第141話☆ 赤鬼の家
「どうしたんだい? 今までただの巨人族と見てくれてたのに、ハーフオーガと知ってビビっちまったかい?」
ダリオがふっと悲しそうな顔をした。
眉毛はないが、眉のあたりの皺が八の字になってるのがわかる。
また『泣いた赤鬼』を思い出してしまった。
「いえ、その……巨人の人とは違うんですか?」
まさか、ハーフオーガが人間だとは思ってなかった。何しろ魔物だと思っていたのだから。
しかしそんなこと本人を前にして言えない。
すると奴が代わりに説明してきた。
「ハーフオーガはな、蒼也、鬼人の一種なんだよ。亜人なんだが、その名の通りに魔物オーガの血が混じってる。
巨人族とオーガのミックスが元なんだ」
「まあ、おいらの両親は巨人族なんだが、親父さんの曾婆様がハーフオーガの血を引いてたらしくてね。おいらにその血が濃く出たってわけさ」
と、そのハゲ頭を大きな手でさすった。
「蒼也、お前が一瞬イメージしたように、ハーフオーガと聞くと、未だにオーガと同じに考える奴が多いんだよ。特に
本当は狼とオオカミ犬が違うように、ずい分違うんだがな」
ふぅ と軽くダリオがため息をつきながら、またバンダナを頭につけた。
「そうなんでさ。だけどこの通り、オーガ鬼
だからせめてこうして、角を見せないようにしてるのさ」
それから俺の方を見て二ッと、牙を見せて笑った。
「でも初めて会って、おいらを普通の大人しい巨人族に見てくれたとは、なんか嬉しいねぇ。
少しは先入観無しで見てくれるベーシスもいるって事だなあ」
いや……どうなんだろ。奴や若頭のおかげで、悪役商会に慣れてきたといえばいいのか……。
それにオーガ面ってなに? そういう鬼顔の事を言うのか??
あーっ! アイザック村長が奴と初めて会った時に、それで聞いてきたのかっ!?
どちらかというとこいつは悪魔顔なんだが……。
「いやあ、普通はこの牙でみんな、すぐにオーガって気付いちまうんだが、あんたはそんなの気にしてなかったしなあ」
ダリオは勝手に勘違いして喜んでいる。
ああ、そういえば、カカもサウロもこんなにハッキリした牙はなかったな。今思い出した。
とにかく話題を変えよう。俺はふと疑問に思った事を訊いてみた。
「でも、ダリオさんってあの居酒屋というか下宿に住んでるんですよね?」
「ん、そうだが」
「その体であの家じゃ窮屈じゃないですか?」
各部屋を見たわけじゃないが、外からの窓の位置とかで大体部屋の高さは検討がつく。あの家は一般的なヒュームや亜人向けの作りになっているはずだ。
ターヴィのようなリトルハンズにも、高すぎて使いづらいと思うが、彼のような巨人は絶対真っ直ぐに立つことが出来ないのではないか。
「ああ、おいらは離れで寝泊りしてるんだよ。ほらっ、裏庭に酒蔵があっただろ? あの隣が元醸造室でね。中は2階まで天井がぶち抜きになってるのさ。
おかげでおいらでも、腰を屈めずにいられる部屋なんだよ」
「そうなんですか。それは良かったですね」
「もちろんちょっと広さ的には狭いけどな、まあしょうがないよな。おいらみたいなのがヒュームに混じって住むにはそれくらい我慢しないと」
そう言ってダリオはジョッキを傾けた。
「だけどダリオさん、失礼ですがヘタなハンターより強いですよね? こんなとこで商売するより狩りとかした方が儲かりませんか?」
ちょっと不躾かとも思ったが、つい訊いてみたくなった。
「ふふ、良く言われるよ。確かにおいらは昔魔物ハンターだったんだ。だけどもう年だろ? ハンターなんかいつまでもやってられないからなあ。だから体がまだ動くうちに転職したのさ」
聞くところによると、ただのダンジョンキヨスクの売り子だけじゃなく、ここの管理も任されているらしい。
つまりダンジョン管理人という訳だ。
ダンジョンは普通、領主の家臣の配下、差配人にあたる町長や村長などの管理下に入る。ダンジョンの管理経営はその部下、ダンジョン監督官という役人が仕切っている。
