第89話 廻る廻るよ、因果は廻る その3(捻じれのハンス)


「なんでだ、なんであの盗賊が――」

 本当にあの盗賊なのか ? まず死んだのか ?? 

 俺達が捕まえたのは、確か1週間くらい前だったよな。もう処刑されたのか ?!

 いや、そんな事より――。


「なんでアイツが引き寄せられてるんだっ!」

 奴がすぐ横で怒鳴る様に言ってくる。

 それは俺が訊きたいんだけど。


「クソッ、オレはちゃんとはらったぞ。運命のヤツら何してくれやがるっ !?

 これじゃオレの面子めんつが丸潰れじゃねぇかよっ!」

「大丈夫だ、始めから無いから安心しろ」

「あ゛っ !?」

 

 今はそんな事言ってる場合じゃない。

 オークは ‟フーッフーッ” と大きく息をしながら肩を上下させていたが、少しずつ息が整ってくると、自分の手足を見まわした。

 そうして頭や顔を撫でまわす。


 生まれたてで申し訳ないが、もう一度あの世に戻ってくれ――


 だが、半ば予想していた事だが、オークの頭のまわりに作った酸欠空気はかき消えた。

 こいつもやっぱり魔法耐性があるのか。


 オークの真っ黒い目と目があった。

 俺達の手前には茂みがあったが、倒れている獣人は見えなくても、しゃがんでいた俺は見えるからだ。


『ブオォォォーッ』

 オークが咆哮した。

 その声で男が慌てて動いて、痛みに呻く。


「ヴァリアスッ、助けてくれよっ! 彼を治してくれっ」

 だが、返事はない。わかっちゃいるけどムカつく。

 俺はすぐに男のまわりに、低いU字型の土壁を作った。

 こんなので誤魔化せるかわからないが、すぐ見えるよりマシだ。

 そしてすぐに茂みから飛び出した。

 オークは肩を怒らしながら、俺の動きを頭ごと動かしながら目で追ってくる。

 とにかく男から離さないと。


「無事かっ!」

 村長と昨日の巨人が、右の樹々の間から走ってきた。

 オークがそっちの方に振り向く。

 巨人がオークを見て、背中に背負った大剣をスルリと抜いた。

 助かった。

 体格的にもハイオークと互角に見える。任せられそうだ。


「オークはこっちに任せろっ。それよりこっちの怪我人を連れていけ」

 ヴァリアスの奴の声が土壁のそばでした。

 何言ってんだよ、あいつ!

「怪我人じゃと!」

 

 俺の方に来ようとした村長が、慌てて方向転換する。

 巨人はその場に立ち止まりながら、オークと村長の両方を、交互に目で追っている。

「おいっ、ヤーリ、やられたのかっ!」

 村長が土壁のある茂みの奥でしゃがみ込んだので、俺は土魔法を解いた。


「さっさとソイツ連れて離れろ。いられると邪魔だ」

 どうやら奴は気配を薄めているだけらしく、近くでは見えるらしい。

 村長は、そばにいるらしいヴァリアスと俺のほうを見ながら

「……わかった。ここは旦那達に任す。おい、カカ、こっちに来てくれっ」

 カカと呼ばれた巨人は、オークの方をチラチラ見ながら、ドスドス走っていった。


「カカ、ヤーリが怪我したようだ。今、ポーション飲ましたが、これじゃ応急処置しかできねぇ。村に連れ帰ってくれ」

 カカはもう一度、オークの方を振り返ったが、ヴァリアスを見たらしく、コクリと頷いた。


 ヤーリを抱えて、村に向かって走っていくカカを見送って、村長が立ち上がると、さっき獣人がしたように、呼子を短く早く3回ずつ長く2回吹いた。

『大丈夫だ、安心しろ』と、さっきの笛の警戒音に対する連絡をしたのだ。

 遠くから何回か、『了解』の長い呼子の音がこだまする。


「じゃあ、すまねぇが、儂はあっちに戻る。

 大丈夫だとは思うが、気を付けてくれよ」

「誰に言ってるんだよ、ジジイ」

 そうだったなと村長は、また右の方に走っていった。


 するとオークが小さく ‟ボヒュゥ……” と声をもらすと、おもむろに両腕を肩からグルグル動かして、村長のように首をゴキゴキ動かした。

 その場で体を軽く左右にひねる。

 それから足元に落ちていた、あの捻り殴打武器ツイストメイスを拾い上げて、のそりと動き出した。 

 そうして俺を見てないかのように、鼻を引くつかせながら斜めに、俺の横を通ろうとしていく。


 俺はオークに対する恐怖心から足がすくんで動けないのと同時に、オークの奴が発したその声の意味に戦慄した。


 それは 【村か……】 と言っていたのだ。

 カカの匂いを追って村に行く気か!

