第159話☆ ヘンゼルとグレーテル


 その時 俺の耳に、奥の樹々から小さな囁き声が聞こえた。


「やっぱり違うよ。パネラ達じゃない」

「ホントに大丈夫なの? ここがわかるの?」

「心配ないよ。連絡したから、絶対来てくれるはずだよ」

 若い男と女の声だ。

 ん、ちょっと男の方の声を聞いた気がする。


 俺が探知しようとした時

『ミャオォオォ~~~』

 樹の手前の低木と草がガサガサ揺れた。

 そして葉の間から、まん丸の濃紺色の顔が出てきた。

「あれ、あの子――」

「あっダメだよ、ポー」

 飼い主のいう事も聞かずに出てきたのは、祭りで一時的に迷子になっていた山猫ポーだった。


『ミャア~』

 ポーは俺の顔を見ると、また可愛い声を上げた。

 おお、やっぱり猫は可愛いなあ。おっと。

 俺は慌てて手にしていたモモンガを、上着のポケットに入れた。絶対にこれは猫のおやつになってしまう。


 そのまま山猫はすたすたと俺の方にやって来ようとした。

「待て、止まれっ ポー」

 飼い主のあの若い男が樹の陰から出てきた。続いて若い娘も顔をのぞかせる。


「やっぱり、あなたでしたか。声がそうかなと思ったけど」

「あ、どうも、その節はご面倒かけました」

 若い男が軽く頭を下げた。

「あんたの知り合いか?」

 俺の後ろでヨエルが訊いてきた。

「ええ、ちょっとこの間、バレンティアの祭りで知り合って」

 俺越しにヨエルを見たポーが、ピタッと足を止めた。


「蔓山猫め、おれのこと警戒してるな」

「そうなんですか? それはヨエルさんが殺気でも出してるとか……」

「出してねぇよ。ただ、おれが魔物は好きじゃないからだ。そんなツラしてても魔物は魔物だからな。他の動物とは違う。そういう気を感じ取ってるんだろうよ」

 ふーん、だけどさっきは魔虫をワザと、腕に絡ませてたじゃないか。この子が大きいからなのか?


「すいません、この子人見知りで……」

 そう男は頭を掻いたが、俺にはすぐに寄って来たよな。それは俺の事好きなのかな?

 そんな事を考えると愛おしさがつのって来る。

 ここはやっぱり何かあげないと。

 俺はバッグから、ソースは付いてるが焼き魚の入ったポリ袋を取り出した。

 猫がまた高く甘えた声を出して、すり寄って来る。

 可愛いけど頭が大きくて、つい押され気味になる。


「おい、まだ入ったばかりなんだぞ。食料を無駄使いするなよ」

 ヨエルが注意してきた。

「あのホントに大丈夫ですよ。この子には今朝あげたばかりですから」

 男も遠慮する


「大丈夫ですよ。まだあるから」

「餌やりたいなら、さっきのモモンガをやればいいじゃないか」

「それこそダメですよっ」

 俺はちょっと憤慨した。何てこと言うんだ。


 だが、ある意味ヨエルの言ってる事は正しかった。

 

 ここは街中じゃないのだ。

 足りなくなったらいつでも補給できるわけじゃない。

 しかも自分のパーティではなく、知り合いとはいえ通りすがりの者に簡単に。

 サバイバルではアイテムがとても重要になる事を、俺はまだ実感していなかった。


「それにしても1層とはいえ、よくこんなとこで逢引きする気になるよなあ」

 ヨエルに言われて気がついた。

 人の事を言えないが2人は軽装だった。


 俺が知り合いと分かって、警戒を解いたのか奥から娘も出て来ていた。

 若い男の方はこの間祭りで見た時と同じ、ただの平服で、上に羽織っているのもサバイバルジャケットどころか、ただの赤茶の麻ベストだ。

 俺のようにショルダーバッグを下げてはいたが、短剣さえ所持していないようだった。 

 しかもおずおずと彼の後ろにやってきた娘は、膝下まである黒いフレアスカートに、胸までの白いエプロンを着けている。


 給仕――メイドか?

 バトルメイド風なのではなく、そのまんまただのメイド服だ。もちろん武器も持っていない。

 これは確かにデートしに来てるのか?


