第145話☆ 使徒たちの談合


 居酒屋は混んでいたが、チコが店主に何か話すと、階段下に垂れ下がっていた布をめくった。

 そこには一組のテーブル席があった。どうやら予備の席らしい。

 斜めになった天井下の柱にはカンテラも下がっている。


「旦那は奥に座ってくだせぇ」

 椅子を追加で持ってきたチコが正面に座った。

 約束していたグレーンウイスキー(穀物が主原料のウイスキー)を即座に注文する。


「じゃあまずはお近づきのしるしに……」

 チコがカップを掲げたそばから、奴が一気にあおった。

「ふん、まあ、確かに悪くないな」

 解析によるとアルコール58度の酒を、速攻で飲み干した奴に目をぱちくりするチコ。

「言っとくけど奢ってもらうのは一杯だけにしろよ」

 俺はそっと自分の分のカップを、奴の方に押しながらくぎを刺した。


 料理が運ばれて給仕がいなくなると、あらためて『エオニオニィタ テレス永遠の終わり島』の話になった。

 しかし詩にも歌われる有名な戦史。ほとんどのエピソードは出尽くしている。そのせいか、それとも奴の感覚なのか、出て来る裏話はどれもこれも酷いモノばかりだった。


 やれ人間側のとある王国軍の英雄が、実は女装癖があったとか。切り込み隊長として名を轟かせた猛者が、いつも馬に乗らずに走っていたのは慢性痔疾のためだったとか。

 魔族連合軍のある魔王のハーレムは、足フェチ嗜好のせいで、アケパロイ人無頭人やアンティポデス人(膝の関節が逆向き人間)ばかりだったとか。

 どうでもいいとうか、下世話なネタばかりだった。

 チコはへぇへぇ言いながら、メモを取っていた。こんなの記事になるのだろうか。


「やっ、確かに噂にも聞いたことない情報ネタばかりでやすが、もしかすると不敬罪に問われるかもしれやせんね……」

 各武人たちは、教会やそれぞれの国々の英雄として今も崇め祀られている。生まれ故郷にはもちろん彫像が立っている有名人たちだ。

 そんな偉人たちの赤裸々すぎる話なんか、それこそ名誉棄損どころか、不敬罪で訴えられる可能性があるということだ。

 それはもちろん魔族のほうも同じこと。

 地球にだって、どこかの国の神様を愚弄したと、暗殺されかかった作家がいたのだ。

 こちらでも同じような事が起こる可能性がある。


「なんだよ。誰も知らない情報っていうから教えてやったのに」

 これは秘話というより、外に出しちゃいけない隠匿話じゃないのか。

「そうですねぇ……こいつはちょいと店長と相談してみやす。で、旦那だったら他にも色々おありでしょう?」

 諦めないチコがまた訊いてきた。


「そうだなぁ、蒼也、お前もあるだろ。そういうの」

 急に俺に振ってきた。

「えっ 俺に?」

 そんな、この間まで平々凡々と平和に暮らしてきた俺に、そんな人に聞かせられるような面白い話なんかあるわけないじゃないか。


「お前の体験談じゃなくて、以前ラーケルの酒場でノームたちに話してたのがあるだろ。お前んとこの魔物の話が」

「ああ、妖怪話のことか? でもあれは事件とかじゃなくて、伝説だぞ」

「何ですか? そのヨーカイってぇのは」

 チコが興味を持ったようで、尖った顎を突き出してきた。

 多分ネタにはならないだろうと思ったが、簡単に日本の妖怪やそれにまつわる伝承を話して聞かせた。


 すると、ピジョンの時と同じように、チコも目を輝かせてきた。

「それはまた、なんとも奇妙で他所でも聞いたことがないでやすね。他にもあるんですかい?」

「ええと、色々ありますけど、そんなんでいいんですか? だってこれ、事件でも歴史の裏話でもなく、ただの言い伝えですけど」

「いいんですよ。面白くて目新しけりゃあ、読み物としていけますからね」

 もう何でもいいんだな。

 そういえばグリム童話とかも、兄弟があちこちで探して集めた伝承を集めたものだったな。


