第167話☆ 法則
すいません……今回もトラップ無しです(-_-;)
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『左回りの法則』というのがある。
人が自然と動く時、約70%の人が左回り――いわゆる反時計回りに動く傾向にあるという説だ。
何故、そのような動きになるのか?
利き足に右が多く、それを軸に左にまわるからとか、心臓が左寄りだからとか、地球の自転が左回りだからとか、とにかく理由は沢山言われてはいるが、これが本当の正解だというのはない。
ただ、理由がわからなくても、その法則は確かに存在するようで、今日でもスーパーなどの買い物導線など、マーケティング戦略などに多く使われている。
逆に反対の『右回りの法則』(時計まわり)は、どことなく不安感や落ち着きなさを催させるという作用があるという事で、『お化け屋敷』や『ジェットコースター』などに採用されているらしい。
それを考えて俺がここで出した答えは、左側。
つまり『右回りの法則』――時計まわりの法則をとったのだ。
それはここが、地球じゃないという事。
まずこのアドアストラの自転の向きは、地球と逆の右回りだ。
地球では東から太陽が登り西に沈むが、ここではその反対の西から登って東に沈む。
実は、初めにここへ来た時、魔力切れで辛い体験をしたが、その生理的感覚の違いもあの時影響していたのだ。
自分でも気がつかないうちに、自分の体がいつもと違う環境に、ずっとストレスを感じていたようだ。
それがあの魔力切れの際、余計に脳内ホルモンのバランスを崩す一因になった。
それに気付いた奴が、俺が寝ているうちに環境感覚の微調整をしたらしい。
そんな重要な事を、つい最近になって聞いた。
試験勉強の本を読んでいる時に、俺がふと『地動説』のことを訊ねて、奴がそう言えばと思い出したように話して露見したのだ。
まったく、その場で言えっていうんだ。
奴はもう治したから言う必要ないだろと、しれっとしていたが。
とにかくそんな風に人の意識や生体には、多く自然の法則が関わっている。
そしてもう一つは習慣だ。
先のマーケティング戦略で多く、『反時計回り』が使われていて、そこに暮らす人達はその法則に従って生活している。
だからこれが、そんな自然の法則がなくとも、後天的に刷り込まれた情報で、その廻り方を心地よいと思ってしまう可能性もあるだろう。
この国での階段、特に螺旋階段は、下から上に向かって『反時計回り』の流れになっている。
これは地球の外国のお城でもよくある造りだ。
つまり、下から敵が責めてきた時、剣を持つ右手が壁寄りになって、攻撃をしづらく、また半身を晒しやすい。
逆に上から下に進む防衛側にとっては『時計回り』になる。
利き手の剣を十分に振るうスペースは出来るし、盾がなくとも半身を壁に隠しやすい。
この話を知っていはいたが、日本人の俺はあまり実感がなかった。
それなら壁際に寄らずに真ん中、あるいは左寄りに登れば良い事じゃないかと思っていたぐらいだ。
だが、あらためてそういう文化圏に来て、それが難しいのがわかった。
そういう階段はまず狭く出来ている。
大人2人が同時に通ろうとしたら、まず腕を振り回すことなど出来ない狭さだ。
そうして、螺旋階段は軸を中心にまわっているので、ほとんどの足場が扇形に近い形をしている。
つまり下から向かうと左側が狭く、右側が広い。
無理に左に寄ろうとしても、足場が悪くなってしまいバランスを取りづらい。
もちろん上からなら、逆に足場はしっかりして安定する。
そんな文化に浸りながら生活している人達なら、『時計回り』に無意識の安心感を持っているかもしれない。
こんな土壇場でもし俺なら、色々考えたあげく、安心する気がする方を選んでしまいそうだ。
それが俺の出した結論だった。
「悪くない考え方だな」
全て知ってるくせに、俺の苦労を面白がるように悪魔がニヤニヤしがら頷いた。
なんだか腹立つ。
「なるほどね。おれはそんな法則なんざ、考えた事ないけど、そう言われると確かにそうかもなぁ」
ヨエルが腕を組みながら、本当に感心したように言ってくれたので、少し溜飲が下がる。
もちろん彼には、自転の話は抜きにして説明したが。
ただこんな仮説をいくら褒められても、当たらなければなんの意味もないのだが。
この行動で鬼が出るか蛇が出るか――
「……そういや、鬼はもうここにいるんだよな」
俺はつい呟きながら、奴を見た。
「? そんなのどこにいる?」
奴が自分の探知に引っかからないので、目を大きく動かした。
こいつは、『鬼』という科目をどう分類してるんだっ?!
