第88話 廻る廻るよ、因果は廻る その2(地豚狩り)
「じゃあ旦那達は、悪いがこっちの一番端を頼む」
村長は俺達を森の裾に誘導すると、辺りを手で示して言った。
次の日の早朝、役場前の広場には多くの男達が集まっていた。
村長の横には、明らかに村人とは違った上等な服を着た、40代後半くらいの茶鬚を生やした男が、皆を探るように見回していた。
俺達は近隣のギルドから応援に来てくれた、ハンター達のグループに入っていたが、念のため奴のフードを引っ張って顔を隠させた。
『(喋るなよ。牙見せんな)』
『(チッ、面倒くせぇ)』
『(舌打ちすんな)』
村長が先にと紹介したその男は、一昨日の競売でドラゴンの鱗を競り落とし損ねた、ギルド本部から来た
実はせっかく来たのだからと、村に来ているSSハンターに会わせろと言ってきたらしいのだ。
★★★★★★★★★
「ソイツは国の通達を聞いてないのか ?! オレは会わんぞ」
ヴァリアスが不愉快そうに言った。
そのような話を聞いたのは、競りが終わって、ネーモーが帰っていった後、一昨日の夕餉のテーブルでだった。
村長が申し訳なさそうに話してくれた。
「もちろん知ってるはずじゃ。こんな辺境の村のギルドまでしっかり、お達しが回ってるんだからのぉ。
ただ、お目当ての鱗が買えなくて、手ぶらじゃ帰れんと思っとるのだろう。
で、せめて何か話でも良いから、手土産が欲しいんじゃろうなあ」
お達しというのは、例の上王に頼んだ『俺達に無闇に関わらないこと』という事だ。それを知ってながらも、黙ってられないのは、よっぽど悔しかったんだろう。
「まあ、儂からもあらためて言っとくよ。なんとかウチの鉱石とかで我慢してもらわんとな」
そう、村長がジョッキをさすりながら話していたのが、一昨日の晩。
が、昨日、地豚の件があって、ギルドに応援要請したところ、またこのバイヤーがしゃしゃり出てきた。
いくら近隣といえども、時刻は夕方。
近くには、それほどすぐに駆けつけてくれる手練れはいない。
一番近いギトニャのギルドからでも、次の日の早朝という事で、手配できるハンターは4,5人がいいとこだと言われたそうだ。
アマムの森に一番近いのは、もちろんこのラーケル村だ。
その他の村や町は少し離れていたり、防衛が強固だったりして、すこし気持ちに余裕があるのも確かだ。
もう一日あれば、20人以上は揃えられると言われたが、現場としてはそんなに待てないし、ましてやほぼボランティアでのお願いに、来てくれるのか不安要素もある。
お金でなんとかなるなら、俺も今度こそは寄付金を出したいところだが、緊急過ぎて人材が手配できるかが一番の問題なのだ。
そこでバイヤーが申し出てきたのは、自分の采配でこの近隣なら30人くらい、Dランクのハンターを手配できるから、SSに会わせろと言ってきたらしい。
どうもバイヤーという人種は好奇心旺盛のようだ。
そんなに会いたいなら、このドSを一晩貸してやろうかと思ったが、凄く面倒な事になりそうだし、それこそ村の1つくらい、この地上から消滅しそうだから止めておこうと思った。
「クソ気持ち悪いヤツだな。
じゃあ何か手土産持たせば、会わなくても済むんだな」
集会の後、迷いながらも伝えてきた村長から、話を聞いたヴァリアスが俺に目配せした。
「蒼也、そういう事だ。アレ出してやれよ。
オレがまた代わりの
「えっ、また出すの ?!」
もちろん、アレとはドラゴンの鱗の事である。
元々鱗が欲しくて来たのだから、それで万事上手く収まりそうだが……。
「なんだ、何かまだ持ってるのか?」と村長。
うう、俺にとってレアカードみたいな物なのだけど、人の命には代えられないか。
俺はしぶしぶ2枚目の鱗を出した。
「言っとくけど、無理に剥がしてこなくていいからな。好みなの選びたいし、第一、可哀想だし……」
「おお、やっぱり、あんたまだ持ってたのか」
「すいません、個人的なコレクションなので……。とりあえずこれで頼んでください」
ポルクルが急いでカウンターに入っていった。
ギルド経由で再び連絡を入れたのは、すでに閉門後の6時過ぎのこと。
だが、ギトニャに泊まっていたバイヤーは、2つの月が照らす外を、2人の護衛を連れてすぐにすっ飛んできた。
そう、まさしく飛んできたのだ。
護衛の2人が風魔法の使い手だった。
「このくらいの距離なら、魔力を補給すれば一気に来れます」
ちょっとお疲れ気味に魔力ポーションを飲んでいる護衛をしり目に、口髭と顎鬚が丸く繋がった、茶髪の中年男は、少し興奮気味に顔を突き出してきた。
「で、例の物は?」
もちろんヴァリアスには会わせない。
