第147話☆ 風使いのヨエル
「こっちに来い。ここじゃ邪魔になる」
そう奴が男の首に腕をまわすと、俺のほうに連れてきた。完全にゴロツキが絡んでるようにしか見えない。
「勘弁してくれよ。おれはあんた達のこと喋ったりしてないよ」
男が首をすくめて言う。
「あ゛? 何のことだ」
「あんた達の情報を、情報屋に流したのは俺じゃない」
ヴァリアスが男から腕を離した。
「なんで情報が漏れている事を知っている?」
奴がニヤニヤ笑いを引っ込めて、覗き込むように男に訊いた。男はその視線を避けるように、目を外すと
「なんでって……ギルドが調査してるからだよ。どうやら要人リストの情報が流出しているらしいって……」
奴の舌打ちが小さく聞こえた。
「そんな大事になってるって事は、流れた先が1つや2つだけじゃないって事か。面倒くせぇなあ。全部潰すのは……」
潰す? 今潰すって言ったか ?!
奴の言葉に男が慌てたように言ってきた。
「おれは神に誓って漏らしてない。なんなら『審判の火』に手を入れてもいい!」
彼の言った『審判の火』というのは一種の魔炎だ。その炎の前で問われた答えを偽れば、たちまちその炎で身を焼かれるという、『真実の口』のようなモノで、裁判所が審問に使う道具の1つだ。
正直に答えれば炎は消えるという。
ただ本人が記憶を消していて嘘の自覚がなければ、真実でなくとも通ってしまうという抜け道はある。
「安心しろ。別にお前を疑っちゃいねぇよ。お前はあのバイヤーからついでに聞かされただけだろ? あの男も好奇心旺盛だったが、他所に喋るような奴じゃないのも分かってる。
お前に会いに来たのは別件だ」
「別件……?」
俺は奴に背中を叩くように押されて、前につんのめった。
「コイツにハンターの心えを指導してくれ」
「ナニ?」
男の目が点になった。
「すいません、突然で」
俺は謝りながら、自分が今度ハンター試験を受ける事と、奴では全然教師にならない事を簡単に説明した。
もちろん例のXディの話は伏せた。
「事情は分かったが、なんでおれなんかに……。他にも一杯いるだろうに」
「ある占い師がお前が適任だと言ったからだ」
奴がしゃあしゃあと嘘をついた。
嘘も方便というが、こいつはアウトローとはいえ、一応神の使徒の癖に平気で嘘をつきやがって。絶対にコイツの前では『審判の火』はマグマになりそうだ。もっともこいつには効かなさそうだが。
実はナジャ様の地上での身分証に、ちゃんと『占い師』というのがあり、まんざら嘘ではなかったのを後で知ったのだが。
「占い師……」
目を泳がせながら、少し呟くように男は考えていたが
「悪いが、おれには力になれそうにない。それに3日後はちょうど用事があるんだ。
すまないが他を当たってくれ」
軽く頭を下げると踵を返そうとした。
「ふうん、お前も占い師に言われたのか? その日は仕事をしないほうがいいと」
一瞬、男がピクっと止まった。
「そんな事、はないが……、本当に用があるんだ」
何故か男の言葉に少し含みが入った。
「まあいい。ときにお前はタブロイド紙とか読むか?」
スルッと空中からあの『 ジ・スライ・フォックス』を取り出してみせた。
「いや、そんなゴシップには興味ない。読んでるのはギルドの機関紙くらいだ。
なあ、もう行っていいだろ」
男も少し煩わしくなってきたようだ。再び歩き出そうとする。
「そう慌てるな。ほら、見出しだけでも見てみろよ。意外とバカに出来ないもんだぞ」
男はちょっと面倒くさそうに眉を寄せて、奴が白い爪で指さしたところを見た。
そうして目を見張った。
「これは……」
そのまま新聞を掴むと凝視した。
「なっ、たまには面白い記事が載ってるだろ?」
ニヤニヤする奴と新聞を交互に見ながら、男の顔にみるみる警戒する色が浮かんできた。
「……どこまで知ってる…………」
「全部だ。オレにもいるんだよ、優秀な情報屋がな」
「それにこれは……本当の事なのか?」
「もしこちらの依頼を受けるなら教えてやるよ」
2人のやり取りを横で見ながら、またもや俺の事なのに置いてけぼりを喰らっていた。
額に手をやって男はしばし考えていたが