 なので、まあ知っている有名な昔話の中で、オチのある『耳なし芳一』や『三枚のお札』などを話した。

 落ち武者の亡霊たちは騎士のレイスに、鬼婆はオーガのメスという設定にした。芳一や小坊主は、侍祭(教会の下級的従者)か修道士に置き換えた。

 彼は熱心にメモを取っていた。


 店はますます混雑していって、ふと横から見た窓の外は、遅い時間にも関わらず、通りを行きかう人々の姿が尽きなかった。


 ********************


 寝返りをした時、手が壁に当たって目が覚めた。

 俺は壁につけたソファで寝ていた。


 昨夜居酒屋が閉まってから、この『フォックス・カンパニー』までやってきた。会社は7階建ての、色々なテナントが入っている雑居ビルのような建物の最上階にあった。

 エレベーターなどない高い建物では、4階以上の家賃は安いからだそうだ。

 

 宿代わりに泊まらせてくれたその部屋は、大きな机台を真ん中に、窓際や端に3つの小机が置いてあり、壁一面に幾つもの棚が並んでいた。その棚には目一杯というか乱雑に、紙やベニヤのような薄い木板が詰め込まれている。

 それぞれの机の上も同じく物置場と化しているし、丸めた紙筒を突っ込んだ駕籠がそこかしこにあって、歩く邪魔をしている。

 そうしてその窓際の一角に、L字型に衝立てで仕切った場所があった。


 向かい合うソファが2つとテーブルが1つ。正面に窓が1つあるだけの応接スペースらしい。

 そう、来る前に話してくれていた、ここが今夜の寝床になるのだ。


「すいやせんね、ホントにこんなところで」

 そう言いながら、チコは物置部屋から毛布を持ってきてくれた。枕はマイ枕があるので断った。

「いえ、こちらこそ泊めて頂いて。だけど本当に大丈夫なんですか? 勝手に私たちを会社に泊めちゃって」

「気にしないでくだせぇ。店長にゃ後で報告しときゃあ、それで大丈夫でやすから」

 そういうチコも今日はここに泊まるようだ。

 まあ俺たちを残して自分だけ家には戻れないよな。自分の部屋は狭いし、ここより汚いから連れて行けないと言われたし。


 本当は今日こそシャワーくらい浴びたかったが、さっきの居酒屋は本当に酒しか飲み物がなくて、エールばかり飲んでいたおかげで、俺もほどほどに酔っていた。

 奴がソファを創造神力で、平に変換させた上に転がったら、もう立ち上がるのが億劫になっていた。

 そのまま眠りに落ちた。


 そしてさっき目が覚めた。

 俺は壁側に向いて横になっていた。反対側に寝返るとテーブルを挟んで、向かいのソファに奴が無造作に足を組んでいる。

 その姿は、少し開いた窓から差し込む朝日の反対側にあって、逆に闇に溶け込んでいるように見えた。

 

 今何時なんだ? 枕元の腕時計を探そうと、少し頭を上げて俺は固まった。


 足元側の衝立ての隅に、白い着物を着た男が立っていた。

 そう、洋服ではなく、日本の着物だ。

 もしここにヴァリアスがいなかったら、俺は声を上げていたかもしれない。

 男は深々とお辞儀をすると低い声を発した。


「お久しぶりです。ソーヤさん」

「お、オプレビトゥ様? どうしました、その恰好は?」

 今日の若頭は、白い無地の着物にきっちりと白い帯を締めていた。決して浴衣などではない。

「これは今、お世話になっております寺院にて、お借りしております服装です。この服を着て坐禅を組むと、心安らぐものですから」

 ああ、あの禅寺か。だけどこのシトにこれ着せたら、この絵面だぞ。

 誰もその寺ではツッコまないのかよ。

 いや、ツッコめないのか……。


「ええと、今日は、こいつに御用で?」

「これは遅くなりましてすみません。お届け物を預かって参りました」

 死に装束もとい白装束の男は、空中からスッと段ボールの箱を取り出した。

 ヴァリアスッ! このシトを使い走りにしたのかよっ。

 