俺はパジャマ代わりのスエット姿で応対した。
人に会うのに失礼かと思ったが、いつもの姿を覚えられたくなかったからだ。
どうせこの恰好が、カジュアル過ぎる事などわからないだろうし。
「確かにこれは、本物だっ」
ギーレンのギルドで見たような、金属の鏡のような解析器に鱗を乗せると、鏡面に靄(もや)が発生して、文字らしきものが浮かび上がった。
「本当に譲ってもらえるのですな、いや、来た甲斐がありましたぞっ。
では早速お値段ですが――」
「あの、本当に応援を手配してもらえるのですよね?」
今は金より人材が問題なんだよ。
しきりと鱗の表面を撫でていたバイヤーは、ピタッと手を止めると、あらためて下から覗き込むように目を合わせてきた。
「もちろんですとも。買い付けは信用が第一。
明日、30、いや50人は寄越しましょう」
結局価格は、男爵が競り落とした落札価格と同じにしてもらった。
それ以下では良くないと村長が言ったからだ。
それでもバイヤーはホクホク顔だったが。
バイヤーは鱗を綺麗な絹のような光沢のある布に包むと、小型のアタッシュケースのような鞄に大事そうに入れた。
「それでは早速、ギトニャに戻って手配をして参ります」
「ここにも
「申し訳ないが、迅速かつ広範囲に連絡するのには、ここのでは不十分でしてな。ギトニャのギルドで手配をしてきます。
では、また良き品が入った時には是非とも、ご連絡を」
と、名刺らしいカードを置いていくと、護衛を急き立てて出て行った。
窓から顔を出すと、2人の護衛に左右を挟まれて、月夜の空を飛んで行く男の姿がもう小さくなって消えていった。
「今度はアレやろうか」
ヴァリアスの奴が隣に来て言った。
「いや、ちょっと生身で飛ぶのはまだ怖い……」
★★★★★★★★★
そして今日、本当に53人のDランク以上のハンター達が、開門前に役場にやってきた。
彼等にはこれくらいの石壁なぞ、跳び箱くらいにしか感じないのだろう。
前夜、ハンター達のリストを役場にファクシミリーで送って来てくれたので、村長達は夜なべをして、捜索隊の班編成を作っていたようだ。
早朝集まった皆の名を呼びながら、次々と班分けしていく。
基本的に班は4~5人で、中に2人、嗅覚や音などの探知能力に富む者を入れる。
だからターヴィもこの探索に参加だ。
その代わり、村に老人と女だけ残しておくわけにも行かないので、何人かの男は残しておく。
フランは行きたがったが、村を守る大事な門番として留守番をすることになった。
始めしょげていた彼だったが、「あたし怖い……」と彼女に縋(すが)り付かれて、やる気を出したようだ。
意外だったのは、ウィッキーだ。
彼も捜索隊に加わえられていたが、なんと探知能力者(サーチャー)だった。
いつも飲んだくれているだけかと思っていたが、普段はどうやら黒い森の案内人兼荷物持ちをやっていたらしい。
最近は例の魔素が荒れたせいで、森に入れず、ダラダラしていたそうだ。
飲んだくれは変わらないようだが。
俺も一応探知は出来るので、その旨を伝えると、許容範囲を聞かれた。
「ええと、一方向だけなら131ヨー(約120m)くらいですかね。あくまで落ち着いてやればですが」
それを聞いた村長は、ヒューっと軽く口笛を吹いた。
「さすがにこの旦那についてるだけはあるな。儂なんかせいぜい半径33ヨー(約30m)じゃよ。一方向でも55ヨー(約50m)ぐらいだしな」
「村長も探知者だったんですか?」
「儂のはどこでもって、訳じゃないがな」
一瞬、足元に何か網のようなモノが走ったのを感じた。
「土魔法だな、ジジイ」
「そうじゃ、さすがだな旦那。本当は建物の中じゃなく、地面にじかの方がやり易いんじゃがの」
ああ、そういう使い方か。
地を操る土魔法で、大地に気の触手を伸ばすんだ。色々応用の仕方があるもんだ。
「じゃあ兄ちゃん達には一番広いエリアを頼むよ。旦那もいるしな」
という事でここになったのである。
よくニュースなどで見るローラー作戦は、それこそ手を伸ばせば届くぐらいの間隔に、一直線で並びながら進んでいくのだが、今回はもっと間(あいだ)が広い。
森全体を一斉にやらなくてはいけない事もあるが、これは地球人と違って、さっきのような探知能力者がいるからだ。
その探知能力の強さにもよって、それぞれの班の受け持つ範囲が違ってくる。
俺は中でも探知範囲が広いという事らしく、隣の班とは樹々のせいあり、目では見えない距離だ。
村長は真ん中に位置して指揮を取る。
「なんかドキドキするなぁ。緊張してきた」
地豚はもちろんだが、土に埋まっているかもしれない地豚の牙も探さなくてはいけない。
