第160話☆ 盗視
すみません……。今回まだ2層には行けませんでした。
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上着のポケットがもぞもぞと動いた。
どうやらモモンガが目を覚ましたようだ。
そっと手を入れると、一瞬ビクッと体を固くしたが、俺がテイムの能力で敵意がない事を示すと、小さな鼻を近づけてきた。
俺の指を小さな手が掴んで匂いを嗅いでいるのが、なんだかこそばゆい。
ゆっくりと外に出してやると、モモンガは大きなセピア色の瞳で俺を見た。
「ごめんな、もう帰っていいよ」
ちょっと手の上でキョロキョロあたりを見ていたが、パッと皮翼を広げて近くの枝に飛び移った。
樹々の中から『キキッ キキキッ』と声がする。よく見ると他にもモモンガが、リスのように枝の上を走っていた。
その上をコルドーンがゆっくりと漂っている。見慣れない光景なはずなのに、普通にこれが自然なんだと思えてしまうのが不思議だ。
「あんたはああいう動物が好きなんだな」
俺の視線を追ってヨエルが言ってきた。
「ええ、やっぱり可愛いじゃないですか。だからあまり食用には見られないですよ」
さっきの猫のおやつの件を、サラッと嫌味ではないが匂わしといた。
もしそんな小動物を捕まえて、喰えと言われても抵抗があるからだ。
「ふーん、まあなんでも時と場合によるからなあ」
そう言いながら、森の奥に歩き出す。
「あれは飼いならされてるから大人しいだけだ。山猫は基本的に肉食獣だからな」
確かに、大きいことは大きいよな。俺だって初めて見た時に身構えたもの。
「でもヨエルさんくらいなら、あんな山猫の一匹や二匹どうって事ないでしょ?」
ただ猫が嫌いなのか?
するとクルッとヨエルがこっちに向き直った。
「おれはガキの頃、森で蔓山猫に襲われたことがある。あいつらにとっておれは、そこら辺の小動物と同じ、ただの餌だったよ」
そうして肩当てをずらして、首のとこを捲ってみせた。左側の鎖骨の下に、噛み傷らしき古傷があった。
「もうちょっとズレてたら致命傷だったが、相手が成獣じゃない事も幸いだった。
目に土を擦りこんでやって、なんとか逃れたが」
そこでちょっと一つ息を吐いた。
「厄介なことに蔓山猫の野郎は、探知の触手を逆探知するんだよなぁ。
あれはホントにヤバかった……」
「それは……何と言っていいか……。だけどヨエルさん、子供のころなら、誰か大人がまわりにいなかったんですか?」
もし奴隷の身だったら、自分たちの奴隷をみすみす殺させるような真似はしないはず。それともアルの時のように、うっかり1人で森に入ってしまったのだろうか。
するとヨエルはちょっと、眉を上に上げてイタズラっぽい笑みを見せた。
「その時は、絶賛逃亡中だったんだよ、おれ」
俺は彼がある程度、大きくなってから逃げたのだと思っていたが、実際はもっと小さい頃だったようだ。
もう口を開くとまた地雷を踏みそうで、ヘタな事が言えなくなってしまった。
すると歩きながら彼の方から話し出した。
さっき魔物が嫌いだと言ったのは、飼い主の前で山猫単一を否定しないためだ。魔物という大まかな括りで言った方が、聞く方の印象も違ってくる。
何しろ山猫を可愛がっている雇用主もいないとは限らないのだからと。
「うぅ、ごもっともです」
お世辞じゃなく俺は心から言った。
もしかすると虫がとても好きな、ナウシカみたいな人もいるかもしれないのだ。そんな人の前で虫の悪口を言えない。
すると微かにヴブブッとか、ビィビビビッという何か振動するような音が聞こえてきた。
「いたいた」
ヨエルが右の奥の方に顔を向ける。俺も反射的に探知の触手を出した。
そこには2匹の青い蜂がいた。
皮膚は焦げ茶っぽい黒なのだが、体全体に青いまだら模様が散りばめられている。薄っすら生えている細かい短毛も、よく見ると紺色だ。
その派手な姿に関わらず、この青緑の樹々の中では意外に溶け込んで見えるから不思議だ。
また大きな複眼も黒と青の艶を放っていて、嬉しくないがふと自分の目の色に似ていると思った。
しかし一番目を引くのはその大きさだ。
確かスズメバチでも5cmくらいのはずだが、今そこに飛んでいるのは少なく見積もっても20㎝は下らないだろう。
まず俺の掌より大きいからだ。
「ブルーホーネットって知ってるかい?」
首を横に振る俺を見て、じゃあ、と何かやりそうになったので慌てて止めた。
「俺が悪うございましたっ! あんなのモフりたくないですっ」
これは虫が嫌いだと知っての嫌がらせかっ。それともさっきの仕返しっ?
