第72話 祈る殺し屋 その2(レッドアイマンティス)


 次の日は雨も上がって、爽やかな青空の広がる晴天になった。

 俺達は宿の食堂で朝飯をとると、山側の門から町を出た。

 昨日奴が言った通り、歩きで山を越えるためだ。


 昨日部屋で地図を確認した。

 ラーケルの隣町ギトニャは、このアルメアンから山1つ越えたとこにある。

 通常なら馬車でおよそ5,6時間くらいらしい。

 街道をそのまま道なりにいけばいいのだから、たぶん迷わずに行けるのだろう。

 しかし何事もなければだ。


「歩きでホントに今日中に着くのかな」

 俺は街道の景色を見ながら、つい不安を口に出してみた。

「何事もなければ、このくらいの山、閉門までには間に合うだろう」

「んなの、何事もない訳ないだろ。大カマキリが出るって言ってんのにっ」


 道はまっすぐ目の前の山に向かって伸びている。天気は良いし、雨上がりの空気は澄んでいて、道端の草木は露に濡れてキラキラ日を浴びて光っている。

 地球だったら絶好のピクニック日和だ。

 だがその先の山には殺し屋がいるのだ。

 なんて非情な世界なんだ。

「昨日も言ったが、隠蔽がしっかり出来れば危険を回避できるんだ」


 **************

 

 昨夜、宿の部屋で練習してみた。

「王都の博物館で魔力を抑えられただろ? まずあれを自分で意識してやるんだ」

「あの全身パツパツの膜で包まれたみたいな感覚?」

「あれは無理矢理やられてたからだ。息が出来ないのと自分で息を止めるのは違うだろ? 自分でコントロールすれば不快感はないぞ」

 という訳で魔力を皮膚ギリギリに留める方法を練習した。


 これは一種の瞑想法にも似ている。

 自分の全身をまわるオーラや魔力を感じて、心静かに呼吸を落ち着かせるように抑えていくのだ

 もちろん呼吸も自然と穏やかになる。

「いいぞ。それが自然と出来るようになったら、自分の体臭や心臓の鼓動音も内側に向かわせるんだ。相手に意識を向けながら、殺気を抑える。

 慣れれば意識せずに動けるようにな」


「おい、これ一夜漬けじゃ無理だぞ」

 俺は意識が1分も持たず音を上げた。

 今までの中で一番難しい。


「これは感覚がわかっても出来る訳じゃないからな。むしろ直接脳に感覚を流しても混乱するだろうから、自分で1つ1つ掴んでいったほうがいい」

「……だけどこれだけじゃ、姿は見えちゃうんじゃないのか? 気配消しても視界に入ったらお終いじゃないか」


「姿を消す方法は色々ある。まぁ一番やりやすいのは光魔法で、自分のまわりの光を透過・屈折させて姿を隠す方法だな」

「まさしく『プレデター』だな、それ。だけどこれ一度には無理だぞ」

「それだけじゃない。熱で感知されることもあるから、体温も皮膚下に引っ込めないとな」

「アンデッドになっちゃうよ。アサシンってそれ全部できるのか?」

「能力によるな。それに光魔法が出来なくても、姿を感じさせないようにするのは可能だぞ。

 目に見えてるのに物が見つからない事があるだろ? 錯視を使ったりするんだ。

 あとセイレーンが使ってたような幻覚とかな」

「やる事いっぱいだなぁ。脳がヒリヒリしちゃうよ」


 結局俺が一晩で出来たのは、初歩の気配を少し消す事ぐらいだ。

 もちろんほんの短時間だ。

 それでもこの一晩でよくやった俺。

 瞑想に似たやり方を使うので、興奮している脳を落ち着かせることが可能になる。

 俺の神経不安症の治療にもとっても良い。

 途中からこっちをメインでやっていた。

 おかげで10時頃には、すっかり眠くなってしまって、早々と寝ることになった。


 **************


「そういや『祈る殺し屋』って言ってたけど、‟殺し屋” はわかるとして ‟祈る” ってなんだい?」

 緑と黄色の葉が延々と続く畑を横に見ながら、訊き忘れたことを聞いてみた。

「獲物と対峙した時、その前足のカマを交差させて、前屈みの姿勢をとるんだ。

 それが人間共が祈るポーズに似てるから、そう呼ばれている。

 本当はただ、攻守一体型の攻撃姿勢をしただけなんだがな」

「じゃあ祈られたら、攻撃態勢に入ったってことなんだな」

 嫌なファイティングポーズだなぁ。

 