探知の洩れがあってはならないのだ。
「落ち着いてやれば十分できる範囲だ。それに共同作業もいい練習になるな」
隣で何もしない奴が言う。
「どうせ見てるだけで、手伝ってくんないんだろ」
「そんな事ないぞ。お前のサポートはしてやるよ」
何かズレてるんだけど……もう仕方ないか。
その時、『ピリュリリリリィィィー』と高い音がした。
合図だ。
俺は前方と左右、半円状に意識を向けた。
「やられたっ!」
思わず空を見上げて呻いた。
右肩に、緑と白の鳥の糞がべっとりついていた。
探知の意識を地面にばかり集中していた為、上空からの攻撃に全く気がつかなかった。
普段だったら落ちてくる寸前に、気配を感じるのだが。
「まだまだ、甘いな。これが本当の攻撃だったら危なかったぞ」
「あんたの仕業じゃないのか、これ?」
俺は水魔法で肩から糞を取り除きながら奴を訝(いぶか)しんだ。
「そんなセコイ真似はしないぞ」
奴はさも心外だという顔した。
「オレだったらまず頭を狙う」
「うん、疑った俺が悪かった」
こいつはそういう奴だった。
他の班は探知能力者が2人いて、疲れたら交代するか、もしくは範囲を視覚で捉えられるぐらいに調整しているが、俺は実質1人である。
みんなと歩調を合わせないと、置いて行かれて、捜索範囲に隙間が出来たら元も子もなくなる。
魔力が減ったら腕につけた護符から、体力が無くなったら奴が補給してくれるが、神経の疲れだけはどうしようもない。
「う~、もう飲んじゃおうかな」
開始してから1時間ほど過ぎた。
ゆっくりとはいえ、すでに森も半ば過ぎたと思われる頃、俺はピジョンから貰ったポーションを取り出した。
ギトニャから薬類を大量に補給してきたピジョンは、各班に傷薬(キュア)と
この前ポルクルに飲まされた、あのドブ川のような強烈臭の薬草汁ではなく、一般的な
「弱いポーションだが、精製薬だから1日1本だけだぞ」
こいつは俺が薬を飲むことに いちいちウルサイ。
ヒールだけを3本貰ったのをしっかり見ていたのだ。
「しょうがないだろ、休息も出来ないんだから」
時間があれば、前に練習した瞑想で自ら癒せそうなのだが、今はその暇もない。
見えないが横の班もゆっくりとだが、歩みは止めていないようだし。
小さな木製の筒の栓を抜くと、紫色の液体が入っていた。
匂いを嗅ぐと、少しラベンダーに似た匂いがする。
味は薄めた青汁のよう。
飲んでしばらくすると、張りつめていた頭の筋肉がほぐれるように、スッキリしてきた。
おお、結構効くじゃん。残りはとっておこう。
時折、遠くで、見つけたらしい合図の呼子の鳴るのが聞こえる。
俺の方は5頭くらいワイルドボアーと遭遇したが、みんな電気ショックで逃げてくれた。
もちろん他所の班の方に行かないように、方向には注意した。
そのまま、違う笛の音が聞こえないので、上手く処理しているようだ。
何か警告のときは、もっと短く鳴らす決まりになっている。
呼子は硬いアスパラの茎のような緑色の笛で、俺もちゃんと上着のポケットに入れておいた。
「ん……」
左斜め前方の少し小高くなった茂みの向こうに、何か
しかも何か様子が違う。
俺は気配を出来る限り消しながら、そーっと近づいた。
1匹の焦げ茶色の地豚がいた。
始め、太い樹の幹に牙をこすり付けているのかと思ったが、どうやら様子が違うようだ。
それは頭を幹にくっつけて、小刻みに痙攣していたのだ。
その時すぐに酸欠魔法を使えば良かったのだが、その異常な様子に、呼子を手にしながら俺は見入ってしまった。
地豚は痙攣が大きくなるほどに、何故か揺れて弾みをつけるように、大きくなっていくように見える。
いや、実際に大きくなっていたのだ。
ブルブルガクンガクンと、どんどんと体の揺れが激しくなりながら、すでに地豚は始めの2倍の大きさになり、2m近くになっていた。
大きく揺れながら前足を幹に押し付けて体を起こすと、後ろの2本足で立ち上がる。
その後ろ足が、段々と太く長く伸びていく。前足も同じだ。
ただ、その前足は少しずつ形を変えて、蹄が指のように伸びていくと、3つに分かれた。
背中はモリモリと筋肉と骨が盛り上がり、真ん中の黒い毛の筋を挟んで、分厚くたくましい肩と僧帽筋を浮かび上がらせてきた。
そんな姿を見ながら俺は、微動だにしなかった。
いや、出来なかったのだ。
オークだ……。それは分かっている。
地豚がオークに変貌したのだ。
尚更早く手を打たないといけないのに、何故か手足が動かない。
気がつくと呼吸が荒くなっている。これでは気配を消す事が出来ない。
どうしたんだ?