オーガは大分類で『鬼』じゃなかったのか??
何でいつも自分だけ別枠なんだっ?
ええい、もういいっ! 今はこいつをなじってる場合じゃねぇ!
俺は左に歩き出した。
******
「もっと早く来てやれば良かった……」
パネラがオレンジ色の髪を掻きながら唸るように呟いた。
「しょうがないよ、こればっかりは」
まわりを伺いながらエッボが言葉を返す。
「まさかこんなに早く、レッカが動くとは思ってなかったしなあ」
パネラとエッボは、ホールで待っていた共通の獣人の知人ミケーにアメリを託すと、警吏たちが管理室に入るのを見計らって、すぐにまた1層に引き返してきていた。
とにかく聞いた話からして、レッカが相当危険な目に晒されているのはわかった。
「まったく、あいつら、レッカに何かあったら只じゃおかないよっ」
パネラのメイスを握る手に、また力がこもる。
2人がレッカと出会ったのは、主にダンジョンなどの罠などがある場所で、罠の解除などをしてもらうためにダンジョン鍵師を探したのがキッカケだった。
本当は同じ亜人が良かったし、彼はハンターでもなかった。
ただ、生活費のために――見習いは、ほとんどまともな賃金を貰えなかった――バイトとしてハンターの手伝いもする駆け出しの鍵職人だった。
魔法使いを雇いたい時に、まず魔導士ギルドに行くように、まず2人は罠解除の出来る鍵師を探しに職人ギルドに行った。
ハンターギルドで探してもいいが、鍵師系はまずフリーが少なく、大概どこかのパーティに入っているからだ。
わざわざ
それに、ある程度腕が立って、ダンジョン慣れしている職人は、思ったより契約料がはった。
元々、職人として技術があるという事は、ハンターの仕事なんかしなくても稼げるという事。
職人というプライドを持っている者も多く、またわざわざそんな危険なところに入りたがらない者も少なくなかった。
ダンジョン鍵師は特殊で、微妙な技術者だった。
「ダンジョン鍵師を探してるんですか?」
2人が『ダンジョン可』の項目の職人名簿を閲覧していた時、声をかけてきたのが当時16歳になったばかりのレッカだった。
彼は中ランクと、一般的に言われているダンジョンの仕掛けなら、ある程度解除できるつもりだと言った。
「ある程度? それじゃ困るんだよね。連れてって現場でお手上げですじゃ、意味がないだろう」
パネラが片眉を吊り上げて、彼を見た。
「すいません……。100%って言われたら、そこまでは自信がなくて……」
いかにもこのヒュームの若者は、オドオドしていて自信無さげだった。
「だけど、この地域の中ランク関連の仕掛けなら、解除できる自信はあります」
彼の働いている工房は、ギルドからの発注も多く、ダンジョン鍵師も何人か抱えた大工房だった。
ここでのダンジョン鍵師は、ハンター達と一緒に潜って罠などを解除するだけではなく、それを解析・記録する者たちのことだ。
彼らはそのダンジョンの仕掛けや罠のレプリカや設計図を、地上に戻って作成した。
ハンターギルドはそれを、罠の見本として研究材料に、またハンターたちの攻略練習用にと依頼していた。
その設計図や納品した品の模型が、彼の勤める工房の倉庫に沢山置いてあった。
昔から手先は器用だったが、それにもまして、機械の仕組みに興味を持っていたレッカは、親方に許しを得てそれらで解除の練習をしていたのだ。
それに彼はダンジョン初心者ではなかった。
怖い先輩に、勉強させてやるという名目で、実際は荷物運びの役目で何度かダンジョンに潜らされていた。
確かになかば無理やりなところもあったが、まず危険からは守ってくれたし、怯えてばかりの彼に、しっかりと仕組みや罠の解除を教えてくれた。
先輩なりの後輩への指導だったのかもしれない。
パネラが入るつもりだと告げたダンジョンにも、入ったことがあると言う。
「じゃあどんなとこかは知ってるね。言っとくけど、パーティはこの3人だけだから、最悪、危なくなったらあんたの身まで守れないかもしれないよ」
これでこの臆病なヒュームは腰が引けるかもしれない。
そう思った。
だが、気弱そうなこの若者は、ちょっと考えてから返答した。
「……多分、大丈夫です。僕、少しですが隠蔽が使えるので」
それで試しに雇用してみた。もし使えなかったら、もちろん支払いは無しという事で。
そうは言っても彼の提示した契約料は、一般の駆け出しなりに安かったし、こちらの都合に合わせて工房を休めるのも悪くはなかった。
