第166話☆ 判断
「目撃情報どころか、聞く相手がいねぇな」
ユーリが樹々の中に目を向けながらぼやいた。
さっきから1層をまわって出会ったパーティは、たったの3組だった。
しかもそのうち1つは少し怪しさのあった、先程のドワーフ女たちのグループ。
残りの、これから地上に戻ると言っていた2組も、見せた手配書には覚えがないと言っていた。
どこから戻ってきたのかと聞くと、両方とも2層だという。
明日の祭りの最終日に間に合わせたいので、早々に引き上げたのだという。
「明日、リニューアルした
ギュンターがフードを脱いで、耳を動かした。
聞こえる限り、近くに人の気配はない。
ただ、他にも人の気配がしていたのは確かだった。
2人だったか。
おれ達が他のパーティと話をしている間に、いつのまにか遠くへいなくなっていた。
もしかするとおれ達に気がついて、逃げたのかもしれない。
後ろめたい事のある無しに関わらず、面倒くさい事に関わりたくないだけかもしれないが。
「ダンジョンを改造って、本当に大丈夫なのか? おれだったら怖くて入りたくないぜ」
ユーリは子供の頃、散々と父親に『ペサディリヤの悲劇』の訓話を聞かされていた。
彼の父親はそのペサディリヤ地方の出身だったからだ。
(* 『ペサディリヤの悲劇』は153話参照)
「そりゃあ、ちょっと後から変更点が多かったが、大丈夫なんじゃないのか?
少なくとも町長の手がけた事業なんだろ。それに万が一のために、土使いを多く雇ってるらしいぞ。
実はおれも、明日そこの警備入ってるんだ。あくまで広場までだけどな」
ギュンターがフードを被り直した。
「ああ、お前は土を使えるからな。おれなんか物理的に、ガキと泥遊びしかできないが」
そう言ってユーリはしゃがむと、落ちていた枝で、地面に簡単な図形を描きだした。
「今おれ達がいるクールスポットがここだろ」
台形の変形のような四角を描く。そのまわりにガリガリ、通路を幾本も描き足す。
「さっきの怪しい3人組に会ったのが、ここ。
で、おれ達が通った通路、それと他のパーティに会ったのがココとココ」
「そしてさっき気配があったのは、ここ辺りだな」
そうギュンターが言うと、四角形の少し離れた位置に、溝がスルスルと掘られて新しい通路を作った。
その通路の途中に、丸い土団子がポイントとして成形される。
「そいつら、怪しそうな気配あったか?」
「分からん。ただ2人組だったってぐらいだな。遠すぎたし」
ギュンターは土を扱える。
だからこうしたダンジョンなどで、土に這わせる触手で探知が出来る。
ただ、やはりそこはダンジョン。亜空間では通常より感覚が鈍るのだ。
「……そこからもし、こっちにやって来てたら、隠蔽をしてない限り、おれにも分かったかもな」
ユエリアンのユーリも、獣人に近いくらいの聴力を持っている。それと匂いにも敏感だ。
それに彼には放電と電気感知という能力もある。
もしすぐそばを通ったら、隠蔽していても感じ取れる可能性がある。
「だとすると、ダンジョンの通路が変わってない限り、奥に行った可能性が高いな」
ユーリは立ち上がると、地面の図を足で踏み消した。
「もう1層はこれくらいにして、さっさと下に行くか。あと2層分はまわらなきゃいけないし、戻って来る時間も考慮しないといけないだろ」
ギュンターが壁に開いた穴に向かう。
「しかし本当にその目撃情報って正しいのかなあ」
後からついてくるユーリが、またぼやき始めた。
「よりによって七面倒くせぇダンジョンで、似てる奴を見たなんて、情報料欲しさのデマカセじゃないだろうな?