管理人はその役人たちに雇われた民間人だが、特殊業務ということもあって役人に近い恩給制度があるらしい。
ギルドにも共済基金制度はあるが、あれはあくまで一時的なもので、継続的に貰えるわけではない。額が低くてもやはり年金のように、ずっと支給されるのは後々有難い。
ダリオもそれを考えてハンターから、こちらに転職したそうだ。
「確かに老後の安定した収入は大事ですよね。私もこのままハンターを続けていっていいのか、今思案中でして」
本当に老後2千万円貯金どころか、俺は人の何倍も生きるらしい予定なのだから、色々
「お前はまだハンターになって2カ月ぐらいしか経ってないだろ」
何も考えて無さそうな奴が言う。
「時間は関係ないだろ。手を打つのは早い方がいいんだよ」
「まあそうだなあ。若いうちに気が付いておいた方が、良い事は色々あるからなあ」
少し感慨深げにダリオは、遠くを見るように目を細めた。
「おいらも若い頃はハンターっていう職業柄、大陸間を渡り歩いててね、無宿人で居住地を定めてなかったんだよ。
色んな町や国を渡り歩くのは面白かったしね。
で、そろそろ落ち着きたいと思って気が付いたんだ。
ハンターとして町に一時的に滞在するのと、市民として定住するのとは訳が違うって事を」
大きな肩をゆっくりと丸めて、体を小さくするようにしながら
「市民権を得る以外にも、住むならその町の人達に受け入れてもらわなくちゃいけないだろう?
だけどおいらはこの体とご面相だ。
これが一番難しかった。住民の信用を得るのがね」
ハーフオーガは力もそうだが、気性も荒いというのが一般的な認識だそうだ。そこが他の巨人族と一線を画する部分らしい。おそらく魔物オーガの血がそうさせるのだろう。
ダリオも若い頃は結構ヤンチャしていたらしい。この見た目と、推測される力でヤンチャされたら、そりゃあ普通の人は怖いだろう。本人は軽く言ってるが、ヤンチャで済まされるレベルではないと想像できる。
年を取って気性も丸くなり、やっと一つの所に落ち着こうとしたら、自分が周囲から疎まれていることを知ったのだという。
「巨人族にも白い目で見られてる感じでね。それにおいらの故郷は別大陸の田舎だし、今更帰るのも気が引けて……。
そんな時にあの下宿のおやっさんとビールの話が合ったんだ。今はほとんど使ってない醸造室を貸してくれて、それから厄介になるようになったんだよ」
やっぱり酒繋がりなのか。あの
「だから面倒でも、ちょっとくらい狭くても下宿に帰るようにしてるんだ。人との繋がりを無くさないようにね。
もっと早くそのことに気が付いてれば、こんな苦労はしなかったかもしれないけどねぇ」
確かにご近所さんと信頼を築いておくのは重要だよな。住めても村八分では辛すぎるし。
「だけど初めての人にこんな話するのは、おやっさん以外初めてだよ。その、アクールの旦那もそういう苦労があるんじゃないのかい?」
ダリオが向かいに座っている奴に話を振った。
どうやら彼はヴァリアスに、ある種の同類意識を持ったようだ。おそらくそれでこんな身の上話をしたのだろう。
「確かにアクール人は魔族みたいだって恐れられる事はあるが、心配するほどは疎まれないぞ。ユエリアンだって市井のもんに溶け込んでるだろ」
違う、違う、力じゃなくて、その悪魔
どうやってあんたの魔王臭を世間に隠せるんだよ。
見ろ、ダリオが目を丸くしてるじゃないか。
「ハハ、旦那はこうしてベーシスのお仲間さんもいるしね、淋しくないんだろうね」
察したのか、ダリオは深追いしなかった。
「こいつはこの通り、自分の事には鈍いんですよ。それに1人でダンジョンの奥に何百年いても平気な奴ですから」
「オレはダンジョンの
俺とダリオは顔をちょっと見合わせて、2人して肩をすくめた。
その後ここのマップを見せてもらった。
このダンジョン森の中央に大きな樹が描かれていて、その上に巨大な鳥の巣が乗っている。これがロック鳥の巣だそうだ。