 しばらく行くと十字路に看板が立っていた。このまま真っ直ぐ山に向かっていく道と、左右に迂回していく道だ。

 山へ向かう看板には入山禁止の木札が付いていた。

 だがもちろんそのまま山道に向かう。

 左側から走ってきた馬車の御者が、俺達が山道に向かうのを見て声をかけてきた。


「あんた達、いま山に入るのは危ねぇぞーっ、『祈る殺し屋』が出るからなー」

「ご忠告どうもー。注意しまーすっ」

 俺は手を振って、また早歩きに山に向かった。

 後ろで御者の男が、やれやれという風に肩をすくめるのを感じた。

 俺だって本当は行きたくないけど、このマッドマンに言ってくれよ。


 山道を歩き始めて約2時間、当たり前だが誰も通らない。

 両側に統一間隔で立っている、魔除けの杭の間をひたすら歩きながら、索敵も途切れないよう注意する。

 だが気持ちいい陽射しに、雨上がりの草花が息をする空気、時たま聞こえる鳥の声につい緊張感が緩みそうになる。

 すると俺の索敵もどうやら緩むようで、隣のヴァリー隊長がテコ入れしてくる。


「イテッ!」

 何かが俺の右側頭部にぶつかってきて、俺の肩からポケットに転がり落ちた。

 カナブンに似た甲虫が、ポケットの縁に足をもぞもぞ引掛けながら出てきた。

「気を抜いてると危ないぞ」

「クソッ! 絶対あんただろ、これ操ったのっ」

「さあな、とにかく山の中にいる時は索敵の手は抜くな。そのうち慣れてくれば寝てても出来るようになるが、とにかく今はひたすらやる事だ」

「ハイハイ、もうヴァリーズ・ブートキャンプ始まってるんだったな」

 午前中は索敵にも、大したものは引っかからなかった。


 ただ一か所だけ、道を何かが横断したらしい跡が残っているところがあった。

 太い棒を押し付けたような足跡らしき凹みと、その真ん中に丸太を引きずったような跡が、道を斜めによぎり、杭を1本倒してまた茂みの中に続いていた。


 そいつが索敵に引っかかったのは、昼めしを食べてしばらく歩いた頃だった。

 時計は見てはいないが、太陽がまだ真上近くにいたので2時頃だったのじゃないかと思う。

 山側の斜面の雑木林の中、70mほど先に大きな生き物らしきものをうっすらと感じた。


「わかったか?」

 ヴァリアスが足を止めた。

「ああだけど、なんか薄くてぼやけてるな。動いているけど樹が揺れているようにも感じる。動物じゃないからか?」

「気配を隠蔽しているからだ。

 ただ、今は獲物を狙うためじゃないから、隠蔽をそれほどやってるわけじゃないんだろう。ちょっと見に行ってみるか」


「エエッ?! わざわざなんで危険なとこに行くんだよ。日暮れまで町に間に合わなくなっちまうじゃないか」

「少しくらいなら大丈夫だ。閉門までに間に入ればいいんだろ。気配消しとけ」

 そう言ってさっさと茂みの中を入って行った。

 絶対会わせたいんだろ。

 俺は一夜漬けの隠蔽をしながら、なるべく音をたてないように注意しながら後を追った。


 少しづつ ガッガッという、何か土や岩を掘るような音が聞こえてきた。

 気配がどんどん強く感じられるようになって、樹々とは違う、あきらかに動く生命体のエネルギーを感じ始める。

 土の上を直接踏むと、どうしても音がしてしまうので、空気を圧縮して、足の裏のクッションにしてそっと近づく。

 早ぶりそうになる心臓を静かにさせるためにも、呼吸は草木たちの息のように静かに穏やかに。

 茂みの隙間から、何かがゴソゴソ動いているのが見えてきた。


 始めは電信柱ぐらいの樹が動いているのかと思った。

 全身焦げ茶と茶色と緑色のまだら模様。いわゆる天然の迷彩柄の体に、頭からトウモロコシのひげのような薄黄色のフワフワした毛のようなものが生えていた。