 ダメだ、駄目だ、絶対に止めないとっ。


 だが、体が固まって動かない。

 かろうじて頭と目だけが、通り過ぎて行こうとする奴の焦げ茶の姿を追っている。


 バンッと背中を叩かれた。

 いつの間にかヴァアリアスが俺の横に来ていたようだ。


「恐いか? そりゃ恥ずかしいことじゃないぞ。恐怖は防衛本能だからな。

 それがなけりゃ危険を察知できなくて、生物はとっくに滅んじまうからな」

 また声だけがすぐ隣でする。

「ヴァリアス、あ、あの、あいつは、盗賊の頭だった奴じゃないのか?」

「どうやらそうみたいだな。あの後すぐ殺されたんだろ。

 地獄とこっちじゃ時間が違うから、死んですぐこっちに戻って来る奴は結構いる」

「なんでだ。あんたが祓ってくれたんじゃないのか?」

 叩かれたおかげで、少し緊張が解けた。


「あ、うん、それなんだが……」

 なんだか歯切れが悪い。

「スマン、蒼也。どうやらオレのせいらしい……」

「へっ ?!」

「あの捻じれ野郎、最後にオレを恨んでたんだ。だからオレに引き寄せられてきたらしい」

 俺はあんぐり口が開きそうになった。


「――― 基本的な事訊いていいか?」

「なんだ?」

「あんたホントに神の使いなのか?」


 オークの奴はそんな俺達の事を全く気にせず、ズンズンと森の中を、村の方に進んでいく。

 その歩みは少しづつ早くなっていく。

 段々体が慣れてきたんだ。

 もう奴と不毛な議論してる場合じゃない。

 でも、違う衝撃の事実(?)のおかげで少し恐怖が薄れた。


 俺はダッシュしてオークを追うと、その背中に炎を発生させた。

 赤い霧が発生して消える。火も駄目か。


 水は? 氷柱つららのような鋭い氷を、思い切り頭めがけて飛ばした。

 が、これもあとちょっとで突き刺さるというところで、パァッと霧散した。

 その耐性のあるオーラで、攻撃してくる敵意のある魔力の作用が消されて、形を成せなくなってしまうのだ。


 土も雷も同じだ。試しに直接ではなく、足元のすぐ手前に落とし穴を作った。

 できた穴に片足が落ちた瞬間、オークはもう片足で思い切り地面を蹴った。

 そのままの勢いで走り出す。


 マズいっ! 警戒させてしまった。

 足に接触した、すぐ下の地面は魔力が弾かれてしまうし、離れすぎると気づかれて避けられる。

 だが、こう速度が速いと、いいタイミングで落とし穴を作るのは、俺の能力じゃ無理だ。


 奴に当たるように、手前の樹の幹を岩で撃ち砕いた。

 が、もちろん避けられて、折れた樹を飛び越えていく。 

 とにかく奴の足を止めないと。こんな時どうする?! 

 無視する相手を足止めしたい場合―――。


「捻じれのハンスッ !!」

 俺は盗賊の時の通り名を叫んだ。

 オークは一瞬こちらを振りかえった。

 本当にあの盗賊なんだな。

 だが、すぐにまた前方を向き直した。


「ハンスッ、この捻じれ野郎っ! お前とうとうオークに堕ちたのかっ」

 振り向かない。これくらいじゃ無視かよ。

「俺を覚えてるかーっ。あの時、荷馬車にいた魔法使いだー」

 今度こそ奴は足を止めて振り返った。

 が、‟ブフ、ブフフゥ”とひと鳴きすると、また早歩きし出した。


【なんだ、雑魚か】

 カチンと来た。


「この捻じれ豚っ! 俺が雑魚だったらお前は安物だぁ!! 手間がかかった割には、お前の懸賞金はたったの170万だったぞっ。魔物の牙のほうがずっと高いやっ(ドラゴンのだが)。