大きな樹はまだまだ小さい世界樹だというが、翼を広げての全長30mあるような、鳥の巣が載る樹のどこが小さいのだろうか。
ロック鳥は産卵期の時だけ、この森にやって来るらしい。
「その鳥だったら、さっき見ましたよ。どデカい
「ああ、そいつはラッキーだったね。ロック鳥の排便は30~40日ぐらいに1回しかしないんだよ。だからこの巣のまわりに落ちてるのも2,3回くらいなんだ」
あれが当たりそうになった事のどこがラッキーなんだろうか。
巣の話からまた家の話になった。
今ダリオはあの下宿から出ようと計画を立てているらしい。
「もっと山寄りの坂上のとこに、老夫婦が住んでた空き家があるんだ。見晴らしはいいんだが、老人には坂がキツいらしくて、最近売りに出されてね。今、半分くらい手付金を払ってるとこなんだよ」
やはり醸造室では天井は高くても手狭なようだ。
全額払い終わってやっと家の所有権を持てるのだという。こちらでは住宅ローンとかないのだろうか。
「だからここの仕事が休みの合間に、最近ハンター業を再開してるんだ。やっぱり報酬金がいいからねえ」
「そんなチマチマ稼がなくても、あのロック鳥を獲れば一発で払えるんじゃないのか?」
奴が無茶な事を言う。
「何言ってんだ。さっき見ただろ? あのデカさだぞ。いくらダリオさんが強くてもそう簡単に―――」
「いやあ、そうなんだが、あいつを獲っちまったら、もう卵も糞も取れなくなっちまうだろ? 別のロック鳥が来るとは限らないし。だからあれには手を出さないんだよ」
すいません、基準が違いました。
空き家はもちろんそのまま使わず、彼用にリフォームするそうだが、もう全部壊して一から建てた方が早いのではないだろうか。
「今はどういう家にするか考えるのが、一番楽しくてね」
ダリオは目を輝かせた。
「壁や屋根の色を考えたり、間取りとかね、お客がいなくてぼーっとしてる時に想像するんだ。
もっと年を取って、ここの仕事を辞めたら、その家でこのフリッターを売る商売でも始めようかとか。
歩きながら食べられるようにするか、庭にテーブルを置いてビールと一緒に出すか、色々考えてると楽しいんだよなあ」
そう言って鬼人は目を細めて笑った。
それからしばらくして客がポツポツとやってきた。
食べ物以外に薬やオイルなどを買いに来た。あの狩りガールの2人も、罠用のロープが足りなくなったとやって来た。
座って休む人も出てきたので、俺たちもお暇することにした。
「こっちから行くぞ」
また道に出ようとしたら、奴が藪の方をしゃくった。
いちいち道を戻るより、突っ切っていく方が早いということだ。
「なっ、これでわかったろ?」
「何が?」
「オーガがオレと似てないって事さ」
自信満々で訊いてきた。
「……う、うん、そうだね……(パーツ単位なら……)」
どこからこの絶対的錯誤が出てくるのか、いつも謎だ。
「ところで蒼也、探知してるか」
「ん、索敵はしてるよ」
探知はレーダーのようなモノで、全体を見渡す感じだが、索敵はピンポイントで探知する能力だ。慣れると探知よりやりやすい。というか、対象物がなければ何も感じないので楽なのだ。
とりあえずは近くに脅威になりそうな動物や魔物の類は感じない。
「ただの索敵だけじゃトラップを見落とすぞ」
「む、そうかあ。じゃあ索敵でもトラップ見つけられるかな」
『危険なモノ』というイメージで索敵してみた。
すると自分が持っているダガーや、足元に生えている毒草、はては棘を生やした荊まで感知してしまった。
なので今度は『敵と罠』というイメージワードでやってみる。
今度は枝から丸く垂れた、ただのつる草を感知した。どうも括り罠っぽいイメージで引っかかったようだ。
「なんだか上手くいかないな。ちょうどいい感度にならない」
「今までちゃんとやってなかったろ。本来探知より索敵の方が難しいんだ。そうやって索敵の基準をいつも固定したままだから、他のモノを検索しようとすると、急に精度が悪くなるんだ。