 昨日の昼、あの赤鬼の家ならぬ、ダリオの売店で昼食を食べながら、ネット注文を済ませておいたのだ。

 しかしまさか、若頭が持ってくるとは思わなかった。

 これならまだリブリース様のバイク便の方が、気軽で良かった気がする。


「大変すいません。オプレビトゥ様にお使いさせてしまって」

 俺はチコを起こさないように、小声で言った。

 探知するとチコは、あの大きな台の上で深い寝息を立てている。


「いえ、気になさらないでください。こちら(アドアステラ)にも用がありましたから」

「そうだぞ、蒼也。それにアイツは眠らせてあるから、大声出しても大丈夫だ」

 何も気にかけない奴は、のんきに缶ビールを飲みながら、組んだ足をぶらぶらさせていた。

「俺はてっきりナジャ様んとこの天使が来るのかと思ってたよ」

 段ボールの蓋を開けながら、一緒に注文した物を取り出した。


「どうせ来るならと、ついでに頼んだんだよー」

 振り返るといつの間にか、ふんわりとした金髪を傾げたナジャ様がソファに座っていた。

これはまた、使徒が3人以上揃うとロクな事がない……。

 俺は経験上、つい心の中で身構えた。


「じゃあヴァリー、こちら産に品質変換してー」

 少女は納品のタオルと鏡の入った段ボール箱を受け取ると、ヴァリアスのほうに可愛らしく首を傾げた。

 すると奴がその箱をチラッと見た。

「済んだぞ」

 えっ、今ので変換したのか?!

