第146話☆ X-Dayの男
「ハンターだったらそんな確率当たり前だろ?」
「その人はハンターなのか?」
さっきの会話ではそんな話出てなかったよな。
「そうだ。他にも色々聞いてる。お前は気が付かなかったろうが、オレ達は独自に情報のやり取りが出来るからな」
ああ、そうか。考えてみたら俺に使えるんだから当たり前か。
俺とみたいに、使徒もテレパスのようなやり取りをするんだ。
俺が始めに脳みそに直接流し込まれたように、言葉とは比べものにならないくらいの膨大な情報量を、一瞬で交換し合うことが可能なのだ。
「確かにハンターみたいな職業だったら珍しくないだろうけど、その……、死亡確率って確定なのか?」
「そんな事はないぞ。行動や選択肢によってかなり変わるからな。その数字はその平均値だ。
ただそいつは今、運命のどん詰まり。いわゆるどの道を通っても、危険を通らざるえない状況になってるって訳だ。高確率のな」
「それって天中殺みたいなものなのか? じゃあその危険日に、家にこもって何もしなければ回避できないのか」
「本当にそうできれば回避できるかもな」
そう言って朝から缶ビールのプルタブを開けた。
「だが、そうはならない。どうやっても何かしら行動を起こす。そういうふうに引っ張られるからな」
「……厄介だな」
いや、ちょっと待て、もっと厄介なのは―――
「待てよ。俺はその死亡率50%以上の人と、Xデーを過ごすって事なのか !?」
「そうだ。なかなか面白いだろ?」
悪魔がビールをあおりながらニンマリ笑う。
「ふっざけんなよっ! 人の命は見世物じゃないんだぞっ!! ゲームのイベントとも訳が違うんだぞっ」
「そんなこと百も承知だ。だからお前がそれを防いでみろ。お前はこの世界じゃイレギュラーな存在、変数なんだからな」
「なっ……」
「もし失敗しても、それは元々そいつの運命なんだからしょうがない。それにお前が介入しないのなら確率は元の76%のままだ。
だが、お前が絡むなら何%か下げる事が出来る」
うぬぬぬ……聞いちまったら断れないじゃないかよ。
「それに少なからずお前と縁があるようだし」
「なに?」
その時、衝立ての向こうでゴソゴソ動く気配がした。
チコが起きたようだ。
ひとまずこの話は後にしよう。
俺はチコに風呂があるか訊きにいった。
******
廊下の片隅に設置された共同風呂は『赤猫亭』のようにシャワーのみだったが、サッパリできて少し気分が良くなった。
編集部に戻ると応接間で、奴が我が物顔にソファに座り、相変わらずビールを飲んでいた。その斜め前でチコが新聞を持ちながら、奴に何か記事の話をしていた。
俺も風呂上りで喉が乾いたので1本開ける。
ふと見るとテーブルの上には、何部かのタブロイド紙が載っていた。言わずと知れたここの新聞『 ジ・スライ・フォックス』だ。
俺も飲みながら読んでみたが、予想を違えずゴシップだらけだった。
『Pというイケメンでスケコマシでも有名な演劇俳優が、13角関係の末、その綺麗な顔に傷を付けられる傷害事件が発生。その場にいた容疑者が多過ぎて、誰が実際に手を出したのか、もっか調査中』とか、『R国の『未成年者奴隷制度撤廃』に大きく貢献した事で有名なM大使が、王都の娼館でハレンチな馬鹿騒ぎを起こし、警吏のお世話になった顛末』とか、どうでもいいというか、スキャンダルばかりがデカデカと載っている。
「へへっ、そいつはおいらの記事で」
チコが指したのは、先程の親善大使のスキャンダルだ。
「この記事書いたのはチコさんなんですか」
さすがこんなのを一面に載せるぐらいだから、昨日のあの英雄たちの与太話も加工して載せるかもしれないな。
「へぇ、さいですよ。警吏の旦那たちもおいらの大事な情報源でさ。普段から酒を差し入れたりして、こう面白そうな事件とかがあったら教えてもらうんで。
ギルドなんかも係の1人でも仲良くなれば、表に出ない裏情報も掴めやすからねぇ」
ちょっと自慢げに尖った顎をさすった。
「やっぱりお前かっ! あの番人にオレ達の情報を流したのはっ」
急にヴァリアスが大声を上げた。
チコの顔色がサッと暗転する。
「いくら何でもおかしいと思ってたんだ。オレ達をそっとしておけというお触れを回してるのに、それを無視するような行為をするのは。
もしかしてお触れじゃなくて、情報だけを知ってたんじゃないかと思ったら案の定かよ」
語るに落ちた情報屋は、奴に睨まれてブルッと体を震わせた。
「まあ、もういいじゃないか。そのおかげでこうしてお世話になれたんだし、あんただって旨い酒を飲めたんだろ?」
フンッと奴がちょっと面白くなさそうに、テーブルの上にゴンと足を乗せた。
まったくこの態度がゴロツキなんだよな。
が、急に何かを思いついたような顔をすると、急に立ち上がった。