近くのモノばかり見ていて、急に遠くを見たりするとピントが合わないのと一緒だ。日頃の慣れで尺度が固まっちまってるんだよ」
「う~ん、索敵も練習する必要があるのかあ」
なんだかやる事も、考えなくちゃいけない事もいっぱいだなあ。
「そういう事だ。ただここは初中級とはいえダンジョンだからな。普段より更にやりづらいはずだ。まずは基本の探知をしっかり出来るようにした方がいいな」
そういうわけで探知に切り替えながら、森の中を歩く。
確かあの魔法試験で、一方方向なら約190mくらいは探知の触手を伸ばせたはずだが、ここではその半分あるかないかという手ごたえだ。
遠くになればなるほど、ゆらゆら揺れた水の不透明度が増してくるような感じで、少し酔ったような感覚にもなる。
と、右斜めの藪の向こうに、赤いリボンが付いているのが視えた。
見に行くと、確かに地面の草や木の枝に、さっき狩りガール達に見せてもらったリボンが結んである。
「ということは、ここら辺に罠があるって事だな」
俺はそのまま近寄らずに、辺りを注意してみた。
すると草やシダに隠れながら、1本の紐が10cmくらいの高さに張ってあるのがわかった。
それを目で追っていくと、近くの樹の幹に沿って伸びている。更にそれをたどって、俺は戦慄した。
3mくらいの高さの、枝が入り組んで葉がこんもりと茂っているところに、ソレがあった。
長さは1m以上で、棘のように尖った杭をハリネズミのように打ち込んである丸太が、そっと隠れていた。
そして手前の太い枝から伸びたロープに繋がっている。
これはアレだ。
下の紐に触れて引っ張ったら、あの丸太が吹っ飛んでくるヤツだ。
「ベトコンかっ! 捕獲罠どころかブービートラップじゃねぇかっ」
もう捕まえるというより、一撃必殺を狙ってきてる。これがあのキャピキャピ狩りガールが仕組んだものなのか?! よく見ると丸太の鋭い杭にも、3つリボンが付いている。
色んな意味で恐ろしい……。
「こんな罠は珍しくないぞ。特に中型以上とかは、生半可な罠じゃ獲れないからな」
「ええっ、だって鹿とか言ってなかったか? 俺はてっきり落とし穴とか、括り罠かと思ってたんだが……」
もしかすると落とし穴も、ただの穴じゃないのかもしれない。落ちたら串刺しになるような、即死か致命傷狙いの……。
これは気を引き締めて探知せねばならないな。
あらためて探知に気を入れる俺に、奴が気を抜かすような事を言ってきた。
「ところでブービートラップってなんだ?」
地球に戻ったら、まず『ランボー』と『プラトーン』『フルメタル・ジャケット』のDVDを借りることにしよう。
「罠といえば、ヤブルーを使った仕掛けもあるぞ」
簡単にブービートラップの解説をしてやると奴が言った。
「今みたいに足とかに引っかけて、紐を引くと、その先にヤブルーが括られていて、引き抜かれるという訳だ。
そうすると相手はそのヤブルーの叫び声で戦意喪失、または具合が悪くなり、心臓発作で死に至るってわけだ」
「ちょっと待てよ。あんた、さっき、死にはしないとか言ってなかったか?」
俺はつい立ち止まった。
「ん、まあ、最悪そうなるという意味だ。普通の健康体なら大丈夫だ」
「おぉいっ! ずい分意味が違うぞ、それっ!」
「全く細かい事を気にする男だな。そんなんだから、いつまでもメンタルが強くなれねぇんだよ」
やれやれと言った感じで、奴が軽く肩をすくめた。
いや、絶対細かい事じゃねぇぞっ! やっぱりコイツのいう事は信用ならねぇ。
「蒼也、他に注意するモノがあるか感知してるか?」
「ん、とりあえず……近くには無いと思うが、あるのか?」
俺の索敵出来る範囲には、まず危険そうな魔物や動物は引っかからないし、探知でも他に罠らしきモノはなさそうだ。
「う~ん、まだお前の
なんだか気になるような事を奴が言った。
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