「はぁ……、これは断れなさそうだな……」
諦めたらしく肩を落とした。
「だけど本当にこの日は先約がいるんだ。急に行けなくなったなんて言ったら、あいつ凄く怒りそうだ……」
聞くところによると、ちょうど当日、彼の
店、それは娼館、つまり彼女は公娼、娼婦だった。
「そんなモノ、なんとでもなるだろ」
他人の事情を、羽毛のごとく軽く考える奴が言う。
「いや、あいつ本当にこの祭りを楽しみにしてたから、さすがに今更行けないと言うのは……」
男は本当に困ったようで、頭を掻きながら低く唸った。
「よし、お前が言えないならオレが代わりに断ってやる」
「エエッ!?」「えっ!」
そのまま奴はスタスタと大通りに向かって歩いていく。
こちらは一瞬、2人して固まったが、すぐに慌てて追いかけた。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれっ!」
「気にするな。オレに任せろ」
「いや、違うっ! あんたが言ったら余計ややこしくなっちまうだろっ」
俺も追いすがりながら注意した。
「大丈夫だ。上手くいく」
競歩のような速足で歩く奴に付いて行きながら、あぁ~~~と、男が頭を抱えた。
「すいません。こいつ、言い出したら聞かなくて……」
もう先に謝っておこう。
「…………分かってるよ。こういう高ランクの人種の傍若無人ぶりは……。
もう関わっちまったのが運の尽きだ……」
俺もそうだよ。俺だってある意味被害者なんだから。
と、急に奴が立ち止まった。
「ところでその店はなんて名だ?」
★★★★★★★★★
官庁通り前を左に折れて、そのまま外周側に向かう。ギルド通りや官庁街は中央よりにあるが、そういった歓楽街は主に外側寄りにあるからだ。
その歓楽街というのは、言わずと知れたこの王都の花街の事だ。
彼女がいるという娼館の名前は『青い夜鳴き鳥亭』といった。
花街か。以前、奴がそのうち連れてってやるとか言ってたが、このタイミングで来る事になるとは。
しかもこんな朝っぱらから、果たして営業しているのだろうか。
「夜鳴き鳥とは言っているが、この街は夜のない眠らない街だ。宿代わりに使う奴もいるしな」
と、もう半ば諦めたらしい風使いの男が説明した。
彼は主にこの間のような護衛の仕事をやっているらしい。あのギルドのバイヤーは彼のお得意さんの1人だそうだ。
ヨエル――それが彼の名前だ。もちろん、相手は俺たちの名前を知っていた。
そうして俺たちの身分も。
バイヤーが護衛の者たちにも、取引相手に粗相があってはいけないからと、最低限だと言って俺たちの事を喋ったらしい。
最低限と言いながら、どこまで話したのやら。
大きな川を渡ると今までの小洒落た通りから、急に居酒屋が多く立ち並ぶ一角になった。酒店や醸造所、酒蔵らしき倉庫などが連なっている。半数の居酒屋は簡易宿泊所も兼ねているらしく、酒とベッドの形を現わした吊下げ看板が、ドアの上横に突き出ている。
飲み屋街ということなのだろう。
そこは倉庫や建物と、そこから伸びた塀に囲まれた場所で、唯一の通り道らしき門は開いていた。
門の前で通行料1人1,700エルを払って中に入った。
幾つも並ぶ開け放された窓から、歌声や笑い声が漏れ聞こえてくる。
通りを女の肩を抱いた男が、にやけた顔で通り過ぎていった。怪しげな店の前で胸元を大きく開けた女たちが、妖しい目つきでこちらに秋波を送ってくる。
建物の看板や壁、ドアの色は、紫や赤、ピンクと言った赤系統の色が多く、先程までいたお洒落な繁華街とは色使いからして一変していた。
大川から枝分かれした幅10mくらいの川が、通りの先に見えた。
『青い夜鳴き鳥亭』はその川のほとりにあった。その名の通り、青塗りの鳥の姿を型取った看板が下がっている。
開いた窓から中を見ると一見居酒屋のように見えたが、各テーブルには必ず女が同席していて、椅子も樽や木製の長椅子ではなく、背もたれ付きの布張りのソファのようだった。
「あら、初めてみる顔ね。お兄さん、外国の人?」
入り口横で、キセルのような管に巻き煙草を挿したモノを吸っていた、チンチラのような目の女が俺の顔を覗き込んできた。