「ち、違いますっ!」

 若い男が慌てて手を振りながら否定した。

「こいつは僕の妹ですっ! 彼女なんかじゃありませんよっ」

 娘もコクコク頷く。

 若い男の名はレッカ、妹はアメリと名乗った。

 そう言われてあらためて見ると、確かに2人は似ていた。

 

 レッカは見掛け20代前半か。栗色の髪にセピア色の目をしていた。アメリのほうは20歳はたちになったかならないか。赤みのある明るいブラウンヘアに、可愛いらしいクリっとしたピンク色の瞳をしている。

 髪の色よりも、その大人しそうな顔つきがまず似ていた。

 本当に兄妹っぽい。

 それはヨエルも感じたらしいが、不信感は拭えなかったようだ。


「だとしても、ダンジョンは遊び場じゃないんだぞ。見たところ武器もロクに持ってないようだが、従魔だけで足りると思ってるのか?」

 妹はまだしも、兄の方は護符が邪魔して持ち物まで探知出来ない。

 だが、ヨエルには出来るのだろう。レッカが武器らしい得物を持っていないのを見抜いていた。


「だ、大丈夫です。後で仲間が来るんです。それをここで待ってて……」

 レッカはちょっとオドオドしながら弁解する。

「まあ、他人のことだからどうでもいいが、得物の1つもチラつかせておかないと、女連れじゃ絡んでくる輩もいるぞ。

 腕に自信があるってなら話は別だが……。

 せいぜいその従魔を離れさせないようにした方がいいぞ」

「は、はいっ ご注意有難うございます。仲間が来るまで森の中に隠れてます」

 レッカはまた頭を下げた。


「わかってるならなんで――」

 と、言いかけたが、ふとアメリの顔を見て

「まっ、関係ない奴が言ってもしょうがないか」

 そのまま口をつぐんだ。


 俺はこの小休止の間、ポーに魚をほとんど食べさせてしまった。もっとあげたかったが、遠慮したレッカに止められた。


 彼の職業は鍵師だと言った。

 ここで言う鍵師とは、いわゆる錠前を作ったり開けたりするだけでなく、いわゆる罠という細工を作ったり見破る能力もあるそうだ。

 だから後から来るという仲間というのは、ダンジョンに入るとき一緒に組んでいるハンターの友達だそうである。

 ちなみに彼はハンター資格は持っていないという。

 だがこういうダンジョンには多少慣れているので、こうして来れたらしい。


 アメリはその見た目どおり、どこかのお屋敷の使用人をやっているようだが、詳しくは教えてくれなかった。

 俺も訊かなかった。

 でもなんでその服のままで来たのだろう。他に服がなかったのか?


 ヨエルは俺が2人と話しながら、ポーを撫でている間、傍で座りながら煙草大麻をくゆらせていた。

 そうしながらも時折、探知の触手を出しているのを感じた。

 1層なのにそんなに警戒するものなのか。ちょっと神経質過ぎないか?

 それとも護衛ハンターとしての癖なのだろうか。


 今だからわかるが、ヨエルは俺を守ってくれていたのだ。

 俺がすぐに気を抜いて無防備に遊んでいる間も、危険から俺を遠ざけていた。

 元々彼と組んだ理由の1つは、彼の✕デイを回避するためでもあったのに、このダンジョンの雰囲気に呑まれて、俺はすぐにその重大任務を忘れていた。

 というよりも、勝手に明日✕デイだけ気を付ければいいと思っていたのだ。

 