もし、ただのデマだったら、目ん玉まるコゲにしてやるっ」
彼のまわりでパチパチと、高い爆ぜるような音がする。
「そりゃ似てる女を見たってだけだからな。勘違いのせいもあるだろうし――後ろで放電するのやめろよ」
さすがに落ち着かないぞ、と獣人が振り返った。
「すまん。ただおれも、家庭の一大事を控えてるから落ち着かなくてな」
「それはお前が悪い」
スロープを下りながら一蹴した。
「くそっ! そういや今何時だ?」
ユーリがポケットから懐中時計を取り出した。
それは12の目盛りがあるアナログ時計とは違い、その水晶のようなガラス面には、オレンジ色の太陽が一番上の部分に描かれていた。
★★★★★★★★★
「なんですか、それ?」
俺はヨエルがふとベルトポーチから取り出した、シェル型の薄型コンパクトケースのような物を覗いた。
それは蓋を開くと、内側にそれぞれ水色のガラス面があり、上面にはメラメラと、オレンジ色の炎のようなフレアを纏う女性が、上方に描かれていた。
そして下面には、青い髪をした姉妹らしき娘たちが下辺近くに座っている。
「
「えっ これが時計?」
「こっちが姉の太陽、で、下の2人が月の妹たち。これで今現在の太陽と月の位置がわかるんだ」
「へぇ~っ」
単純に日時計でもないんだ。
こちらの時計は確かに色々あって、表示形式が24指に目盛りが分かれた振り子時計とか、シャンパンタワー型の噴水みたいな水時計、時間によって色が変わる光時計などがあった。
だけどこんな日時計(?)は初めて見た。
「これだとダンジョンとか、別空間に入っても外の時間がわかるからだ。こういった場所は、外と時間の流れが違う場合があるからな」と奴。
ふーん、俺もこっち用に1個買っとこうかなあ。
「こういう日月時計も色々あるよ。俺のはこんな事も出来るけど」
そう言って太陽の女を、指で軽く突っついた。
ふわりと、胸の辺りを覆っていたフレアが左右に切れて、女がギリギリ両腕で隠す。
モンローの『ワ~オ♥』じゃねぇよっ!
どこでそんな時計売ってるんだよ。絶対アダルトショップだろ。
そういや、以前アルの奴がそんな道具店があるって、酒場で言ってたな。
あの時はナタリーがいないから、下ネタトークが多かった。
途中でセオドアにアイアンクローされてたっけ。
「……高そうですね」
ついそんな返事になってしまった。
「うん、安くないよ。ただそれなりに精度は良いぞ」
それはどっちのですか?
「ちょうど昼の刻だが、どうする? ここいらに今は特に変な奴もいなさそうだし、食える時に食っといた方が良いんじゃないのか」
ヨエルが俺ではなく、奴の方を見る。
「どうする、蒼也?」
奴が俺の方を見た。
「確かに腹減ってきたけど、まだ手がかりが全然ないし……」
そうなのだ。まだレッカの痕跡がつかめないのだ。そんな中で食事するのも、なんだか落ち着かないし。
「グダグダ考えてるだけなら、一回休めっ。迷ってるだけ時間の無駄だ」
結局、奴に押されてここで昼をとることにした。
今、俺たちは2層にまた降りて来ていた。
ただ、違う穴から降りたせいなのか、さっきとはまた景色が変わった場所に出ていた。
まわりは確かに砂丘が広がっているのだが、先程のような海のような湖は見当たらない。
どこまで見渡してもやや灰色がかった、白っぽい砂の地面とそこに突き出た岩、所々にある緑と樹々しかない。
どこにも巨大湖どころか、オアシスのような水溜まりも見えなかった。
俺たちが出入りした後に、乾期に入ったらしい。一気に水が引いていったのだ。
ただ、砂漠ではあるが、ギラギラと照りつける太陽がない分、陽射しを遮る場所を探さなくてもここで十分だった。
大気はどちらかというと、ややヒンヤリしていて、目を閉じて連れて来られれば、木陰だと言われても信じただろう。
乾燥しているはずなのに、どこか湿気を感じるのだ。先ほどまで水をたたえていたせいだろうか。
「気温は元々変化してないぞ。それはただの錯覚だ」
俺が感じたままを話すと、奴が言った。
「ただの砂丘になったから、暑いだろうと勝手に思ってただろ。その予測よりも気温が低いから、その落差でさっきよりも涼しく感じるだけだ。
ただの思い込みだよ」
ふうん、そう聞くとダンジョンって、やっぱりどこか洞窟に似てるんだな。
夏でもヒンヤリした一定の温度の穴の中に。
「んん、ちょっと手頃なのが近くにいないな」
俺がレジャーシートを広げていると、ヨエルがやや下を向きながら呟いた。下を見ているようだが、探知の触手が遠く伸びている。
「何を探してるんですか?」
「何って食料だよ。岩トカゲとか
兄ちゃんは虫嫌いみたいだから、ワームは嫌だろ? サンドワームは肉にも砂が混じってて、不味いしなあ」
「どれもイヤですっ! 食料は持って来てるので、それ食べましょうよ」
食料があるのに、何が悲しくてトカゲや蛇を食べなくてはいけないのか。
「だけど基本的に獲物が獲れる場合は、携帯食を最後まで残しておいた方がいいんだぞ」
そう言いながら、奴の方に指示を仰いだ。
「……しょうがねぇなあ。
本当はオレも現場調達させたいとこだが、コイツの胃の具合が悪くなりそうだから、徐々に慣れさせるしかねぇ」
奴がシブ面を作りながら言った。
本当にこの頃の事を思い出すと、我ながら都会っ子どころか、弱々しい情けない奴だったと思う。
こんな俺がやっていけたのも、全てまわりに甘えていたからなのだ。そうしてそのツケは俺にではなく、周囲に及ぼされることを、後で思い知ることになるのだ。
「ヨエルさん、3種類パン買ってきたんですが、どれが良いですか?