「よぉーし、蒼也、昨日のロック鳥のフンとヤブルーの換金がまだだったよな。今日はまずギルドに行くか」
その時、サッとテーブルのタブロイド紙を1部、手に取って消したのを見た。
「じゃあ、朝食にしやすか。近くに朝からガッツリ食べれる食堂もありやすから」
顔色を伺いながらチコが言う。
「いや、ギルドに先に行く。お前はついて来なくていい。俺たちはあっちで済ます」
そのまま奴がツカツカとドアの方に歩き出した。
「えっ! 旦那たち、もう行っちまうんですかい!? 宿なら今夜なんとかしやすからっ」
チコが慌てて追いすがってきた。
「心配するな。用を済ましてくるだけだ。ちゃんと戻ってきてやるよ」
「ほ、本当で?」
戸惑い気味のチコに、俺も約束すると言ってドアを通った。
「なんだよ、急に。そりゃあ換金もしたいけど、そんなに急がなくても良かったのに」
階段を降りながら、チコが追って来ないのを確認してから奴に訊いた。
「例の男がちょうどギルドに来そうだからだ」
「ああ、ハンターだったんだよな。じゃあ、ギルドあたりで会った事があるのか? 俺は見当つかないんだが」
「会えば分かるだろ。じゃあ転移で行くぞ」
「え、わざわざ転移でか?」
そのまま階段の踊り場で転移した。
「ああ? ここって」
そこは何度となく世話になったあのイアンさんの裏庭だった。
「ギルドって王都のだったのかよ」
俺は一応誰にも見られてないか、あたりを見回した。
「そうだ。奴は王都のハンターだからな」
木戸を開けて裏道から通りに出た。
ハンターギルドの入り口は朝から人々が行き交っていた。
後に聞いた話によると、24時間営業のギルドではあるが、新しい依頼の掲示などは、大扉を開ける朝6時頃に行われるらしい。それ目当てにやって来るハンターたちもいるのだ。
今日は買い付けのみなので、隣の買取受付兼倉庫専用の建物に入った。
中は体育館のようにだだっ広い部屋で、手前の長いカウンターの奥に、幾つもの大きな鉄製の台が置かれ、その他にオーロラのように揺れる、光のコンテナ状のモノが何個かあった。
ギーレンの解体倉庫でも見た事があるように、天井には金属の太いレーンやフック付きの鎖、滑車などが見える。
奴をいつも通り壁のところで待たせて、俺だけカウンターに向かった。
「おう、兄ちゃん買取か。物はなんだ?」
ちょっとキラー・カーンに似た、目の細い、ナマズ髭のスキンヘッド親父が、太い腕を組みながら訊いてきた。その分厚い体には胸までの、灰色がかったベージュ色の皮エプロンを着けている。
ちょっとドルクのおっさんを思い出した。
「えと、ヤブルーが14本とロック鳥のフンです」
チラッとバッグからヤブルーを掴みだして見せた。
「ほぉー、収納バッグか。じゃあ今、物をそこに持って来てるんだな。
ロック鳥のは最近あまり出なかったから、今なら色を付けられるぞ。どのくらい拾ってきたんだ? 」
「ええと、こんなぐらいです」
俺は手振りで空中に大きく円を描いて見せた。
「あ? そんなにか。それじゃいくら何でもそのバッグには入んねぇだろ」
「いや、それが……」
他にも人がいるところで言いたくないな。
「ん! よし分かった。こっちに来な」
俺が言い淀んでいると、カーン親父は何か察してくれたようだ。
カウンターの板を一部開けて、中に通してくれた。
「ちょっと待ってくれよ」
そうカーン親父が台の何処かを押すと、ブワァンと俺たちを台ごと囲むように、床からオーロラの膜が現われた。
「こうすりゃまわりから見えないからな」
ああ、これは光の目隠しだったのか。確かに出すところや、その取引を見られたくない人もいるだろうしな。
もうバッグから出す必要もないので、そのまま空中から先にヤブルーを出す。
続いて例のフンだが
「このテーブルって大体どのくらいの重さまで耐えられます?」
「あ~、大体12
カーンが髭をいじりながらフッと笑った。
「じゃあそっと出しますね」
空間収納に入れている間は、重さは一切感じない。だから物を出し切らなければ――一部分でも収納空間に入っていれば、重さを感じる事はない。
ただ質量は消えないので、引っ張り出すにはそれなりに力がいる。
だから台の上に収納空間をずらしていく感じで、石を出現させた。
「おおっとぉっ! こいつはスゲェなっ」
カーン親父の細い目が大きく見開かれた。
出した俺もあらためて思う。よくこんな隕石みたいなフン、人の頭の上に落としてくれたもんだ。
「んん? 欠片どころか、どこも割れてないな。こりゃあ本当に落ちてたのか?」
「ええ、多分ロック鳥が地面に直接降りてフンしたみたいで」
まさか空中でキャッチしたとは言えない。