 だが、本当はその前後が重要なのだと、後に知ることになるのだが、それはもう少し後のことだ。


 さすがにヨエル連れを待たせたまま、猫に構っているわけにはいかないので、ほどほどに切り上げることにした。すでに彼は2本めを吸い終わっていた。


「もういいのか?」

「ええ、すいません。待たせちゃって……」

「別にいいよ。旦那もなかなか来なさそうだし」

 先程の亀裂の方に目を向ける。

「多分この調子だとなかなか来ないですよ。もしかすると半日か、もしくはまる1日近く……」

「そんなにかっ?」

 流石にヨエルも驚いたらしく、口から煙草を離した。

 俺にとっては来てくれない方がいいのだが。

 あいつが戻ってきたら即、5層に連れていかれそうだし。


「う~ん、だとするとあんまり奥には行けないなあ……」

「だから行かなくていいですって」

「だが、ここの4層は見ておいた方が良いぞ。

 ただ旦那がいないと、そこまで連れてくのは危険だしなあ……」


 なに、そこ4層にトラップのいい見本でもあるのか。

『百閒は一見にしかず』という言葉があるが、命あっての物種なのだ。それこそ絵とかで教えるだけで済ませられないのか。


「ところであんた、今、探知してないだろ?」

 急に話を変えてきた。

「ええ」

「ちょっとやってみるか。ゆっくりと探知してみろよ。もちろん出来る限りの範囲に伸ばしてな」


 確かにこのダンジョンに入った目的は、試験のための練習だったからな。

 俺はゆっくりとだが探知の触手を円状に伸ばしてみた。

 

 この森のようなフィールドは、外の通路に比べて伸ばしやすい。

 先程の通路内が、カクカクしたブロック状の塊の中のような感じに比べ、こちらは水の中のようにユラユラしている手応えだ。

 そう、あの『パレプセト』に似ている。やはり同じフィールド状だからなのだろうか。

 とにかくこれくらいの揺れならば、散らかっているよりは手を伸ばしやすい。

 背後でレッカ達がまた樹々の奥へ入っていくのがわかる。ポーはたまにこっちを振り返っている。

 ちょっと俺も後ろ髪引かれてしまう。


 俺がやっているのを、ヨエルは座って大麻を吸いながら観察していた。


「どうだ。何か変なモノあったか?」

「いえ、特には無いと思いますけど」

「そうか。ところで、どんな感じで探知やってる?」

 横を向いて煙を吐く。


「どんなって……う~ん、私は頭の中の目で見るという感じですかね。そのまま目を動かすように、視野を広げていくような」

「まあ基本はそうだけどさ、部分的に気になるところは集中して視たりするだろ?」

「ええ、それは出来ますよ」

「それを全体的に出来るか?」

「えっ?」


 それは無理じゃないのか?

 普通、目で凝視する時だって、その一点をジッと見つめたりして詳細を見ようとするのだ。それを一気に全体には出来ないだろう。


「言い方が悪かったかな。もっと細かく探知できるようにだ」

「それは同じなのでは?」

「そうでもないよ。しっかり細部を視るのを早くやれば良いんだ。今のはざっと眺めるぐらいに視て、とりあえず距離を伸ばしてるだけなんじゃないのか?」

「確かにそうですけど……」

 それはあれか、速読みたいに視ろということなのか?