あんたが山猫に対してトラウマを持っているように、俺もあのレッドアイマンティスの赤い口を見ているんだよ。
そこんとこで許してもらえないだろうか。
「なに謝ってるんだ? 別に触れとは言ってないぞ。ただあいつらの巣を探そうかって思ったんだが」
それは同じというよりも、更にヤバい事じゃありませんか?
「蜂の巣を突っつくって正気ですかっ。まさかあいつら針無しってわけじゃないんでしょっ?」
「そんなやり方はしない。それこそ厄介だろ。それにあいつら、マーダーホーネットと違って見た目より大人しいぞ。こちらが何もしなけりゃまず刺しては来ないよ」
やっぱりいるんだ、マーダータイプ……。
いや、あれがいくら大人しくても、あの大きさだ。刺されたらアナフィラキシーショックを間違いなく起こしそうだ。
「あいつらはな、青い色が好きなんだ。だから巣に青い物を集めてる。ときには、ブルーサファイアなんかも見つかるんだぞ。大抵ただの石や花の場合が多いけどな」
「え、ただの宝……探しですか」
「なんだと思ったんだ?」
忘れて下さい……。
ほんの間、蜂の方向を見ていたが
「残念、お宝は無さそうだ」と軽く肩をすくめた。
良かった無くて。もしあったらどうやって取るのか、怖かった。
そうだなあー、他に教えるとしたらと、ちょっと考えていたが
「そういやさっき、隠蔽してる奴がいただろ」
「え、あ、はい」
「ああいう隠蔽って、ほとんどが気配を消して、光を操ってるって知ってるよな」
「え、はい、というか、隠蔽って闇魔法ですよね? 光じゃなくて」
「光と闇は表裏一体だろ? 光魔法でも姿を消す事は出来るぞ。気配は消せなくても、光を屈折して姿を見えなくする。
ただ闇魔法は気配も消す。光は発するが、闇は吸収するからな。
そうやって見た目を誤魔化してるんだ」
ほぉ~っ、とういうかどういう事だ?
後でヴァリアスに訊いたら、ブラ
つまり光を反射させずに吸収し、反対側に出すというのを全方向で行うために、光が透けたように見えるのだそうだ。
『攻●機動隊』の光学迷彩とはちょっと違うのかもしれないなあ。
「だから音とかも消されると分かりづらいが、それでも相手が生きてるなら、なんとか探知できるわけさ。芯にある生命エネルギーまでは消せないからな」
「でもそれ、ヨエルさんくらいのパワーがなくちゃ無理でしょう?」
大体相手が護符で防御してたら尚更だ。
「まあそうだ。だが、パワーが足りなくても、やり方次第では分かる場合があるぞ」
ヨエルに手招きされて行った先に、小川が流れていた。
一見見たところ、幅1m足らずの穏やかそうな川だった。澄んだ水の下、すぐ底に石コロが見えて深くはなさそうだ。でも一応気を付けとこう。
「例えばこれが透明だったとする」
例の棒のチューリップ状の先を川の中へ入れた。
「そうすると、おそらく見えなくなるだろ?」
「まず見えないでしょうね」
実際は、水の入ったコップに透明のガラスの棒を入れても、光の屈折率が違うと反射して見えてしまうのだが、ここでは触れないでおこう。
「だけどな、光では見えないが、現実にはこうやって棒が存在してるから、水が避けてくだろ。
これが風だったらどうだ?」
「あっ!」
「わかったかい?」
棒を肩に乗せてニヤっと笑った。
「これはおれが昔、もっと未熟だった頃やってた方法だ。探知だけじゃ分からないときにな。
空間に物があれば、必ずその物体に沿って空気が形を作ってるから。
怪しいと思った場所は、探知と風の両方で視るんだよ。その空間の差異で見抜くことが出来るぞ」
「ええと、それは同時に2つやるって事ですか?」
「出来ないなら、交互でもいいぞ」
「いや、同時に出すことは出来ますけど、……風を感知に使ったことはなかったので」
そういや、アイザック村長もあの地豚狩りの際、土魔法の触手を探知に使っていたんだった。
「そうか、でも意識して使っていれば出来るようになるさ。そんなに難しいもんじゃない。繊細さは必要だけどな」
その繊細さが大変なんだが……。
「でもさすがヨエルさん、うちの
「えっ、あの人、やっぱり魔族だったのか?!」
「いえっ、違います! ただの言葉のあやです……」
いけねぇ、こっちには本当に魔王がいるんだった。それにあいつは本当に魔族っぽいし……。