 だが、俺も解析してみると、確かに全て地球産の文字が消えている。

 当たり前だが、ただの戦闘馬鹿じゃないんだな。


「ところでソウヤ、試験勉強ははかどっているかい?」

 段ボールを空中に収納すると、クルッとナジャ様が俺の方に向き直ってきた。

「なんとか……過去問と本を読んでますけど……」

「それでちゃんと頭に入るかい? ただ暗記してるだけなんじゃないのかー」


 そうなのだ。

 俺は元々勉強好きって程じゃないから、高校受験勉強も苦痛だったし、さらに異世界の知識というのも何だか文字だけ読んでいると、実感が湧かないのだ。

 だからあのヤブルーだって、知識として叫ぶのは知っていたけど、せいぜい抜く時に『ギャッ』とか一声出るくらいかと思っていた。

 現実はあんなに長く、厄介な声を上げ続けているとは思わなかった。


「そういうのはちゃんとオレが、実地で見せてやってるよ」

「チチチッ そう言うけど、魔法とかのやり方はお前さん流だろ? それじゃソウヤがついて来れないよ」

 少女が綺麗な指を顔の前で振ってみせた。

 奴が五月蠅そうにそれを振り払う。


「じゃあなんだ、お前の方が上手く出来るとでも?」

 奴が凶悪ヅラにさらに陰を増して、少女の方を睨むように見る。

 それに対してまだ幼さの色を残すような少女は、全く気にする素振りも無く答える。

「そうだねー。だけどやっぱり教えるなら、同じ感覚を持つ者の方が教えやすいんじゃないのかー?」

「人間にやらせろと?」

「以前も雇っただろー? ほら、リトルハンズをさ」

 険悪な陰がひいた。

「んー、まあそうだが、あれはテイムのやり方だったしなあ。それにアイツの体術もちょうど良かった」

「だからお前さんみたいな強引な力任せなやり方は、ソウヤに合わないんだって」

 そう言ってナジャ様は、横に控え立っている白装束の男にチラリと目を向けた。


「実は言いづらいのですが、この調子だとソーヤさんが試験を通る確率が57~73%のようなんです」

 若頭が少し申し訳なさそうに言う。

 微妙な合格率だな。

「何っ? もっと高くないのか。戦闘力なら十分、D以上だろうが」

「ええ、ですから筆記ですね、問題なのは。どうも一般常識が難しいようで」

 奴を見るとちょっと納得がいかなそうな顔をしている。

 そこを分からないとこが、怖ええんだよ。


「だから人には人が合ってるんだよー。

 風と探知が出来る男が1人、ちょうど近くにいるんだ。今のソウヤのレベルにも相性がいいのが」

 少女が手をヒラヒラさせた。

「探知か。――ふーん、それはいいかもな」

 奴がソファに深く座り直す。

 なんだか、当の本人を置いてきぼりにして、話が進んでいく。


「ただ、問題なのはその男が3日後、このままいくと76%ぐらいに達しそうなのです」

 若頭が中指で伊達メガネを上げた。

「ふん、まだ残り24%もあるじゃないか」

「しかし、高確率には違いないですからね。そこにヴァリさんが直接絡むのは……」

 ちょっと若頭が言い淀む。


「面白そうだ。オレもソイツがいいな」

 奴がニヤリと凶事を思いついた魔王のような顔をした。

「だろー」

 少女も口元に怪しい笑みを浮かべる。

 ふうぅーと若頭が深くため息をついた。

「もう、何を言っても無駄なようですね。わかりました……。ヴァリさんには世話になってますから。

 まだ3日ありますし、なんとか修正しましょう。

 ただおそらく出来ても54%ぐらいまででしょうが……」

「それで十分だ」


 若頭は静かに頭を下げると、そこだけ色が抜けていくように薄くなり、消えていった。


「よーし、じゃあ手続きは早い方がいいね。あたいが整えようかぁ?」

「いや、いい。オレがやる。コイツの守護はオレの役目だからな」

 そうオレのほうを見た。

「それに運命のヤツの免罪符も貰ったしな」

「だからって、やり過ぎはマズいよー」

「大丈夫だ。お前にこれ以上、蒼也に関わらせたくないしな。どうせまた無理にこちらに取り込もうとする気だろうが、いくら手伝ってもそんな勝手はさせないからな」

 少女が綺麗な眉をムッとひそめたが、すぐに元通りになった。


「それにちょっと思いついた事がある」

「わかったよー。じゃあなソウヤー、勉強頑張れよー」

 そのまま朝の光の中に溶け込むように消えていった。


「なんだよ、俺の事なのに蚊帳の外かよ」

 俺は文句を言いながら腕時計を見た。5時56分。あともう少しで開門の時刻だ。

 窓の下を覗くと、すでに人々が行きかう姿が見えた。

 そろそろチコも起きるだろう。シャワーがあるか訊いてみるか。


「聞いた通りだ。短期間、お前の教育員を雇うことにする」

 奴が新しい缶のプルタブを起こしながら言った。

「それってあのターヴィみたいにか? 今度は風と探知の個人教授かよ」

「ああ、主にそうだが、それ以外もある。今回も色々学べそうだぞ」

 また不安しかないんだが。

 こいつのおかげで、俺の人生はハードモードだ。

 神様父さんは相性だと言っていたが、本当に他に誰もいなかったのか、未だに疑問だ。

 俺の身の回りの守護と簡単な世話ぐらいなら、キリコかそれよりも下の天使クラスでも十分だったと思うのだが、本当に神様の感覚はわからない。

 


「そういえばさっきの何%ってなんだい?」

 俺は探知でチコの様子を確認しながら訊いてみた。教えてくれるかわからないが。

「―――確率だ」

「えっ、もう一回言ってくれ」

 探知に気がいってて、始めのほうを聞き落とした。


「死ぬ運命の確率って事だよ」

 

 ちょうど鳴り始めた鐘の音が、早朝にも関わらずどこか陰鬱に聞こえた。

 

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