工房もそういった実践経験を積むのには、好意的だったようだ。
実際、彼はちゃんとした仕事をした。
仕掛けを解除し、隠し部屋を見つけ、宝探しに貢献した。
また彼には心強い相棒がいた。
それが蔓山猫のポーだった。
戦闘は不得手の彼に代わって、すでに成獣になっていたポーが彼を守り、また戦いにも参加した。
結構使えるじゃないか。
過剰アピールして来るヤツが多い中、こいつは自分に自信が無さ過ぎだ。
パネラ達は始め契約した料金に、少し上乗せして支払ってやった。
レッカは凄く喜んで、また機会があったらぜひ使って欲しいと言ってきた。
それが最初のきっかけだった。
彼ら亜人はヒュームに対して、どこか警戒心を持っている者が少なくない。
やはり奴隷解放地区にあっても、まだどこか蔑まれているかもしれないという、差別に対する疑心暗鬼が残っているし、何よりまわりの国では依然として彼らは劣等人種なのだから。
だが、一度心を許すと、急に距離を詰めたように親密度を増すのも、彼らの特徴だった。
それにレッカは誠実な青年だった。
言われたことは一所懸命やったし、気配りも見せた。もちろん彼らを馬鹿にしてる素振りなぞ、微塵も感じられなかった。
それから何度となく、一緒に行動しているうちに、家族ぐるみの付き合いになっていった。
エッボとパネラは夫婦だった。
ヒューム――ここではユエリアンなどの少数人種は除外して、総じてベーシス系を指す――は彼らと比べて短命種だ。
だから成長も早い。
自分たちの弟のように思えてきた少年が、段々と大人の顔つきになっていくのも、見ていて面白かった。
大人しいところはあまり変わらなかったが。
妹のアメリも兄に似て、大人しい娘だった。
成人式(数えで15)を終えてから、女中として住み込むと聞いて心配になったぐらいだ。
ただ、そんな不安をよそにそれから2年ほど、アメリはなんとか無事に奉公を続けていた。
その奉公した先が、このマターファ・ダンジョンの管理者、バレンティア町長ジゲー家の屋敷だった。
数ある金持ちのお屋敷でも、ジゲー家と言えばこの地域有数の権力者だ。
そして悪い評判も。
レッカがちょっと心配顔に、
******
「明日のイベントにあのバカも参加するのかな?」
「バカって?」
「ジゲーの馬鹿息子だよ、ジェレミー・ダン・ジゲー」
ユーリが砂の塊を軽く蹴った。
薄黄色い皮膚をした蛇のようなワームが、慌ててまた砂の奥に潜った。
2人の警吏は2層の砂漠を歩いていた。
「そうだなあ、いまあのアジーレには、ほぼ魔物はいないようだから、ただの迷路での宝探しになったようだからなあ」
そう、ここマターファと同じく、ジゲー家が管理するダンジョン『アジーレ』には現在、魔物がほとんどいなかった。
そこで明日、宝探しのイベントが行われる予定になっていた。
「あのバカのせいなんだろ? ほとんどの魔物を一掃しちまったのも、イベントのためじゃなくて、あいつのせいだって聞いてるぞ」
それは噂だろとギュンターは言いかけたがやめた。
火のない所に煙は立たぬではないが、まったくのデマではない事を知っていたからだ。
本来はダンジョンの魔物はそのままに、管理組合が用意した3つの宝を探す、ハンターたちの宝探しイベントだったのが、いつの間にか途中まで一般も入れるイベントに変更されていた。
内部の危険な魔物を一掃したから、1層までなら一般人も入れると。
管理組合はイベントのためだと公表していたが、実際は準備期間中に、入り込んだジゲー家の御曹司のせいだと、ダンジョンの門番をしている獣人にそれとなく聞いたことがある。
理由は分からないが、あの甘やかされて育った男のことだ。
気まぐれにイベント前のダンジョンを見ようとしたのか、それとも女に良いとこでも見せたかったのか。
とにかく、御曹司に何かあっては一大事と、お付きの護衛達の手によって、ほとんどの魔物が抹殺されてしまった。
元々、上はフォレストウルフ止まりの低ランクダンジョン。
それほど強い魔物はいなかったはずなのに。
『イベント後に、魔物を仕入れなくちゃいけないのが大変だよ』と、番人がため息交じりに言っていた。
御曹司ジェレミー、彼は長男ではなく次男なのだが、あの13年前の黒死病で長男が死神の鎌にかかった結果、ジゲー家の跡取りに繰り上がった。