「エイダはあいてるか?」
ヨエルがドア横に立っていた給仕に声をかける。
「彼女は今、休憩中ですよ」
食堂の給仕と違って、腕も胸も太く厚いガタイの良い大男が答える。こういう店なのでボーイというよりも用心棒なのかもしれない。
「ヨエルが来たと言ってくれ。話があると」
そう言って男にチップを渡すと、大男は軽く頷いて店の奥の階段を上がっていった。
「ふふっ、可愛い~、こういうとこ初めて? 良かったらあたしが面倒見てあげようか」
俺が煙を吸って軽く咳込むと、ホルスタイン系の獣人かと思うほどの爆乳で、俺の腕を挟んできた。
「け、結構です」
確かに触るぐらいならと、つい思ってしまったが、それだけで終わらなくなりそうなので勿体ないがここは遠慮した。
ちょっと間をおいて、細かいウェーブのブルネットヘアの20代前半くらいの女が、あくびを手で隠しながら階段を降りてきた。
「ヨーさん、どうしたの? こんな朝早く。話って何?」
「それがな……」
「こんなとこで立ち話も何ですから、奥に座りますか?」
先程の男が奥の4人席を手で示した。
「辛口のラガーがあるな? あと何か腹にたまるもの」
匂いを嗅いだらしい奴が、座るやいなや給仕に注文した。
まさか娼館で朝食をとる羽目になるとは思わなかった。
俺は飲み物はペールエールにしてもらった。
「で、なあに?」
彼女が隣のヨエルの肩に軽く頭を持たせかけた。
「コイツは3日後、オレたちの仕事でお前には会えなくなった」
無慈悲にストレートに奴がそう告げた。
「はあっ!?」
気怠そうだった女が、急に目が覚めたように体を起こした。
「本当っ?! ヨーさん、だって約束したでしょ? 絶対って」
「いや、その……すまない、エイダ。さっきまでそのはずだったんだが……」
言い淀む男を見ながら、みるみるそのぽってりした唇を開いた。
「信じられない……」
「別の日でもいいだろうが」と奴が素っ気なく言う。
「もうっ! こっちはその日しか休めないのよっ! 別の日じゃ祭りが終わっちゃうじゃないの」
「祭りなんざ来年もやるだろ」
「今年は50周年の特別なのよ。何よっ! あんた達が無理に仕事をねじ込んだんじゃないのっ!?
ちょっとくらい歯が多いからって、偉いとでも思ってるんじゃないのっ!!」
ヨエルが慌てて彼女を抑えようとしたが、怖くないのか、そのまま奴を睨みつけてきた。
「気の強ぇえ女だなぁ。分かった、お前1日いくらだ?」
「ハアァッ?!」
今度は隣の俺が素っ頓狂な声を出してしまった。
「何、あたしを買うつもり? 言っとくけどあたしは客を選ぶわよ」
「エイダッ! すまない、こいつは世間知らずなだけなんだ」
「あたしは世間をイヤってほど知ってるわっ」
「面倒くせぇな。おい、お前」
ビールを持ってきた給仕の男に奴が声をかけた。
「この女、今から明後日まで貸切る。これで足りるか」
そう金貨を1枚出した。
「ええ、これなら5日間でも大丈夫ですよ」
給仕の男が相互を崩す。
「ちょっと! あたしはまだ良いって言ってないわよっ!」
ビッと、その怒った顔の前に奴が指を突き出した。
「もういい。これでお前は明後日まで自由にしてろ」
「「「えっ?」」」
「自由って意味を知らないのか? そのまま言った通りだ。もう用はないから、さっさとまた寝てこい」
奴にシッシッと手で払われて、また文句を言いそうだったのを、ヨネルが必至で宥めた。
「わかった。じゃあ、あたしは部屋に戻るけど、ヨーさん、話終わったら来てね。絶対よ」
そう言いながら渋々エイダは引き上げていった。
入れ替わりに、さっきの給仕が料理を持ってきた。
「おい、オレ達はこれから男同士の話があるから、女は要らない。他の女どもにも寄って来るなと伝えておけ」
「は、かしこまりました」
給仕はちょっと驚いたようだが、すぐに引っ込んでいった。
コン!
客待ちの女たちに給仕が声をかけている姿を目で追っていた俺と男は、奴がテーブルを叩いた音で振り返った。
「さて、じゃあ商談に移ろうか」
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