白パンと雑穀パンと、甘い木の実入りがありますけど」
俺はバッグから、それぞれの入った紙袋を取り出してみせた。
「え? これまたエラく買い込んできたな。これだけで7日間はいられるんじゃないのか」
「念のため、多めに買ってきたんですよ。
あ、もちろんオカズもあります。さっきの魚もちょっと残ってるし(ポーに上げた残り)、他にもゴブリン肉と山菜炒めとか、卵の燻製とか持ってきました。チーズもありますよ。
パンに挟んで食べるのもアリかなと思って。なんならサンドイッチペーストもここに」
砂の上に敷いたシートの上に軽く店を開いてしまった。
ヨエルが目を丸くした。
「オレもピクニックじゃねぇって言ったんだよ。女みたいに食べ物ばかり用意しやがって」
そういう奴は横に酒樽を出して、ジョッキに注ぎ始めた。
「……何ていうか、その……。
いや、……そうだった。あんた達は常識で考えちゃいけないんだったな。うん……」
そう呟きながら、彼は軽く上を仰ぎみた。
いやいや、俺は普通ですよ。こいつが異常なだけですから。
奴が、オレ用のを買ってきてないと文句を言うので、ペーストの入っている竹筒が空になったらやると言ったら、キレてきた。
「お前、なんでもかんでも硬ければいいとか思ってないかっ?!」
「違うのかよっ? あんたは噛み応えのあるのが好きなんだろ!」
大体、奴用にはまだ少しタッパーに残りがあるのだ。俺が食べれないような辛い惣菜とかが。
「ただ、硬けりゃいいってワケじゃねぇぞっ。問題は味なんだからなっ!」
デカいスズメバチ喰ってた奴が言うな。
そう思ったそばから、ハチ出して喰ってるじゃないか!