長女もいたが、家を継がせるのは男子という慣習があるため、この次男に万一のことが起こったらいけないと、大事にしてきた結果、堕落を招いてしまった。
甘やかされ過ぎた次男は、多くの者が流れやすい法則に導かれ、道楽息子になってしまっていた。
彼は成人式をあげた頃から、女癖が悪かった。いや、もしかするとそれより前からか。
それがここ最近顕著になってきた。
今まで商売女や、主に遊び目的で近づいてきた女が相手だったのだが、近頃は素人女に手を出すようになってきた。
『どうせいつか親が組んだ結婚をしなくちゃいけないんだ。だからそれまで自由にやって何が悪い』
それが彼の言いぐさだった。
確かにそろそろ結婚を、という声が上がっていた。
「あの野郎、この間も街でナンパになびかなかった、女の服を短剣で切ったらしいぞ」
「ああ、それはおれも聞いた。でも示談になったんだろ?」
「そりゃあ なかば無理やりな。あいつのバカ親が黙らせたんだよ」
ユーリが少し忌々しそうに言った。
そんなこと、有力者や財閥家には珍しくない事だ。
「お前さっきから、あのジゲーの息子に手厳しいな。何かあったのか?」
ちょっと訝りながらギュンターが訊ねる。
「何かあってからじゃ遅いからだよ。
おれのカミさんに手を出してみろっ。おれが頭から焼き払ってやる!」
「えっ? ……確かあいつ、まだ18,9じゃなかったっけ? さすがに子連れ女には手は出さないんじゃないのか」
獣人が砂地に張り巡らしていた土の触手を止めた。
「いや、うちのカミさん、子供産んでもイイ女だろ? ガキ連れてても声かけてくる野郎が少なからずいるんだよ」
「ほぉ~っ」
ちょっとジト目で彼を見返した。
獣人と一口に言っても、人種は色々いる。
その獣と人の要素の混ざり具合は、様々で、耳と尻尾以外ヒュームに近い者もいれば、変身途中の狼男のように顔や体が変形している者まで。
ギュンターはどちらかというと、獣の要素が濃い獣人だ。
そのせいか、今一つヒューム型の異性の顔に興味を持ったことはない。
綺麗だと思ったことはあるが、そそられることはなかった。
おそらく人種としての好みの違いが強いのだろう。
一度だけ街で、家族連れの彼を見た事あるが、どんな女だったけ?
豊胸で安産型の腰はしていたように思うが……。
「前もな、しつこく声をかけてくるのを無視してたら、人通りが無くなったところで、いきなり後ろから抱きついて、路地に引き込もうとした野郎がいたらしいんだ」
ユーリがボヤくように言う。
「なに?! それ立派に事件じゃないか。大丈夫だったのか?」
「ああ、相手が1人だったから、
「えっ?! なんでだ? 普通そういう時って、脇腹にエルボーとかじゃないのか」
思わず土の触手が引っ込んでしまった。
「いや、力が発現したての頃でさ、咄嗟だと上手く手加減できないだろ?
エルボーかましたら、相手の内臓を破裂させるかもしれないじゃないか。
そうでなくても軽く骨折だ。
もちろんおれは、そんな奴がどうなろうが構わないが、カミさんが人を殺すのだけは嫌だって、何か力を加減できる技を教えろって言うんでさ」
「それで相手を肩に担いでの背骨折り……?」
「うん、まずこう、片手で相手の首根っこをキメてから、もう片手で相手のベルトかズボンを掴むだろ」
ユーリが左手を横に曲げ、右手を後ろに回して見せた。
「んで、そのまま両肩に背負えば――」
「いや、やり方はわかってるが、それが何故、加減できる技なんだ? もっと被害が出るんじゃないのか」
その問いにユーリが手をヒラヒラさせて答える。
「エルボーみたいなワン動作じゃなくて、掴んで担いで折るっていう、動作が数回あるとこがポイントなんだよ。
脊髄反射みたいな動作だと、手加減する暇がないからさ。こうして大技の方が考える間があるだろ」
「……うーん、しかし一介の主婦が繰り出す技じゃないよなあ……」
「そこなんだよなあ。カミさんからも、思ったより恥ずかしかったって怒られたし」
「やる前に気づけよ。
っていうか、それ、お前が教えてるんだよな?」
「そうだよ。他に誰がいるんだ?」
「うう~ん……」
ギュンターは黒い指でポリポリと鼻の頭を掻いた。
「似たもの夫婦って、歳月を経てなるものかと思ってたが、……初めから似てる者同士がくっつくことだったんだなあ」
「ナニそれ?」
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