、白子のアクール人だから目立つんですね」
俺は後ろで不貞腐れている奴を、肩越しに見ながら言った。
もう本当にあいつ染色した方がいいんじゃないのか。
「いえ、確証をもったのは、連れの異邦人だったって。名前も特徴もピッタリ合ってたからって」
「えっ! 俺っ?!」
あっ、あの時、門番が俺の顔を確認したのは、指名手配犯とじゃなかったのか。あの手配書はダミーだったんだ。
まじまじ見て俺の顔を覚えておいて、後でこっそり確認したんだ、きっと。
「蒼也お前やっぱり、別の身分証作れっ。これじゃオレが、いくら傭兵を名乗ったって無駄だろ」
奴が片眉を上げながら言ってきた。
ううっ、確かに俺とこいつが組んでる事を知ってる奴は知ってるし、仮面付けてても門番は顔確認するから無駄なのかあ……。
「それにしても上王の野郎、ギルドと関所だけかと思ったら、ちょっと連絡回し過ぎじゃねぇか? これじゃ逆効果じゃねぇかよ」
奴が苦々しそうに言う。
それを聞いてチコが肩を縮めた。
「ところでお前、そのポケットの石を出せ」
情報屋に凶悪顔が振り返った。
男が慌ててベストのポケットから青い石を取り出す。
「蒼也、これが記憶石だ。魔道具の一種でその場の音や光を記憶するんだ。お前んとこのビデオみたいなもんだ」
「ビデオ……?」
チコが不思議そうに訊くが奴は無視して続ける。
「記憶した内容を消すときは、こうして強い魔力を流すと魔素が中で動いて」
奴が手にした記憶石が一瞬光った。
「全部消える」と念を押すように言った。
「あ、ああ……それ、他にも色々入ってて……」
「オレは撮られるのは嫌いだ」
ギロっと奴に睨まれて、またチコが首をすくめた。
データを全部消された記憶石を返されて、情報屋はガックリしたようだが、俺も隠し撮りされていたのは気分が良くない。まあこれくらいで済ませたのは、奴にしてみては大人しいほうだとも言える。
だが、さすが情報屋。これくらいでへこたれるような人種ではなかった。
「あの、旦那方たちは、これからどうするんで?」
チコが上目遣いにオドオドしながらも訊いてきた。
「それを聞いてどうする?」
また奴に睨まれて、首が引っかかった亀のようになった。
「いえ、あの、ご迷惑料に……良ければ、一杯奢らせてもらえないかと……」
アクール人が酒好きなのを知ってか、まだ食い下がってきている様子が俺にも見え見えだった。
「そこの売店のビールならもう飲んだ。ついでに『カリボラ』のビールなら大体の種類飲んだぞ」
「いや、あの……ビールがお好きでしたか? ウチの町に美味いグレーンウイスキーを飲ます店がありやしたので……」
「何処の町だ?」
こいつ、速攻で引っかかったっ! さっきまであんなに嫌そうなツラしてたのに。
ある意味ブレてないが。
「えっ、へ、へぇっ、あの今祭りをやってる『バレンティア』でして」
チコが我が意を得たりといった感じに、ニンマリと口元を上げた。
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