「そうか、そりゃあ運が良かったな。割れてない方が、内側の鮮度も保たれるからな。鑑定に回さないと質までは分からんが、ちょいと期待してくれていいぜ」
カーンはヤニで黄色くなった歯を見せた。
「それにしても兄ちゃんの収納容量もなかなか大きいな。ひょっとして、もっと入れられるんじゃないのかい?」
「いえ、これで精一杯ですよ」
俺もワザと作り笑いで誤魔化した。
「んじゃ、一度収納してくれるかい? こいつはそのままじゃあ動かせねぇからよ」
またずりずりとフンを収納していると、カーンが台の横に立っている、船を操作をする
すると天井からジャラジャラと音を立てて、太い鎖が何本も降りて来た。
その鎖の端がたっぷり台の上に乗ったところで、取っ手を操作する手を止めた。
すかさず台の下から丈夫そうな大きな帆布を出す。いや、布じゃなくてなめした皮のようだ。
広げたその革の端に付けられたリングに、手早く鎖のフックを取り付けていくと、カーンがこっちに振り返った。
「じゃあもう一度ここに出してくれ」
★★★★★★★★★
「で、これからどうするんだ?」
俺は奴のところに戻って引き換えプレートを見せた。鑑定までにあと1時間くらいかかるのだ。
「外で待つ」
外に出てすぐに隣のハンターギルドの前に来た。
「もうすぐ奴が来る。お前も見た事があるからわかるはずだ」
「本当に思いつかないが、誰なんだ?」
「オレが近くにいると警戒して逃げちまうから、お前1人で扉の傍に立ってろ。
あとその面は取れ。フードもな」
そう言ってまた隣の買取所の方にスタスタと行ってしまった。
相変わらず
よく分からんが、とにかく顔を出しとけば相手も俺に気が付くってことか。
しょうがないので言われた通り、俺は大扉横の壁面に、邪魔にならないように佇んだ。
重厚な大扉は両面とも開いていて、ハンターらしき剣士や魔法使いっぽいワンドを持った者などが、入れ替わり立ち代わり通っていく。時折テイマーらしき、鳥や犬や蛇などの動物を連れた者も見かけた。
通り過ぎていく人の中には、チラッと俺の顔を見ていく者もいるが、そのまますぐに前を向いた。
中には異邦人が珍しいのか、ジロジロ見ていく者もいたが、見返すとすぐに視線を逸らして行ってしまう。
う~ん、なんだか駅の入り口で人待ちしている気分だ。
こうして眺めていると男の割合は多いが、女だっていないわけじゃない。
王都という事もあって亜人も多く、獣人やドワーフらしき逞しいガールズパーティが、しっかりとした重装備で横を通っていった。
やはりマンガや小説のようなビキニアーマーのような姿は見掛けない。
確かにいくら魔法でむき出しの部分も保護していたとしても、野郎の視姦までは防げないだろう。
大体あんな恰好じゃ、それこそオークみたいな輩に襲ってくれと言ってるようなものだし。
まあ俺も個人的には見てみたい気はするが。
などと考えていたら目の隅に、立ち止まってこちらに視線を向けている気配に気がついた。
顔を向けるとベーシス系の男が1人、5mくらい手前でこちらをジッと見ていた。
見掛けは30前後だろうか。こげ茶色の髪にターコイズブルーの目、その瞳の色に合わせたのか額に青色のバンダナを締めている。
腰には剣士としてショートソードを下げていた。
そして明らかに驚いた顔してこちらを見ていた。
確かに俺のことを知っているようだ。
俺もどこかで会ったか、見たことがある気がする。でも思い出せない。
「あの……どこかで会いましたっけ?」
俺は警戒されないようにやんわりと声をかけながら近づいた。
男は一瞬身を強張らせたが、俺が1人と思ったのかすぐには逃げなかった。
「ああ……そっちは覚えてないだろうが……」
ううん、この声には聞き覚えがない。だが、ますます会った事がある気がしてきた。
「ええと、それはどこで?」
すると男はあたりをキョロキョロ見回すと
「今はあんた1人か? 悪いがおれはあまりあんた達とは関わりたくない。ギルドの通達も知ってるしな」
そう言って俺を避けてそのまま中に入ろうとした。
「皮肉だなぁ。ちゃんと通達を守って関わらないようにしてる奴に限って、こっちは用があるんだよな」
何故かギルドの中から奴が出てきた。
今度こそ男が全身を強張らせた。
「ちょっとツラ貸してくれるか?」
そう言って男にだけ見えるように、フードと口元のネックゲイターをずらした。
「……
男の顔がみるみる青ざめていくのが分かった。
「安心しろ。別に取って食う気はねぇ。ちょいと話があるだけだ」
と、ニーッと笑った奴と、凍り付いた男の
そこで俺はやっと思い出した。
彼はラーケルであの鱗の取引の際に、バイヤーの後ろにいた護衛の風使いの1人だった。
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