 それは土手壁になった、樹の根の下に屈みこんで穴を掘っていた。

 前足の大きな鎌を器用に使い土を掘り起こし、出てきた岩や小石を腹から出ている2番目の足―――ではなく2本の触手で横にどかす。


 デカい……。

 以前出会ったあのハイオークよりも大きいぞ。4mくらいあるんじゃないのか。

 そいつは一心に穴を掘り続けている。

 人1人すっぽり入れるくらいの深さのようだ。どこまで掘る気だ。

 息をころして見ていると、そいつは穴が納得いくとこまで掘れたのか、鎌を使うのをやめるとスーッと体を起こした。

 それを見て俺はうっかり僅かだが、息を吐いてしまった。


 ギュン! と鎌を振る様にこっちを振り返った。

 深紅の大きな目が、枝と茂みに隠れているはずの俺をピタリと直視する。

『シャアアアァーッ』

 威嚇らしい高い声を張り上げた口の中は、目と同じ血のように真っ赤だった。

 確かメスとオスの見分け方は、口の中が赤か緑かだ。こいつはメスの方か。

 そいつはサッと、鎌を胸の前でクロスさせると体を前に倒した。


 祈った―――!!


 ザザザッと大蛇が、落ち葉の上を樹を避けながら素早く動くように、そいつは樹々の間を凄まじい勢いでS字を描くように突っ込んできた。

 その顔に火炎を叩きつける。が、吹き飛んだ。

 酸欠―― 間に合わないっ。

 

 眼前に迷彩の鎌が迫った瞬間、背後に見える一番高い樹の枝に転移した。入れ違いに鎌が、目の前の枝を切った感触を空間に感じた。

 枝につかまり大カマキリを見下ろしながら、すぐに酸欠空気を虫の周囲に作る。


 が、それもかき消えた。

 虫は俺が一瞬で消えたのに戸惑う事なく、すぐ上を見上げてまた赤い口を開けた。

 ヴァリアスの奴はもちろんいない。

 あの野郎、真っ先に隠れやがってっ。とんでもないガーディアンだっ!

 

「やべっ!」

 虫野郎は羽を広げたかと思ったら、ミサイルみたいにぶっ飛んできた。すぐに地面に転移。

 バキン! と音を立てて、俺の乗っていた大枝が落ちた。

 切り落とされたんだっ。


 マズイ、マズいぞっ。もう死神の鎌だ。剣で受け流すとかのレベルじゃない。

 魔法も効かない。どうすりゃいい ?!


 風の力を借りて枝や樹を避けながら、俺は全力で走った。

 走りながら索敵しているのだが、何故かよくわからない。追っかけてきていることは、なんとなく音でわかるのだが、位置や姿をハッキリと探知出来ないのだ。

 くそっ、隠蔽か。

 なんとか振り切って一度隠れないと。こんな状態じゃ気配なんか消せやしない。


「アイツらは基本、火、風、雷の耐性が高いぞ」

 風を切るように走る俺のすぐそばで声だけがする。

「くそヴァリーッ、先に教えとけよなっ!」

「じゃあ1つ教えといてやるよ。個体差はあるが、アイツは水の耐性だけは低いんだ」

 水? 水で溺れさせるとかか。

 俺は目視するため振り返った。


 動く大木のようなのがすぐ10m後ろにいた。

 その三角の顔から尻まで、その長い体まわりに丸ごと水の膜を作った。昆虫は口で息をしているとは限らないからだ。


『ジャアッァ、グッゴバァーーー』

 今度は水は消え去らない。スライムの粘膜のように虫の顔や体にへばりつく。

 よっしゃ、効いてる。

 虫は前足の鎌と腹の触手で、水を取ろうともがくが、もちろんそんなことで取れるわけがない。

 これで溺死してくれるか。


 カッと虫が赤い目で俺を見た。と思った次の瞬間、すぐ眼前に鎌が伸びて来ていた。

 つい素手で防御しそうになるのを、すぐにファルシオンを出しながら目の前に土壁を作る。

 が、奴の鎌に触れた途端、さらさらの砂ように崩壊。

 土も駄目じゃねぇかっ! 