何か行動しなくてはと焦る意識とは逆に、俺の頭の中に本能が警鐘を鳴らしていた。
恐い、怖い、逃げろ―――と。
「チッ、恐怖心が潜在意識に残っていたか。厄介だな」
隣で見えなくなった奴の声がする。
恐怖――?
確かに戦闘は怖いが、それならカマキリだって大変だったはずだが。
なんで、こんな今回心底怖く感じるんだ?
これじゃ初めてドラゴンを見た時と同じ―――いや、蛇を見たカエルそのものだ。
「仕方ない。蒼也、本能に打ち勝て。
これは戦いを続けてると誰しも通る道だ。
今、オーク
なに、何言ってんだ、オーク恐怖症ってなんだ?
「あんた何してんだっ! やっぱりオークじゃないかっ!」
その声に呪縛が解かれたように体が動いた。
声のほうに振り返った。
右の方から捻じれたメイスを持った、獣人の男が走ってきた。
「大丈夫か、あんた? オークの匂いがしたのに、呼子の音がしないから、もしやと思って来てみたんだ」
と、俺の肩を掴んで軽く揺すってきた。
「あ、……ああ大丈夫です。すいません……」
「ビビっちまったか?
いっけねぇっ、あの大きさっ、ありゃあハイオークだ!」
そう言うと獣人は、首から下げた呼子を短く早く3回ずつ吹いた。
「完全になり切る前に、仕留めねえとっ」
ダッと、オークになりつつある豚に走っていくと、ジャンプしながら思い切りメイスを振り上げた。
が、そのスパイクがあと少しでオークの頭を叩き潰す瞬間、丸太のような腕が凄まじい勢いで横に振られ、獣人は爆破されたかのように10m以上吹っ飛んだ。
「あっ! た、たいへ、ヴァリアスッいるかっ?! 助けてくれよっ!」
俺はすぐに樹の下に打ち付けられて、ぐったりしている獣人のとこに走った。
口から舌が出ているが生きてはいるようだ。
《 脳震盪……右肋軟骨 骨折…………》
解析で症状はわかるが、俺じゃ治療魔法が出来ない。
「ヴァリアスッ!」
「落ち着いてソイツの荷物を調べてみろ。傷薬ぐらいあるだろ」
姿は現さないが近くにはいる。
クソッ、手伝ってくれないのかよ。
俺は獣人の上着のポケットを探った。
あった。ピジョンが渡した薬が。
すぐにその半開きの口に注ぎ込む。
右胸の下あたりが、少し陽炎のように揺れて見えた。
「……い、イテテテェ……」
男が意識を回復しだした。
だが、このポーションじゃ完全には治っていないようだ。
「動かないで、骨折してるみたいだから」
俺はまだ頭がハッキリしないらしい男に声をかけると、あらためてさっきのオークの方を振り返った。
オークは、すでに3mくらいに達していた。
先程まで薄かった体毛は、今やビッシリと体中を覆いつくし、背中には背骨に沿って黒い硬そうな毛が、太いラインを描いている。
もう揺れは、ほとんど納まっていて、今やゴリラ以上になった腕の3本指の前足で、樹に手をつきながら、呼吸に合わせて肩を揺らしている。
今度こそ酸欠魔法をかけようとしたその時、そいつがこっちを振り返った。
俺は心の底からゾッとした。
そいつの下唇は、分厚く捻じれあがっていた。
それはあの『捻じれのハンス』と同じ特徴を持っていたのだ。
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