 オークの肉として売ったほうが少しはマシかぁ?!」

 おお、俺もこんな悪態つけるようになったよ。

 これもあいつのせいだ。


 オークのハンスが立ち止まった。

 ゆっくりと振り返ると、今度は完全に俺を見据えた。

 ぶるっと身震いがした。


「よく言った。上手いぞ。無視するヤツには怒らせるのが一番だ」

 原因を作った奴が言う。

「あんたのせいなんだろ、なんとかしろよ!」

 俺は後退りしながら文句を言った。

「そりゃあそうだが――ったく、これを仕組んだヤツ、新米かっ! 

 どこのどいつが、神界の者のしがらみまで運命に組み込むんだっ。

 見つけ出して捻りあげてやる !!」


 あんた、絶対しがらみだらけだろ。

 辺りの樹々から、風が枝葉えだはの間を吹き抜けるような高音がした。

 天使の悲鳴か。


「ヴァリアス、そんな事したらもう口聞かないぞ」

「なに女みたいな事言ってるんだ。それよりそんな事言ってる場合か?」

 そうだよ。

 今やオークは立ち止まって、俺の方を凝視している。

 このウザい奴を相手にするか、さっさとカカの匂いを追って村に行くか、考えているようだ。


 俺はもちろんまともにやり合いたくないから、こっちに向かって来たら、森の奥のほうに誘導しながら逃げるつもりで、少しずつ後退る。

 だが、こんな雑魚一匹相手にしてないで、さっさと村を目指すのを優先させたようだ。

 また踵を返すとオークは走り出した。


「おいっ、待てよっ」

 俺は焦った。

「しょうがない、手伝ってやるか」

 そう言うや、ヴァリアスが俺の横に姿を現した。


「おいっ、この糞豚野郎っ! こっちに汚いケツ向けんじゃねぇよっ。またその捻じれた唇伸ばしてやろうかぁ」

 ヴァリアスが低くて良く通る大声を上げた。

 ピタッとオークが止まった。

 ゆっくり振り返ると、みるみる目を開くのが遠目でもわかった。


【キサマ、貴様っ…………あの時のアクール人!】

「おー、ちゃんと覚えててくれたようだな。まっ そりゃそうか、最後にオレを恨んで逝ったんだもんなぁ。

 どうだった? 拷問の味は。馬引きか、車輪刑か、拷問棚ラックトーチャーか。

 まさかヘッドクラッシャーじゃあるまい? 

 お前の無駄にデカい頭じゃ、装置に入らなかったろうしな」

 あんた、本当は地獄担当じゃないのか ? よくスラスラ出てくるな。


【キサマ、キサマ、キサマのおかげでっ フゴーッ 俺はっ ブゴォー 刑吏に裁判も待たずに ブォブォッ 殺されたぁ!! キサマのせいだぁー】

 オークの鼻息が荒くなっていく。

「そうか、そうか。その刑吏はよくやった。

 お前みたいなの、人としてこの世に長く置いとくのも無駄だしな。

 早くオークになって良かったじゃないか」

 そうニンマリと牙を見せて笑った。

 元ハンスのオークは、メイスを両手で掴み直した。


「おっと、お前とまた遊んでやってもいいんだが、今は気が向かないんでな」

 いきなり俺の腕を引っ張ると、前に突き出した。

「コイツと戦って、もし勝てたら、もう一戦、相手してやってもいいぞ」

「なっ、何言ってんだよ?!」


 ずいっと俺のほうに顔を近づけると

「お前なら出来るよ。恐怖を克服出来るチャンスだ」

 そう言いながら、色が薄くかき消えるように、またフェードアウトしていった。


「ばっ、馬鹿野郎ーっ!! なんであんたの尻ぬぐいをしなくちゃなんねぇんだよぉっ!」

 俺はまわりの樹々に向かって叫んだ。

 わかっちゃいたけど、こんな守護神ガーディアンは嫌だっ!!


 物音に振り返ると、ヒグマのような巨体のオークが、俺のほうに向かって走ってきているのが見えた。


 ハイオークとのリベンジ戦が始まった。

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