「そんなのすぐに出来るようになります? というか、そういうのって必要なんですか?」

「まず、こういう歪んだ空間でも楽に動かせるようになる。

 人混みやこういう場所だと、障害物歪みや波にいちいちぶつかってるんじゃないのか?」

「その通りですけど」


「障害物として抵抗するんじゃなくて、面に沿うように走らせるんだ。風が流れるように。

 そうすると滑走するように楽にすり抜けられる。無駄な力も使わなくなる」

「理屈はわかりますけど、実際やるとなると……」

「慣れればそうでもないよ。……そうだなぁ、感覚として近いのは

 ――通りすがりに、いい女の全身を素早く見る感じかな」


「その例え、凄くわかりましたっ 師匠!」

 男の必須スキルですね。


 確かにあいつヴァリアスだったら、まず力優先だから、こういう繊細なやり方はしないだろう。

 それにこんな例え方もしない。


「じゃあ例えば、その亀裂のある壁に沿って、左側を探知してみろよ。もちろん壁だけじゃなく、地面の草や壁際の樹も一緒だ。葉っぱの一枚一枚、女の肌見るつもりでな。

 始めは遅くていいよ。丁寧さが大事だから。

 おっと、目で見るな。そのまま顔はこっちに向けたままでだ」


 感じはわかったが、だからと言って劇的にすぐ出来るようになるわけではない。

 いつもなら一瞬で終わるものが、じりじりと進んで3分ぐらいかかってしまった。


「どうだ?」

「時間かかりますね」

「何か不審なモノはあったか?」

「いえ、……何かあるんですか?」

「う~ん、というか、違和感とか」

 例えば亀裂の壁際辺り――と、最後のほうは声を潜めて言ってきた。


 もう一度注意して視てみる。


 レンガ石の壁には、外側と同じで緑や青色のコケがびっしり付いている。そのポツポツした頭や、それに被さるように垂れ下がるシダの葉や蔓が、薄い影を落としている。

 レンガの隙間から伸びた蔓の表面には細かいヒゲが生えていて、根元には青から少し赤みのある筋が入っている。

 壁が生えているように地面と接地した部分には、尖った草に朝霧のような露が所々に付いていて、それを紫色のカメムシのような五角形の虫が吸っている。


「どうだ?」

「……疲れますね」

 俺はこめかみの辺りを軽く掌でもんだ。少しだが神経が張った。


「そうか、まあ初めてだからな」

 そう言いながら持っていたあの棒を、軽く指でクルクル回していたが

「ん、いなくなったか」

 亀裂のほうに顔を向けた。

 見ると亀裂の口に垂れ下がった蔦の下の方が、微かだが揺れていた。


「やっぱり何かいたんですか?」

 俺も声をひそめて訊いた。

「ああ、もう出ていっちまったからいいが、いけ好かない奴が1体いた。

 多分人間だろうが」

「隠蔽ですか……」

 俺には全然わからなかった。


「まあ結構しっかり気配消してたしな。もっと深く視れないと無理だろうなあ」

 そう言って彼は、鋭い一瞥を亀裂の方に投げた。


「何者かわからねぇが、こんなとこで始終姿を見せねぇなんて、盗賊かもしれないな。

 お宝持って戻ってきた探索者を狙う輩かも知れねぇ」

 ネットゲームはやったことないが、プレーヤーを狙う、プレーヤーキラーPKという輩がいると聞いたことがある。

 プレーヤーを殺して、そのアイテムやお宝を奪うという奴だ。

 もうこれはゲーム上とはいえ、立派な犯罪、強盗疑似殺人なのだろうが、ゲーム上だとどうも社会的に軽視されているところがある。

 人から物を奪うことを、そんな簡単に考えている人間は、現実でもいつかしてしまうのではないだろうか。


 ましてやこちらでは、それをリアルにすることを生業にする人間が普通にいるのだ。

 自分は今そういう世界にいるのだと、再認識させられたのは、間を置かずに奥の方からやって来たパーティに遭ったせいもある。


 彼らはさっき、レッカ達が消えた方角からやって来た。

 焦げ茶色と黒の硬そうな毛並みの獣人と、スキンヘッドの大男、細いが背の高い男に、フーのように太った出っ腹の男の4人だった。

 もちろん4人ともちゃんと防具を身につけている。

 このダンジョンで獲物か何か収穫があったのかわからないが、彼らの持っているリュックやズタ袋はそれほどパンパンに膨らんではいなかった。

 それよりも気になるのは、俺たちを見る目つきだった。


 4人とも俺たちに気がつくと、声をかけてくる前にジロジロと頭から足元まで、値踏みするように視線を這わせてきた。

 特に荷物や腰回り(得物)に。

 