うっかり言えないな。
「確かにあの人みたいに力があれば話は別だが、普通はそうもいかないだろ。やれる事でカバーしてかないとな」
「ためになります。
こういうのって、ヨエルさんも誰かに教わったんですか?」
「いや、見よう見まねと独学だよ。
――死にたくないから必死にやってだけだ」
そのまま小川を飛び越えて向こう側に行った。
しばらく行くとまたレンガ造りの壁が見えてきた。
今度は▲以外に、歪な▼や◆に近い亀裂が並んでいた。どうせなら■できっちり作ってくれればいいのに。
「さて、さっさと次に行くか」
ヨエルは迷わず◆の亀裂の方に行く。
その◆の中を覗くと、中は灰色の石造りの壁に覆われた、緩いスロープになっていて、外の通路のように薄暗かった。
他の2つの亀裂は、およそ5,6mほどの間隔で横に並んでいる。
隣の▼を見に行くと、外にはまたさっきと同じような、薄暗いレンガ造りの通路が左右に伸びていた。
最後にもう一つ▲入り口の垂れ下がっている蔓をめくると、50cmほど奥に凹んではいたが、何故か同じくレンガ塀で塞がれていた。
「これはただの凹み?」
「それは一方通行だ。向こう側からしか入れないんだ」
後ろからゆっくりやって来たヨエルが言った。
「へえ、じゃあ向こうから何かすると開くんですか?」
「開くというか、向こうから見ると開いているんだよ」
え……、俺はその向こうを探知してみた。
さっきの◆の通路と同じく、灰色の石壁が左右に延びている。そこで何とか視点を変えて、そちら側からこちらを見てみるように触手を振り向かせた。
そこには蔓のカーテンの隙間から、明るい光が漏れ差し込み、こちら側に立つ俺たちの足元が見えた。
だが、こちらから手で触れても、確かに硬く苔むした壁は存在している。
「これは……?」
「空間が歪んでるせいだ。一種のトラップだよ」
そう言うとヨエルは足に付けた短剣を抜いて、凹みの前に垂れた蔓をバサバサと切り始めた。
おかげですっかり凹み奥のレンガ壁が丸見えになった。
「こうしておけば遠目にも、ここが行き止まりと分かるだろ」
「これはそういう……」
「まあな。ここはまだ1層だからいいが、万一何かに追われていて、逃げ込もうとした亀裂が行き止まりだったら、お仕舞いだろ?
それにその逆の場合もあるしな」
それは恐ろしい。
昔やったゲームの隠れダンジョンで、ボス部屋一歩手前の一方通行ドアのせいで、帰れなくなったのを思い出した。この時、テレポテーション出来るMPを使い切っていた。
あの時のような絶望感はリアルに味わいたくないなあ。
再び◆の亀裂の方に行きかけて、彼が急に変なことを訊いてきた。
「そういや、旦那はあとで追いかけると言ってたが、その、『ジーピーエス』とかいうのを使うのかい?」
「どうなんでしょ。奴にとって『GPS』はただの
そんな物使わなくても、あいつには元々俺の位置がわかるんですよ。恐ろしい事に」
「ふうん、じゃあ変な小細工なんかはしないんだな」
ヨエルが急に振り返った。
そうして持っていた棒をいきなり上空に鋭く投げると、上を漂っていたコルドーンを見事に刺し貫いた。
落ちてきたところをすぐに踏みつけると、そのまま刺さった棒の先を広げて切り裂いた。
さっきまで一枚の太めのリボンが、フリンジになってしまった。
コルドーンがもうピクリとも動かなくなったのを見て、彼は足を離した。
「こいつ、さっきからおれ達の上を飛んでやがった」
俺にはすぐに事態が飲み込めなかった。
「――それは、ヨエルさんが餌付けしたヤツじゃなくて?」
「違う、あれはもう支配を切った。とっくにいなくなってる。こいつは別の奴だ。
なのに、ずっと付いて来てやがった」
そう言いながら辺りに探知の触手を出したのがわかった。
「それは誰かが操ってるって事ですか」
俺もすぐに辺りを見回した。
「そうらしい。始めは旦那のかと思ったんだが、だとしたら来るのが遅すぎる。ホールにコルドーンはいないしな。
それに――」
それから探知の触手を引っ込めた。
「近くにはいないようだな。だとすると結構な距離で遠隔操作してきてやがる。ただの餌付けによる短期支配じゃなさそうだ。
おそらくテイマーだな」
無残な姿になった紐を足でめくるように動かした。