「まあまあ、旦那、じゃあこれでも食べるかい?」
ヨエルがリュックから、何やら黒い塊を出してきた。
サイズとしては500㎖の牛乳パックくらいだ。
「黒水牛のビルトングか」
奴が軽く匂いを嗅いで言った。
ビルトングとは、ジャーキーと同じく干し肉のことだが、ジャーキーのようにスライスしてから干すのではなく、味付けした塊丸ごとを乾燥させた保存食だそうだ。
普通はもちろん食べる際にカットする。
が、ノコギリ以上の歯を持つ奴に、そんな必要などない。
「塩と酢が利いてて悪くないな」
カットするどころか、その塊のまま食べ始めてしまった。
「おい、彼の食料だぞ。少しは遠慮しろよっ」
こいつは渡したら渡しただけ食ってしまう。少しは人に分けるとか、残すとか考えないのか。
「いや、いいんだ。初めからそのつもりで出したから」
彼はバラ肉の雑穀パンサンドを持ちながら、感心するように奴の喰いっぷりを見た。
「しかし、さすがだなぁ。この肉はビルトングの中でも相当固いぞ。普通は水で少し、ふやかしてから削ぐんだが」
そんなガッチガチだったのかよ。
まあでも、こいつは骨と石の区別もなく食べられるからなあ。
ビルトングね、今度買っといてやるか。
そんなこんなで軽く昼メシを済ませた俺たちは、再びこの2層を探索することにした。
おそらくレッカはここに来たと思われるのだが、問題はここから何処へ行ったかだ。
ギリギリまで隠蔽をして、気配を残さずに移動したのだろう。
もしかすると、彼がここに来た時にまだ水が残っていたかもしれないと、ヨエルが言った。
そうすると、残った水の上を渡った場合、匂いが消えるのと同様に、オーラも水と共に流れてしまう可能性があるからだ。
しばらく同じ場所にとどまらずに、素早く移動していった場合など、特に残り難いのだ。
追っ手から逃れるためだろうが、皮肉なことにそれが救助を困難にしていた。
ここまで思いつくままに2層を探したが、これでは埒が明かない。
「ヨエルさん、こういう時どこへ行くと思います?」
「うーん、また占ってみるか?」
ヨエルがまたハンドを立てようとした。
だが、奴がそれを遮った。
「それはもういい。今度は蒼也に判断させろ」
「えっ、何言ってんだよ。俺はそんな占いなんて出来ないぞ」
「何でもかんでも
そうやって責任逃れしてるだけだろ、お前は」
何も言えなかった――
確かに重要な選択をいつも人に決めてもらって、自分はそれに沿って行動するだけ。
自分に自信が持てないから、間違った時が怖いからだ。
でも結果は、相手が失敗しても同じことだ。
ただ、失敗の呵責を負いたくないという、無意識な逃げが俺にはあった。
それに、ここで間違ったら大変な事になるかもしれないから、少しでも可能性の高い方に――。
「本当に助けたいなら、責任持つくらいの覚悟でやれっ。そんな中途半端で、他人なんざ助けられるかっ
てめえだけで決断しなくちゃならなくなる場合だってあるんだぞ。
そんな時に腰が引けててどうするっ!」
ヴァリアスが俺の迷いを見抜いて、真っ直ぐ目を合わせてきた。
ヨエルは黙って静観している。
以前、フィラー渓谷では人助けを止めたくせに、今度は焚きつけるとはどういう事だ?!
あの時とは状況が違うからか? それとも今なら俺にも助けられる力があると、みなしたのか?
「……わかった。ちょっと時間をくれ」
俺はあたりをまた見回しながら考えた。
もし俺がレッカの立場ならどうする。どう逃げる?
俺だったら、これより下には行きたくないから、また地上に戻る道を探すだろう。
それならば、こんな風に真ん中を突っきったりせずに、壁沿いに移動して、また通路に出る穴を探す可能性が高いのではないか。
ただ問題なのは、左右どちらに行ったかだ。
こればかりは、その場の思いつきじゃないのか。
来たところの穴まわりは、左右どちらもほとんど変わらない、壁と砂丘の風景だったはずだ。
どっちに逃げた方が良さそうだとか、あえて目立ったポイントはなかったように思う。
「じゃあ一度戻って、検証するか?」
俺が壁伝いに行った可能性が高いが、左右どっちに行ったのか分からないと話すと、奴が訊いてきた。
しかし、戻る時間も勿体ない気がする。
……ここは急がばまわれなのだろうか。
彼も色々と考えて行動してるだろうから、漠然と気の向いた方には行かないかもしれないし、自分の勘を信じるかもしれない……。
ううっ 何か他に判断材料はないのか。
こんな時に色々考えて出した答えって、必ず外れる『マーフィーの法則』みたいなとこがあるんだよなぁ……。
待てよ、もしかするとだが……。
だが、しかし…………ええぃっ! ウダウダ考えてても、確かに時間の無駄だなっ。
俺はある方向を指さした。
「あっちの方向に行ってみよう。もし彼が最後に自分の勘を信じたら、もしかすると自然の法則であっちの方に動いていったかもしれない」
もうこれは賭けだが、俺も自分の勘を信じるしかない。
あとは全力でやるのみだ。
「よし、いいぞ」
サメがニヤリと、下弦の月のように口を開けた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ああ、またトラップまで話がいけなかった……。
我がキャラながら、イラつくけど、これでまた少し成長……するかな?
次回もよろしくお願いします。
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