 鎌がファルシオンにぶち当たる。

 渾身の力でそのまま斜めに滑らせようとした途端、鎌のギザギザに引っかかった。

 そのまま剣が横に振られてしまい、俺の前身がガラ空きに。

 そこへもう一方の鎌が振り下ろされる。


 ガツッン! 俺の足元にあった岩が割れた。俺は剣が引っ張られた方向に、その勢いを使って虫の足下をかいくぐり、後ろ足を切りつける。


 固てぇっ! 金属の柱に切りつけたみたいだ。手首が痛てぇ。

 とんでもないキチン質だ。

 だけど相手もちょっとは痛かったみたいで、また虫がくぐもった声を上げる。

 接続部分とか節の隙間はどうだ っ。

 すぐに後ろにまわって、腹のあたりの節に剣を突き立てようとした。


 バアァン! と吹っ飛ばされた。奴が羽を広げたのだ。俺は樹にひたたか背中を打ちつけた。

 立ち上がろうとした眼前に真っ赤な口が広がった。

 咄嗟に―――。




 キツイ……。俺はさっきの山道で片膝をついて荒い息をした。

 あの赤い口を見た時、その中に剣を突き入れようと思ったのだが、瞬時に転移に切り替えた。

 無理だったからだ。

 あそこで剣を入れる前に、俺の頭が喰いちぎられるところだった。

 転移の連続、しかも最後のはちょっと距離があった。魔力よりも体力が持たない。

 転移は体力も消耗する。


「どうだ。少しは気分が高ぶってきたか?」

 相変わらず姿は見えないが声だけする。

「ふざけんなよっ、死ぬところだったじゃねぇかっ。震えが止まんないよ!」

 索敵したが、相変わらずよくわからない。ただ奴につけた水の感触で、まだ奴が生きているのがわかる。

「アイツらの生命力はオークより強いからな」

「そんなとこまで昆虫と同じなのかよ。とにかく急いでここを逃げないと―――」


 バキバキバキッー と樹々が割れる音がして、大カマキリが雑木林から上空に飛びあがっていた。羽以外、体中に水をまとわりつかせたまま、俺のほうをギロっと睨む。

 一息ひといきくらいつかせろっ。

 俺は水を出来る限り高圧で、虫めがけて打った。


『ギャッシャアッ!』

 大カマキリの腹の節を狙った。手応えあって、虫はもんどりうって樹の上に落ちる。

 ―――と思った途端に、急カーブを描いて猛スピードで突っ込んできた。


 目の前でギリギリ交差した鎌が左右に閃くのを、咄嗟にのけ反って避ける。

 バチン! 鞭のようにしなる触手がぶつかって、俺はひっくり返った。

 空中で大カマキリはUターンすると、飛びながら俺の方をジッと睨みつけた。

 水はしっかりへばりついているが、溺死してくれるのにまだ時間がかかりそうだ。


 太いワイヤーで殴られたような衝撃で、脇腹が熱い。

 たぶんこの護符のおかげで、これくらいで済んだのだろう。

 そうでなければ肋骨が折れているか、最悪真っ二つになるところだった。


 しかし今の水鉄砲も駄目か。もう降参してヴァリアスになんとかしてもらおうか。

 いや、あいつホントに助けてくれるのか?

 この状況でも姿見せないぞ。俺がまだなんとか出来ると思ってやがるんだな。

 なんとかって水しか効かないのに、溺死もダメだし……水?


 イチかバチかだ。俺は虫についていた水を全て消した。

 水が霧のように散開した瞬間、大カマキリはその真っ赤な口を、新鮮な空気を吸い込むように大きく開けた。

 そして一気に俺に向かって襲い掛かってきた。

 そこへ俺は残りの魔力と気力で、一点集中の水魔法を放った。


 ビシャアァン!! 手ごたえがあった。

 次の瞬間、突っ込んできた大虫をなんとか跳び避ける。

「ぃっでぇえっ!」

 ―― 脇腹が痛ぇっ。折れてるぞ、これっ。

 ドガガカヵァーッと、俺の後ろで大カマキリが地面に体を叩きつけた。

 目や口から青色の体液をまき散らしながら。

 