「よお、あんた達、帰りかい?」

 スキンヘッドの大男が声をかけてきた。

「いや、これからだ。仲間を待っている」

 ヨエルが座ったまま煙を軽く吐いた。


「ふ~ん、それにしても軽装なんだな」

 俺の方を見てニマーっと笑うと、黄色いすきっ歯が見えた。

 なんだかその舐めまわすような視線が気持ち悪い。

 俺は女じゃねぇぞ。


「そんな事はこっちの勝手だ。あんた達こそ狩りは終わったのか。

 ……それともここで狩りでもする気か」

 ヨエルが棒を肩に乗せながら、下から睨むように視線を上げた。


「おっとっと、勘違いしなさんな。ちょいと訊いてみただけじゃねぇか」

 大男が両手の平をこちらに見せながら、軽く体を引いた。

「そうっさ、おいら達は一度地上に戻るとこさ、補給もかねてね」

「ほいさ、じゃあごゆっくり」

 他の男どももそう言いながら、俺たちの横を通っていった。

 亀裂を通るときまで、大男は時々振り返りながら、そのヘラヘラ笑いを送ってきた。


「なんか気持ち悪い奴らでしたね」

 探知で彼らが視えなくなって、俺もやっと口を開いた。

「ご多分にもれず、追い剥ぎの連中だな」

 ヨエルがもう出入り口亀裂の方を見ずに答えてきた。


「やっぱりそうなんですか」

「あいつらのリュックに、他の人間のオーラがべっとりついた魔石が入っていた。十中八九、奪った代物だろうな」


「えっ、それじゃどこかで、誰かやられたって事……」

「まあ、そりゃあそいつの運が悪かったって事だ。しょうがねえ」

 さっきの男どもはレッカ達がいた方角から来たが、彼らは大丈夫だったろうか。

 急に心配になって、彼らが来た方角に探知を伸ばしてみた。

 だが、奥の方に行ったのだろうか。2人どころかポーの姿も感じられない。


「あの2人は大丈夫だったのですかね。あいつらに遭ってなけりゃあいいけど」

「平気さ。無事にすぐそこにいるよ」

「えっ?」

 俺はヨエルが棒で指した方向に、再び探知をしてみた。

 だが、わからなかった。


「どのくらい遠くですか?」

「ん~、およそ33ヨー(約30m)くらいかな」

「そんな近くですか?」

 もう一回その辺りを探ってみたが、やっぱりわからない。

 

 すると俺の探知の触手にスルッと沿うように、別の触手がくっついてきた。もちろんヨエルのだ。

「ほら、ここにいる」

 そう言って、赤い小花をつけた樹と低木の前あたりを、ぐるっと回した。

 だが、草木以外、小さな虫さえも見つけられない。

 まさかからかってるのか?


「あの……」

 言いかけた時、変化が起こった。

 さっきまで何もなかったところから、急に雲が切れて日が差したように、大猫の首に手を回したレッカの姿が現われた。その隣にはアメリが寄り添うようにしゃがんでいる。


「隠蔽だよ、あいつ、アサシン系の能力があるんだ」

 ヨエルが上に向かって煙を吐いた。

「ええ、レッカに?」

「さっきこの中に入る時にも、俺たちの足音を聞いたのか、気配を消してたんだ。しばらく様子を見てから隠蔽を解いてきたんだよ。

 まあ、長くは出来ないのかもしれないが、自分以外の者にもかけられるんだから、そこそこ使える奴ではあるかもな」


「でも、言っちゃなんですけど、あんな大人しそうな彼がアサシン系なんて……」

 偏見かもしれないが、アサシン暗殺者の能力を、ああいう人物が持っててもあまり意味ないような気がした。


「元々アサシン系ってのは、小動物に多い技能が多いんだ。器用ですばしっこい傾向もあるからな。

 隠蔽能力だって昔は『臆病者の技』って言われてたらしいぞ」

「え、『臆病者』ですか?」

 暗殺者向けのガチスキルじゃないのか。


「力の無い者が敵から逃れるために、身を隠すのは当然だろ? だけど戦わずして回避することからそう言われてたんだ。

 力のある者なら捕食者にまわる。

 使う者次第で印象なんか変わるもんさ」


「そうなんですか。まあでも良かった。それならなんとかなりそうで」

 ヨエルは立ち上がると、吸い殻を足元で踏み消した。

「よし、そろそろ行くか。旦那もまだ来ないんじゃしょうがないし」

 そうしてチラッとレッカ達がいる方を見ると

「それとあいつらにあまり関わらない方がいいぞ」

「えっ、どうしてですか?」


「おそらくあいつら、何かやらかしたか、追われてるんじゃないのかな。

 でなきゃ、あんな普段着でこんなとこに潜るわけがない」

「でも、仲間を待っていると――」

「だったら普通、上のホールで待つだろ。わざわざこんな中で待つ意味がない。危険だしな」

 そう言われると、彼は誰かに連絡したとか言ってなかったか。

 待ち合わせというよりも、来てくれるのを期待するような。


「これはあくまで推測だが、慌ててここに逃げ込んできたんじゃないかな。

 あの娘が使用人の服でいるのは、何かあって用意する暇もなくここに来たのかもしれないぞ。

 どのちみち厄介そうだ」

 俺はまた2人を探知して視た。


 レッカとアメリは低木の傍でしゃがみながら、大猫ポーの首筋を優しく撫でていた。

 その姿はどこか、ヘンゼルとグレーテルを思い出させた。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ああ、やっぱりエピソードがどんどん追加されて、

このダンジョン編は長くなりそうです(´Д`;)

 先に謝っときます。すいません。


 次回は2層に移動したいです。

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