「でも、それってたまたま、私達に付いてくる形になったとかいう可能性ありません? 誰かが辺りを探っていたとか」
「いや、その可能性は薄いな。視ろ、こいつが吸った
そう言われて草地に落ちているコルドーンをあらためて視た。
なんだかドロッと、紫と赤と黒に汚れたような暗黄色が混ざったようなオーラが、傷口から滲みだすように流れていた。
「これって誰か人の……?」
「さっきの奴らのオーラ視なかったか? これはあのハゲの大男のだ。
あいつテイマーだったんだ。
あの野郎、こいつでおれ達を盗み見してやがったんだよ」
俺はあの気色悪い視線を思い出して、胃が絞られたような感じがした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
後書きという戯言。
長いです。すいません……。
一方通行のドアはドラクエとかにもある、一般的な罠ですが、
かの『ウィザードリィ ダイヤモンドの騎士』では泣きそうになりました。
攻略後に出てくる隠れダンジョンを、マッピング中、うっかり奥まで行ったら
そこに真のラスボスが――。
しかもそこは一度に1人しか入れないというのに、ボスのまわりにはもちろんグレーターデーモン等の最強護衛たちが5,6体。
あの爪の一撃でも喰らったら麻痺ってしまいます。
おお、これは瞬殺しか浮かばないですわ。
そして何故か運がMAXのせいか、気付かれない悪属性のロード『ミッちゃん』(正式名:ミッターマイヤー)。
ここは戻って作戦を練り直そうと思って回れ右、『あ、開かないっ!』
なんということでしょう。
一方通行のドアでした。
なんて意地悪いんだ悪魔めって、デーモンでした。
しょうがないのでテレポテーションで――――あれ、ない、MPがないよ!!
実はウィザードリィのMPは、それぞれの魔法レベルで使える回数なんです。
だから高位のレベルの魔法が使えても、低位レベルの魔法一括りが使えなくなることがしばしば。
この時はダイヤモンドの騎士の装備、ガントレットが魔法アイテムで
『ティルトウェイト(核撃)』という最高レベルの攻撃魔法を無限に出せるのに、お家に帰るテレポが出来ない……。
だ~~~~~~っ どうしようっ!
普通のゲームだと死んでも、教会で生き返るか、セーブ前に戻るだけなんですけど
この頃のウィザードリィは、まさしく*『隣り合わせの灰と青春』
(小説版ウィザードリィのタイトルの1つ)
死んだら死体はそのまんま。誰かが持ち帰らないといけないのよ~~。
パーティが全滅したら、別のパーティ組んでそこまで死体、もしくは骨を拾いに行かなければいけないという過酷さ。
しかも蘇生できるかわからない。
灰から蘇生を失敗したら、それこそロスト。死んでしまう。
せっかく育て上げたキャラが永遠に失われてしまうという、シビアぶりだった。
いやっ、ミッちゃんを失うのはイヤ~~っ!
もうすでにホビットのチビを失って、痛手をこうむってるのだ。これ以上仲間を失いたくないっ。
というわけで、救助を派遣。
一度に1人しか入れないし、確か同じ上級職でも『ロード』『侍』とかは入れるのに『ニンジャ(アサシン)』が何故かダメだった。
本当は善属性の職業しか入れなかったのかもしれない。
何しろ『ロード』も『侍』も本来は善属性の職業。
でもウチのキャラはほぼ悪か中立。
だって俺たちは悪なんだよ~!
ウィザードリィでは善悪混合パーティは基本出来ないし、やると属性(宗教)の違いで面倒な事が起こるから、悪で統一。
なので、仲間の悪属性の侍『ハッちゃん』(正式名:半蔵)に行かせることに。
装備に魔除けの首飾りを、もちろん悪属性のニンジャ『アッちゃん』(正式名:アル・イル)に借りてGO!
いや、しかしハッちゃんは運が悪かった。
出会いがしらに先制攻撃の連発。どんだけ運がないんだって。隠れマイナスパラメータを疑ったぐらいだった。
しかし体力・生命力はあったので、なんとか落ち武者のようにズタボロになりながらクリア。
ミッちゃんに怪我を治してもらって、2人で無事に帰ってきました。
めでたしめでたし。
しかし思いだすと懐かしい。
いつかこの3人の物語も二次創作で書こうかしら、と思うこの頃です。
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