 左の脇腹もとい肋骨を抑えながら、俺は倒れている大カマキリから出ている体液を、バキュームのように空中に吸いだした。

 そう、俺は水魔法で、奴の脳みその血液を一気に動かしたのだ。

 いわゆる脳内出血だ。


 全身の血液を操作する事も一瞬考えたが、魔力耐性がある相手に力が散ってしまっては、即死しないかもしれない。

 心臓をやっても数秒動くかもしれない。だから脳に集中した。

 いくら生命力が強くても、頭をやられたら終わりだろう。

 我ながらエグイやり方だとは思うが、即死はさせられるはずだ。


 内部なので抵抗力があったが、なんとか水魔法が効いた。

 ただ柔らかい生き物を握りつぶすような、イヤな手応えを感じたが……。


 恐る恐る近寄ると、大カマキリは脳を潰されながらも、まだピクピク動いていた。

 さすがの生命力ということか。

 俺は注意しながらそっと、その三角頭のすぐ後ろに、空間収納の歪みを発現させて、その頭をすっぽり包んだ。


 ズズッと頭から長い首、肩から胸にかけて入れていくと途中で引っかかった。

 そこを集中してグッと押すように力をこめる。

 するとズリッと抵抗がなくなった。

 魂が剥れたのだ。

 俺はやっとホッとしてその場に座り込んだ。


「よしよし、上出来だ」

 いつの間にか俺の隣にヴァリアスがしゃがんでいた。

「この馬鹿ヴァリー、上出来だじゃねぇよっ! 俺、もうちょっとで殺されるとこだったじゃないかっ。

 ったく、とんだシークレットサービスだな」

「だが、1人で出来ただろう? そんな簡単に手を貸してたら上達せん」

「しっかもこの護符、ホントに効いてるのか? たぶん肋骨折れてるぞ」

 なんか護符の守護も、段々スパルタモードになってる気がする。


「ちゃんと守護されてるぞ。だから完全に折れちゃいない。そのくらいのヒビで済んだんだ。上着だって切れてないだろ。オレが強度を高めといたからな」

 服が無事でも中身がやられちゃ意味ねえじゃねぇかよ。


 奴は俺の左脇腹に手を添えようとして

「だけどお前、オレに悪態ついてたから治すのやめとくかな」

「なんだよ、クソッ! いいよもう、俺治るまでここ動かねぇから」

 実際歩くと肋骨に振動が響いて痛い。息するのも痛むのだから。これぐらいの怪我だとどれくらいかかるのだろう。


「わかった、わかった。冗談だ。オレがお前を助けない訳ないだろう」

「それならこうなる前に助けてくれよなぁー」

 こいつ本当にあの爺さんみたいになるまで、ほっとく気だったんじゃないか?

 奴が手を当てると、肋骨とまわりの筋肉が動くのを感じた。このモヤモヤする感覚がなんかこそばゆい。


「で、そいつって、やっぱギルドで売れるのかな」

 怪我が治った俺は服の泥を払うと、あらためて動かなくなった大カマキリを見た。

 あの大きな赤い目は、今や赤色にところどころ青が混じって紫色に濁り始めていた。

「売れるぞ。こいつの外皮は武具の材料になる。その体毛は防火布の素材になるし、肉はあまり癖がなくてぷりぷりした食感が旨い。卵は酢漬けにすると、猛魚の白子のような高級食品になる」

「そうか、じゃあ有難く頂いていこう」


 俺は軽く祈ると、あらためて大カマキリを収納しようとした。

「待て、蒼也。できたらその卵貰っていいか?」

「いいよ。酒のつまみにでもするのか?」

「スマンな。じゃあ取るぞ」

 奴はそのまま小型ナイフで、大カマキリの下腹を大きく切り裂くと、中から薄緑色の膜に包まれた、ボコボコした枕状のモノを取り出した。

 そうしてまた雑木林に入っていく。

 何だかわからないが俺も大カマキリを収納して、後について行った。


 俺達はさっきの、初めて大カマキリを見た場所に戻ってきた。

 ヴァリアスは土手に開いた大穴の前に行くと、その長枕のような袋を中に入れた。そうして脇にどかされていた土を注ぎ入れると、最後に避けてあった石を上に置いた。


「コイツの匂いもついてるし、これで孵化するまでは小動物に掘り起こされないだろう」

「それって……」

 ヴァリアスはこちらを振り返るのではなく、穴の斜め右の方に顔を向けながら言った。

「卵を産めなかった事が心残りだったようだが、これで安心して逝くだろう」


 俺はそれを聞いてその場に両膝をつくと、あらためて静かに祈った。

 

 俺はこれからも狩りをしたりして、生き物を殺すことはあるだろう。

 だけどせめて、貰ったその命に祈りを捧げていこうと思う。

 猟師が山の幸に感謝するように。

 

 おかげで後に『祈る妖術師ソーサラー』なんて変な通り名がついてしまった。

なんで魔法使メイジい、ウィザードとか魔術師ウォーロックじゃなくて‟妖”術師なんだよ。

 文句の1つも言いたいが、これは俺の即死魔法とかが、こちらでは奇異な能力に見られてるからだ。


 酸欠は空気の内容の概念がないと出来ないし、スタンガン魔法も感電の仕組みがわからないと、ただショックを受けるぐらいの電気という感じで、漠然とやっても思い通りにいかないからだ。

 心臓など大事な臓器を避けるという考えもないのだろう。

 脳溢血のういっけつとかの病気の概念も、あまりないこの世界ではこういう魔法の使い方は斬新に映るらしい。

 

 まあ仕方がない。これが俺のやり方なのだから。

 これからも俺は俺らしいやり方で、もう一つのこの人生を生きていこう。

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